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【白昼夢の青写真case2 2次創作「少年少女」第4話】

[ 第4話 大人 ]
さんざんな目に遭ったが、俺自身が「森の中の子供」にならずに済んだこと、そして、ヨナギが無事でいてくれたことは、本当に何よりだった。

ただ、怪我が無いにしては、あまりにもヨナギの姿に元気がない。むろん、見知らぬ大人から誘拐される、下手をすれば死んでいたかもしれない、なんてことを経験させられたのだ。そのショックの大きさを思えば、当然といえば当然たが、それでも、この反応は何かが違う。震えも、怖がっているという感じではない。

「おい、ヨナギ?」
改めて俺はヨナギに呼びかける。もしかして、俺がヨナギを見捨てて逃げ出したと勘違いして怒っているのか。でも、あの時の俺はああするしかなかった。子供の自分には、大人の力が必要だった。
仕方がなかったとしても、そんな想像は大いに心を曇らせた。

「ウィル…」
ヨナギは俺を見ずに、うつむいたままで言葉を紡ごうとする。彼女は彼女で、何かを懺悔するかのように。

「…ウィルがくれた宝石を、本物だって言い聞かせようとしたの。もちろん、信じてくれなかったけど、宝石屋の娘である私の言うことを信じられないのか、って。そしたら、向こうも半信半疑になって。それで、少しだけ時間を稼いだ。」
「ウィルがくれた、たからのいしが、私を守ってくれたの。あれがなかったら、私はとっくに連れ去られてた。」

ヨナギは普段とっぽいが、本来は賢く、肝も据わっており、咄嗟の場面では機転が利く。

「でも、やっぱり偽物ってバレて、あの2人が怒って…それで、宝石は…ウィルのくれた宝石は…わたしの、たからのいしは…」

握りこんでいた指を開くと、宝石のイミテーションは粉々に砕け散っていた。

「ごめんね…」
「せっかくウィルがくれたのに、なおらないよね、ごめんね…」

きっと、我慢に我慢を重ねていたであろう涙が、ヨナギの目から一気に溢れ出る。堪えに堪えた、声にならない声も、また同時に。
割れた石かガラスかわからないけど、イミテーションの破片を握り込んでいたせいで、手のひらのあちこちに血が滲んでいる。
怪我はないと聞いていたが、ロブの友人に介抱されていたときも、ずっと握り込んで、隠していたのか。

「ママに、自慢したかった…。私には、もう宝石を買ってくれる人がいるんだよ!って…。」
「パパにも、パパと同じくらい素敵な人がいるんだよって…!」

気がつけば、俺も泣いていた。ヨナギは、こんなにも俺のことを思ってくれていたのか。上手く表現できない感情が、心の底からこみあげてきて、涙になって流れ出る。
一方で、ヨナギには笑っていてほしいのに、ヨナギを笑わせてあげたいのに、それが出来ない無力な自分のもどかしさを、自分がまだまだたった10歳の子供であることが悔しくて仕方がない。
俺には、ヨナギの涙を止めるすべがなかった。それが申し訳なかった。

俺たちは抱き合って、声を上げてずっと泣いていた。互いにごめんね、ごめんね、と何度も何度も繰り返した。いつまでもずっと、大きな声で泣いていた。互いのことを想い合う「ごめんね。」は、とても温かかった。

          *

「なんにせよ、頑張ったな、お嬢ちゃんも、ウィルも。家まで連れてって、ジョンにお前の勇姿を報告してやるよ。」
ヨナギはさすがに疲れたのか、既にうつらうつらとしており、ロブに抱きかかえられた。

「私も、ついて行きますよ。この勇敢な男の子に簡単な治療をしてあげたいので。」
「エドも、今日はせっかくなのに、悪かったな。」
「何を言います。当然のことでしょう。さあ、ウィル、私に捕まりなさい。」

大丈夫だよ、と言い、自分の足で歩こうとした途端、たたらを踏んで尻もちをついた。そんな怪我をしているのだから、自力では無理だ、君はよく頑張ったよ、とエドと呼ばれた男に諭され、再びその大きな背中の世話になる。

エドに背負われていると、誘拐犯に遭遇して以降、突き上げられっぱなしだった感情の波が、徐々に穏やかになっていく。不思議な人だ。

そういえば、父以外の大人の男に、「ウィル」という名前だけで呼ばれたのは初めてだった。俺は2人に、どうしてウィルと呼んだのかを尋ねた。

「そりゃあ、今日のお前が立派な男の子だったからだよ。もう、ウィルの坊やとは呼べねえな。」
力強い笑顔で、ロブはそう言った。
「そうだ。ウィル。君はもう、私たちの友達だ。」
ロブとは対象的な穏やかな笑顔で、エドはそう言った。

二人の大人に、自分が少しだけ大人に近づいたことを認められて、少し恥ずかしくなったけど、一方では誇らしいと感じる俺がいた。

そして「二人きりにしてやれなくて悪いな。」と言ってニヤニヤするロブには、お前、台無しだよ!と思いつつ、やはり本物の大人には敵わないなと思った。

ヨナギを彼女の家に送り届けたとき、ヨナギの両親からはありがとうございます、ありがとうございます、と涙ながらに何度も感謝され、俺も、怪我の心配をされたあと、勇気ある行動だとか、冷静な判断だとかと褒めてもらえた。
何より、今後もあの子をよろしくね、といってもらえたことが、おじさんたちに男として認めてもらえたみたいで、一番嬉しかった。

俺がロブとエドと一緒に家に帰ったとき、父は遅い!と怒ったが、俺たちの表情を見てすぐに何かを察したようで、しばらくゆっくり休んでいろ、明日はヨナギちゃんに花でも買ってやれ、とだけ言い、ちょっとした額のお小遣いをもらった。

これは、大人たちがまだまだ格好良かった、16世紀のテンブリッジの物語だ。

(おわり)

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