見出し画像

加齢とともに、ランニングのパフォーマンスはどのくらい低下するのか・・・

はじめに

2年ほど前に、サブスリーランナーが年齢とともにどのくらいパフォーマンスが低下するかの文献を上げました。
その論文では、1年で約1分4秒タイムが低下するとの計算でした。

50歳以上になってもサブスリーを継続した40人のランナーのタイムの推移:Lepers R et al.Front Physiol.2021

ただしこの文献で述べられているのはフルマラソン3時間以内、55歳以下のランナーのパフォーマンスについてです。
それより高齢のランナーはどうなるのでしょうか。他の文献をみてみましょう。

高齢者はどのくらいパフォーマンスが低下するのか

ニューヨークシティマラソンの結果より

2010-2011年のニューヨークシティマラソンの結果の中から、各年齢で上位10人の平均タイムを比較した文献です。

2011-2012年のニューヨークシティマラソンの上位10人のタイムの平均:Lara B et al.Age (Dordr).2014

結果はU字カーブを描きながらパフォーマンスが低下していることが分かります。前のサブスリーの調査は55歳まででしたが、55歳以降はさらに加速度がついてパフォーマンスが低下していきます。
目算でU字カーブを5歳きざみの点でみてゆくと、

(男性)
年齢   タイム  タイムの低下(/年)      
55歳 3時間5分            ー         
60歳 3時間30分    5分00秒/年 
65歳 3時間57分    5分24秒/年
70歳 4時間29分    6分24秒/年
75歳 5時間10分    8分12秒/年
(女性)
年齢    タイム  タイムの低下(/年) 
55歳 3時間49分            ー     
60歳 4時間20分    6分12秒/年 
65歳 5時間02分    8分24秒/年
70歳 5時間50分    9分36秒/年

2011-2012年のニューヨークシティマラソンの上位10人のタイムの平均から推察したタイム低下/年

この結果では歳を重ねるごとに、タイムが加速度をつけて落ちていくことが分かります。

ただしこの結果は若干信憑性に疑問が残ります。
それは、
・高齢者ほど、参加者が少ない。
・高齢者ほど、競技性より健康志向になることが知られている。
・結果上位10人のタイムに、かなりバラつきが出ている。
からです。

「競技性を重視しているランナーの、上位3%のタイムの平均」
などととすれば、
「高いモチベーションで練習していても、ここまでタイムが低下する!」
という、我々が本当に知りたい数字が得られるかもしれません。

U字カーブで低下することは他の文献でも言われていますが、落ち幅はもう少し緩徐になると予想されます。

高齢者のタイムの低下は、徐々に小さくなってきている。

このU字カーブも、時とともに徐々にカーブが緩やかになってきていることが知られています。

(左)ニューヨークシティマラソンの各年齢のトップ10人の平均タイムを1980-1989年、1990-1999年、2000-2009年で比較:Lepers R et al.Age (Dordr).2012 (右)ハワイアイアンマントライアスロンにおける最優秀選手の合計時間に対するパフォーマンス比の経年変化:Romuald L et al.Front. Physiol.2016

先に提示したニューヨークシティマラソンの上位10人の平均タイムも、大きな時代の区切りでみると向上しています。
左のグラフはニューヨークシティマラソンで調べられた、高齢者のランナーの時代による変化を調べた文献ですが、グラフにあるように1980-1989年、1990-1999年、2000-2009年と3群に分けて比較すると、若い人のタイムに比べて圧倒的にタイムが向上しているのが分かります。

年齢に伴うパフォーマンスの低下は、特に自転車競技で少ないと言われています。その自転車も込みの競技ですが、右のグラフのハワイアイアンマントライアスロンにおける研究の文献をみてみると、男性および女性のマスター トライアスリートの最優秀選手の合計時間に対するパフォーマンス比の経年変化をグラフにしていますが、特に女性において、年齢に伴うパフォーマンスの低下の幅が小さくなってきていることが明確に分かります。

一流の高齢のマスターアスリートは、加齢による落ち幅が小さい

エド・ウィットロックさん

史上最も偉大なマスターランナーといわれるエド・ウィットロックさんという方がいます。
彼は高校時代に1マイルを4分31秒で走りましたが、アキレス腱の怪我のために21歳で走るのを辞めました。
ですが40代でランニングを再開し、46歳で初マラソンに出場、48歳でフルマラソンで2時間31分23秒の自己ベストを出しました。ですがトレーニングへの意欲を失い、引退しました。
引退後の60代後半になって、70歳以上で世界初のサブスリー選手になるという目標をもって、また走り始めました。そして75-79歳、80-84歳、85-89歳のフルマラソンの世界記録を更新するのです。

各種目におけるエド・ウィットロックの年代別の走行速度:Romuald Lepers et al.Nutr. Metab.2017

そんなエドさんのタイムを研究した文献があります。
その論文では、75歳まで年間のスピード・タイムの低下を0.9%/年にまで抑えたことで(一般的に3-4%/年)、マスターランナーとして数々の記録を打ちたてたとあります。
最後は85歳でフルマラソンを3時間56分38秒で走破し、86歳の誕生日の1週間後に前立腺癌で亡くなるのです。

ヨーロッパ選手権に参加していたランナー

高齢になってもパフォーマンスの低下が軽かったランナーの研究として、2009年にマスター陸上の欧州選手権で、10kmとハーフマラソンの2冠を達成したランナーのものがあります。

かれは86歳のとき、10kmを58分01秒で走り、85歳以上の男性の欧州新記録を樹立しました。さらにその2日後のハーフマラソンで、2時間17分で同年代で優勝しています。

86歳で10kmとハーフマラソンの欧州選手権2冠を達成したランナーの、年齢によるタイムの変化:Knechtle B et al.Proc (Bayl Univ Med Cent).2010

その彼の65歳以降のタイムを追っています。
エドさんほどではありませんが82歳まで、60歳以上としては稀有な1.6%という速度の低下に抑えることができています。

しかしそんな彼も82歳以降は速度の低下が顕著になってきています。

さいごに

エドさんが目標とした世界初の70代でのサブスリーは、今世界に何人もいます。オリンピアンの記録の伸び以上に、マスターアスリートのパフォーマンスは向上しています。

先日月刊ランナーズに取材を受けました。
「人間の能力の限界を考えたときに、サブスリーは何歳まで出来ると先生は思いますか?」
こうした文献を調べ、計算をして、空想とファンタジーを混じえて答えました。
「・・・80歳です」

https://runnet.jp/topics/report/230725.html

空想とファンタジーで考えます。
フルマラソンの世界記録保持者の年齢は、だんだん上がってきています。
今は平均寿命の10年前にサブスリーができる時代です。まもなく人生100年時代が到来します。80歳とは言わず90歳でもできる気がしませんか?

アンチエイジング専門医として頑張らないと・・・

この記事が参加している募集

ランニング記録

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?