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美しく、華やか。そして、大きい…。規格外の大きさの美術書たち

美しくて、華やかな美術書。テーブルに広げてゆったりと本の世界に浸るのもよいですが、実用的には大きくて重く、棚から取り出したり、片づけたりするのにとても苦労するようなものもあります。
当館の蔵書にもそうした美術書が数多くありますが、サイズも規格外でカラー図版も満載といった本をつくるのには、きっとお金も手間もかかります。個人作家の作品集なら、有名な作家であっても一生に何度も出せるものではないでしょう。
だからこそ、規格外の大きさの本からは、作り手のエネルギーや熱い思いの感じられるものが多いように思います。

そこで、今回は当館のコレクションの中から超大型の本をいくつかピックアップしてご紹介するとともに、その大きさや形の特徴から「どうして、そんなに大きくなったのか?」ということについても考えてみたいと思います。


VISIONAIRE 61
(2011)
LARGER THAN LIFE
(縦125cm 幅91cm)

VISIONAIRE(ヴィジョネア)は1991年にニューヨークで創刊された雑誌で、ファッションフォトグラファーのスティーブン・ガン、モデルのセシリア・ディーン、メイクアップアーティストのジェームズ・カリアドスが立ち上げました。
著名なアーティストやブランドとのコラボレーションや、毎号ごとに異なるテーマに沿った独創的な装丁が目を引く雑誌で、欠号はあるものの当館でも多く所蔵しています。
発行する部数を限定しているため、コレクターズアイテムとしても高い価値があります。
本号『LARGER THAN LIFE』は見ての通り、雑誌とは思えない程の大きなサイズが特徴の号です。当館で所蔵している展示中のものは通常版で幅91.4センチ×高さ125.7センチですが、デラックス版はなんと幅145.9センチ×高さ200.6センチもあるとのこと。世界最大の雑誌としてギネス記録を破ることを目指してつくられ、実際に記録を更新しました。開いて見るには通常の雑誌では考えられない広いスペースと労力が必要です。
表紙と裏表紙はオイルまみれの人魚に扮したレディー・ガガ、誌面にはファッションデザイナー・写真家として活躍したカール・ラガーフェルドや映画監督のリドリー・スコットなどの作品が掲載され、実際の大きさだけではなく参加したアーティストもビッグな号となっています。


David Hockney : a bigger book
Köln : Taschen Verlag, 2016
(縦71cm 横51cm+専用展示台)

ドイツの出版社タッシェンからは、しばしば「SUMO」という超大型の画集が刊行されています。作家のサイン等の入ったコレクター向けのため、なかなか目にすることはないかもしれません。これもそのひとつで、イギリスの画家デイビッド・ホックニーの十代の頃から現在にいたるまでの作品をまとめた作品集。
本を広げると横幅が1メートルを超えます。両手を使わなければページがめくれないほどの大きさです。ここまで大きいと、もはや屏風などの家具に近いかもと思ってしまいますが、眺めているとまるで襖絵の空間にいるような没入感があります。
ちなみにとなりに写るカラフルな三脚の展示台(台が透明のアクリルなので、写真ではちょっと見にくいでしょうか…)は、この本に付属していたもので、プロダクトデザイナーのマーク・ニューソンによるデザインです。三脚の色はホックニーのトレードマークとも言える色を表しているそうで、組立の説明書には色の順番の指示があり、手前の左が青、右が赤、奥が黄と指定されています。


日本色彩大鑑
松本宗久著
東京 : 河出書房新社, 1993
(全6冊)

一冊が規格外に大きな本を見てきましたが、パッケージとして圧倒的なボリューム感を持っているのが、この『日本色彩大鑑』(全6冊)です。
この本は古代から江戸時代までの色彩の見本帳。伝統的な草木の天然染料で正絹(しょうけん=絹のみでできた生地)を染めたものを、そのまま本の中に貼りこんでいます。
日本の伝統色に関する書籍はいろいろとありますが、源氏物語などの古典にでてくる色を、印刷ではなく、忠実に再現された布色で感じることができる貴重な本です。一冊ずつの大きさはむしろ普通の大きさですが、布を貼りこんでいるので、ずっしりとした重みを感じます。解説を含めこれら6冊の本を大きな帙(ちつ=和本のような書物を保護するためのおおい)に収めた結果、かなりの重量になっています。本そのものの存在感から、日本の色彩の歴史がぎゅっと詰めこまれているのが伝わってきて、圧倒されます。


古寺巡礼
土門拳
東京 : 美術出版社, 1963-1975
(全5冊)

こちらは、仏像を通し日本の文化、日本人を理解するという決意のもと、国内の寺や仏像の写真をまとめた土門拳の代表作『古寺巡礼』(全5冊)です。途中、病で車いすの身となりながらも精力的に撮影を進め、十年以上の年月をかけて完成させました。
40センチ以上もある本ですが、この大きさだからこそ、土門拳が切り取った画角から対象の迫力がダイレクトに伝わってきます。本は長期間の利用にも耐えられるよう頑丈に製本されており、また、桐の外箱には焼印が押され、本の上方の小口には金箔を貼り付ける「天金」の装飾がなされています。あとがきにはこうした造本の職人たちに対する尊敬の念のこもったお礼の言葉が述べられていますが、写真だけでなく、本の造作にも土門のこだわりがちりばめられているようです。


Koyasan : Senju's works of art 1,200 years after Kukai
New York : Assouline, 2021
(縦47cm 横39cm)

1200年前に空海(弘法大師)によって開かれた真言密教の聖地、高野山の金剛峯寺。日本画家の千住博が『断崖図』と『瀧図』という二つの障壁画を奉納したのを機に制作された写真集で、空海の言葉とともに前半には障壁画、後半には高野山の風景や宝物を収録しています。
撮影したのは元多摩美術大学教授の十文字美信。ページをめくっていくと、広間を遠くから撮影したページから、至近距離で障壁画を撮影したページへと進み、絵の世界と実際の風景がまじりあったような不思議な感覚を憶えます。さらにページをめくると高野山の風景写真が現れ、絵の世界と現実がシンクロしてゆくようです。そんな体験ができるのも、この大きさだからなのかもしれません。


(左)Das Buch der Gürtel
Alexander Wandinger et al.
Benediktbeuern : Trachten Informationszentrum des Bezirks Oberbayern, 2008
(右)Wolkenkratzer
Judith Dupré et al.
Köln : Könemann, [1997]

ここにある2冊のドイツ語の書籍、左側の横長の本は日本語にすると「ベルトの本」。ドイツ・バイエルン州南東部のオーバーバイエルンに伝わる民族衣装を記録する本で、植物や動物、幾何学模様などで華やかに装飾されたベルトの図版がいろいろと紹介されているのですが、横に長いベルトについての本を作ると、やはり横長になるんですね。
また、縦長の本は日本語にすると「超高層ビル」。本の横幅は20センチ程度と、今回ご紹介する本の中ではもっとも小さい本ですが、縦は50センチ近くもあり、高層ビルの細長さがそのまま本の形になっています。縦長の本になったのも納得です。

Robots 1:1 : R.F. collection
editor: Rolf Fehlbaum
Weil am Rhein : Vitra Design Museum, 2018
(縦48cm 横31cm)

最後に、もう一冊縦長の本をご紹介します。
この本は、スイスの家具メーカー・ヴィトラが有するデザインミュージアムによる、おもちゃのロボットの写真集です。タイトルに「1:1」とあるように、写真はすべて実物大。ページをめくっていくと、見開きで右側にはロボット本体、左側にはそのロボットの収められる外箱の写真が載っています。
細部までじっくり見られる上に、ロボット同士の大きさの違いもはっきりと感じられます。紙のページからブリキの手触りまで伝わってくるように思えるのは気のせいでしょうか。この本がこの大きさなのは、いちばん大きなロボットに合わせたからというだけではなくて、見る人が本の世界に吸い込まれてロボットと同じ空間にいるような感覚を得られるように計算されたものなのかもしれません。


多摩美術大学図書館での展示風景 (撮影:2022年9月)

さて、当館の美術書のコレクションの中でも、特に大きなものや重たいもの、大きさや形に特徴のあるものをご紹介してきましたが、いかがでしたか?

電子書籍なら、タブレットやスマートホンで手軽に読めて、拡大や縮小も自由自在ですが、それに比べて印刷された本は制約が多いかもしれません。でも、「一冊の本」という物理的な存在だからこそ、その形や大きさに作り手の思いが込められ、さまざまな工夫が凝らされているのだと言えるのではないでしょうか。

今回取り上げたのは大きな本ばかりですが、身の回りにある本を見返して、この本はどうしてこの形になったのかな、と考えると、いままで気づかなかった作者の想いに気が付けるかもしれませんね。

(おわり)

※掲載した写真は、当館での「大型本」特集展示の際の展示風景です。学内向けの館内展示のため、学外の方にはご覧いただくことはできませんが、こちらの記事と写真にてその雰囲気だけでも感じていただけますと幸いです。


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