(人は幸福を追求する権利があり、婚活もまたそのひとつと捉えられるけど、私はいま幸福がわからないぞ)

と、抹茶デニッシュを齧りながら私は首を捻っていた。正直なところ、だいぶお腹いっぱいになっている。だがショッピングタワーのランチパンビュッフェということで、いろどりみどりの焼き立てパンをとりあえず一通り取ってきてしまっている。それに加えて、焼きたてのクロワッサンやミルクパンは、ウェイターさんが適宜回って配り歩いていたので、思わずいただいてしまっている。
一つずつかじりながら、目の前にいる男性の視線に気づかないふりをしながら、私は「おいしい！」と何度目かのコメントをした。おいしいね、と、彼も何度目かの相槌を打つ。すみません。つまらない相槌打たせていますね、先程から。

やさしいし、何より、かなりハイスペックなこの男性のことは、Iさんと呼ぼう。

帰国子女で、関東の有名国立大卒で、今は大手メーカーの開発職。見るからに理系な感じの人で、あまり女慣れしていないタイプだ。背は高く、顔はふつうだけど、好きな系統ではない。落ち着いていて、料理が苦手で、論理的な受け答えで、私がイメージする「理系男性」なるものにほぼ当てはまる。

気に入ってもらえたようで、その場でLINEを交換し、次も会いたいと言われた。私は断る理由もなくIDを交換した。

だが概観して、ドキドキすることもトキメキもない、不思議なランチだった。あれー？デートってこんなもんだっけ。と拍子抜けである。そこで突如、友人のユキの言葉を反芻した。「あんたはドキドキする恋を追いかけがちだけど、だから茨の道なんだよ。もっと、安心できて、素なかんじの付き合いをしてみたら？続くかもよ」もう付き合って5年の彼氏がいるユキの言葉は、説得力があった。彼女は、「結婚も今の人とするんだろうなあ、他の人と新しく出会って恋愛を始めるのも億劫だしさ」と感慨もなさそうに言っていた。そういうノリなんだ、と私は唸った。私には彼女は、地に足がついて見えた。もっといえば、何かを諦めているようにも見えた。

lさんは、メインディッシュが食べられなくなるから、と言って、最初からパンを二つしか取らなかった。期間限定のローストチキンセットを美味しそうと言いながら、やっぱり俺はハンバーグが好きだから、と言ってハンバーグセットを頼んでいた。
私はパンを6つも食べて、ローストチキンを頼んでいて、懸命に頬張りながら、この人と付き合って、結婚したら、幸せなのかもしれないなと思った。
稼ぎのいい彼だから、私は仕事を辞めるのかもしれない。アメリカやシンガポールに駐在することもあり得ると言っていたから、もしかしたら俗に言う駐在妻みたいなことになるのかもしれない。生活に不自由することはなくて、好きなことをしながら、私はおそらく料理やその他の家事などをしてサポートして、朝はお弁当などをつくるのかもしれない。週末は彼の車でドライブやら近所のご飯屋さんに行ったり彼の好きなアクション映画を観たり、コロナが落ち着いたら温泉旅行などをするのかもしれない。年上で落ち着いていて、私も怒らないタイプだから喧嘩はあまりしなくてすむかもしれない。シャイそうな人だし、私はどちらかといえばドライだからさっぱりしたカップルになるのかもしれない。などと色々と考えて、お手上げな気持ちになった。

しあわせってなんだ？幸福を追求したくても、何が自分の幸福なのかわからない。

今日初めて顔を合わせたばかりだから、ビビッと恋に落ちてしまった…！なんてそんなうまい話はないにしても、私はいったいどうして、この選んでおけば幸せな生活ができそうな人(まずこの表現の時点でお前は誰様？である)を前にして、満腹であまり惹かれないビュッフェにいるような気持ちになっているんだろうか。私はまだ甘く、未熟で、結婚にたいして消極的で、なにかを諦めていないからだろうか？
この気持ちのまま、2回目、3回目とデートを重ねて、もし付き合うことになったらどうしよう、それでよいのだろうか？まだ一回目の時点で、心配になる必要もないはずなのにね。

アプリに手を出す前にしてきた恋愛のことを思った。
スペックで比較して好きになろうとしたことはなかったし、付き合う前なのに相手との生活や将来を考えてランチしたこともなかった、むしろ、そんなふうに客観的にフィルタリングしたら、いややめといた方が賢明だ、という結論に至るような恋ばかりしてきた。私は恋愛をとても感覚的にするタイプだから、このようなシステムに違和感があるのかもしれない。

パンビュッフェは迷うからいやだ、欲張ってしまうし自分を見失ってしまうからいやだと、思いながらも、それは私が単にパンビュッフェのような恋愛の仕方をしてこなかったからにすぎないのかもしれないならば、まだ学ぶことはあるのかもしれません。

残り3週間ほど、色々な人と会っていこうと思います。