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4949(ショートショート)

嫌になったの?

言葉にすら昇華されない、内なる想い。何もかも無くなったマンションの一室。秋。実り。かぼちゃ。さつま芋。ほくほく。紅葉。どんな紅葉を観ても単純には楽しめない。

知っているから。

この後、無惨に散ってドス黒くなるまで踏み付けられるって。

恋愛だってそう。

単純に楽しめてたのっていつくらいまで?

もしかしたら初めて付き合ったあの人の時だけだったかもしれない。

知ってしまったから。

原因がどうとか、振ったのがどっちとか、性格が合わなかったとかって関係なく。どうしたって別れは来ちゃうし、傷つけ合う。だから順風満帆であっても、不安は付き纏う。

内装もそう。

高野はいつの間にかお洒落な家具や小物をフリマサイトやネットで見つけてポチッてる。

宅配ボックスには度々私の知らない荷物、もしくは不在票が入っている。

注文したのは高野なのに、受け取るのは大体私。

高野は、ほぼ毎日誰かとご飯を食べに行ったり、どこかの駐車場で話をしている。

だから帰ってくるのは大体荷物の受け取り時刻を超えてから。

高野の言い分もわかる。仕事のストレスや愚痴を家に持って帰ってきたくないから、そういう負の要素は仕事仲間にぶつける。そして家では平穏に過ごしたい。

実際に高野は私に仕事の愚痴をこぼすこと、ほぼしない。いつも、次のデートの話や、旅行の話、今日あった面白い話なんかで私を笑顔にしてくれる。

そういうところが好き。

だから、ああだ、こうだ、と言いつつも、荷物くらい受け取るのは、気にならない。

部屋もみるみるお洒落になって、どこかのデザイナーズホテルの一室みたいになってるし。

でもどこか不安だった。部屋は綺麗でも、いつか汚れちゃうような気がするから。

それでも、この一瞬一瞬は大切にしたい。

プロジェクターを使って壁に映画を映す。

秋が始まる前に購入したお揃いのワイングラスに赤ワインを注ぐ。

映画をちょっとでも好きな人なら名前くらいは聞いたことあるだろう、レオンって作品を観る。

最初に高野とレオンを観た時は最後まで一緒に見れなかった。物語の展開よりも、二人のこれからが気になって仕方なかったから。

それを察知したのか、高野は私のことを初めて会った時から気になる存在だった。今は気になるどころじゃない。全部ほしいって思ってる。って言ってくれた。

そのあとは口元への優しい口づけと、首元への荒々しい甘噛み。荒々しいのに甘噛みって、変な日本語。

変なのって恋してる人全員。

恋しちゃったら、どんな芸能人より高野の方がカッコよく見えちゃうし、どんな時間に帰って来たって許せちゃう。普段友達が1分でも待ち合わせ時間に遅れただけで苛々してしまう、この私がだよ。

変と恋って漢字も似てるけど、恋すると変になるし、変になると恋してるってことだから、変と恋はアダムとイヴのような関係性なのかもね。

こんなこと考えている私は恋してなくても変なんだけどね。

そんな変な私を真正面から誠実に愛してくれた高野には感謝もしてる。

高野との思い出が沢山詰まったこのマンションの一室。

高野の面影意外は何もなくなっちゃったな。

高野がなくなっちゃってからは、宅配ボックスに何も届かなくなっちゃったな。

時間指定してさ、12-14時とかに。そういう日に限って11時くらいに眠気が襲ってきて。眠いけど再配達の再配達だけは避けないといけないから、必死で睡魔を倒して。それでようやく受け取るのが私のじゃなくて高野の荷物。

そんなのも無くなって何時でも気にせず眠れる権利を得たのにさ。

何も届かなくなったら、それはそれで寂しいんだね。

歌手の藤井風が歌ってたな。

「失ってはじめて気がつくなんて そんなダサいこともうしたないのよ」って。

うん、ダサいよね。それでも失わないと気がつけないのよ、風。

風はそんな事になるくらいなら、死ぬのがいいわ、とも表現していた。

私はそんな死ぬなんてほど大袈裟な事できない。

できるのは、この空っぽになった宅配ボックスに高野の面影を押し込んで、暗証番号も誰かに変えて貰って、南京錠まで掛けて貰って、二度と開かないようにするくらい。

それまでの暗証番号は3636だった。

私の誕生日が3月6日だからって、高野が安易に決めた暗証番号。

誕生日が4月9日とか7月9日じゃなくて良かったよ。4949、7979じゃ、暗証番号まで泣いちゃってるから。それを避けられただけでも私を3月6日に産んでくれた母に感謝だ。そしてこれから感謝する頻度が上がるんだろうな。

なんにも言ってない。

ストーリーにもそんな事一つも載せてないのに。

「いつでも帰っておいでね」

って母からのLINE。

普段は未読スルーとかしちゃうのに、こういう時だけ即座に返信しちゃう私。

「うん、来週帰るね」

って。

それだけでまた全てを察してくれる母。

偉大、尊敬、頭が上がらない。

なんにもなくなっちゃた私を優しく包み込んでくれた。

一文で。

今はなんにもないから、生きてることしか、できないけれど、いつか必ず母の好きな北海道に連れていくからね。

宅配ボックスに収まりきらないくらいの野菜や、お菓子に非常食を毎月送ってくれたのも嬉しい。

全部無くなったと思っても、全部無くなりはしないんだね。

あるね、ちゃんと、ここにも、あそこにも。

宅配ボックスの中にも。

この物語はあいみょんの3636って曲に影響されて作ってみました。宅配ボックスという着眼点でこれだけの作詞をできる、あいみょん。改めてあいみょんの凄みを感じました。



ここまで読んでいただきありがとうございます。