見出し画像

読書力がつく指定の100冊!を読んだら本当に読書力は上がるのか?主婦と子ども3人による人体実験①

読書はスポーツだ!

「読書力」著:斎藤孝

これは齋藤孝さんのご著書「読書力」に出てくる言葉。
「読書力」を要約すると読書は、自分を鍛えることができるツールであり、筋トレと同じ。継続して鍛えることによって身につくのもの。
読書好きと読書力は別のものであり、好きな本を読むのと読書力をつけるために読むのとでは読書をする行為は同じでも精神構造に大きな差が生じる。
その差が読書力なのだ。

齋藤さんが提唱する読書力がつく目安は文庫100冊。そしてどの本でも良いわけではない。ある程度の読書力をつけるために必要な100冊がある。

ご著書で齋藤さんは読書力の筋トレに相応しい文学作品をご丁寧に100冊紹介してくれている。

読書力を高めるための読書!

やってやろうじゃないか!読書は好きだが、読書力があるのかと問われると?が浮かぶ…。?が飛ぶようではきっと無いのだろう…。
100冊読み終えるころに精神構造と読書力は果たしてどこまで変化してUPしているのだろうか?

3人の子どもたち(小4.小6・中2)とともにブラックサンダーを餌に巻き込んでいざ実験!!の記録をここに。

ちなみに齋藤孝さんの読書力を教えて下さったのは山門さんです。ここからチャレンジが始まったのできっかけをありがとうございます。
こちらの記事です。


そして、記念すべき1冊目!
【流れる星は生きている】著:藤原てい

1冊目にしてかなり骨太な作品をチョイス。
この本が実話であるこにただ驚く。

昭和26年8月の敗戦下、大人一人が生きるのもやっとの混沌ととした世界。
乳飲み子を含む子ども3人をかかえ、生き別れた夫の無事を祈りながら疎開先の中国から日本へ帰国を目指す1年以上にも及ぶ脱出劇。

これがたった戦後79年前のできごとだとは到底思えないほど過酷の一言。

自らの生を諦める者。厳しい敗戦下で人間の心を保つのが難しくなる者。親切とか思いやりは最低限の自分の安全を確保したうえで初めて沸き立つ心なのかと…理性の外れた人間の怖気を知る。

それは責めれるものではなく、戦争が作りだした異常なパラレルワールドのせいだ。
誰かを助けることが我が子の死へのカウントダウンに直結する恐怖。
何かを選ぶことが何かを殺すこと。
自分さえ…我が子さえ…そうは思いたくなくても迫りくる命の選択の連続が狂気を産み出す。


自分が彼女なら果たして3人と自分を生かすことができただろうか…。とてもできる気がしない。

今の自分の悩みとか、嘆きとかがあまりにも生温いものに感じる。

温かい部屋にいてごめん。今日の夕飯、ビビンバをおなか一杯たべてすまん。
明日のバレンタインのチョコなんぞを浮かれて作って申し訳ない。

戦争を知識としてしから知らないわたしが何も闇雲に謝罪する必要はないのだけど、身が小さく頑く締まる思いがした。

生きることが死ぬことより辛い。
もしそんな気持ちがよぎったらまずこの本を読んでみよう。

沢山のごめんとすまんと申しわけなさが溢れ、生きているのではく、生かさているのだと気がつく。

ただ何気なく転がっている目の前の全てが宝の山に見えた。

目の前の平和が誰の、何の、犠牲によって成り立ってきたのか。
明日がどうなるかは誰にもわかないけれど、迎える権利が当たり前にみたいに許されている事実を知れば、明日が今日より1ミリは尊いものに感じるだろう。

仕事がつらい時もある。
ベットで一日現実逃避したい日もある。
家族にやるせない気持ちを抱くときもある。
人間をやめてしまいたくなる時もある。

みんな、なにかしらはある。
それでも彼女が生きて戦禍に比べたら圧倒的に恵まれた今を生きているのだ。

生きているに胸を張れなくても、生かされているを胸に留めよう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?