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40代サラリーマン、アメリカMBAに行く vol. 3

起業家は
2つのNを語れ

NarrativeとNumber。日本語で言えば、ストーリーと数字。この2つを起業家は語れないといけない。この3ヶ月、バブソンMBAの授業で突きつけられたことだ。

まずはNarrative(ストーリー)。これまでも人を惹きつけるような世界観(ビジョン)を語ることの大切さは色々な人に聞いてきたので、どんなことに取り組んでいるのか、もしくは取り組もうとしているのかを話す必要性は分かっているつもりだ。ただ、その方向性がどんな類のものかについては自分次第という理解。長らくマーケティングの世界にいたので、顧客のペインかゲインを見つけることが、方向性を定める近道とは思ってはいた。ペインとは人々が困っていることを見つけて解決すること。ゲインとは人々が今よりもさらに喜ぶことを見つけて提供すること。どちらのアプローチでも同じだけ大切で、どちらでも良いのだろうと思っていたのだが、バブソンに来て教授たちから話されるのはペインのみ。ゲインの話は全く出てきていない。ペインを見つけろ。ペインキラーになれ。それが起業家だと教えられている。だからNarrativeは、ペインを聞き手と共有し、どのように自分たちがそのペインキラーになれるのかを語れということになる。

特にペインという言葉を耳にしたのが、意外にもアカウンティングの授業だった。いわゆる会計。バランスシートや損益計算書、キャッシュフロー計算書、その他の財務諸表や会計方針を自分たちで作成したり、分析したりしたのだが、大学時代に簿記を学んだ私としては、授業は架空の問題が与えられてひたすら解いていくようなものかと思っていた。しかし教授が提示するのは実世界の財務諸表や実際のスタートアップが初期に経験する取引内容ばかり。そしてこれらの財務諸表の作成や分析にあたる際に毎回言われたことが、財務諸表に取り掛かる以前にそもそも起業家としてペインを見つけないといけないということ。顧客のペインを見つけて、自らがペインキラーになること。そうでなければ会計も何もない。このように会計の教授に毎回の授業で言われたことがなんとも言えず新鮮だった。

もちろんアントレプレナーの授業では、最初から最後まで、教授からはペインを見つけろと言われ続けた。バブソンでは入学後すぐにランダムに5、6人のチームに振り分けられ、そのチームで新規事業のプレゼンを7週間で教授たちに向けて行わなければならない。チームが発表されたのが、まだ授業が始まる前の8月29日。9月5日から授業が開始したが、初めて出会ったクラスメイトたちと、9月8日までに新規事業の領域(業界・カテゴリー)を決め、9月21日には何に取り組むのかを教授に提示しないといけなかった。この時にソリューション、具体的な商品やサービス案を提示してしまったチームは教授から評価を得られず、再提出となっていたのが印象的。ソリューションはまだ要らない。顧客は誰で、どんなペインを抱えている、だからその解決に取り組む、というものを持ってこい、という強いメッセージを受けた。

毎日一人、
知らない人に会い続ける

ペインを認識するためには9月21日の提出日までに、知らない人に毎日会って話を聞いてきて、どんなペインを実際に抱えているのかを集めてこなければならない。こうして集めたペインを、実際に会って話を聞いてきた人たちの氏名と連絡先と合わせて別途教授に提出しなければならなかった。氏名と連絡先のないレポートは不可とされたので、ちゃんと人に会って話を聞いてくることが求められた。実際に人々に会って、その人たちのペインは何なのか、どのような問題をかかえていて、余分なお金を払ってでもその問題を解決してほしいと思っているのか。何よりもこれを見つけなければならないと口すっぱく言われる。特に、余分なお金を払ってでも解決したい人たちがいるのかという点は何度か強調された。そういう人たちは多くはないかもしれないが、スタートアップにとって貴重な顧客になり得る人たちだ。この人たちを見つけて、声を聞くことがペインキラーになる近道になる。

アントレプレナーの教授は、New venture creationとEntrepreneurial behaviorの分野で著名な方なようで、その彼が一番最後の授業で学生からの質問になんでも答えるという時間をとってくれた。なんのために起業家になるのか、お金を稼ぐとはどういう意味があるのか、といった質問が出たが、あるクラスメイトが「起業家になるために何をすべきか」と聞いたのだが、その答えはやはり「人と会ってペイン(問題)を見つけろ」だった。事業を作りたいなら、ペインを見つける。ペインを見つけたいなら、人に会う。ただそれだけ。ペインが見つかっていないなら単に人に会う数がまだ少ない。ペインを見つけて、自分たちがどのようにそのペインキラーになるのか。それが投資家やチームに向けて語るNarrativeになる。だからこそ、アントレプレナーの授業では9月21日に提出したレポートに関係なく、毎日知らない人に一人会うことを続けなさいと言われた。「うそだと思って続けなさい。そうすれば気がついたら起業家になっているよ」

ちょうど今週、MBA卒で三井物産で社内起業をしてシアトルで事業を開始された方の話を聞く機会があった。この方はアメリカの高齢者施設向けに認知機能のトレーニングサービスを提供されているのだが、その事業提案を社内で進める際に、ひたすらに一次情報にこだわり、認知症に関する研究者や製薬会社、保険会社、デバイスメーカー、高齢者施設、施設にいる高齢者の方々に会ってヒアリングを続けたという。その間、認知症に関する学会やイベントにも参加されたようだ。そうやって直接人に会って、本当にどんな悩みを抱えているのかを聞いてきたことが、最終的に社内で承認を得るのに役立ったと話されていた。ちなみに提案してから承認まで4年かかったようで、何度も会社から中止の打診をされたとおっしゃっていた。おそらくくじけそうになった時に、直接自分が聞いてきた人たちの声が支えになったのではないかと思う。

人に会ってペインを知る
それが事業になる

人に会って、実際にその人たちが抱えるペインを認識して、それを解決することが事業創造につながる。こうした話はそういえば最初に働いたリクルートでもよく聞かされたなと今になって思う。リクルートで言われていたのは、負の解消。負とはペインであり、解決したい悩みや問題。このペインをいわゆる消費者調査を通して行うのではなく、自分になら本音を話してくれる人々に一人ずつ直接会って話を聞いていく。それをどう自分たちのリソースを使って解決していけるかを考えていく。これをおそらくリクルート史上最も実践していた方の一人に倉田学さんがいらっしゃる。倉田さんは、「ゼクシィ」「じゃらん」といった今もリクルートの主力のメディアを含め、他には「とらばーゆ」「フロム・エー」「エイビーロード」といった情報誌をたくさん創られた方だ。この方が実践されていたのが、人に会って話を聞くということだった。会う場所はオフィシャルな場所だけでなく、飲み屋なども含めてたくさんの人に会って話を聞いたとおっしゃっていた。そして会った人たちから、本音を聞いて負を見つけていく。その負を解消する手段が「ゼクシィ」や「じゃらん」というメディアになっていった。こうした話を思い出すと、アントレプレナー教育において30年連続で全米No.1のバブソンで言われていることは、意外にもリクルート社内で昔耳にしていたことと本当に似ていたのだと思う。

人に会って、ペインを知ること。そしてペインを投資家やチームと共有し、どのように自分たちがそのペインキラーになれるのかを語ること。それが1つ目のN、Narrative。そして2つ目のN、Number(数字)。こちらについては今回長くなったので、次回にて紹介したい。

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著作者:rawpixel.com、出典:Freepik

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