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【白昼夢の青写真case2 2次創作「少年少女」第3話】

[第3話 誘拐]
気が付けば、日の光に陰りが出ていた。この街は元々、曇りや雨が多い。夕方になると、空の灰色はさらに濃さを増し、夜の到来を予感させる。
お店のこともあるし、本格的に暗くなる時間帯になる前に家に帰らないと、父に叱られる。楽しい時間に終わりを告げる、ヨナギとの別れの時間を、いつもとても寂しく感じる。

「ヨナギ、今日はそろそろ帰ろうか。」
「ん。ほだね。ちょっと暗くなってきたひね。」

パンを頬張っていたところのようだ。ヨナギは立ち上がり、スカートのお尻の砂を払う。

帰路は帰路で、来るときと同様、他愛のない話に花を咲かせる。ヨナギは、おじさん、おばさん、つまりヨナギのご両親に連れて行ってもらった演劇について楽しそうに話していた。その作品の脚本が何より良かった、ウィルも観に行きなよ、という流れで、ヨナギが俺に質問をした。

「ウィルは演劇の脚本とか、興味ないの?」
「俺が書くってこと?」
「そうに決まってるじゃない。」

テンブリッジの民衆にとって、日常における最大の娯楽のひとつは、観劇だ。この国を統治するエリザベス女王の芝居好きもあって、演劇関係者の社会的地位は一気に向上した。劇団が貴族や軍幹部の座付きとなれば、脚本家もまた、花形の一人として栄誉を受ける。
そうすれば、もっといい生活が出来る。ヨナギに本物の宝石を買ってあげられることも。

「興味なくはないかな。人の話を聞いて、頭の中で物語化して、一人で笑ってることもある。」
「えーっ!すごい!書きなよ!絶対書くべきだよ!」
ヨナギは目をキラキラとさせる。

「ウィルはいつか売れっ子作家になる!誰もが知ってるくらいの!宮廷お抱えの劇団の座付き作家!劇場はもちろんいつも超満員!」
妄想は熱を帯びる。

「でね、私だけのために、世界一の最高の脚本を書くの。それが私へのラブレター。」
ラブレターうんぬんには突っ込みを入れず、思っていることを口にする。

「…でも、ヨナギもダイヤモンドの方が好きなんだろ?」
「それはまあ、ほらね!」
無邪気に笑うヨナギに、胸がチクリと痛んだ。

お金に力に地位、世の中のルールを理解しつつある俺は、同時に自分はそれらを持たぬものだとも理解しつつあった。そして、少しずつ、ぼんやりながらも、ヨナギは、自分とは違う世界の人間なのだと感じるようになった。そして、いつかはー

大した時間でもないが、一瞬生じた沈黙に、ヨナギはバツの悪さを感じたのか、会話の流れを修正しようとする。が。

「あー。そういえばウィル、…えっ?」
 
ヨナギの言葉が止まり、表情が固くなったところで、不意に後ろから頭部を硬いもので殴られたような感触があった。

激痛に、頭の揺れに、言葉も出ず、思わず倒れ込む。

「こんばんは。宝石屋のお嬢ちゃん。」
「ちょっと、おじさんたちに付き合ってもらえるかな。」

揺らぐ視界の中、ウィル、ウィル!と叫ぶヨナギの声が聞こえた。

 ヨナギが遠ざかる。俺は、引き摺られているのか。ガキの方は森に放り込んでおけ、という男たちの片割れの声が聞こえた。かすかに見える景色には、赤い髪の大柄な男と、ヨナギ。そして俺の足を引き摺る感触から、こっちに一人。最初に聞こえてきた声からすると、こいつも大人だ。

 大人の男が二人。俺が気絶していると勘違いしていることを差し引いて、不意打ちを食らわせたりしても、100%勝ち目はない。それではヨナギは助けられない。ヨナギまで森の深いところに連れ込まれたら、助けも期待できない。
どうする。考えろ。

 
「今日はコイツとここで飯だから、お店に行けなくて悪いな。あんまり遅くなるなよ。」

 
先ほど出会った、ロブの言葉が浮かんだ。ロブだ。あの店に行けばー。

 俺は男がヨナギの元へ向かうことを確認してから、ロブがいるであろう店へ駆け出した。耳の内側を激しく掻き回されたかのように平衡感覚を失って、足下はよろよろだが、それでも一歩、また一歩、と必死に足掻く。俺はいいから、ヨナギだけは。せめて5分だけ、なんとか耐えてくれ。と神に祈った。

          *

 ロブを呼び、その友人に背負われて公園に戻ってきたとき、ヨナギの姿はなかった。

「ヨナギ!!」
「慌てるな。まあ、森の中だろうな。」

ロブはそう言って、深く森へと入っていく。俺を背負った友人も後を追う。ロブの表情は真剣だった。本気になっているときの大人は怖い。昨日、銃殺事件があったあとの父もそうだった。大人の男の迫力には敵わない。
大人と子供を分けるものは一体何だろう、と、いつも思う。

 「あっちだな、多分。」と、俺を背負う男が言った。木々の根が張り、そして坂道にもなっている。見た目に足場が悪い。しかし通れないわけではなく、より森の奥深くへと続く道でもあった。

「この先の少し開けたところで、昔ガキが悪さをしてたな。まず間違いねぇ。」

ロブが先へ進み続けると、その「開けた」場所に出た。縛り上げられようとしていた女の子、ヨナギを、誘拐犯の二人が取り囲んで、お前は人質になるんだ、というようなことを言っているところだった。ロブの予想どおりだった。

          *

「か、勘弁してくれ」男が詫びを口にするたびに、ロブは、こいつらが俺を殴ったときに使用したであろう木の棒で、顔面を、手足を殴りつけた。
ロブとその友人は、誘拐犯2人をあっという間に制圧した。今行っているのは、ただの制裁だ。同じ大人の男同士でも、ずいぶん腕力が違うものだな、と変なところで感心してしまった。

誘拐犯たちは、ヨナギを縛ろうとしたロープで逆に縛り上げられ、横向けに転がされた。男の一人が、せっかくテリーが死んだのに、と負け犬に相応しい、品のない台詞を苦しそうに吐いたところで、ロブが顔面を踏み抜いた。顎が割れたのか、大量の血を吹きながらあわあ~という妙な声をあげた。

俺はざっくり頭が切れていたらしく、血を撒き散らしながらロブのところへ向かったため、何事かと驚いた住人たちもちらほら、森の方にやってきている。こいつらが俺に、そしてヨナギに対して行ったことは許しがたいが、もう大丈夫だろう。火を吹く怒りも、加熱しすぎては自分が火傷する。ロブが、十分すぎるほどやってくれた。

 「ヨナギ、遅くなってごめん。怪我はない?」

ロブの友人から介抱を受けているヨナギは、返事をしなかった。が、自分の手を強く握りしめて、震えていた。代わりにロブの友人が、大した傷はないと言い、ひとまずは心の底から安堵した。

(つづく)

 

 

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