見出し画像

SF小説-民営自衛隊㈱ #11:大阪支社にて(最終話)

Chapter11:大阪支社にて


 「・・・・装備ハイテク化を推進し、さらに合理化を進めることになるだろう。・・・と、本文はこれでOKにしよう。矢部君、あとは年表のチェックだけやね」
 「だけ、ていうても結構ありますよ、石田課長」
 「まあええわ、とにかく最初の方から行こ。え〜と、20XZ年8月JDA発足式典。20XY年4月JDAW初の海外派遣決まる。同年7月からマラッカ海峡警備、同じく10月スリランカ地震での・・・・・」

 20XZ年のJDA発足から早や10年が経とうとしている。大阪駅前梅田第二ビル6階。隅に旧式のプリンタ複合機があるだけの殺風景な会議室に、制服姿の男たちが4人集まっている。もっとも制服とはいえ、一見普通の紺背広である。胸ポケットのフラップに「JDA」と刺繍が入っているが、中に折り込まれていて外からは見えない。
 ここはJDA西日本大阪支社梅田分室。正確には、JDA西日本株式会社大阪支社広報業務本部出版部書籍管理課社史編集プロジェクト室。20YY年(つまり今年)8月15日のJDA創立10周年記念式典までに、『JDA西日本10年のあゆみ』と題した社史を作ることになっている。そして今日は校了予定。朝から延々とプロジェクトメンバーによる校正作業が続いている。

 社史のかなり多くのページは、JDA創立に至るプロセス、時代背景、社会要因などの説明に割かれている。10年も経てば、「JDAは元自衛隊で、そもそも・・」と新入社員研修で一通りレクチャーしなければならなくなっている。現にこのプロジェクトで矢部君と呼ばれている青年も、去年新卒入社である。時代は変わる。
 石田は、この社史編集プロジェクトの責任者。最年長である。ずっと内勤部門、主に社内報作りを担当してきたが、元は陸自伊丹基地にいた。JDA発足と同時に転籍となり現在に至る。俗に言う「陸自組」であり「背広組」である。そして、今度の10周年記念式典で永年勤続の表彰を受け、翌日定年退職を迎える。言わないでいいことかもしれないが、石田課長、本当は課長補佐代理である。永年表彰で定年1日前に課長に特進する予定なのだ。さらに言わなくてもいいのだが、JDA退職後は関連会社のJDAカレッジで非常勤講師として『読まれる社内報づくり』講座を担当することになっている。

 「20YY年8月15日、JDA創立10周年記念式典挙行。と、ここカッコ予定と入れますか?」 矢部が律儀に確認する。
 「いや、そのままでOK」
 「じゃ、校了、ということでよろしいでしょうか」
 石田、矢部、それに他2名のメンバー、斉藤、吉田が全員、各々のノートパソコンの画面で最終確認し、チェック完了ボタンをクリックする。石田が代表して『送る』を押せば、社史の原稿は海老江の印刷会社に飛んでいく。
 終わった。夜9時を回っていた。

 「おつかれさんで〜す!」
 梅田第一ビルB2、大和亭梅田旗艦店。JDAフーズが多角展開で経営している居酒屋チェーン。社史プロジェクトも今日で実質的に解散となり石田もお役御免となる。「ちょっと乾杯して帰ろか」となったわけだ。石田を除いては皆20代である。あっという間に、でかいビアジョッキが次々と空いていく。名物の肉じゃが海軍仕込み¥380(税込)も美味い。

 空ジョッキがずらりと並んだ頃、少し顔が赤くなっている矢部が改まった口調で言った。
 「石田課長ともしばらくお別れですが、お元気で」
 「ああ、うん、長いこと、ありがとう・・」
 少し早いが送別の挨拶か、と石田は思う。様々な思い出が、頭の中で走馬灯のように回り始めたが、
 「違いますよ、課長」 誰かが横から口を出した。矢部と同期の吉田だ。
 「矢部はね、JDAWに出向で海外転勤になるんですよ」
 「え?」
 「9月に赴任です」
 「こいつ、派遣先アフガンなんっすよ」 また吉田が口を挟んだ。

 知らなかった。
 組織が大きいと、自分の業務範囲以外はほぼ他の会社のことに等しい。と言うより、矢部はもうすぐ定年の「石田課長」には、あえて黙っていたのだろう。
 アフガン。先月JDAWの警備派遣が決まったところだ。元々は英国の軍事サービス会社が治安警備を受け持っていたが今年の春で契約が切れ、その後釜をJDAWと米国系企業が狙っていた。
 「コンペでウチの方の提案が通ったんですよ。ていうか、見積もりが安かっただけ、という話もありますけどね」 社史プロジェクト副リーダーの斉藤がフォローする。
 現地の情勢が不安定で、「結構キツイ案件」だと社内でも噂になっていたが、石田は自分の近くの人間が関わり合いになるとは思ってもいなかった。

 突然、矢部がビアジョッキを両手で振り回して叫んだ。
 「俺は、アフガンで怒りのランボーになるんじゃ〜!!」 
 何事かと思ったが、目が笑っている。矢部は有名な映画俳優の物真似をしているつもりなのだ。
 「お前の顔からそれはムリッ!、それより、しっかり死んでこいッ!」 すぐに吉田がつっこむ。
 「おう、立派に死んでアフガンの星になってこいッ」 斉藤も続く。
 3人とも大声で笑っている。

 石田も一緒になって笑った。
 少なくとも「死んでこい」とは言いたくないので、とにかく笑う。笑いすぎて少し涙が出た。


>>最終話までお付き合いいただきありがとうございました。
<<第10話に戻る
<<第1話からお読みになりたい方はこちらへ

※この記事は2005年5月22日にブログ『tanpopost』に掲載したものです。
内容はフィクション(SF)であり、実在の団体・人物等とはまったく関係ありません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?