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落ちこぼれシニアのリベンジ読書~『善蔵を思う』

太宰自身をあらわす私小説的な作品。
『善蔵を思う』というタイトルでありながら、「善蔵」はどこにも登場しない。
「善蔵」とは同郷津軽で、太宰の先輩にあたる作家「葛西善蔵」のことらしい。自身の貧困や病気といった人生の辛苦や酒と女、人間関係の不調和を描いた作家とのこと。
「善蔵」は太宰にとって近しいものであったのか、それとも反面教師であったのか。詳しくは不明だが、少なくても太宰の思いを強く印象づける存在だったことは間違いないだろう。
そこにタイトルの妙があるように思う。
 
「袴」と「薔薇」。
この2つの言葉が、この作品をあらわすキーワードであると思う。
「袴」は「故郷に対する見栄」転じて「名誉を求める心」であり、「薔薇」は「他人の善意」を意味するものと考えた。
「衣錦還郷」が太宰の本音である。そもそも「十年来の不名誉」によって訣別した故郷である。しかし、いつまでも故郷を忘れ去ることはできない。
そんな折に、故郷の新聞社から招待された宴の場。せっかく着飾って(!)きたのに、太宰という人はなんと不器用な人間なのだろうか。自己表現がうまくないというか、適切な人間関係をはかることができないというか、諸々の不安もあってか酒に酔って他の参加者に暴言を吐いてしまう。
 
暴言の後に来る強烈な自己嫌悪。回りからの励ましにも、素直に耳を傾けることはできない。
そこへ、庭にきれいに咲いた薔薇の花の一節。友人から優秀な品種らしいと聞くと、これまでの自己嫌悪は一掃された(のだろう)。特にこの薔薇は騙されたものと思っていただけに、感じ入るところが大きかったように思う。
 
この作品が書かれていた当時の太宰は作家として円熟しており、精神的にも安定していたとのこと。であるが故に、自己を俯瞰し、「名誉を求める心」を戒めるとともに、「他人の善意を快く受けとる心の広さ」を持つことの必要性を実感したのではないだろうか。
「そんなに力むなよ!」
「ライトでいこうぜ!」
そうアドバイスしてやりたいが。

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