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ギリギリだった話

季節が温かくなりはじめて空気の匂いが変わり始めている。

暖かいってそれだけでワクワクする。単純に嬉しい。古今東西万国共通の価値観じゃないだろうか。

だが僕はニガテだった。この春直前の特有の空気が嫌いだった。というより弱点でしかなかった。

「新生活」はいつも絶望を連想させたからだ。

むかしのトラウマみたいなものが束になって襲いかかってくる気がした。弱い自分では新しい暮らしに耐え切れると思えなかった。

進学にも上京にも心が踊らないまま幾度も春は僕をさらいに来た。そのたびに不安は心を陣取った。それがピークになる春は本当にツラかった。

春は本来ターニングポイントのシンボルだ。何でもかんでも春からが基本だ。

そして僕の春は毎回ギリギリだった。ギリギリの転換期を全力疾走していた。

暮らしも心もすべてがギリギリだった。息が切れそうだった。実家を出てからはすっかりギリギリの国の住人だった。貧しさと卑しさと危なさしか無かった。

時間は矢のように過ぎて、2018年まで来た。世の中は変わりに変わった。世と同じく僕だって変わった。

新宿を行く人々は数週間前よりも明るい。

それを見ている僕も明るくなれている。なんだか一緒になって明るくなれているのだ。

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