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【白昼夢の青写真case2 2次創作「少年少女」第1話】

[第1話 予感 ]

1534年、英国教会が、ローマ教会、ローマ・カトリックと袂を分かつ。以後、便宜上、ローマ教会の教徒を「旧教徒(カトリック)」と呼ぶ。
1554年、旧教徒と国教会の戦争であるライアットの乱が起こる。
1558年、エリザベス1世、王位を継承。
1564年、俺、ウィリアム・シェイクスピアがこの世に生を受ける。

国内で戦争が起こったのは、俺が生まれるわずか10年前。この国の王族たちは、宗教間の対立などを背景に、昔から血みどろの抗争を繰り広げてきた。民衆もまた血を、涙を流す日々が続いた。

俺が物心ついた頃、エリザベス女王は絶対王政主義を盤石のものとしようとしていた。女王は、英国教会至上主義の名のもと、次第に旧教徒(カトリック)狩りに熱心になっていった。その過程でもまた、多くの血と涙が流れた。世の中は渇き、荒んでいた。

父・ジョンは、街の、決して立地の良いとはいえない場所で、酒場を営んでいる。父はそれなりに人望があるのか、常連客たちが幾度も足を運んでくれるおかげで、それなりに繁盛しているように見える。もっとも、俺には父の財布事情はわからないが。
俺も数年前には既にこの店のお手伝いとして、じゃがいもの皮を剥いたり、テーブルに注文の入った料理やエールを運んだり、というようなことをしていた。時には「頑張ってるな、ボウズ!」と言われ、お小遣いをもらうこともあったが、駄賃にもならないささやかな額であった。

10歳になった俺は、父とともに、年に一度開催される、地元の大きな祭にでかけた。祭は例年、活気に溢れている。怪我も病気も暴力は当然、そして理不尽な死もまた、人々にとって身近なものだった時代における、観劇と双璧をなす娯楽でもある。
灰色の空の下で、狭いコミュニティで、つまらない仕事をし、鬱屈し、警吏たちの目にも怯える日常を過ごす者たちは、この日ばかりはと羽目を外す。飲む。とにかく飲む。
そうした状況下では、無茶をする者も多く、活気をとおり越して狂気と化すこともあり、喧嘩や家屋の破壊は当然、時には死者も出ることがあった。祭で死んでは、いろんな意味で本末転倒だと思うが。少なくとも、子供には優しくない場所で、俺は苦手だった。

父とはぐれ、往来で立ち止まっていると、「どけ、ガキ!」と大人に怒鳴られる。子供は大切にされるもの、社会の宝、という時代ではない。むしろ俺が年端もいかぬ頃から店の手伝いをさせられているように、この時代の子供は、家族にこきつかわれ、近隣の大人たちにはぞんざいに扱われ、世知辛い日々を過ごす存在だった。

「どこ行ってたんだ、ウィル!ちょろちょろしてるとぶん殴られるぞ!」と言いながら、父は俺の頭を殴った。
「痛いなぁ。殴ってきたのは父さんだけだよ。」
父が子を殴るのも、日常風景のひとつだった。

「あっ、ウィル!」
ヨナギと、ヨナギのお父さん、お母さんだ。
ヨナギは、噴水広場前の宝石屋夫婦の娘で、年は2つ上だ。
白い髪に、これまた白い肌。大きな目にルビーのように輝く赤い瞳。小さな口に適度に厚いくちびる。きれいな横顔のライン。典型的であり、このあたりでは頭ひとつ抜けてもいる、美少女だ。

「ジョンさん、こんばんは。」
ヨナギの両親が父に挨拶をする。ヨナギの両親も、美男美女と呼ぶに相応しい顔立ちで、こんな祭の日でも整った身なりをしている。
「おう。ヨナギちゃんもどんどん綺麗になっていくな。大人になったら飲みにおいで。サービスするヨ。」

ヨナギの両親は、父に対して常に恭しい態度で接する。ヨナギの両親に限らず、裕福そうだったり、社会的な身分の高そうな人の中にも、父に対してはそうした態度をとる者がいる。子供心に不思議だった。

会話もほどほどに、父と俺は家路に向かうため、ヨナギ一家と別れる。去り際、ヨナギが「ウィル、また今度遊びにいこうね!ばいばい!」と言った。父親の前でそうした態度をとられるのは気恥ずかしく、俺は弱々しく「おう…」としか言えなかった。

「押し倒す、押し倒すんか?」と父はにやついていた。俺は父をぶん殴りたかった。

           *

「おい、ジョン。」
また、父に声をかける者が現れた。確か、店でカートと呼ばれている男だ。表情も声色も、深刻さが滲んでいる。

「おう、カート。一杯やるか。」
「お前ほんといつも飲んでんな…話があるからちょっとこっち来い。」
カートはそう言い、父を人の少ない路地裏へ誘う。
「…酒はボウズにあずけとけ。」
父に内緒話を持ち掛ける者、それらの者はみな、店の中で顔を見た記憶がある。

「取り囲まれてる?警吏に?」
「ああ。旧教徒の中にも、テリーとか、過激なやつがいるだろう。実際に見てはいないが、やばいかもしれん。」

旧教徒?やばい?警吏の手により旧教徒狩りが行われているとしても、ただの酒場の店主に過ぎない父とどんな関係あるのだろうと思ったが、聞こえないふりをする。

瞬間、大きな盾のようなものを持った者で構成された一団が、噴水広場へ向かっていく。
「まずい…!」
カートは父との会話を切り上げ、先ほど彼が警吏と呼んでいた者たちであろう一団を追っていった。

追わなくていいの、と言えない緊迫感があった。子供の自分が介入できる事態ではないと、なんとなく理解していた。
父は「…帰るぞ。」といい、俺は先ほど父から渡された酒を返そうとしたが、いらん、と言われた。

噴水広場の方からは喚声が上がり、銃声が聞こえた後、静まり返った。
ガンシールド。一団の個々人が持っていた盾。大きな盾の真ん中に、銃を仕込んだ、防具兼用の武器。大事に至らなければ、盾で相手を制圧することもできるのだろうが、無情にも銃弾は放たれた。

「これらの者は、旧教徒にして、女王陛下への叛逆を企てるものである!」
そんな演説が聞こえてきた。現場から逃げてきたであろう人たちの話を総括すると、旧教徒たちの集まる建物に警吏が押し入り、そのまま戦闘となり、あっという間に鎮圧されたという。死者は4名を数え、その場で全員、晒し首にされたそうだ。

被害者は全て男性だったらしい。そしてヨナギ一家や知り合いには危害がなさそうだったことを知り、被害者には申し訳ないながらも安堵した。

父は足を止め、噴水広場の方を向き、十字を切った。もうすぐ家だから、お前は先に戻っていろ、と言われた。俺はその仕草の意味が、この時代、この場所でそれをする意味が、分かる年になっていた。父もまた、旧教徒だ。10歳の祭の日、俺はそれを理解した。

これは、まだまだ血なまぐささが残る、16世紀のテンブリッジでの物語だ。

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