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【白昼夢の青写真case2 2次創作「少年少女」第2話】

[第2話 足音 ]
(…お前の死まで見ることになるとはな。お前の冥福を祈ることくらいしか出来なくて、本当にすまない。)
首だけとなったテリーの痛ましい姿の前で、心の中で祈りを捧げる。現実は、見たくもないものばかりだ。しかし、俺くらいは、生き残った者の使命として、一人の人間が確かに生きていたという証を、最期を、見届けてやらなければいけない。せめて、この目が見えているうちは。

          *

昨日の銃殺事件は、翌日以降も街をにぎわせていた。死亡して首を晒された者の中には、武闘派教徒として名を馳せたテリーもいた。テリーは旧教徒(カトリック)屈指の過激派としてその界隈では名を轟かせる傍ら、表の顔として、テンブリッジあたりのゴロツキたちの悪行をおさえつける、自警団をも率いていた。

「テリーが死んだとなると、また街の治安が心配になるな。」
「警吏も、女王陛下への得点稼ぎを優先したいのか、旧教徒狩り以外の仕事は真面目にやらないしねぇ。」
時に困った顔が、時に苦々しい顔が見受けられた。街ではいま、そんな会話が繰り広げられている。

夜になり、俺は父の酒場で働く。客からオーダーがあれば、テーブル席へ料理やエールを運ぶ。
ここテンブリッジでは、水よりエールの方が安い。それは言い過ぎかもしれないが、水のようにエールを喉に流し込む者は少なくない。

「テリーたちのおかげで、『森の中の子供たち』も見なくなったのにな。」
「なんだよ、その『森の中の?子供たち?』ってのは。」

テーブル席の会話が、耳に入ってきた。

「童話だよ。遺産の相続を巡って、子供たちが殺されるって話。子供の死体が森の中から発見されると、童話の内容よろしく、そう言われるんだよ。」
「なにそのシビアな童話。てかお前、顔に似合わず物知りだな。」
「一言余計だよ。」

不穏な話だと思ったが、話として聞いている分には楽しい。酒場の噂話にはつい耳を奪われてしまうが、父に呼ばれれば、仕事に意識を向けなおし、エールを他のテーブルに運ぶ。そのうち閉店時間を迎え、今日も俺の1日は終わる。

          *

「ウィル、いるー?ウィルー?」
ヨナギの声が聞こえてきた。俺がいることがわかっていても、必ずそう声をかけてくる。見えはしないが、きっと手をぶんぶん振っていることだろう。そんな姿を想像すると、なんとも嬉しい気持ちになる。店の中に入ってこられたら、また親父に茶化されるから、外着に着替え、簡単に髪を整えてから外に出る。 

「おはよう。どうしたの。」
「買い物付き合ってよー。」
「なんでもいっぱい持ってるだろ。他に何が欲しいんだよ。」
ヨナギの家は裕福だ。近所の子供たちと比べても、服装からして垢抜けている。
「かわいいものなら全部!」
ヨナギは満面の笑みを浮かべてそう言った。

噴水広場を抜けて、商店街へ向かう。足で小石を蹴ったり、道端に生えている木の葉っぱをむしったりしながら、他愛のない会話をする。

「『ウィリアム』ってどんな意味なの?」
「ざっくり由来を話せば、意思(will)に兜(helm)から来るんだって。つまり意思が強い、ってことじゃないかな。」
「ウィルが?」

ヨナギは半笑いになっていた。自分の名前が馬鹿にされたようで、少しだけ腹が立った。

「お前こそ、ヨナギってなんなんだよ?」
「んー?遥か遠くの国の言葉で、静かな海?穏やかな世界?そんなんだって。」
「限りなくかけ離れとる。おじさんとおばさんもさぞ悲しいだろう。」
俺は憐れむように言った。

「言い過ぎ!」
ヨナギは怒り出し、俺の頭を小突いた。
「痛った!」

自分たちの年齢で2歳の差は、大きな差だ。本気で取っ組み合ったら、たぶん俺は負けるだろう。そもそも、荒っぽいことは苦手だ。ここは黙っておこう。

「あー、大丈夫?ちょっとたんこぶになっちゃったねぇ。かわいそう。」
「ヨナギがやったんだろ!!」
黙っていられなかった。ヨナギの言うとおり、俺はやはり意思が弱かった。

ヨナギと会う日は、そんなやりとりをして過ごしている。正直に言うと、こんな日常はとても楽しい。

商店街でざっと商品を見てまわったが、途中でイミテーションの宝石をねだられたから買ってあげたくらいで、他にヨナギの眼鏡に叶うものはなかったようだ。パン屋でパンと飲み物を買い、森の奥にある公園に行こうという話になった。

途中、父の店の常連であるロブと呼ばれている男に声をかけられた。見かけたことはないが、友人と一緒のようだ。
「おっ、ウィルの坊やと宝石屋のお嬢ちゃんじゃねえか。お楽しみに行くのか?」
…父にせよロブにせよ、俺を見たらからかわないといけないルールでもあるのか。二人で挨拶をし、ごまかすようにその場を離れようとする。

「今日はコイツとここで飯だから、お店に行けなくて悪いな。あんまり遅くなるなよ。」
またよろしくお願いします、と言って、ロブと別れた。

          *

「お楽しみって何?」
「いや、なんでもないよ。」
てくてく歩く道中でそんなことを聞かれたので、適当にごまかした。公園に到着し、大きな平の石の上に並んで座った。パンを食べ、飲み物を口にしながら、会話は続く。

「ウィル、今日はありがと。宝石、嬉しかった。」
「ガラス細工の模造品だよ。」
照れているのを悟られるのが恥ずかしくて、ぞんざいな物言いをする。

「ううん、ウィルからのプレゼント。たからのいし」

手の上で転がして、愛おしそうにつぶやく。そんな姿を見てしまうとダメだ。勘違いしてしまう。

「やっぱり宝石だよねー。パパのお店にある宝石も、いつか欲しいな。いいなー、宝石。欲しいなー。」
ヨナギはとても楽しそうだった。

「ママは、パパと、パパ以外の男性から求婚されてたんだって。パパは宝石屋で、もう一人の男の人は詩人だったって。」

「あるとき、二人からプロポーズをされたんだけど、詩人の人の言葉が本当に情熱的で、感動的で、ママ、すごく心が揺らいだみたいで、そのときのママは、自分は詩人の男の方と結婚するんだろうな、って思ったみたい。」

へえ。言葉の持つ力はすごいな。パンを齧りながら、素直にそう思っていた。

「でもパパは、黙ってダイヤモンドの指輪を送ったんだって。ダイヤモンドなんて、王侯貴族のものだよ?!スコットランドのメアリー女王がもらってたものだよ?!すごくない?」

「で、ママはパパを選んだんだって。自分へのどんな言葉より、ダイヤモンドをくれたことが、何より自分への愛だと思ったんだって。」

…いやいや、おばさん、現金すぎひんか。
結局男は金、という身も蓋もないエピソードを、なんだか良い話し風にまとめ上げたヨナギは、目をキラキラさせて、とても満足そうな様子だった。また余計なことを言って小突かれるのも嫌なので、適当に相槌を打つことにした。

【ものを言わぬ宝石のほうが、どんな人間の言葉よりも、とかく女心を動かすものである。】

ふと、そんな言葉が頭をよぎった。自分で物語を描くことがあれば、使ってみたいと思った。

          *

「あれが宝石屋の娘のヨナギか。いいねぇ。顔も綺麗だけど、金持ってそうだねぇ。」
「だろ?しかも今の話。ダイヤモンドだってよ。これ一攫千金かもしれんぜ。」
「森の奥まで来てくれて、ありがたい限りだな。」
「『森の中の子供たち』ってか…ガキの方はご愁傷様だな。」
ゴロツキと呼ぶに相応しい、ならず者二人が、木々の間からウィルたちに向かい、歩みを進める。

これは、不穏な空気が充満した、16世紀のテンブリッジの物語だ。

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