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台湾ひとり研究室:映像編「難民の過酷を描く『東京クルド』、台湾国際ドキュメンタリー映画祭TIDFで上映。」

一昨日の台湾国際ドキュメンタリー映画祭(TIDF)で、日向史有監督『東京クルド』を観てきました。日本作品ですが、これはぜひとも紹介しておきたい!ということで、勝手ながらレビューを書くことにしました。あ、予告映像はTIDF版ではなく日本語版ですので念のため。

劇場から出てきたところで会った台湾人の友人にざっと説明したら「日本でそんなことがあるんだね。全然知らなかった」と言っていました。普段、日本に関する情報は、カルチャー系が圧倒的に多い台湾で、日本の残酷な事実を知る機会が少ないことを考えると、本作が上映された意味もまた、大きいなと思います。

さて、本作は、日本で暮らす2人の若者を追った作品です。クルドから難民として6歳で来日した青年たちが、高校を卒業し、社会の分厚い壁の前で、それぞれに未来をつかもうともがく様子が描かれています。

ただ、現実は希望をもつことさえ難しい状況です。まず「1%」という難民申請者に対する許可率の低さは、以前から知っていたつもりでしたが、いわゆる「不法滞在者」の生活実態とその過酷さは、映像を見ながら苦しくなるほどでした。
参考)「我が国における難民庇護の状況等(法務省統計)」

日本で「難民」なる用語が法律名に登場したのは1981年。ベトナム、ラオス、カンボジアのいわゆる「インドシナ難民」受け入れを決定した翌年、「出入国管理及び難民認定法」へと改名され、国としての難民受け入れがスタートしました。この時は、受入難民の定住化に向けて、言語文化の教育が整備されたことを思うと、同じ「難民」であっても、その内側に大きな格差があることを明確に示しています。

本作で可視化されたのは、入管の対応でした。とりわけ、難民に対する職員の言動、収容者への面会を通じて得られた発言、鉄格子の向こうから手を振る映像が織り込まれていたのは、ニュースで短くしか知ることができない「入管収容」を見せてくれました。予告編にもありますが、収容された方が収容所の上の階から手をふるシーンが、頭にこびりついて離れません。

主人公たちが普段使う言語は、日本語です。この点について、上映後のQAで会場から質問が出ました。監督からは、本作には20分のショートバージョンがあり、そのナレーションをクルド語でやろうとしたけれど、途中で日本語に切り替わった。つまり、彼らが考えを表現するときに最適な言葉は日本語なのだと感じた、と。

言語習得の臨界期は10歳とされていますが、それよりだいぶ前の6歳で来日し、その後、小中高と日本語で学校教育を受けた彼らにとって、日本語で考えることが主体になるのは、実は、ごく自然な流れです。私自身、1990年の入管法改正で来日した日系人の暮らす豊田、浜松、太田といった集住地域を取材し、同じ現象を見てきました。彼らの生活が日本にある以上、今後はむしろクルド語の保持のほうが危うくなります。特に、次の世代への継承は困難になることが容易に想像できます。

また最近では、ウクライナからの難民を受け入れたことが報道され、「避難民」という新たな名詞が登場していました。このあたりもまた、難民の受け入れが非常に恣意的なものであることを明確に物語っています。

国民国家制度は、万能ではありません。制度の狭間にこぼれ落ちる人たちが出てきた時、切り捨ててしまうのではなく、生きる道をどう残すか。特に子どもたちの成長は、待ったなし。にもかかわらず、複数の教育機関が「難民だと受け入れるのは難しいですね」「前例がありません」と入学を断るような学校担当者の電話口での対応に、彼らの言う「教育」ってなんなんだろうかと強く感じました。

日本では、今も各地で上映会が行われていますし、自主上映もできるそう。この1本が、1人でも多くの方の目に触れるよう願います。
各地の上映スケジュールはこちら↓
https://tokyokurds.jp/joueikai/

勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15