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無敵のこの身体

昨日は朝の6時を回ってやっと寝た。一昨日のうちに寝るのが平均的なのだろうところをだ。そうだったので14時を回って起きた。14時なことに「おっ」と驚いてから、やっぱりどうも私は8時間睡眠なところがあると前々から疑っていたのを今日も積み足したなという観察の気持ち。15時からカウンセリングを予約していた。オンラインモードを選んでいるので時間的には余裕。でもあと1時間も残されていないことに、待ち時間が減ってうれしい気持ちを垣間見た。人としっかりお話しできることを欲しているのを感じた。14時50分になって起き上がり、飲み物だけでもとお湯を沸かしてミルクティーを作ったときに15時1分のスマホを見て慌ててzoomを接続した。

画面越しの先生は、どこも変わらず先生だった。上着に淡い色のダウンを着ていらっしゃったのは、いつもと違うところのような気がした。かたや私は大きめのブルーのスウェットを被って膝には最近やっと名付けたぬいぐるみのねこさんを置いてスタンバイ。このように私にとってはラフな青いスウェット姿を見せるのは初めてだと思った。ねこさんはぎりぎり画面に映り込んだのを見かけて少し恥ずかしくもなり以後見えないように配慮した。

とてもコタツが好きなので、さらに背中は食パンが折り畳まれたような座椅子に預けているのでずいぶん穏やかな気持ちのままお話しできた。中国土産に花もセットになった茶葉をもらったことがあるが、あれに湯を注ぐととても優雅に茶の中で花が揺らぐ。そのように温かいものを注がれてふわっと何かひらくような心地になった。オンラインの間中がそんな時間だったけど、好きな空間に身を置いて優しい自分では思いつかないような言葉をかけてもらって、実際にはきつく結ばれた麻紐が解かれるような、そういう体感があった。

どこを歩いているのか分からないまま、気づいたら向こう岸に通じていてあれ? と不思議な感じだった。顔をあっちやこっちに向けて「うーー」とか言いながらでも他に補ったり言い換えたりできないと思って「通じた」と言ったら、先生は「あら嬉しい」と喜んでいた。体を存分に使って話す私は素敵だと思った。

京都から遠く川崎の地へ越してきたことの意味をもう一度考えてみたいと思って、だけどすぐにスマホゲームや甘いものへと逃避してしまって動けずにいたことを、今はそんなに無理しない方がいいよと先生は言われた。そうかもなという気持ち。

「こうじゃなきゃいけない」と思っていたことが、客観的に見た先生の言葉によって拓かれ、そこに先生の手が入ってきて撫でられ、じんわりと溶けていくのが分かってそれが鎖だったのだと知る。それは浄化と呼ぶのに相応しく、スーパー銭湯から出たあとに大広間で過ごすときのようなぽってりとしたぼんやりの中で、この身体こそが私かと、いつでもこれさえあればいいのかと思うと「こうじゃなきゃいけない」は既に無効であることに気づいた。

今は、できないことは出来ずにいたらいいか。それは簡単なことだったので、そうすることにした。zoomから退出したあと、部屋の端からワイン箱を引っ張り出してきて積ん読まみれの本を整頓した。思った以上にすっきりして満足。



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