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最後の苺も躊躇いなく食べるタイプです。


「春はやっぱり苺だなあ」

大粒の苺がごろごろ入った苺パフェを頬張りながら私は、最後に「みつを」と締めてもおかしくないような感慨深さで述べた。

「そうですねえ」

後輩は写真をパシャパシャ撮りながら、やはり感慨深いトーンで頷いた。

太宰府で行列をなす人気カフェ。あまおう苺をふんだんに使った贅沢なパフェが人気だ。パフェの中にも苺がごろごろと入っているが、パフェが乗った皿の上にも生の苺がこれでもかとのっていて、こちらは練乳をつけながらいただく。苺が好きな人は、機会があれば期間中にぜひ訪れてみてほしい。


パフェをひとしきり愛でながら食べ進めている最中、後輩が唐突に言った。

「先輩って、最後の苺も躊躇いなく食べるタイプですよねえ」

「え?」

顔を上げると、彼女が難しい顔をしてこちらを見ていたが、私からしたらそのコメントの方が難しかった。

「この前ネットで見たんですよ。アメリカかどこかの小さな女の子が、大好物の苺を食べていて、それで苺が最後の一つになっちゃった時に、どうしたと思いますか?」

「泣いちゃったの?」

「投げつけたんですよ。壁に向かって、ポーン!!と!」

勢いよく苺を投げつける真似をする彼女を、私は訝しげに見た。

「なくなるのが嫌すぎて、バグっちゃったんですかねえ…あっ、それ私に投げつけないでくださいよ!今日の服おニューなので。苺カラーでかわいいでしょ。正直同じ色なので、ぶつけられても平気ではあるんですけど…」

「ぶつけないよ。最後のもふつうに食べる」

苦笑しつつ最後の苺を口に運ぶ。子供じゃないんだから、食べる以外に選択肢なんてない。

私は苺が好きだ。だが例えばその比でないくらいに苺が本当に大好きすぎて、なくなってしまうことが何よりも辛い時、最後の一つをどうするだろうか。
なくなってしまうという事実以上にしんどいことはない、という状況を考えてみた。だが私にはいまいちわからなかった。そんな経験はないに等しい。だからやっぱり、私は躊躇せず食べるだろうと思った。

「先輩は、そうでしょうねえ」

「じゃああなたはどうするの」

「うーん。そこまで好きだと、最後のは食べられないかなあ。で、腐らせちゃうと思います!私実際、子供の頃は好きなお菓子を溜め込んでは賞味期限切らして、お母さんによく怒られてました!」

「だからヒモも切れないのね…」

「ちょっと!」

頬を膨らませて怒ってみせる彼女を見ながら、妙に納得して考え込んでしまった。意外と信憑性のある心理テストなのかもしれない。

でも腐らせても大切にとっておくのがあなたの優しさで、そこが良いところよ、と思った。

彼女はメンヘラ製造機なところがあって、付き合うと大体相手の方が重くなる。いわゆる男ウケの良い雰囲気で隙があり、天真爛漫で明るい女の子なので、周りに男がたくさん寄ってくる。それが毎回相手を不安にさせていくようだった。聞くところによるといまの彼氏も付き合って三ヶ月くらいなのに既にヘラってしまい、彼女の部屋に居座ってヒモ化しているようだが、でも彼女は彼を見限らない。私からしたら正直別れたほうがいいと思うし、自分ならそうするけれど、彼女は彼を好きだというので外野からとやかくいうことはない。彼女は、自分勝手に相手を振ることはほとんどなく、だいたい別れるのは相手が浮気する時だということを私はわかっている。浮気以外であれば、腐らせてもその責任を取るってわけだ。

一方私は昔から、恋人に限らず友人関係などでも、「冷たい」と言われることが一度や二度ではない。喪失に慣れていたり、喪失に頓着しないという態度は、そう印象づける一つの理由なのかもしれない。だがそう見えていたとしても、実際に喪失に慣れているわけではない。私も喪失のたびに人並みに傷つくし、喪失を恐れたりもする。ただ確かなのは、ハナから期待していないということだ。苺がずっとそのままそこにある、ということをハナから期待していないので、躊躇いもなく食べられる。それだけなのだった。つまるところ、私は概念的なものや雰囲気的なものに惹かれる夢想家でありながら、それがただの夢想であることを前提的に理解しているリアリストであるに過ぎない。でも人間関係において相手に期待しないということは、やはり冷めているということになるのかもしれない。

さて、先日、いま恋をしている人が、閉店間際のイタリアンでいちごのミルフィーユを頼んでいた。ミルフィーユの上に、大きな苺がひとつだけのっていた。
私はそれをみて、「苺がひとつしかない場合は、彼女はどうするのだろうか」と、アメリカの少女のことを思い出した。やっぱり一つしかない苺を壁に投げつけるだろうか。味わうことをせずに?いや、そもそも苺が好きというとき、苺を食べたいという気持ちよりも、苺が存在しているということの方が大事なのかもしれない…(投げたら原型は無くなって結局無くなるけど…そこまで現実的に考えることもできないだろう)
などとぼんやり考えていたら、「苺、食べますか」と彼が徐に私の方を見た。

「え」

私が驚いて顔を上げると、彼が「いや、やたらと欲しそうだから」といつもの斜に構えた感じで言った。「いや、べつに欲しくて見てたわけじゃないですけど」と、つい私も、いつもの可愛げのない返答をしてしまう。貴方よりずいぶん歳下だからって子ども扱いしすぎですよ、と続けようとしたけれど、思わず別の質問が出た。

「苺、あんまり好きじゃないんですか」

「なんで。好きじゃなかったら苺のミルフィーユ頼まないでしょ」

果物全般好きだけど、なんだかんだ苺が一番美味しいと思うよ。
彼はそう言いながら、私の皿に苺を移した。私は内心、首を傾げた。好きなのに、私が欲しそうだからとか言って、ひとつしかない苺をあげちゃうんだ。それって、それほど好きじゃないってことじゃないの?この人は誰かを本気で好きになることがそもそもあるのだろうか、恋愛に興味なさそうな雰囲気だし。私と同じようにハナから諦めていてどうでも良いから簡単にあげられるという可能性もある。わからないけど、後輩から苺の話を聞いた時に、「最後のひとつを他人にあげる」という選択肢は、私の中には浮かばないものだった。

彼の動機はどうあれ、私は心が締め付けられる心地がした。この際動機はなんでも良い、好きなものをくれるという行為は嬉しい。うまくいえないが、こういう人間になりたい。そう思いながら、私はやはりまだ子どもだ、とも思った。他者に期待しないとか言って斜に構えているのは私の方で、好きな対象に対して一方的に諦めて、期待しないことで自分を守っているのだから。

大人しくその苺を口に運ぶその時、食べたらなくなっちゃうのか、と思った。大人になって、こんなことで初めて躊躇していた。大好物は勿体無いから最後に食べる、とかはよくするけど…無くなるのがいやだというのは変な話だ、たかが苺で。私は苺をじっくりと味わいながら動揺した。

「美味しいです!」と言うと、「そんなに喜んで子どもか」とまた揶揄われた。いつものように、子ども扱いしないでくださいとは言えず、「そうかもしれません」と答えたその声が、妙にしんみりと響いたのが惨めだった。

沈黙の後、かわいいってことだよ。と彼が言った気がしたけど、酔った時の軽い言葉でへたな期待はしたくないしするのも怖いので、幻聴だということにして酎ハイを飲んだ。

やっぱり私はこうだ。そう簡単に変われたら苦労しないんだよ。

私は最後の苺も躊躇いなく食べるタイプです。空の皿を見ながら思った。



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