キノコ違い。今夜もたぶん鍋になる
薄く青くひかる海の底。たぽたぽと音が聞こえる中を、ゆっくり沈んでいく。水面のむこうに見える空が、ぽやっと黄色く熱を持っている。海の中まであたたかい。
波も穏やか。沈んでいくわたしの身体を、やわやわと揺らす。
今日もいい天気だなあ。
水の中は静かだ。ゆるい波とやわらかな風で、ひかりだけがつぷつぷと落ちてくる。
「おーい、しめじを植えてくれ。明日はしめじを食べたいんだ」
ずっと上の、ひかりの中から夫の声がした。声を通して、水がちりちりと動く。目を開けて、手を動かすのもめんどうなくらい、気もちよく寝ていたわたしも、返事をした。
「聞こえましたよ。しめじの苗は、海の中に入れてくださいね」
水面むこうで、グレーの大きな影が動いている。ゆっくりと、わたしの真上に近づいてくる。
手漕ぎボート?に夫は乗って来たらしい。船底が波に当たって、ちゃぽちゃぽ光を写す。海の底で寝ているわたしのところまで、波のふるえがやわらかく届く。
そして、さっと細長い影が水面に映る。
ちょぷんっ。
海の底を目指して、細長いものがゆっくりとおりてくる。私の手元目指して、おりてくる……えのき茸だ。細くしゅっと、ひからびたえのき茸。
「しめじの苗、よろしくねー」
おーい、おーい。これはえのき茸だよ。これを植えても、しめじは食べられないよ。
キノコ違いだ。だいじょうぶか、夫。そういえば、先日も、鍋に入った青梗菜(ちんげんさい)をつまみあげて。「この小松菜、おいしいね」とか言っていたな。
これ、えのき茸だよー。おーい、おーい
……と叫んで目が覚めた。
「きょうは、えのき茸? 鍋でも作っていたの。どんな夢みてたの」あきれたような夫の声で、完全に目が覚めた。
昨日の朝は、紫キャベツはキャベツなんだ。と叫んでたけれど。朝はよほど、お腹がすいているんだな。と、ぶつぶつ小声で。夫の声は続く。
どこか、ゆかいで。吹き出してしまいそうな夢。たのしい気持ちのまま、今日が始まる。
今日の晩のごはんは、たぶん鍋。
(えのき茸を入れて、大根入れて。白菜もたっぷりと。あたたかな夜になる)
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本文上は、かすみむさんの「飯テロ写真」のなかの1枚(みんなのフォトギャラリーからお借りした)。
おいしそうに煮えあがった白菜がとろとろで。おいしそう。ごちそうさまで……じゃなかった。ありがとうございました。
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