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湊かなえ「母性」読書感想文

現代で読書をしようとするなら、湊かなえは避けて通れないのではないか?

回覧の読売新聞の調査では、人気作家第3位となっていた。
第1位が東野圭吾、第2位が宮部みゆきだ。

そして、湊かなえには悩まされた。
あの『ユートピア』のつまらなさ。
それが、最初の1冊目の湊かなえだった。

悩むではないか!
読書をするとなると、やはり人気作家から入る。

しかも『ユートピア』っていうタイトルなのだから、そこにはなにかあると期待して読んだのに、ただただつまらないのだった。

あの大新聞発表の人気第3位の、ということは多くの日本人から支持されている大作家の著作がおもしろくないなんて。

でも一方では、これが人気の作家というのなら、本など読まなくていいなとも思えた。

娑婆だったら、時間の無駄だなと読書をやめていた。
が、受刑者は、読書をやめることなどできなかった

※ 筆者註 ・・・ 当時の読書録となります。湊かなえがというよりも状況がよくなかったと思われます。引き続き、湊かなえの悪口がありますが、何卒ご容赦ください。


湊かなえ報告会

自分だけではなかった。
湊かなえに悩まされた受刑者は、まだいた。

同じようにうっかりと『ユートピア』に手を出して「あれっておもしろいです?」と、首をかしげて聞いてきた722番の大山君。

差入れされて、10冊以上読んでいるという716番の本山さんも「かなわんわぁ」と加わってきた。

昼休憩のグランドのベンチでは、3人の受刑者による “ 湊かなえ報告会 ” が開かれたのは自然な流れだった。

情報が閉ざされた中だし、もちろん遊び半分だったが、読書こそが楽しみな受刑者には、それなりに切迫した会だった。

ちゃんと「これから湊かなえ報告会をひらきます」とかしこまって一礼もした。

活動としては、いかに湊かなえがつまらないかの再確認。
著作のつまらない順のランク付け。

あとは重要な活動がある。
周囲に「湊かなえはおもしろい」と「湊かなえはおすすめ」と「湊かなえは感動できる」とさりげなく話すことで、1人でも多く読ませて、その後の反応をみるという意地のわるい活動でもあった。

秘密結社のようにして、入会資格もできた。
湊かなえを、1冊以上読んでいること。
その上で「つまらない」とハッキリと口にできた者。

会員が7名まで増えていくなかで「それほどつまらない本だったら読んでみる」という逆転現象もおきる。

自分も1冊読んだだけでは “ 湊かなえ報告会 ” の初期会員としてどうかと思い、2冊目に「母性」を読むことになる。

さらには湊かなえのことば結びというラジオ番組が水曜日の19時からやっていることも判明。

その時間になると「ラジオオンでおねがいします!」という声が独居房のあちこちから聞こえた。

湊かなえが、刑務所の一角でトレンドとなったようだった。
読書だけが娯楽であって、逃げ込む場所だった。

・・・ 今になって冷静に読書録を読み返すと、いい大人が揃ってなにをやっていたんだといいたい。

でも、あの中だと、そんなこともやってしまう。
誰もが読書をするようなる。

なんにしても、湊かなえのつまらなさは生半可ではない。
“ 魔力 ” に近いつまらなさがある。

文庫|2015年発刊|359ページ|新潮社

解説:野間道子

感想

この本がハードカバーで発行されたとき『これが書けたら作家を辞めてもいい、その思いをこめて書き上げました』との湊かなえのコメントが帯にあったという。

巻末の解説に記載されていた。
力作なのだろう。

が、しっかりとおもしろくない。
安定のおもしろくなさ。

ミステリーなのに、先が読めすぎた。
題名でもある “ 母性 ” というテーマを、グイグイと主張しすぎて、先が見えてくる。

あと、やはり “ 火事 ” があった。
湊かなえ報告会で挙がっているのが、とにかく火事がおきすぎるという点がある。

この本でも、火事がおきた時点で「よし!火事きた!」と軽くガッツポーズをしてしまった。

事故とか難病があって、そこに火事がおきるという湊かなえ作品の鉄板パターンだ。

この本では、火事プラス土砂崩れ、主人公の母の自殺、娘の自殺未遂、流産、夫の浮気に蒸発、とごちゃまぜに悲劇が放り込まれる。

その隙間に、家計の苦しさ、嫁姑問題、DV、インチキ宗教、介護と、さらに悲劇が詰め込まれている。

そりゃ、非日常だから、ミステリーになるのはわかる。

だからといって、主人公がとてもいい人なだけに、ここまで悲劇が重なると「気の毒に」と思いながらページをめくるのも少々心苦しい読書となった。

解説の解説

読書の理解が深まる解説だった

巻末の解説者は野間道子
代官山蔦屋書店の文学担当とのこと。

この、野間さんの解説がすごくよかった。
小説の巻末の解説というと、当たり障りがなく著者を称賛したり、どうでもいい交友を披露したりで、記憶に残ることがほとんどなかった。

なのに野間さんは、しっかりとミステリー作品とはなにかを解説していて、読書の理解の一助となった。
以下、紹介したい。

信用できない語り手とは?

ミステリーの手法のひとつに「信用できない語り手」がというのがある。

独白や手記で物語が進行していく書き方で、サスペンスでもよく使われるという。

その「信用できない語り手」は以下になる。

詐欺師。
手品師、イニューショリスト。
情緒不安定な者。
とてもいい人。
苦しんでいる子供。

詐欺師、手品師、イニューショリストが「信用できない語り手」に挙げられるのはもっともだ。

彼らの語りを鵜呑みにしたものなら、とんでもないトリックに引っかかってしまう。

情緒不安定な者は、不安交じりの語りが、物語の屋台骨そのものをぐらつかせる。

なぜ、いい人が信用できない語り手なのか?

以外なのが “ とてもいい人 ” だ。

なぜ「信用できない語り手」になるのか?
どうしてなのか?

それは、善人には、かたくなさがあるからだ。
自分は何ひとつ間違ってない、という自負がある。
少しでも否定されたものなら、すごいショックを受ける。

それらに、自身でも薄々と気がついているので、とてもいい人の言動は威嚇や脅威を帯びて他者に迫る。
言っていることが穴だらけでも、反論は許さない。

以外ということでいえば、苦しんでいる子供も、語り手としては要注意となる。

思い出を美化したり、たわいもないことを針小棒大にして覚えていたりもするからだ。

・・・ と野間さんは解説する。

2人の信用できない語り手が激突する

で、この物語では「母の手記」と「娘の回想」を交互に繰り返して進行していく。

「母の手記」の書き手が “ とてもいい人 ” となる。
「娘の回想」は “ 苦しんでいる子供 ” となる。

信用できない語り手が、2名も登場するのだ。
しかも、以外の筆頭格の2名。
その以外な2人の信用できない話が激突するのだ。

で「母の手記」を記す “ 私 ” は、母親からは過大な愛情を受けている。

幸せに満ちているだろうと、予想しながら読み進めていくのだけど、そのうちに首をかしげるようになる。

とてもいい人が “ とてもいい人 ” のまま捻じ曲がっていく。

・・・ まさにミステリーではないか。
どこがミステリーなんだと思いながら読んでいたのだけど、しっかりとミステリーだったのか。

湊かなえは、高等テクニックの遣い手だったのか。
最後になって、おもしろいと感じたのは確かだった。

でも “ 湊かなえ報告会 ” がある。
そこでは、なんといったらいいのだろうか?

登場人物

田所ルミ子

出生は、推定で1951年前後。
幼少時より、母親から大事に育成される。

短大通学の21歳のときに、父親を癌で亡くす。
絵画教室で知り合った相手と24歳で結婚。
清佳を出産。

親子3名で幸せに暮らす。
高台の山の麓の家が、家族の新しい住居となる。

しかし6年後。
台風の夜に、土砂崩れが発生したのだ。
その際に、ルミ子は、泊まりにきていた母親を亡くす。

高台の家は全壊したので、長男である夫の実家に暮すことになるが、ルミ子は義母にいじめぬかれる。

しかし、義母との関係を良くしようと家事に励み、慣れない農作業に従事して暮していく。

6年後の37歳のときに流産。
近所の占い師からは、運気に効く漢方薬を月々3万円で購入。
が、実は、ただの “ きな粉 ” であった。

流産から4年後の41歳のとき。
娘の清佳が、首吊り自殺を図る。
一命はとりとめるが、同日、夫は浮気相手と共に姿を消す。

ルミ子の日常は続く。
義母の介護、キリスト教への入信と平坦ではない。

夫が戻ってきたのは15年後となる。
夫婦でカーネーション栽培をはじめ、幸せそうに暮す。

田所清佳(さやか)

ルミ子の1人娘。
高台の家のときは、聞き分けのいい子供であった。

が、父の実家に移ってからは、義母にいびられる母を守ろうとする言動が裏目に出る。

それが重なり、母のルミ子からも疎まれる事態に陥る。
清佳も母に憎まれていると自身を責めるようにもなる。
しかし、健気に家事の手伝いをするなどして、母を気遣う。

高校2年生の17歳のとき、父の浮気現場に出くわす。
土砂崩れの夜の祖母の死は、自殺したのも知る。

ショックを受けた清佳は、その夜のうちに庭の木で首を吊るが未遂に終わる。

やがて高校教師となった清佳は、高校生のときから付き合っていた男と結婚。
妊娠に至る。

ルミ子とのわだかまりは、幾分か解消したようである。
その後は、良好な関係が維持されている。

ルミ子の母親

人格者である。
性格は温厚、優しさ、思いやりに溢れている。
ルミ子の養育は、溺愛ともいえた。

問題は、高台の家が土砂崩れに襲われたときである。
タンスの下敷きになり、しかも火災が発生。

あまりのことに半狂乱となったルミ子に、清佳を先に助けるように言いつけて、何を考えたのか舌を噛んで自殺。

このことが、ルミ子が清佳に抱く想いに、大きく影響を与える。

田所哲史

ルミ子の夫。
田所家長男。
性格は暗め。

父親から暴力を受けて育ったことで、両親には意見を言わないようになる。
大学に進学してからは、学生運動と麻雀で過ごす。

卒業してからは、地元の役所に就職するが、上司と問題をおこして退職。
のち鉄工所に勤める。

リルケの詩をそらんじたり、油絵をたしなんだりする一面もある。
描いた油絵が、ルミ子の母親に気に入られもする。

高台の家の土砂崩れの際には、家族の救出より先に自身が描いたバラの油絵を移動して、ルミ子の母親の自殺を目撃。

そのことで罪悪感を抱き続け、ルミ子と清佳から目を逸らすようになる。

サービス残業だの夜勤だのルミ子には嘘をついて、浮気にのめり込むに至る。

清佳の自殺未遂を機に家出。
15年後にひょっこりと戻ってくる。

一緒に家出した相手には、翌年には去られたとのことである。

義父

田所哲史の父親。
短期な農家のオヤジ。
義母と口ゲンカはかりしている。

ルミ子には、親切心で安物のセーターを買い与えたりするが、それが義母の嫉妬心に火をつけるという余計なこともする。
ルミ子は、ますますいびられたのだった。

後年、癌であっさりと死去。

義母

田所哲史の母親。
推定、昭和初期前後の生まれ。

代々からの豪農である田所家の対面を重んじる。
農家の嫁は、家事の一切をやり、田畑に出て当然という昔ながらの感覚で、ルミ子をこき使う。
気性が荒く、文句も多く、ルミ子をいたぶる。

一方では、ルミ子がきな粉を3万で売りつけられていると見抜いたり、清佳の自殺を発見して未遂に終わらせるなど、しっかり者でもある。

後年は寝たきりになり、ルミ子に介護される。

田所律子

田所家次女。
田所哲史の妹。

大阪の大学卒業後に実家に戻ってくるが、交際相手の男に金をせびられる。

家族会議が開かれて、その男とは別れることになる。
が、当人は未練が残り、男が住む大阪に家出。

その男と2人して、公園の屋台でたこ焼きを売っているところを、探しにきた義母が発見。

実家に戻るのを拒否。
義母はショックで寝込むこととなる。

後年になり、単身で地元に戻り「りっちゃん」というたこ焼屋をオープンする。

黒岩克利

田所律子の交際相手。

父親の借金返済の名目で、田所律子から200万をふんだくろうと企てる。

が、田所家の家族会議の場で、すべてが嘘だと見抜かれて退散する。

森崎憲子

田所家長女。
田所哲史の妹、ルミ子の義妹となる。

地元の名家である森崎家に嫁ぐ。
専業主婦をして不自由なく暮す。
が、4歳の1人息子の素行のわるさで悩む。

森崎家には居づらく、毎日のように実家の田所家に来ては愚痴っては、義母と共に森崎家の文句を言い合う。

ルミ子の流産と、夫の仕事の都合で大阪に転居したのが重なり、実家にも来なくなる。

森崎英紀

森崎憲子の1人息子。
4歳。

暴れる、奇声を発する、などの問題行動が多く、幼稚園を退園させられる。

義母も対応に困るほどだった。
が、優しく接するルミ子にはなつく。

が、ルミ子に赤ちゃんができたことを知ってからは、やっかみのあまりにルミ子を突き飛ばす。
ルミ子は救急車で搬送され、流産となる。

それからは、母子共に訪れなくなる。

中峰敏子

近所の主婦。
自宅で手芸教室を開催している。
流産をして気落ちしていたルミ子を、手芸教室に誘う。

中峰彰子

中峰敏子の姉。
姓名判断で、ルミ子と哲也と清佳の人柄を言い当てる。

心酔したルミ子には、オルグという気を良い方向に改善できるという漢方薬を売る。

この漢方薬は、普通のきな粉だった。
義母が見抜ぬいて購入は止める。

実は、義母も律子の家出の際、中峰彰子にガラス玉を運気が変わる水晶と売りつけられていたのだった。

佐々木仁美

田所哲史の元彼女。
地元の区役所に勤める。

空き家となったルミ子の実家を借りて住んでいたが、いつの間にか田所哲史と半同棲に近い生活をしていた。
ルミ子は、まったく気がつくことがなかった。

後を尾けて乗り込んできた清佳に、祖母は舌を噛んで自殺したことを言い放ち、驚きのあまりに泣いて騒ぐ清佳に、ワインボトルで頭を殴られる。
自宅に戻った清佳は、自殺未遂をおこしたのだった。

佐々木仁美は、責任を感じたらしい。
その日の夜に、田所哲史と姿を消したのだった。

2人は都会に出たが、佐々木仁美のほうが貧乏暮らしに嫌気がさしたとのことだ。
翌年には、単身で姿を消したのだった。

中谷亨

清佳の高校の頃からの交際相手。
お互いに30歳を超えて結婚に至る。
それまでは過激派活動をしていて、器物破損の前科1犯というよくわからないヤツ。

ネタバレあらすじ

ある日の新聞記事で感じたこと

32歳となった清佳は、高校教師をしていた。
結婚して、母のいる田所の家を出ていた。

ある日、新聞で目にした3面記事が気にかかる。

県営住宅の4階の自宅から、17歳の女子高校生が転落。
意識不明の重体。

警察は、事故と自殺の両方で原因を調べている、という内容だった。

転落した女子高校生と会って話してみたい、母と娘の関係を知りたい、という思いに清佳はとらわれる。

母性を持ち合わせているにもかかわらず、誰かの娘でいたい、庇護される立場でありたい、と強く願うことにより、無意識のうちに母性を排除してしまう女性もいる。

清佳自身が、それを体験していたからだった。

母は後ろめたい思いがあるのではないか?

「愛あたう限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて」

女子高校生の母親のコメントが、そう記事にあった。

一言だけ、娘側に伝えたい気持ちにもなる。
アドバイスなどという大層なことは言うつもりはない。
自殺なのか事故なのか、それを突き止めたいわけでもない。

清佳の母親も、結婚の挨拶に訪れた夫に「愛あたう限り」と口にしていたからだった。

自分だったら決して口にしない、その「愛あたう限り」の言葉に引っかかりがある。

後ろめたい思いがあるからこそ、大袈裟な言葉で取り繕っているのではないのか。

自身が母に求めたものを子供には捧げたい

その日、仕事を終えてからの清佳は、母のいる実家に寄る予定だった。
週に1度、母には顔を見せにいくようにしていた。

新聞の記事が気にかかってはいたが、母には本当の気持ちを訊くようなことはしない。

今の母を見ていると『これでよかったんだ』と思えもするし、清佳は生まれてくる子供にすべてを捧げるつもりでいる。

子供は鬱陶しがるかもしれない。
それでも自身が母に求めたものを、子供には捧げたい。
そう思う気持ちが “ 母性 “ ではないのか?

お腹に手を当てた。
胎動を感じながら、そう考えたのだった。

そして母に〔 いまからいくね 〕とメールと送った。

ラストの1ページ

手土産のたこ焼きを持ち、母のいる実家に向かう。

時は流れて、母への思いも変化する。
それでも愛を求めようとするのが娘である。

家の灯りが見えたころ〔 楽しみだわ。気をつけてね 〕と母からの返信がある。

ドアの向こうに、わたしを待つ母がいる。
こんなに幸せなことはない、と清佳は思った。

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