排水口
洗面台に水をためる。そして栓をあけて、水をぬく。
すると水が渦を巻いて、ゴゴゴと音とたてながら吸いこまれる。そして最後にガゴゴとげっぷをする。
母が仕事で家におらず、ベビーシッターがテレビを見ているあいだ、そうやって遊んでいた。
排水口はおぼれる人のような声をだした。
ガ……ダ……ガゴ……ダゲ……
それがおもしろくて、その喉に何度も水を流しこんだ。
ズゲ……ダズゲデ……ゲンヂャ……
聞いたことなんかないはずなのに、それがおぼれた母の声だということはすぐにわかった。
ワ……ワダ……ダヂ……ダジガ……ホンモ……
その声は、自分が本物の母だと言っているようだった。
そうしてますますその遊びをやめることができなくなっていた。
ある日、同じ遊びをしようとしたら、いつもとちがう声が排水口の奥からするような気がした。
ボ……ボゴ……ボゴガ……
その声は、はっきりとこう言っていた。
ボクガ……ホンモノノ……ケンチャンダヨ……
それ以来、その遊びはやめてしまった。
貧乏ですので、支援はいつでも歓迎です。数学や文学の同人誌を作ったりする助けになります。