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美意識を磨く。

綺麗なものに囲まれて生きていきたいと思っています。綺麗って抽象的で、何を綺麗って感じるかは各々違います。ここでいう綺麗なものってのは、美しさに感動したものと同義だと思ってもらっていいです。

子供の頃はそうでもなかったんですが、ここ10年くらいは、綺麗なものに囲まれて生きていきたいって想いが強くなっている気がしています。

綺麗なものってのは芸術作品や自然の美しさはもちろんですが、美しい言葉、音楽、人の容姿や性格、なんかも含まれます。

自分の身の回りに存在する全てが対象です。

綺麗なものに囲まれて生きていると、自分が創り出すものも綺麗なものになっていってくれると信じています。

特にこの4つは意識して行動にも移していきたいです。

◎夢や希望、未来を語る人の側にいる

◎いつも機嫌の良い人の側にいる

◎心温まる作品を多く観る

◎自然に触れる

Q.綺麗なものに囲まれて生きていきたいって、たまごまる、それはつまり、汚いものは排除して生きていくつもりなの?

A.排除はしないけれど、なるべく近づかないようにはしています。

いつも愚痴や悪口ばかり言う人の側からはそっと離れるようにしています。

あまりにも暴力的な作品は、なるべく観ないようにしています。特に僕にとってこれが難しいです。

何故なら暴力的な作品、例えばヤンキー同士の抗争を描いた作品、好きだからです。

好きだからといって、そればっかり観てしまっていたら、僕はすぐ影響されるので、口調がヤンキーみたいになってしまうんです。

だから好きだけど避けたほうがいいものを避けるって結構大変ですが、意識して遠ざけるようにしています。

そうは言えど、大抵の場合は純粋に感動したものが、美しいものです。

この人の書く文章、内容もそうなんだけれど、この文字の並びがなんか美しくて好きなんだよな、とか

なんだこのイケメン、顔面だけじゃなくて内面までイケメンなのかよ、尊い、うつくしいい、
とか

沈みゆく太陽って、もう理屈とか無しで美しいよな

って思わせてくれるものがこの世には溢れています。

そういう美しいものをこれからも堪能していきたいです。

それで、自分にとっての美しさの基準を持つことも大切だと感じています。

過去にも無性に自分が美しいと感じるものって何なのか気になって、図書館の美術本を食い入るように観ていた時期があります。

全て美術作品でも自分が美しいと思うものは何個かだけでした。そしてそれが自分の中での美しさの基準なんだと思います。

最近、たまたま注目記事にこちらの記事があったので、読んでいたら、今ビジネスの世界でも「美意識を磨く」ことがトレンドらしいです。

ほな、僕はトレンドの最先端取り入れてたのか、って優越感に浸ったのが正直な気持ちです。

って個人的な感情は置いといても、やっぱり美意識を磨くって大切なことだよな、って改めて感じました。

そしてその美意識を磨くためにどうするかって、また先程の記事の引用になりますが

自信をもって美醜を判断するには、「美しいものを見る」という経験の積み重ねが不可欠だと山口氏は考える。

上記記事参照

美しいものを見るという経験の積み重ねが不可欠。これまた完全に共感しました。

美意識って一日で磨かれるものじゃなくて、スポーツ選手が毎日練習するように、日々の積み重ねです。

だからこそ、僕も日々これは美しいって判断していこうと考えています。

そしてここnoteには美しいと思わせてくれるものが溢れています。

今日もそんなnoteを散歩してきます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。