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カップ10(2021年3月14日)

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今日のサビアンシンボルは、魚座24度「人の住んでいる島」です。13日18:00頃24度に入ります。

24度の島は、無人島ではなく人が住んでいます。都市や町を形成するというより、一人一人自立し、転々と拠点を設け、家を持つことなく、島そのものが家というような印象です。人間中心ではなく自然と共に存在する24度は、個人が個人を越えたものの一部として存在し、肉体を持った限られた存在である私が、恒星に存在の根拠を置くエーテル体の永遠の私が共存しています。

イザナギとイザナミが天沼矛によって国を生んだように、魚座24度では、人が住んでいる島が生まれ、人が本来性を取り戻し、人間になっていると言えます。魚座は、混沌の中から永遠の価値あるものを見出し、守り、育ててきましたが、この度数で、裏に回していた価値あるものが表の顔になります。19太陽のカードで言えば、星の子どもと肉体を持った子どもが、裏の顔と表の顔として生きるではなく、星の子どもが表に出てきます。

精神と物質を再結合することは、エーテル体の私と肉体を持った私が融合するわけで、影にまわったエーテル体の私を隠すことができなくなります。平日は都内で会社に勤め、土日は八ヶ岳でスピリチュアルセミナーをしている人が、八ヶ岳に移り住むようなものです。

今日のカードはカップ10。カップのカードは水の元素を表しますが、絵柄では水と器のセットで描かれ、カードの名前も「カップ」です。水は感情や情緒、気を表し、器がなければ果たしなく結びつき、果てしなく広がります。

10は完成や完了を表し、10運命の輪の小アルカナ版と考えると、個人の目的が生きる環境を表します。カップ10は、水の元素が10という環境に入り、充足し満足することを表しますが、ここで言う環境あるいは器が何を表しているかは、その人にしかわかりません。

他人が見て、この人はカップ10だと思うとき、家と仕事があり、家族がいて仲間がいるとか、地上原理に基づいた土の元素の器を見ていることが多いと思いますが、その人の充足感や満足感、その人の9つまり本質的自己が生きる10という環境は、必ずしも社会内における価値とは限りません。

意味や意義、定義を与えられると、それは器になります。現代においては多くの人が、安定した家や仕事に価値があると定義しているので、その器が満たされれば満足しているように見え、八ヶ岳でスピリチュアルな生活をすることが定義になれば、それもまた満たされるべき器となります。浮浪者とはなんと自由なんだろうと、価値ある生き方として定義されるなら、それも満たされるべき器となります。

魚座24度は、本質的自己で満たされる器を自ら作り上げ、その器に飛び込みます。他者や環境に依存せず、自立した環境を築き、満足感のある生き方をします。水と土のセットであるカップのカードは、水のエーテル体と土の肉体の組み合わせで、カップ10は完了形として、土は水に基づき、水は土を満たし、本質的自己と肉体を持った生活がマッチしています。

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