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ホップ博士と新品種ホップの開発を始める話

国内随一のホップの生産地・岩手県遠野市で、ホップやビールの仕事をしている株式会社BrewGoodの田村です。

遠野市の関係者の皆さんと、数年前から温めていたプロジェクトを公開します。それは、ホップの新品種開発に関するもの。

このプロジェクトは大手ビールメーカーが関係したものではなく、遠野市の民間企業・農家などの有志が中心となって進めるものです。

実は、第一弾の新品種ホップはもう生まれています。この話は最後の方で。

ホップの新品種開発(品種改良)とは

ホップはビールの香りや苦味を左右する重要な原材料。世界には300種類以上のホップが存在すると言われており、その香りや苦味などの個性は様々です。

新しい香りのホップが生まれると、ビールの可能性が広がります。

国内では、新品種ホップ「ムラカミセブン」を使用したビールが2016年に初めてリリースされ、話題になりました。イチジクやマスカット、夏みかんなどの香りがする、世界でも類をみないユニークなホップです。

品種改良の目的は、ビールに影響する新しい香りや苦味を生み出すことだけではなく、収穫量を増やす、栽培効率を上げる、病気への耐性など様々。

世界に目を向けるとホップサプライヤーなどが多額の投資をして新品種の開発を進めています。国内でも各地で開発が進められている話を聞いていますが、投資をして本格的におこなっているのは大手ビールメーカーです。

私たちのプロジェクトの話をする前に、ホップの品種改良はどのようにして行われるのかを簡単に説明します。先ほど紹介した「ムラカミセブン」の生みの親、ホップ博士の村上敦司氏(以下、村上博士)から伺った話を以下に記載します。

新品種はホップの交配によって生まれます。交配は、雌株に雄株の花粉が受粉することで起きます。

ホップが毛花の状態の時に、受粉をおこなう

ホップ畑に植えられているのは雌株のみ。皆さんが飲むビールに使われているのは未受粉のホップの毬花です。これは、受粉することでホップの毬花に含まれる苦みと香りの成分が減少してしまったり、香りが悪い方向に変化してしまうからです。

受粉を防ぐため、ホップ畑の近くで雄株が見つかった場合、それらは全て抜かれて処分されてしまいます。雄株は処分され、雌株は大切に畑で育てられるホップには「不公平」という花言葉があるほどです。

私たちも「ホップ畑」で雄株を見る機会はほとんどありません。ホップ畑では見かけないのですが、遠野市内にはホップの雄株が自生しているエリアが数カ所あります。いわゆる野生のホップの雄株です。野生のホップは北海道や東北地方を中心に自生しています。

雌株と雄株の両方を手に入れることができれば、交配自体は可能になります。ですが、実用化されるためには、交配だけすればよいというものではありません。

まず、どの品種をかけ合わせるか。そこには育種家の知識、経験、そこから生まれる勘が必要だと、村上博士は言います。

受粉した同じ雌株から採取した種が100個あったとしても、全て同じ個性が出るものではありません。元の品種の個性をうまく引き継ぐものもありますが、基本的には多様な個性がそれぞれに発生します。村上博士は「兄弟で顔や性格が違うようなもの」と例えていました。

交配と採種の後、大切なのが「選抜」という作業。これも交配と同じく、知識や経験が必要になります。多様な個性が生まれた、たくさんの新しいホップから、実用化できるものを選んでいく作業。香りが良い、悪いというだけでなく、ビール醸造に使用した場合にどのような香りに変化するのか、そこまで想像しなければなりません。

また、ホップ農家等のプロによる栽培特性のチェックと選抜も必要です。品種によって、収穫量が多いもの・少ないもの、病気に強いもの・弱いもの、作業効率がよいものなど、様々な個性が出ます。ホップが育ち、毬花が収穫できるのは年に1回。育ててみないと分からないことも多く、品種改良には時間がかかります。

ホップの収穫風景(契約栽培の畑での様子)

素晴らしい香りのホップができたとしても、栽培に手がかかり、収穫量が少ない品種は、ほとんどの場合で実用化されません。海外のホップサプライヤーや日本の大手ビールメーカーでは大量のホップを必要とするからこそ、収穫量などに影響する栽培特性が重視されるのです。

そして、新ホップを使用した試験醸造も必要。ビール醸造のプロセスで、ホップがまた違った個性を出すこともあるからです。選抜をクリアしたホップは、最終的なアウトプットであるビールによって、有用性が認められるかどうかを判断されるのです。

ここまでの話をまとめると、実用化を見据えたホップの品種改良を進めるためには、一般的には下記の要件が必要になります。(細かい要件はもっとありますが、簡単にまとめた場合のものです)

1)雄株の花粉を入手すること
2)専門知識を持った育種家等による交配と選抜ができること
3)ホップ農家など栽培のプロによる栽培特性のチェックができること
4)試験的な醸造ができるインフラがあること

私たちのプロジェクトとアドバイザーについて

私たちのような遠野市の民間企業・有志がどのように品種改良のプロジェクトを進めていくのかを、先ほどの要件と照らしあわせながら書いていきます。

1)雄株の花粉を入手すること

すでに野生のホップ(雄株)が自生している場所を特定しているのでクリアしています。

2)専門知識を持った育種家による交配と選抜ができること

品種改良を進めるうえで、育種の専門知識を持った人材は欠かせません。私たちは、この記事内で何度も出てきている元キリンビールの村上博士にアドバイザーとして参画していただいています。

岩手県紫波郡紫波町出身。岩手大学農学部農学研究科修了後、1988年にキリンビール入社。ホップの品種改良に携わり、「一番搾り とれたてホップ生ビール」などを開発する。2000年にホップの研究で農学博士号を取得し、2010年には、世界で6人しかいないドイツホップ研究協会の技術アドバイザーに就任。2020年にキリンビールを退職。現在は、キリンホールディングス 飲料未来研究所技術アドバイザーとして、引き続き日本産ホップの研究・振興に関わる。週末は、ジャズ喫茶「BrewNote遠野」の店主。BrewGoodにはホップ栽培や品種改良プロジェクトのアドバイザーとして参画。

TONO Japan Hop Country ウェブサイト BrewGoodについて

村上博士は、2020年にキリンビールを退職した後、ホップの研究のために長年通った場所である遠野に拠点を移しました。日本産ホップを盛り上げるひとりのプレイヤーとして、私たちと共に活動しています。

プロフィールの「世界で6人しかいないドイツホップ研究協会の技術アドバイザー」に選ばれた理由の一つは、「ホップ栽培」と「ビール醸造」の両方の知識と経験を有するから。今回のプロジェクトには欠かせない存在です。

3)ホップ農家など栽培のプロによる栽培特性のチェックができること

遠野はホップ栽培を続けて来年で60年。何十年もホップ栽培に向き合ってきたベテラン農家の皆さんがいらっしゃいます。また、村上博士自身も、何年も遠野に通い、自らホップ栽培に携わってきた方です。この要件もクリアできます。

4)試験的な醸造ができるインフラがあること

私が経営する株式会社BrewGoodでは、新たなビール醸造所開業の計画を進めています。その醸造所には、試験醸造ができる設備を導入予定です。新たな醸造所を開業するまでは、遠野市内の醸造所と連携しながら、新品種ホップを使用したビールの開発を行います。

通常であれば、小さな民間企業がホップの品種改良に挑戦することは難しいのですが、ここまで書いたように、遠野が歴史あるホップの生産地であること、育種家である村上博士の参画により実現できることになりました。当然ながら、大きな会社と同じことはできませんが、日本産ホップの可能性を広げていくために、小さく始めていきたいと思っています。

ミックスフルーツの香りがするホップ?

実は、2年以上前から、私たちは地域でのホップの品種改良に取り組んでいました。遠野市には大手ビールメーカーの契約栽培をおこなうホップ畑以外に、一箇所だけ海外品種のホップを試験栽培している場所があります。

海外産ホップが20種類ほど植えられている場所を管理しているのは「Tono Hachiman Hop Field  Project」の皆さん。過去に、遠野醸造でリリースしていたフレッシュホップビールの一部は、この試験圃場のホップを使用していました。

Tono Hachiman Hop Field  Projectの皆さんと村上博士で、海外産ホップと遠野に自生する野生のホップを使用して、試験的に交配を進めていたのです。

交配・選抜の結果、新しい品種のホップが誕生しています。収穫量は非常に少ないですが、私たちは今年、2つの新しいホップの収穫を終えています。

そのうちの1つの仮名称は「ミックスフルーツ」。その名の通り、ミックスフルーツジュースのような香りがするユニークなホップです。

この「ミックスフルーツ」は、栽培特性としてはあまり良くありません。契約栽培の品種と比較すると、一つの株からの収穫量はそれほど多くないのです。先ほど書いたように、通常は実用化されずに終わるホップ。

私たちの新品種開発のゴールも、今までにないユニークな香りを持ったホップであり、栽培特性が良いものを生み出すことです。ただ、そこに到達するまで、多くの試行錯誤によって生まれるホップも、ビールの醸造に使用して命を吹き込んでいこうと思っています。

そういったプロセスも公開しながら、日本産ホップの可能性を広げていきたいと考えています。日本産ホップの生産量はこの30年で7分の1まで減少。私たちはこの課題を解決するために、遠野で様々な活動を行っています。

遠野では大手ビールメーカーとの契約栽培ホップの生産安定化・拡大を主軸の活動にしながら、未来への投資の一つとしてこのプロジェクトを進めます。

これまで取り組んできた栽培現場の課題解決は、生産基盤を安定化させるための「守り」の戦略ですが、新品種ホップ開発や新ブルワリーの計画は日本産ホップの価値を広げるための「攻め」の戦略です。

プロジェクトで生まれる新しいホップや新しいビールを世の中に出すことで、日本産ホップの価値や可能性を伝えていく。それが日本産ホップの再興に繋がっていくと信じています。

現状、品種改良したホップを他の方にお渡しすることは想定していません。まずは栽培特性などを遠野でチェックしながら研究を進めるためです。

ただ、近い将来には私たちが開発したホップの提供も実現したいと考えています。遠野だけで育てて使うのではなく、他の地域や醸造所と連携しながら、開発やテストを繰り返していくことを構想しています。

新品種ホップを使用したビールは来年遠野醸造でリリース予定

今年収穫を終えた2種類の新品種ホップを使って、来年1月〜2月頃には遠野醸造で試験的に醸造を行う予定です。

ビール開発は、遠野でホップ栽培コーディネーターとして活動する神山さん、遠野醸造で醸造を担当している有賀さん、そして村上博士を中心としたチームで検討を進めています。現在は新しいホップの個性をどのように引き出すかを関係者で議論中です。

ホップ栽培コーディネーター・ホップ農家・ビアジャーナリストの神山拓郎さん
遠野醸造でビール醸造と料理人を担当している有賀一樹さん

先ほど紹介した「ミックスフルーツ」以外にも、栽培特性をチェックしている途中の品種や、交配して採種済の品種などが複数あります。来年以降も、このプロジェクトを継続させながら、未来のスター品種を開発していく予定です。

JOIN US!新しい醸造所の計画も進めています

先ほど少し触れましたが、株式会社BrewGoodでは、新たなビール醸造所開業の計画を始めています。

ホップの産地だからできるビールづくりを探求する醸造所。醸造家も、農家も、研究者も、市民も観光客もビール造りに関わることができる新しい場所をつくりたいと考えています。

新しい醸造所のイメージ(イラスト:イソガイヒトヒサ

新しい醸造所ができれば、この品種改良プロジェクトも、より広がっていくはずです。新しく生まれてくる新品種のホップを試験醸造したり、日本産ホップをどのように活用していくのかを研究できるようになります。そして売上を次の品種開発や、栽培に投資していく。そんな未来を描いています。

私たちは醸造所開業に向けて、醸造家を募集しています。日本随一のホップ生産地で、私たちや村上博士と一緒に、ビール醸造を通じて日本産ホップの可能性を広げていきませんか。

興味を持っていただけましたらお気軽に下記のフォームよりお問合せください。ご連絡お待ちしております。

株式会社BrewGoodの事業内容・メンバーについてはこちら


◎書いた人◎

田村淳一
株式会社BrewGood 代表取締役/ 株式会社遠野醸造 取締役
2016年にリクルートを辞めて遠野に移住し、遠野醸造というマイクロブルワリーと、BrewGoodという会社を経営しています。BrewGoodでは遠野を拠点にホップとビールによる新しい産業づくりに挑戦中。

WEB:https://brewgood.jp/
twitter : https://twitter.com/tam_jun    
Mail:info@brewgood.jp

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