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【東京の夜】02 #西船橋の人たらし

秋のことだ。

少数派かもしれないが、

わたしは夏より、冬より、

秋になると、人肌が恋しくなる。


わたしは、ひどく塞ぎ込んでいた。

部屋に引きこもりがちで、コンビニにご飯を買いに行く以外は

外から出ない生活を何週間も続けていた。

そんな時、

わたしはネットで知り合った年下の男の子とご飯の予定が入った。

待ち合わせは、西船橋駅。

前の予定が少し早くに終わったので、駅構内のカフェに入る。

ここのカフェはもう店内でたばこが吸えなくなったらしい。

などとどうしようもない事を考えていると、

彼との待ち合わせ時刻になった。

電話をかけ、お互いの居場所を確認する。

「待たせちゃってごめんなさい」

と言う。よく電話で聞いていた声とあんまり変わらない。

「全然平気だよ」と横顔を見ながら返事をする。

彼は顔を合わせない。


ご飯は駅近くの居酒屋さん。

今更ながら、ぎこちない自己紹介を軽く済ませた。

ここの居酒屋も数回来たことがあるが、たばこが吸えなくなっている。

とまた脳裏に回想がよぎる。

「そういえば、書道の道具を買いに行ってたんだよね。おかげで大荷物」

「へぇ。筆を買いに行ってたの?」

彼の専攻は書道らしかった。

わたしも12年程、書道教室に通っていた過去があった。

話しをしていくと共通点が多くあることに気づく。

彼はギターが弾けるらしい。

わたしもずっとギターに興味があった。

彼は半年程前に彼女と別れたらしい。

わたしも2ヶ月程前に別れたばっかりだった。

彼はたばこを吸っている。

わたしは言わなくても知っての通り。

彼と仲良くなるのに時間はかからなかった。類似性の法則。


わたし達はそのままお泊まりをした。そこら辺のよくあるホテルで。

ひと通り、夜事を済ませる。

そんなことはわたしからすればどうでもよかった。

ただ、人肌が恋しいクセに、人といても全く眠れない。

そんな体質になってしまったとでも言えばいいのか、

ここ数ヶ月、ずっと夜は一人ぼっちな気分になる。

机の上にある携帯を取り、ベッドへ戻った。

「眠れないの?」

「ごめんね、起こしちゃったね。気にしないでゆっくり寝てね」

離れて寝ていたのに、後ろから抱きつくような形になった彼。

彼はわたしの手を携帯から離す。

そして、彼がわたしの手のひらに、

ひらがなで二文字、綺麗な文字を書く。

「…大人だね」

書き終えるとそんな事を言って彼は寝てしまった。


朝起きて、一緒にたばこを吸っていると、

彼は、学校で一番綺麗な女の先輩の話をしていた。

わたし達に、何もなかったかのように。

〝あの文字の意味〟を口滑らす事がなく夜が明けたのだ。


「じゃあ、またね」と言う。

またねとは、いい口文句だなといつも思う。

わたしの思考は相変わらずひねくれている。

「学校頑張りなね」

人ごみに流されて行く彼。

わたしは顔を合わせなかった。


彼とはもう連絡を取っていない。

簡単に済ませた自己紹介、名前も思い出せない。

元気かな、とふと脳裏をよぎるのは、

年末、年賀状で筆ペンを握る時くらいだろう。




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