140文字が描く自由と繁栄の弧とそのキセキ〜虹

冷蔵庫の中身が少なくなっているよ。料理のための食材の購入をお願いするわ。僕はアルゴリズムによって推薦されたメニューの中から、子どものお気に入りを選ぶ。そしてスーパーマーケットと繋がったきまぐれな冷蔵庫が食材の購入を決定し、スーパーマーケットから食材が届く。食材の配達も、超特急と呼ばれるうさぎや配達員に優しいゆっくりである亀などから選ぶことが出来る。また人ではなくロボット配達員による配達を希望することも可能だ。無機質なロボット配達員ではなく、人による配達を希望する者は商品の受け取り時に雑談をしたがる。注文者との雑談は配達員も丁寧に応対する。注文者は配達員に対して高評価や低評価のランク付けをするのだ。配達員には注文者から高評価を得るための裏マニュアルも存在する。人気の配達員は芸能人やタレントと同じような扱いを受け、報酬も上昇する。
2019年、1年間に生まれた子どもの数を表す「出生数」がはじめて90万人を下回る見通しとなった。これに対して、安倍晋三内閣総理大臣は「国難とも言える状況」だと指摘し、希望出生率1.8の達成に向けて、あらゆる施策を動員して少子化対策を進めることを指示した。20XX年のNeo東京ではイクメンと呼ばれる家事や育児もこなす男性がほとんどである。
2019年10月に中国で発生したとされる新型コロナウイルスは他者との接触を避け、安全な距離を保つソーシャルディスタンスによって感染拡大を防ぐことができる。そして、パンデミックとの戦いは新しい生活様式ももたらした。たとえば、マスクの着用はウイルスの拡散を防ぐことに役立ち、また手指衛生の維持もウイルスの感染防止になる。マスクの着用は子どもの社会的発達に悪影響を与える可能性も指摘されるが、VRアバターが自己開示を促すと示唆されるように(市野ほか 2022)、日本におけるコミュニケーションの特徴とされる空気を読むハイコンテクストな文化の変容を迫る可能性も考えられる。さらに、ソーシャルディスタンスによってオルタナティブな働き方の導入も進んだ。そのひとつがリモートワーク(テレワーク)である。テレワークの実施確率は仕事のタスク特性や仕事の成果をみえやすくする労務管理手法、すなわち、職業によって実施確率が異なることが示唆されており、年収が高い職業であるコンサルタントなどがテレワーク環境との親和性が高いことも示されている(Kawaguchi and Motegi 2020)。このため、リモートワークの実施は労働者の間に不平等を生む懸念も考えられるが、高齢者や育児などにより労働市場への参加が難しい労働者の働き方を柔軟にすることで、労働市場への参加を促す可能性もある。また、在宅勤務はイクメン化を促進することや(井上ほか 2021)、新型コロナウイルスによるパンデミックによってリモートワークをする男性が家事や育児に参加したことで、長期的にはジェンダー規範の変化により男女の賃金格差が縮小する可能性も示唆されている(Alon et al. 2020)。さらに、Richard Baldwin氏が著書『GLOBOTICS』で述べたTelemigration(遠隔移民)は、地域の隔たりを超えた労働市場を拡大させることも考えられる。たとえば、一年の半分の期間は東京で米国の仕事を請け負い、残りの半分の期間は沖縄で欧州の仕事を請け負うことも可能だ。浮動する二毛作の労働の増大である。
Walter Scheidel氏の著書『暴力と不平等の人類史』では、人類の格差を解消してきたものは「戦争」、「革命」、「国家崩壊」、「疾病」とされているが、Russia's aggression against Ukraineや新型コロナウイルスによるパンデミックは平等化を促した。技術革新などによる革命後の20XX年のNeo東京ではゆるやかに人口が減り続けるが、2019年に安倍晋三内閣総理大臣が指摘した「国難とも言える状況」は転換し、イクメンの増加などこれまでのどの時代よりも自由や平等が拡大し、生活の質の向上が実現し、豊かな人生を送る人々が増加している。

1 新たなる革命

1.1 産業革命の歴史

これまでの歴史の中で、4度の産業革命が起きたとされる。
最初の産業革命は18世紀末から19世紀初頭にかけて英国で発生したものである。この第1次産業革命のきっかけとなったものが、ジョン・ケイが発明した飛び杼であり、飛び杼を活用するために改良が進んだ紡績機である。またワットが発明した蒸気機関を交通機関へ応用することで長距離移動が可能になるなど、移動手段における革命も起きた。この移動手段の革命によって、農村から都市への人口移動の増加も生じた。第1次産業革命における人の手作業から機械化による効率化は労働時間を短縮させることになり、仕事以外の時間も増加した。仕事以外の時間であるleisure(レジャー)やleisure time(余暇時間)の概念は、この時期に起こったと考えられている。人々のライフスタイルは変わり、紅茶を楽しむ労働者も増加した。一方で、熟練労働者は機械の普及によって仕事を奪われ、ラッダイト運動と呼ばれる機械打ちこわしも起きた。1780年から1840年の間に、労働者一人当たりの生産高は46%増加したとされるが(Carl B. Frey 2019)、技術の変化による短期的な調整コストが熟練労働者に与えた影響は小さくなかった。
次に、第2次産業革命は19世紀後半から20世紀初頭にドイツや米国を舞台として起きた。この時期には主要なエネルギーが石炭から電力や石油へと変わり、製造業等の重化学工業が栄えることとなった。たとえば、トーマス・エジソンによる白熱電球の実用化や世界初の発電所がニューヨークで操業されたのもこの時期である。さらに、自動車の生産も始まり、ヘンリー・フォードによるフォード・モデルTが大量生産されたのが20世紀初頭である。また、この自動車の大量生産には経営における管理の手法も寄与した。すなわち、フレデリック・テイラーが提唱した科学的管理法(テイラーリズム)と呼ばれる手法であり、課業管理、作業の標準化、作業管理のために最適な組織形態を定めることにより労働者を科学的に管理する方法論である。科学的管理法における以前の管理は成り行きによる経営や組織的怠業も少なくなくなかった。フレデリック・テイラーによる科学的管理法は労働者の生産性を向上させ、大量生産のための方法論として役立った。この第2次産業革命の時代は物質的な豊かさが向上し、物質主義的な価値観が進んだと考えられる。
さらに、第3次産業革命については統一的な見解は得られていないが、World War Ⅱ以降におけるコンピュータの発達、1990年代からのICTによる生産の自動化・効率化やデジタル革命、Jeremy Rifkin氏による21世紀初頭のインターネット技術の発達や再生可能エネルギーを指すとされる。戦後、経済分野では米国や欧州のほか、アジアでは主に日本において工業化が大きく進展した時期と重なる。また政治分野では米ソを中心とした東西の対立である冷戦が存在し、1989年12月のマルタ会談において冷戦が終結した。冷戦の終結は民主主義と市場経済の勝利であると考える者も少なくなかった。日本においては、1956年に経済企画庁から公表された経済白書で「もはや戦後ではない」と記述され、その後は復興から厳しい停滞の時代に入ることも予想されたが、さらなる成長のエンジンによって高度成長を遂げた。そして、Ezra F. Vogel氏がJapan as Number1とする時代も到来した。Googleの20%ルールと類似のスカンクワークスであり、W.E. Deming博士による品質管理の考え方が発展したQCサークルの発明や、日本的経営が高く評価されたのもこの時代である。第3次産業革命では日本はイノベーションの中心となったが、イノベーションのジレンマからの転換はその後大きく遅れることとなった。
最後に第4次産業革命であるが、同革命ではIoTおよびビッグデータ、AIによる技術革新が中心となる。インターネットの利用などのデジタル化によって、財やサービスを追加的に生産する費用が大きく低下する。この限界費用の低下はネットワーク効果による外部性を発生させ、財やサービスの利用者が増えるほど利便性が高まる。一方で、デジタル化によってプラットフォームのMulti-sidedが進み、市場はWinner takes allと呼ばれる勝者独占の経済も生む。さらに、ビッグデータやAIの活用は労働者の技術変化も発生させ、人間の判断や専門知識を補完するアルゴリズムとなり得る。一例として、地元大学のアメリカンフットボールのチームが負けるはずのない試合にたまたま敗れると、裁判官が下す処分刑期が通常より伸びると示唆する研究が存在する(Eren and Naci 2018)。人間の判断や認知にはヒューリスティックなバイアスが存在し、AIを裁判等に活用することは判断等におけるノイズを減らすことに役立てることも出来ると考えられる。しかし、第1次産業革命における技術的失業と同様に、人間の仕事を代替するロボットをはじめとする技術の登場によって失業に苦しむとする陰気な予測も少なくない(Brynjolfsson and McAfee 2012, Frey and Osborne 2013, Ford 2016)。
貧困や戦争などの争いは残っているが、これまでの産業革命は社会を確実に豊かにしてきた。続いて、次世代の産業革命について検討を行うことにしよう。

1.2 新たなる産業革命

これまでの4度の産業革命では資本主義経済が大きく発展し、世界では民主主義や自由、法の支配、基本的人権の保障なども進んだ。人は生まれながらに自由かつ平等であり、生命や財産についての自然権を有する。たとえばトマス・ホッブズによると、自然状態は万人の万人による闘争であるとされた。社会契約によって成立した国家をリヴァイアサンに例え、強力な国家の存在によって個々人の自然権が保障されると考える。ホッブズの考えでは抵抗や革命は認められないが、現代では抵抗や革命に類する民主主義的な手段によって、強力な国家に足枷を嵌める必要性も重要であると思われる。昨今、民主主義の限界も叫ばれており、独裁が経済成長を加速させるのではないかとの議論も存在する。たとえば、コロナ禍は格差と憎悪の拡大を生み、SNSによる情報汚染、ポピュリズムの台頭は民主主義にとどめの一撃を加え、世論に耳を傾ける民主主義的な国ほどコロナで人が亡くなって、経済の失速も大きいと示唆する研究もある(Narita et al. 2020)。Robert J. Gordon教授の著書『The Rise and Fall of American Growth』(邦訳名『アメリカ経済 成長の終焉』)では米国の経済状況が描かれ、1870年以降の100年で起きた発明や技術革新は人間の生活や生活水準に広範な影響を及ぼしたとされるが、1970年代以降に経済成長が減速したことも記述している。コンピュータやスマートフォンなどのIT機器が日常生活に及ぼした影響は1940年までの発明である水道等と比較すると影響が小さかったとしている。資本主義経済における物質主義的な豊かさは高原現象であるプラトーの状態であり、成長の限界に近づきつつある停滞の時代を迎えているのが現代でもある。
それでは、G7(日本・米国・ドイツ・英国・フランス・イタリア・カナダ)各国およびBRIICS economies(ブラジル・ロシア・インド・インドネシア・中国・南アフリカ)の1人当たりGDP・生産性・ULC(Unit Labor Cost)の伸びについて、OECDの統計データをもとに確認することとする。これらを表したものが下図である。

図は1971年から2020年までの期間(BRIICS economiesは1999年から2020年)を表している。この期間を次の三つの期間、(1)1971年から1989年(第3次産業革命の前半)、(2)1990年から2007年(第3次産業革命の後半、BRIICS economiesは統計のある1999年から2007年とする)、(3)2008年から2019年(世界金融危機から新型コロナウイルスの発生まで)に分け、1人当たりGDP・生産性・ULCの伸びの平均値を比較する。
まず、第一の期間では日本の伸び率が3.55%と最も大きく、イタリアの2.90%や英国の2.51%も高い成長率を示している。日本企業は1989年当時、世界時価総額ランキングで上位50社中32社を占めていた。また世界時価総額ランキングの上位の企業は、主に金融業、エネルギー業であった。なお、この期間において、統計を確認したすべての国の1人当たりGDP・生産性・ULCの伸びの平均値は2.63%となっている。
次に、第二の期間ではBRIICS economiesが6.28%と最も大きな成長を遂げた。続いて、英国の1.99%、米国の1.87%、ドイツの1.73%の順となっている。1995年にはMicrosoftがWindows 95を発売し、パソコンが一般家庭にも広まるきっかけとなった。第一の期間で最も大きな伸びをみせた日本は、この期間における成長率は1.26%となっており、統計を確認したすべての国のうちで最も低い成長率となっている。1989年のある雑誌には、「ワープロはいずれなくなるか?」という質問に対して、対談に参加していた企業の担当者のほとんどはワープロは無くならないと回答していた。未来を予測することは難しいが、未来は創るものでもある。技術変化によるICTの普及など、Japan as Number1となった日本は転換のための調整コストが大きく、長期停滞の時代に突入していた。なお、この期間において、統計を確認したすべての国等の1人当たりGDP・生産性・ULCの伸びの平均値は2.18%(中央値は1.63%)となっている。これらの国は第一の期間より成長率が低下し、物質主義的な豊かさの限界も示唆される。
最後に、第三の期間は世界金融危機後の10年であり、(それまでも存在したと考えられるが)格差や不平等の問題が顕在化した時期でもある。また、米国のGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)と呼ばれるテックジャイアントを中心に、デジタル経済も進んだ。この期間も第二の期間と同様に、BRIICS economiesの成長率が5.05%と最も大きい。続いて、ドイツの1.03%、米国の0.95%の順となっている。米国経済を大きく牽引しているのはGAFAMであり、これらのプラットフォーマーは国家を超える権力を有すると述べる者も存在する。さらに、ドイツの高い成長率はEUにおける統一通貨であるEuroの影響も考えられる。世界的な経常収支の不均衡も拡大するが、ユーロ圏においてドイツが一人勝ちした要因にはEuroがあるとの指摘も存在する。また、この期間における日本の成長率は0.55%となっており、英国の0.60%、カナダの0.56%と同水準となっている。日本の成長率に上昇の傾向はみられないが、GAFAMを除いた米国企業と比較すると、日本企業のパフォーマンスは劣っていないとの指摘もある。なお、この期間において、統計を確認したすべての国等の1人当たりGDP・生産性・ULCの伸びの平均値は1.10%(中央値は0.58%)となっている。世界経済は減速の傾向にあり、今後の成長のためには新大陸を開拓する必要性が考えられる。
それでは、何処で新たなる産業革命が起きるか。108つの異界も存在する超空間であるメタバースや、日本国内においては地方の再生も革命の舞台となる可能性が考えられる。

1.3 創造的破壊とフロンティア

1.3.1 メタバースと呼ばれる超空間

ここでは、まず新たなる産業革命の舞台となる可能性が存在するメタバースについての検討を行うこととする。「メタバース」という語は、ニール・スティーヴンスン氏が1992年に発表したSF小説『スノウ・クラッシュ』において初めて使われた。メタバースは「超越した」、「高次の」という意味を持つmetaと、「宇宙」や「森羅万象」の意味を持つuniverseという語を組み合わせた造語であり、コンピュータ上で構築された仮想世界を指すとされている。
それでは、このメタバースと呼ばれる仮想世界での産業革命について想像する。たとえば、ゆるキャラとして人気があるくまモンを大統領とするバーチャル都市国家「あつまれ くまモンランド」の建国も考えられる。2019年に発生した新型コロナウイルスによるパンデミックの影響は在宅時間を増加させることとなった。在宅時間の増加は可処分時間の行動変容を生じさせ、Nintendo Switchのゲーム『あつまれ どうぶつの森』も大ヒットとなった。同ゲームでは無人島での生活を過ごす。たぬきちというキャラクターは島の住人からお金を徴収し、コミュニティに還元するなどしている。一方で、たぬきちには闇も存在するとされている。このため、たぬきちの膨らんだお腹は毒饅頭でできている可能性も考えられる。くまモンによる熊本県への経済波及効果について、日本銀行熊本支店が2013年に試算した結果は、過去2年間(2011年11月から2013年10月)に1,244億円であったとされている。2021年3月に熊本県により定められた「新しいくまもと創造に向けた基本方針」において、世界中でくまモンが愛され、熊本県全体をくまモンの魅力あふれる場所にすることで、ヒト・モノ・企業が熊本に集まるようになるという考え方である「くまモンランド化構想」が謳われ、2022年3月には同県知事である蒲島郁夫氏が、駅や港など、どこでも生のくまモンに会える構想を考えていることも話している。バーチャル都市国家「あつまれ くまモンランド」には108つの異界や煩悩、ヒト、モノ、企業などが集まる。108つの異界には地球のほか、ナメック星やくじら島なども存在する。たとえば、地球に召喚された石田三成はバーチャル日本でシン・関ヶ原の戦いを行い、西軍が勝利することで歴史を塗り替える。また、バーチャル日本のすべてをぐんまで征服しようとするぐんまの野望も現れる。バーチャル都市国家「あつまれ くまモンランド」における戦争は、Googleの開発チームであるNiantic Labsがリリースした『Ingress』のような陣取りゲームまたは任天堂の『スプラトゥーン』におけるバトルルールのひとつである地面を塗りまくって、面積(ナワバリ)が多いチームの勝ちという方法のみに交戦権を与えることも考えられる。国の主権は領土、領海、領空に及ぶとされるが、メタバースにおいても土地は重要な意味を持つ可能性が考えられる。しかし、それは平和的な手段によってのみ解決することができる。
さらに、メタバースにおける超空間経済ではNFT(Non-Fungible Token)と呼ばれる非代替性トークンも注目されている。しかし、NFTは発効について金融商品取引法上の登録等が必要となり、資金決済法における2号暗号資産の該当性などの問題があると考えられている。また、NFTは音楽やゲームのアイテム等の著作権や、画像、動画等の肖像権やパブリシティ権などのデジタルコンテンツと紐づけられ、NFTをマーケットプレイス等で取引する際の法律構成も現在の課題であるとされている。このNFTによる新しい活用事例として、NFTポケモンカードやNFTゆるキャラカードも考えられる。世界最初のトレーディングカードゲームは、米国で1993年に発売された『マジック:ザ・ギャザリング』(以下、MTGという。)である。同トレーディングカードゲームは世界中で4,000万人を超えるプレイヤーとファンを持つ、戦略ゲームである。MTGの類似のゲームとして、日本国内では1996年10月に『ポケットモンスターカードゲーム』が発売された。現在、ポケモンカードの取引には、1枚4,000万円の値が付くものも存在する。このポケモンカードをNFT化する場合、プレイヤーがトレードした回数に応じてモンスターが進化、レア度が上昇するという仕様も考えられる。このようなNFTポケモンカードは、ポケモンのコンセプトであるコミュニケーションとしてのツールの役割を果たすことも出来る。

1.3.2 地方自治の再生


続いて、地方再生のための地方自治の創造的破壊について検討を行う。まず、総務省から公表されている人口推計によれば、日本における総人口は1億2550万2千人(2021年10月1日現在)となっている。総人口の減少幅は比較可能な1950年以降過去最大となっており、また新型コロナウイルスの影響もあり2021年の出生数も大幅に減少し、81万1604人と過去最少を更新している。このような状況下で、子育て世代の転入者が増加し、現在注目されているのが兵庫県明石市である。地方自治法第252条の22を根拠とし、同法同上22第1項の中核市の指定に関する政令に基づき指定されている人口20万人以上の都市である中核市は全国に62市(2022年4月1日現在)存在するが、兵庫県明石市の人口増加率は中核市において最も大きい(総務省 2020)。しかし、総人口が減少を続けている中で人口獲得競争を行うことは、日本全体でみるとマイナスサム・ゲームになることも考えられる。すなわち、ある自治体の人口が増えていれば、他のいずれかの自治体は人口が減っているのである。たとえば、地方の財政格差は地方法人二税(法人住民税、法人事業税)が大きいと指摘されることもある。地方間財政力格差については、税源の偏在性が小さく、税収が安定的な地方税体系を構築する方針も打ち出されていたが(内閣府 2018)、この格差を是正するためには次の方法も考えられる。すなわち、道州税の創設である。
戦後日本は国の主導による「国土の均衡ある発展」や「地域間格差の是正」を基調として、全国的に格差の小さい1億総中流社会も実現した。増え続ける人口と格差の小さい分厚い中間層の存在は潜在成長率を上昇させ、経済は成長を続けて大衆社会も生んだ。また地方から都市への人口移動も増加した。一方で、国と地方は従属する関係にあり、これを対等・協力の関係に改めるための議論も行われた。主にバブル景気が崩壊して以降の1990年代に地方分権改革が推進された。1993年6月、衆参両院において「地方分権の推進に関する決議」がなされ、翌々年の1995年7月には地方分権を総合的かつ計画的に推進することを目的とする地方分権推進法が制定された。これにより地方分権推進委員会が設置され、同委員会による四次にわたる勧告を受け、1998年5月に地方分権推進計画が作成され、法案がまとめられた。その翌年である1999年に地方分権推進一括法と呼ばれる「地方分権の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」が成立し、翌2000年4月から国と地方公共団体を対等・協力の関係とすることを目的とする同法が施行された。また、同時期には平成の大合併と呼ばれる市町村の合併運動も推進された。この合併運動によって、1999年3月に3,232あった市町村数は、2014年4月5日には1,718となった。憲法第92条において、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定めるとされており、この規定に基づき地方自治法が定められている。地方自治法は地方公共団体における民主的にして能率的な行政の確保を図るとともに、地方公共団体の健全な発達を保障することを目的とするが、憲法等に規定されている地方自治の本旨とは次の二つの原則を指す。第一に、地方自治が住民の意思に基づいて行われるという民主主義的要素である「住民自治」であり、第二に、地方公共団体が国からの独立性を有し、地方公共団体が自主的に自らの事務を処理することができる「団体自治」である。1990年代以降、人口減少や地方の複雑化する課題に対処するべく、従来の中央集権型システムから新たな時代における国・地方関係を構築するため、基礎自治体の行財政基盤の確立等を目的として、地方分権が推進されたと考えられる。その後、さらなる広域課題への対応のため、47都道府県を廃止して道州の設置等を目的とする道州制の議論がなされ、2006年には第28次地方制度調査会により「道州制のあり方に関する答申」が出されたが、現時点では道州制の実現には至っていない。戦後の体制を財政面から支えてきた最も重要な支柱は地方交付税制度であるとの指摘もあるが(西尾 2001)、道州税は現在ある47都道府県等の行政区画は存続させた上で、東京都および東京23特別区にある都区財政調整制度と類似の制度とする。すなわち、中核市を中心とするクラスターにより税のみにおける仮想の道州制をつくり、この仮想の道州制の間で税の再分配を行い、地域間の税収格差の是正を目的とするものである。米国では、スターサイエンティストがその地域により多く存在すると、その地域にベンチャー企業が誕生する可能性がより高くなると示唆する研究が存在する(Zucker et al. 1998)。日本の場合は結果が異なり、「地域外」のスターサイエンティストとのコラボレーションがプラスの効果をもたらすとされている(Zucker et al. 2001)。日本と米国では結果が異なるが、スターサイエンティストが企業のパフォーマンスに影響を及ぼすという点は同様である。また、地域経済においては地域金融機関の果たす役割も小さくないと考えられるが、2016年度の決算では106行ある地域銀行の過半数の54行が本業で赤字となっているとされる(金融庁 2018)。同報告書では金融インフラの確保や地域における金融仲介機能の発揮等も指摘されているが、道州税は地域間の資金循環を生産性の低い企業から越境も含めた生産性が高い地域に資金が流れるように促す効果も期待される。このように、道州税は中核市を中心とした地域の生産性を向上させ、人や企業の行動も変え、一部の自治体のみだけでなく周辺自治体との協力による繁栄が重要となる。
さらに、地方の財政制度のひとつに、ふるさと納税制度が存在する。同制度は当時の総務大臣である菅義偉氏が旗振り役となり、2008年度の地方税法改正によって導入された。2008年度に72億5,996万円に留まっていた寄附金は、2021年度には全国計で8,000億円を超える規模となっている。ふるさと納税制度は寄附者が生まれ育ったふるさとだけでなく、自分の意思で応援したい自治体も選ぶことが出来る。すなわち、どの自治体にでもふるさと納税を行うことができる。そして、寄附をした本人は返礼品を受け取るだけでなく、手続により一定限度額まで所得税と個人住民税の控除を受けることができる。このため、各地方公共団体の返礼品合戦は過熱してきた。また、ふるさと納税は地域間の税収格差を是正する効果も期待されるが、2013年度の数値を用いて(1)ふるさと納税による減収額が生じなかった場合の都道府県別個人住民税の一人あたり税収、(2)ふるさと納税による減収後の都道府県別個人住民税の一人あたり税収について、変動係数を測定すると、(1)が0.2164、(2)が0.2162との試算がある。つまり、ふるさと納税による地域間の税収格差を是正する効果は小さいというものである(橋本ほか 2016)。さらに、同制度によって、地方公共団体には所得税や住民税の税収ロスが発生することもある。しかし、ふるさと納税制度の、「今は都会に住んでいても、自分を育ててくれた「ふるさと」に、自分の意思でいくらかでも納税できる制度があっても良いのではないか」という趣旨は重要であると考えられる。このため、ふるさと納税制度をアップデートする利用法も検討されるべきだ。たとえば、noteが2022年7月13日にリリースした新機能であるメンバーシップをふるさと納税の変形版として活用することも考えられる。noteはクリエイターが文章やマンガ、写真、音声を投稿することができ、ユーザーがそのコンテンツを楽しんで応援できるメディアプラットフォームであり、このプラットフォームを活用する国や地方公共団体は増加し、オープン社内報を発信する企業も存在する。noteのメンバーシップは月額課金型のコミュニティを運営できるものであり、同機能を活用して地域の飲食店や著名人、アーティストなどを応援できる可能性も考えられる。ふるさと納税制度やふるさと納税制度を代替する手段は、地方自治のあり方を考え、地方再生のためには大切である。
現在、民主主義の危機も叫ばれ、住民自治の充実は地方のコミュニティや民主主義における課題である。この住民自治の担い手には、地域の住民だけでなく都道府県議会議員および市区町村議会議員なども存在する。これらの議員はそれぞれの地域における選挙によって選出されるが、被選挙権には住所要件がある。住所要件が存在する趣旨には、その地域に住所がある者はより地域について詳しく、民主主義の担い手として適していると考えられるためであると思われる。このような情報の非対称性を解消するために、1.3.1で述べたNFTの活用の一例として、NFTによって地域における情報の非対称性を解消することが出来れば、住所要件を満たさない場合であっても被選挙権を得られるようにすることも考えられる。たとえば、『鉄とコンクリートの守り人』という社会貢献型位置情報ゲームがある。このゲームは国内のインフラ老朽化の課題に対して、日本にあるすべてのマンホール蓋をプレイヤーである守り人が撮影し、老朽化のダメージ状態を投稿することでポイントや特典が得られ、インフラの安全を確保することもできるという優れたものだ。このようなゲームへの参加は、地域について、住民と非住民との間における情報の非対称性を解消することに利用することも可能である。


地方自治再生のための課題は少なくないが、最も重要なことは教育であると考えられる。不平等は恵まれた人とそれ以外の人との分断を生みやすい。貧困による格差の固定化の懸念も少なくない。格差には、生まれ育った地域や文化資本の格差なども存在するが、教育によるケイパビリティの向上は人々の選択肢や自由の拡大に繋がる。教育による人的資本の蓄積は、地域の産業構造の転換などをこれまでより容易にする。知識によって人々の生活が豊かになるだけでなく、知識の生産はその地域を豊かにする可能性も存在するのだ。

2 3年後に必要なスキル、さらに30年後に必要なスキル

ここまで産業革命の歴史や新たなる産業革命の可能性についてみてきたが、次に3年後に必要なスキル、さらに30年後に必要なスキルについての検討を行う。
はじめに、3年後に必要なスキルの検討を行う上で、産業別就業者数の変化および賃金水準を確認することとする。産業別就業者数の変化については総務省から公表されている「労働力調査」を用いて、2010年における就業者数(総数)を1とした場合の2021年における変化率を調べた。また、賃金水準については厚生労働省から公表されている「令和3年賃金構造基本統計調査」を用いて、一般労働者の「きまって支給する現金給与額」に12月を乗じた額に、「年間賞与その他特別給与額」を加えることにより算定した。就業者数の変化(青色のbar)および賃金水準(赤色のpoint)のそれぞれを表したものが下図である(なお、賃金水準について、農業および公務(他に分類されるものを除く)は値がないため未計算としている)。

まず、産業別就業者数の変化を確認する。図を確認すると、男性および女性では、女性の就業者数の増加率が高いことが分かる。詳細をみると、男性の就業者数は、(1)医療・福祉(0.380%)、(2)情報通信業(0.245%)、(3)学術研究・専門技術サービス業(0.220%)、(4)不動産業・物品賃貸業(0.186%)、(5)教育・学習支援業(0.116%)の順に増加率が高い。反対に、(1)農業(▲0.130%)、(2)宿泊業・飲食サービス業(▲0.078%)、(3)建設業(▲0.068%)、(4)電気・ガス・熱供給・水道業(▲0.067%)、(5)生活関連サービス業・娯楽業(▲0.062%)の順に減少率が高くなっている。また、就業者数でみると、2010年の3,561万人から2021年の3,616万人となり、就業者数は増加している。さらに、賃金水準も確認すると、就業者数の増加率が高いのは賃金水準が高い産業もあれば、賃金水準が比較的低い産業の場合もある。男性においては、就業者数の増減と賃金水準は産業毎にばらつきが存在する。
一方、女性の就業者数は、(1)情報通信業(0.510%)、(2)電気・ガス・熱供給・水道業(0.5%)、(3)公務(他に分類されるものを除く)(0.5%)、(4)不動産業・物品賃貸業(0.45%)、(5)学術研究・専門技術サービス業(0.379%)の順に増加率が高い。反対に、(1)農業(▲0.229%)、(2)生活関連サービス業・娯楽業(▲0.056%)、(3)サービス業(他に分類されないもの)(▲0.037%)、(4)宿泊業・飲食サービス業(▲0.021%)、(5)製造業(▲0.010%)の順に減少率が高くなっている。また、就業者数もみると、2010年の2,609万人から2021年の2,925万人と、男性と同様に就業者数は増加している。さらに、賃金水準も確認すると、男性とは異なり、賃金水準が比較的高い産業の就業者数の伸び率が大きい傾向があることがみてとれる。
さらに上の図を、横軸に就業者数の変化率、縦軸に賃金水準をとり、就業者数の変化と賃金水準の関係を異なる視点から確認してみることとする。

図を確認すると、賃金水準(縦軸)は、男性が女性より高い傾向にある。また、就業者数の変化率(横軸)は、男性はほとんどの産業で就業者数が減少している。一方、女性の就業者数はほとんどの産業で増加している。さらに、男性は賃金水準の高低に関わらず就業者数が減少しているのに対して、女性は賃金水準が高い産業の就業者数の増加率が高い傾向にあることがわかる。
まず、男女間賃金格差について、たとえば米国では教育水準の違いではなく、人的資本の条件をコントロールしてもなお残る男女間賃金格差(residual gap)が存在するとされている。この人的資本で説明できない男女間賃金格差の要因として、長時間働く(雇主側の事情に柔軟に対応する)ことに大きな報酬が発生することをLast Chapterと呼ぶとされている(Goldin 2014)。このGoldinによる長時間労働プレミアムが日本においても同様に観察されるのかについて調べた研究では、技術系分野の職業で長時間労働プレミアムが低く、法律分野での長時間労働プレミアムが高くなっている。また、国勢調査の職業分類によると、管理職・専門職で長時間労働プレミアムが高く、農林漁業で低くなっていることも示唆されている。さらに、米国と比較した場合、日本の方が男女間賃金格差が大きいことも示されている(鶴岡ほか 2022)。
続いて、就業者数の増加や増減率の要因については、次のような点も考えられる。まず、1986年に成立した高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下、「高年齢者雇用安定法」という。)が数度にわたって改正された点が挙げられる。2006年に施行された改正高年齢者雇用安定法(2004年改正)ではそれまで努力義務であった65歳までの高年齢者雇用確保措置が義務に格上げされた。講ずべき措置の内容も拡充され、定年年齢の65歳引上げ、希望者全員対象の65歳までの継続雇用制度導入、定年の定めの廃止のいずれかの措置を講ずることが義務づけられることとなった。さらに、2013年に施行された改正高年齢者雇用安定法(2012年改正)では、2004年改正による高年齢者雇用確保措置による法規制が強化された。2006年の改正高年齢者雇用安定法では、同時期に年金支給開始年齢の引き上げもあった。まず、年金支給開始年齢が引き上げられ、続いて雇用義務年齢も段階的に引き上げられていった。この改正高年齢者雇用安定法は60代前半の雇用就業率を上げる効果があったとされ、またこの効果は大企業において顕著であったとされている(Kondo and Shigeoka 2017)。2013年の改正高年齢者雇用安定法も同様に、雇用就業率を引き上げる効果が存在した可能性や、2012年11月を底に、Abenomicsなどによって緩やかな景気の回復基調が続いたことも就業者数の増加の要因であったと考えられる。また、女性就業者数の増加は、保育所の整備等の留保賃金を低下させる政策の効果により、労働市場への女性の参加が進んだことも考えられる。たとえば、待機児童数は2017年の26,081人から2021年には5,634人へ減少し、4年間で約5分の1となった。待機児童数の減少は女性の就業者数を増加させる要因のひとつであったと考えられるが、さらなる女性の就業者数の増加や活躍のためには、男性または女性に関係なく労働環境の改善等を図る必要性もある。たとえば、Input重視型の働き方の改善である。労働の長さと昇進する確率には正の相関があることを実証した研究も存在する(Kato, Kawaguchi and Owan 2013)。これを改善するためには、量だけでなく仕事の質や成果を図るための評価も課題である。また、労働時間の減少によりOJTがこれまでより制限されるため、人材育成などの人的資本の考え方を改める必要もある。働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律に基づき労働基準法が改正され、2019年4月から時間外労働の上限規制が導入された(中小企業においては2020年4月より)。この規制によって、時間外労働が是正される効果があることを示唆するレポートも存在する(厚生労働省 2021)。時間外労働の規制は企業経営等への影響も少なくないが、従来とは異なる様々な施策の導入によって、働き方は労働時間という量から質への転換も課題である。
さらに、就業者数の増減率の要因については、技術の変化が職業の作業(タスク)を変えていることも考えられる。職業の作業(タスク)の変化は、労働市場における需要を変え、仕事も変わっていくのだ。
第2章では、これからの労働の時代に求められるスキルなどについて検討を行うこととする。

2.1 OECD調査における各スキル層の定義

始めに、産業別労働者数の変化や賃金水準について確認したが、これから必要とされるスキルは何であろうか。3年後に必要なスキルについて検討を行う上で、OECD調査によるスキルの定義について確認することとする。OECD調査における各スキル層の定義を表したものが下図である。

OECD調査によると、スキルはハイスキル、ミドルスキル、ロースキルの3つに分類されている。まず、ハイスキルは大学または大学院の学位、またはそれに相当する学位を必要とする業務を指し、具体的には法曹や官僚、管理職等の業務とされる。次にミドルスキルであるが、これは一定の中等教育を必要とする業務を指し、具体的には事務員、サービス業、店舗等での販売業者、熟練した農業・漁業従事者などの業務とされる。最後に、ロースキルは単純な作業を行うのに必要な知識と経験を必要とする業務や肉体労働を伴う業務を指し、これは警備員や清掃業者などの業務とされている。そして、これらの3つの層に分類されたスキルは、OECD諸国の労働市場において中間的スキルの仕事が減少する一方で、ハイスキルやロースキルの仕事が増加する二極化が生じているとされている(OECD 2013)。続いて、スキルと雇用への影響についての検討を行うこととする。

2.2 スキルと雇用への影響

OECDによる調査ではスキルは3つの層に分類されていることがわかったが、本節ではスキルが雇用に与える影響について検討を行うこととする。
現在最も注目されている技術はAI(人工知能)であると考えられる。

1947年、ロンドン数学会の会合に登壇したアラン・チューリングは、自動計算器が知能を発揮するという構想を語った。(略)だが、観客の反応があまりにも冷淡だったため、チューリングは1年以内に論文を発表して、機械が「知的な行動をし得る」という彼の主張を否定する数々の意見に対し、猛然と詳細な反論をした。「議論もなしに不可能だと決めつけられることばかりだ」と、論文冒頭でかみついている。チューリングは、否定論は大半が「完全に感情的なもの」で、「人間が知的能力において何者かに挑まれるという可能性を認めたくない気持ち」だと批判した。

出典:ダニエル・サスキンド(2022)『WORLD WITHOUT WORK: AI時代の新「大きな政府」論』pp.55-56より引用。

まず、AIについてはこれまで2つの大きな波が存在したとされている。第1の波のひとつは、2019年7月に英国の50ポンド紙幣の新たな肖像となることが発表されたアラン・チューリング氏によるものである。アラン・チューリング氏はコンピュータの父と呼ばれ、戦時下においてはドイツ軍の暗号であるエニグマを解読し、対独戦争を勝利に導いた立役者であることも広く知られている。また、計算機科学のノーベル賞と認識されているACM A・M・チューリング賞の名称は、アラン・チューリング氏に由来する。

それから10年も経たないうちに、今度はアメリカ人の学者4人―ジョン・マッカーシー、マーヴィン・ミンスキー、ナサニエル・ロチェスター、クロード・シャノンーが、ロックフェラー財団に1本の提案書を送った。ダートマス大学で「2ヶ月間、10人が、人工知能の研究」に専念できるよう、助成金を求める内容だ(略)結果から言えば、この1956年の夏に行われた共同研究、通称「ダートマス会議」からは、特段に祝うべき進展は見られなかった。とはいえ、人工知能に取り組むコミュニティがこれを機に形成され、進むべき方向性が確立し、天才たちが挑み始めたのだ。

出典:ダニエル・サスキンド(2022)『WORLD WITHOUT WORK: AI時代の新「大きな政府」論』p.56より引用。

アラン・チューリング氏が問題解決のための万能機械の理論であるチューリング・マシンを構築し、この理論をもとに人工知能の元になる理論が提唱され、知能の有無を判断するチューリング・テストも生まれた。ジョン・マッカーシー氏が主催したダートマス会議では人工知能の研究に進展は見られなかったとされるが、本会議を機にAIの第1の波は大きくなった。

波がふたたび高まり始めたのは1997年のことだ。この年、IBMのディープブルーというシステムが、当時のチェス世界チャンピオンだったガルリ・カスパロフを破った。驚くべき成果だが、さらに驚異的なのは、そのプロセスだった。ディープブルーはガルリ・カスパロフの独創性や、直感や、天才的才能を模倣したわけではなかったのだ。思考や推論の過程を再現もしなかったし、真似もしなかった。かわりに何をしたかというと、このディープブルーは膨大な処理能力とデータ記憶装置を駆使して、チェスの手の可能性を1秒間に3億3000万パターンも検討していたのである。カスパロフは史上最高のチェスプレイヤーと呼べる一人だったが、彼が一度に考えられる手は、おそらく最大でも100パターンぐらいだっただろう。

出典:ダニエル・サスキンド(2022)『WORLD WITHOUT WORK: AI時代の新「大きな政府」論』pp.59-60より引用。

AIの第2の波はアラン・チューリング氏らによって始まった第1の波から約半世紀が過ぎた頃であるとされる。IBMのディープブルーというシステムがチェスの世界チャンピオンだったガルリ・カスパロフ氏を破ったのが1997年であり、同年にはブラック=ショールズ方程式がノーベル経済学賞を受賞している。このブラック=ショールズ方程式は、金融経済学や会計学、統計学などの学問領域を接続させた金融工学と呼ばれる分野における研究のひとつであり、1970年代にフィッシャー・ブラック氏およびマイロン・ショールズ氏によって考案された。1997年にタイの通貨バーツの下落によって始まったアジア通貨危機はその後、ロシアのルーブル危機も引き起こすが、これらは市場経済にも大きな影響を与え、米国のヘッジファンドであるLong-Term Capital Management(LTCM)は破綻することとなった。このLTCMが財務戦略に用いていたのがブラック=ショールズ方程式である。ブラック=ショールズ方程式は高度な数学に基づくアルゴリズムであり、効率的な市場における理論である。また、IBMのディープブルーというシステムも人間の思考や推論の過程を再現するのではなく、膨大な処理能力とデータ記憶装置によって当時のチェス世界チャンピオンを破ったのだ。このAIの第2の波における初期は、機械の性能の向上が人間を打ち破る分野も存在したが、AIは人間の脳の働きを再現するものではなかったと考えられる。

近年では、こうしたシステムはディープブルーよりもさらに高度になった。「アルファ碁」もその一例だ。中国の盤上ゲーム、囲碁を行うシステムである。アルファ碁は2016年に、世界トップレベルの囲碁棋士李世乭を五番勝負で破った。専門家の大半が、そんな驚異的成果は10年先まで起こり得ないと考えていた。何しろ囲碁は非常に複雑なゲームだ(略)
ディープブルーがチェスで勝利したのは、選択肢を総当たりで検討し、カスパロフよりも先までゲーム進行を計算できたことが一因だった。しかし、囲碁の複雑さの前では、その戦略は使えない。そこでアルファ碁では違うアプローチをとった。まず、最高峰の棋士による3000万種類の手をレビューする。それから機械が自己対戦で練習する。過去に行われた数千件の対局もレビューし、そこからもヒントを得る。こうして学習したアルファ碁は、チェスにおけるディープブルーのような総当たりをせず、はるかに少ない手の検討で勝利できるようになっていたのだった。

出典:ダニエル・サスキンド(2022)『WORLD WITHOUT WORK: AI時代の新「大きな政府」論』pp.62-63より引用。

AIがより注目されるきっかけとなったのが、世界トップレベルの囲碁棋士李世乭を五番勝負で破ったGoogleが開発したアルファ碁だろう。日本国内では2016年に史上最年少で四段への昇段を果たし、その後も数々の記録を塗り替えている将棋棋士の藤井聡太五冠が棋力を向上させるためのトレーニングにAIを導入しているとされる。この藤井聡太五冠(当時は二冠)が2021年の松尾歩八段との竜王戦の対局の終盤で指した「4一銀」は、これまで藤井聡太棋士が指した手に比べても、あらゆるプロ棋士がすごいと表現した。この対局を中継していたABEMAにはコメント欄に驚愕と称賛の声が並び、SNSのTwitterではトレンド入りまで果たした。AIを活用してトレーニングを行っている藤井聡太棋士による神の一手だった。
2011年、米国のTVクイズ番組「ジェパディ!」にIBMのスーパーコンピューターWatsonが出場し、クイズチャンピオンを破って勝利を収めた。2022年、AIはさらなる進化を続け、機械が人間の脅威となる可能性は高まっている。これからの時代においても、人間はAIに対して「初歩的なことだよ、ワトソン君!」と言い続けることができるのか。
現在の労働市場はスキルの二極化や空洞化が進み、技術と仕事に関して様々な論が存在する。たとえば、そのひとつが「ALM仮説」と呼ばれるものだ(Autor, Levy and Murnane 2003)。David Autor氏、Frank Levy氏、Richard Murnane氏によって開発されたこの理論は、次のような考えに基づく。まず、職業(job)を学歴ではなくその構成要素である作業(task)で概念化するアプローチを採用している。製造業が行うのは、製造業の仕事というひとかたまりのもの。サービス業が行うのは、サービス業の仕事というひとかたまりのもの。このタスク要件の変動要因は、エクステンシブ・マージンと呼ばれる経済全体、産業別、産業内の学歴別雇用分布の経年変化によって測定される。また、職業内の技能内容の変化である集中的マージンもタスク要件の変動要因である。たとえば1980年代以降のコンピュータ化は、コンピュータ以前の1960年代には見られなかった産業レベルのタスクシフトを誘発し、加速させたと言われるが、Autor氏らの研究はこの仮説と整合的であるとされる。時代が経つにつれ、タスクは「定型認知、定型手作業」から「非定型認知、対話型」にシフトしている。Autor氏らの研究では、特定のタスクをするために必要な教育年数は、機械が同じタスクをこなせるか、こなせないかを示す指針ではなくなってきたことも示唆するが、このことは高等教育が不要であることを意味しないと考えられる。イノベーションは高度な知識を組み合わせ、その時代に適合することによって生まれる。現代ではイノベーションを生むための知識はより高度化している。この高度化された知識を得るためには教育も重要であるが、これは地方の進学校を卒業した、有名大学を卒業しているといった学校名ではなく、学び続ける学習歴がより重要と考えられるのが現代でもある。固定的な思考から成長思考へマインドセットを変えることも雇用において大切だ(川西・田村 2019)。
2013年、英国オックスフォード大学のFrey氏とOsborne氏は『雇用の未来』
という論文を発表した。この論文は、自動化の影響を受けやすい度合いで様々な職業を分類し、米国の労働者の47%がこの先20年で仕事をロボットに奪われるリスクがあると結論付けていた。機械による自動化やAIの応用事例は企業に大きな影響をもたらすことは間違いない。これまでのコンピュータ化がタスクシフトを促したように、機械による自動化やAIの応用もタスクシフトだけでなく新タスクを創出することも考えられる。雇用の成長率は新しい役職を持つ業種ほど大きいことも示唆されている(Acemoglu and Restrepo 2016)。現在、AI採用を進めている企業は、そのタスク構造が現行のAIにできることと両立する企業であり、求人投稿の内容を調査すると、AIによって仕事のタスク構造が変わり、人間が遂行してきたタスクの一部が置き換えられる一方で、新しい技能の需要を伴う新しいタスクが創出されていることを示唆する研究も存在する(Acemoglu, Autor, Hazell and Restrepo 2021)。18世紀末から英国で起きた第1次産業革命では、技術変化による調整コストは熟練労働者に大きな影響を与えた。現在では人間がロボットやAIに代替される脅威にさらされている。デジタル革命は最も高いスキルを持つ労働者の仕事に影響を与え、また技術変化は賃金への影響も及ぼす。さらに、OECD各国では高所得者層の賃金の上昇が最も大きいと示唆する研究も存在する(Lazear et al. 2022)。メタバースと呼ばれる超空間の存在も労働者に何らかの影響を与えることが考えられる。現実世界と仮想世界が交差していく中で、労働者の物語は続いていく。
次の節では、これからの労働者の冒険について考えてみることとする。

2.3 ジョジョの奇妙な冒険とThe New Labor Revolution

米国の国際政治学者であるJoseph Samuel Nye Jr.氏は政治的、文化的影響力などをソフトパワーという概念によって説明する。たとえば、日本ではPokémonと呼ばれるポケットモンスター、ドラゴンボールなどの漫画、アニメがソフトパワーに該当すると考えられる。日本が経済的に最も繁栄していた時期にあたる1986年、集英社の少年向け漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』で連載が開始したひとつの作品がある。この作品である『ジョジョの奇妙な冒険』は2006年の文化庁による文化庁メディア芸術祭10周年記念アンケート企画「日本のメディア芸術100選」において、マンガ部門で第2位に選ばれた。
本作品の舞台の原点となっているのは、ヴィクトリア朝時代の英国である。ヴィクトリア女王が英国を統治した時代は、古代ローマ時代のパクス=ロマーナ(ローマの平和)になぞらえて、パクス=ブリタニカと呼ばれている。世界に先駆けて産業革命に成功した英国は、国際社会において繁栄を極めていた。ジョジョの奇妙な冒険の原点は産業革命期の英国であり、後のシリーズでは登場人物がスタンドと呼ばれる超常的能力を使用する。このスタンドは、同作品の画集にある解説では「生命エネルギーが作り出すパワーある像」と説明されている。スタンドには念写や時間停止、他人の記憶を読む、臭いを追跡する能力などが存在する。同作品におけるスタンドのルールには、スタンドは1人につき1体、スタンドは成長するなどがあるが、敵や困難に立ち向かうための守護霊のような存在である。
現代の労働市場において人間は機械やAIの脅威にさらされているが、機械やAIに置換されるのではなく、機械やAIを人間を補完する技術として活用すること、労働者はスタンド使いとなることが課題であると考えられる。ザ・ワールドによって時の流れに乗り、世界の変化による支配を克服できる。
続いて、いくつかの産業における奇妙な冒険について想像を巡らせてみよう。

2.3.1 機動戦士ガンダムと製造業・建設業

これからいくつかの産業における冒険をしていく上で、まず企業の経営戦略について考えてみよう。企業経営では、資本を効率的に用いることも重要である。コストリーダーシップ、差別化、集中の3つの基本戦略を提唱したことでも知られるMichael Porter氏はROIC(Return On Investment Capital:投下資本利益率)を強調するが、ROE(Return On Equity:自己資本利益率)やCCC(Cash Conversion Cycle)なども企業価値を左右する財務指標である。2016年に公表された伊藤レポートでは、グローバルな機関投資家が日本企業に期待する資本コストの平均が7%超との調査結果が示され、この資本コストを上回る利益を生む企業が価値創造企業であることを認識し、理解するべきであることを指摘している。そして、個々の企業の資本コストは異なるが、8%を上回るROEを達成することに企業はコミットするべきだと述べている。
企業の経営資源は、たとえば、人的資本、財務資本、物的資本、組織資本に分類することもできる。Jay B. Barney氏はRBV(Resorce Based View)と呼ばれる経営資源に基づく戦略論を述べ、David J. Teece氏は資源ベース論を統合したDynamic Capabilitiesによる経営戦略論を提唱する。企業経営は内部環境だけでなく外部環境によっても資源活用の効率性は変化するが、まず現在の環境における業種別の財務指標を確認してみよう。下の図は自己資本当期純利益率(ROE)、当期純利益、売上高(営業収益)を表したものである。

図は2021年度の数値であるが、全産業の自己資本当期純利益率(ROE)が9.35%、製造業が10.00%、非製造業が8.46%となっている。個々の産業では下回る場合もあるが、企業全体では伊藤レポートが要求する8%のROEを達成している。現在、ESGやSDGsによる環境や社会的価値も企業には求められているが、経済的な価値創造は効率性が高まっている。
1998年から2021年までの自己資本当期純利益率(ROE)の推移を表したものが下図である。

1998年には全産業で1.2%だったROEは改善を続け、2008年の世界金融危機による影響で一旦数値は低下するが、2010年代以降も概ね上昇の傾向にある。この図からは、1990年代末から2000年代初めにかけて企業は厳しいリストラの過程などを経て、雇用、設備、債務の3つの過剰と呼ばれる経営課題を解消し、ビジネスモデルの変革等により経営改革が実施されたことも考えられる。
それでは、現在の経営環境において、製造業・建設業における労働者の冒険はどうなるか。2.1の図で用いた統計によると、製造業の就業者数は2010年の1048万人(男性734万人、女性314万人)から、2021年には1037万人(男性726万人、女性311万人)へと減少している。同様に、建設業の就業者数も2010年の498万人(男性429万人、女性69万人)から、2021年には482万人(男性400万人、女性82万人)へと減少している。また、製造業および建設業の賃金水準は、賃金構造基本統計調査の職種分類では中位にある。さらに製造業および建設業は就業者中に占める女性の比率が低く、女性就業者を増やすことも課題である。これらの課題を踏まえた上で、製造業および建設業の就業者が使用するスタンドは、次のようなものが考えられる。
Autor et al.(2003)はコンピュータ化がタスクシフトを誘発したことも示唆するが、AIや機械は製造業および建設業のタスクシフトを生じさせる可能性が存在する。現在の製造業および建設業は肉体的・身体的活動を伴うものが多く、これは女性の就業者比率が低いことの要因であると考えられる。従来、製造業や建設業はきつい、汚い、危険である3Kの職場であると言われてきた。戦後の工業化は物質的な豊かさを満たし、人々は脱物質主義的な価値観も求めるようになった。このような価値観は労働者にも影響を与え、職業選択における職場環境などの要因は小さくないと考えられる。AIや機械の活用による肉体的・身体的な負担からの解放は、製造業および建設業にニュータイプの時代の到来も想像させる。
ニュータイプとは『機動戦士ガンダム』に登場するエースパイロットの概念であり、ファーストガンダムに登場するアムロ・レイはモビルスーツと呼ばれるロボット「ガンダム」に乗る主人公だ。アムロ・レイは内向的な少年であり、機械いじりの趣味やハンバーガーが好物である、どこにでもいそうな普通の子どもだ。この普通の少年がニュータイプとして覚醒し、地球連邦軍のパイロットとして大活躍する。石川県小松市を創業の地とするコマツは建設機械等の生産や販売を事業とするが、同社は安全で生産性の高いスマートでクリーンな未来の現場を実現するために、PlayStationのコントローラーのようなものを用いて、遠隔操作できるフル電動ミニショベルを開発した。この機械は運転席に座ることなく、自宅のリビングからリモートで操作し、建設現場に参加する働き方の実現も可能とするかもしれない。内向的な少年であったアムロ・レイがジオン軍との戦いにおいて活躍したように、AIや機械によるタスクシフトは、肉体的・身体的活動が得意でない内気な現在の少年が製造業や建設業における活躍のきっかけとなるかもしれない。AIや機械は内向的な少年の能力を通常の3倍を超えるように補完する技術となり、ニュータイプによるイノベーションが発生する。

2.3.2 ポケモンGOと小売業

続いて、小売業について考えてみよう。経済活動にはモノを生産し、その生産されたモノを消費者に届ける過程が存在する。この生産から提供における過程で、生産と消費者に商品を販売する業者との中間に位置する業種を卸売(問屋とも呼ばれる)という。そして、小売業は卸売から商品を仕入れて、消費者に販売する業種であり、百貨店や専門店、コンビニエンスストアなどがこの業種に該当する。
まず、小売業の特徴や課題について確認することとする。小売業は一般的に「薄利多売」と呼ばれる業種であり、売上高利益率と総資産回転率によって表される財務指標であるROA(Return On Assets:総資産利益率)の値にもこの傾向が現れる。売上高利益率は収益性の指標であり、総資産回転率は生産性の指標であり、この2つの指標の総合力が小売業のROAとなる。一般的に、小売業は付加価値を表す売上高利益率は低く、リターンの効率性である総資産回転率が高いことで知られる。
さらに、卸売業・小売業の就業者数についてみると、2010年に1058万人(男性529万人、女性529万人)であった就業者数は、2021年には1062万人(男性512万人、女性550万人)となっている。また、卸売業・小売業の賃金水準は中位にある。卸売業・小売業の就業者数の変化について考えると、男性就業者数の減少および女性就業者数の増加は、労働市場のスキルの二極化やタスクシフト、また新型コロナウイルスは女性の就業者が比較的多いサービス産業等への影響が大きかった(Kikuchi, Kitao and Mikoshiba 2020)ことも考えられる。それでは、このような特徴や課題が存在する小売業の冒険について想像してみよう。

OECD調査のスキルの分類によると、小売業はミドルスキルにあたり、今後仕事が減っていく可能性が高いと考えられる。現在の小売業はDX(デジタルトランスフォーメーション)も課題とされ、消費者の新しい顧客体験を創造することも求められている。消費者が購入する製品やサービスには機能的価値や情緒的価値が存在し、消費者が製品やサービスを選ぶ際の基準にもなる。機能的価値は製品やサービスの機能、性能を表し、定量的に表現することも可能だ。たとえば、食糧品に含まれる栄養価は他の食料品と比較することで、機能的価値として消費者に訴求することができる。一方、情緒的価値は製品やサービスを提供する企業や人が持つブランド力であり、消費者から愛される魅力として捉えることができる。これは機能的価値と異なり、定量的な数値で表すことは難しく、定性的なものであると考えられる。近年、パーパス経営が注目されるが、世界最大のコーヒーチェーン店であるスターバックスが提供する価値には情緒的価値が存在する。スターバックスのコンセプトにはサードプレイスがある。サードプレイスというコンセプトは自宅でも職場でもない、顧客に居心地の良い空間を提供する。そして、このコンセプトはお洒落で都会的なライフスタイルに憧れる若者の心も掴んだ。都道府県で唯一スターバックスの店舗がなかった鳥取県では、「スタバはないがスナバはある」としてすなば珈琲が注目を集めたが、これも隙間(ニッチ)の心に訴える情緒的価値と考えることができる。これからの小売業はミドルスキルとハイスキルを組み合わせたタスクシフトによる戦略が考えられる。
従来、小売業で要求されてきたタスクは「定型認知、定型手作業」が多くを占めていたと考えられる。ミドルスキルによるタスクの内容は、サービスの提供に要求される対人スキルを強化することだ。たとえば、北海道にはローカルコンビニで人気の「セイコーマート」がある。同店は、北海道以外では埼玉県と茨城県のみに出店している。北海道を主な拠点として展開するが、インターネット上における知名度も高く、情緒的価値が高いコンビニチェーン店だ。小売業における体験価値を向上させる方法のひとつは、Michael Porter氏が提唱した差別化による情緒的価値への訴求だろう。一方で、この対人スキルは「非定型認知、対話型」へのタスクシフトも生じる。小売業がコンシェルジュやキュレーターとしての機能も求められることで、各種の知識や専門性を備えた販売員のインフルエンサー化も進む。
さらに、小売業のハイスキル化は、次のような変化を発生させる。Amazon Goという無人店舗の小売や、福岡県福岡市に本社を置く企業トライアルカンパニーが事業展開するスーパーマーケットは小売業のDXで有名だ。これらの小売業はAIや機械によって人間が遂行していたタスクを置き換えている。日本の小売業をリードするイオンでは、レジゴーというお買い物体験ができる。レジゴーは自身のスマートフォンで商品バーコードをスキャンし、専用レジで会計することでレジ待ちが不要になるサービスである。AIや機械によって、小売業はポケモンGOのトレーナーのようなスタンド使いとなる。
米国にはWayfairというEC企業がある。この企業は顧客の過去の購買履歴に基づき商品価格を決定し、さらにその商品価格がユーザーによって異なることもある。すなわち、価格のパーソナライゼーションを実現しているのだ。先述したイオンのレジゴーは、スマートフォンによる新しい購買体験を提供しているが、Wayfair同様に価格のパーソナライゼーションを実現することで企業の利益の最大化を図ることができる可能性もある。たとえば、顧客は次による分類もある。

ロイヤル顧客:認知あり/購買頻度・高
一般顧客:認知あり/購買頻度・中~低
離反顧客:認知あり/購買経験あり/現在購買なし
認知・未購買顧客:認知あり/購買経験なし
未認知顧客:認知なし

出典:西口一希(2019)『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』Kindle版p.66より引用。

このような顧客の分類に基づき、クーポン配布による価格のパーソナライゼーションを実現することもひとつである。さらに、小売業ではチラシ配布も従来からのマーケティング手法として存在する。これは、小売店がある地域の商圏の顧客を対象とするものである。現在はマーケティングのデジタル化も進んでいる。O2O広告(Online-to-Offline)では位置情報広告が有効であると考えられているが、一方で位置情報ターゲティングの有効性は不明であるとされている(Kawanaka and Moriwaki 2019)。今後、位置情報ターゲティングの有効性が向上すれば、小売業はポケモンGOのような世界にもなる。
ポケモンGOは位置情報とARを組み合わせたスマートフォンゲームであり、2016年7月に米国でリリースされた。このゲームはアルゴリズムによってスマートフォンにポケモンが出現し、プレイヤーであるトレーナーはそのポケモンを捕獲する。捕獲したポケモンは育成したり、トレードできる機能もある。またレアポケモンも存在するが、ポケモンの出現確率はアルゴリズムによって支配されている。ポケモンを呼び寄せる道具として、ルアーモジュールがある。ルアーモジュールを使えば、ポケストップにポケモンが集まってくるのだ。したがって、小売業はエンジニアリングなどの高度の専門性を付加価値とすること。すなわち、タスク内容の一部がハイスキル化することも予想される。ポケモンGOではポケモンにトレーナーが集まるように、AIや機械、デジタル化による小売業は、位置情報ターゲティングにより顧客体験の価値を向上させることができると考えられる。この価値は、製品やサービスの価格などのパーソナライゼーションの実現による機能的価値の向上である。また、人や無形資産などへの投資によるポケモントレーナーとしてのレベルアップは、ポケモンを捕獲するための効率性も高まり、事業の収益性を改善することも考えられるだろう。

しかし、ポケモンGOへと変化する小売業には、次のような懸念も存在する。個人の購買履歴に基づき最適な広告やクーポンが配信されることで企業の利益は最大に近づくが、プライバシーである個人情報のデータを利用するアルゴリズムによって、個人の行動が飼い慣らされてしまう危険性が存在するのだ。たとえば、ミシェル・フーコーはジェレミー・ベンサムが考案した監獄「パノプティコン」という装置の概念を転用することで、監視し、規律する権力を説明する。ミシェル・フーコーは社会が個人の肉体を訓練することでその個人の規律化する方法を説明するが、購買履歴や行動履歴等のデータに基づくアルゴリズムは、個人の肉体だけでなく精神における規律にまで発展する懸念も少なくない。人間にはSystem 1と呼ばれる「速い思考」、System 2と呼ばれる「遅い思考」の二つの思考があるとされる(Kahneman 2013)。速い思考は直感的でスピーディーであるが、複雑なことには対応できない。一方、遅い思考は熟慮的で複雑なことにも対応できるが、注意力を要し、エネルギーを必要とする。このため、日常生活や一般社会では省エネモードの速い思考による不合理な意思決定も少なくない。アルゴリズムによる監視社会は人間の行動を予測し、AIによるディストピアな世界の懸念もあると考えられる。

2.3.3 バーガーキングと地方自治体

日本の地方財政制度は、地方財政計画であるマクロと個別自治体の財源保障であるミクロの二重構造の仕組みとなっている。国は自治体の事務配分に適した税財源を確保することは責務であり、事務配分と税財源の不均衡が存在するならば予定した水準で事務執行を行うことができず、公共サービスの量や質の低下が生じることで住民の生活等へ影響を及ぼす可能性もある。また、地方公共団体の財源は自ら徴収する自主財源をもって賄うことが理想であるが、税源などは地域によって偏在するため、自治体間の財政力格差を是正する制度も整えられている。自治体間の財政力格差を是正することを財政調整と呼ぶが、戦後1949年のシャウプ勧告を経て、1950年度に地方財政平衡交付金を導入し、これが1954年度に地方交付税に改組されて、現在まで制度が継続されている。
地方財政制度のマクロの構造である地方財政計画は、令和4(2022)年度における一般財源総額では62.0兆円となっている。これから地方自治体における技術変化などについて検討を行う前に、国と地方の財政について簡単に確認してみることとしよう。
まず、国と地方の歳出純計額(純計構成比)を表したものが下図である。

図を一瞥すると、国と地方の歳出純計額は地方がより多いことが分かる。2019年度の歳出純計額は国が73兆4201億円(2009年度は71兆2801億円)であり、地方が98兆8467億円(2009年度は94兆8228億円)となっている。また、2019年度の構成比は国が42.6%(2009年度は42.9%)、地方が57.4%(2009年度は57.1%)となっている。国と地方を合計した歳出純計額は2009年度の166兆1030億円から2019年度の172兆2667億円に増加しており、この期間において歳出純計額が減少した期間も存在するが、概ね増加の傾向にあった。しかし、この期間において国と地方における歳出純計額の構成比率はほぼ横ばいであった。
次に、地方財政の主な歳入について確認してみよう。地方税や地方交付税などの項目ごとの構成比を表したものが下図である。

図を確認すると、2019年度における歳入の上位5つの区分は、(1)地方税(39.9%)、(2)地方交付税(16.2%)、(3)国庫支出金(15.3%)、(4)地方債(10.5%)、(5)その他(5.8%)になっている。2009年度以降、歳入の構成比に小さな変化はみられるが、歳入に占める項目の順位に変化はみられない。
続いて、地方財政の歳出について確認してみよう。歳出を目的別に表したものが下図である。

図を確認すると、2019年度における歳出の上位5つの区分は、(1)民生費(26.6%)、(2)教育費(17.6%)、(3)土木費(12.2%)、(4)公債費(12.2%)、(5)総務費(9.7%)になっている。歳入同様に、2009年度以降、構成比に小さな変化はあるが、歳出に占める順位に変化はみられない。
最後に、団体別の実質収支比率を確認してみよう。都道府県、市町村(都市)、市町村(町村)のそれぞれについて、2012年度から2019年度までの推移を表したものが下図である。

実質収支比率は標準財政規模に対する実質収支額の割合を表し、赤字の場合はこの数値がマイナスとなり、一方この数値が高ければ留保財源が大きいと考えられる。図からは団体の規模が大きいほど(市町村(町村)より市町村(都市)、市町村(都市)より都道府県)実質収支比率の水準は低くなっている。また、2012年度以降、団体別の平均では実質収支比率がマイナスとなっていることはない。これまで国と地方の財政について簡単に確認したため、以下では地方自治体の事務事業についての検討を行う。
検討を行う上で、まず地方自治体の課題やインタレストについて調べてみる。Googleトレンドを使用して検索キーワード「地方自治体」を調べてみた結果が下図である。

図からは2004年から2005年頃にかけて地方自治体へのインタレストが高まっていたことが分かる。この時期は、小泉純一郎氏を首相とする内閣によって地方にできることは地方にという方針の下で三位一体の改革や市町村合併が進められたことや、2005年8月8日には改革の本丸と位置づけた郵政民営化法案が参議院で否決され、これによる衆議院の解散と郵政選挙により劇場型の政治が最盛を極めた頃にあたる。2004年におけるインターネット利用率は60%程度であったが、その当時のインターネット利用者は地方への関心も高かったと言える。その後、「地方自治体」という単語の検索数は減少の傾向にあり、2010年代以降の検索数はほぼ同様の水準となっている。2010年代以降はスマートフォンの普及も大きく進み、世代や年齢、地域に関わらずインターネットを利用する者は増加したが、インターネットというメディアにおける地方自治体への関心の低下も存在する。「地方自治体」のインタレストの低下の要因は様々考えられるが、インターネット利用者の属性の変化や国と地方における対立や分断もあると思われる。地方への関心が低下している現在、当時の菅義偉総務大臣によって制度化されたふるさと納税の趣旨は重要である。地方から都市への人の流れは不可避であると思われるため、地方はRichard Baldwin氏によるTelemigration(遠隔移民)の概念を拡張した「遠隔住民」によって関係人口の増加に取り組み、ソーシャルキャピタルを蓄積することも大切だろう。この方法のひとつに、地方にある企業がリモートワークを活用し、都市部の人材を副業で採用することだ。たとえば、石川県輪島市にある柚餅子総本家中浦屋はIT人材を副業で採用し、老舗のイノベーションに役立てた。
このような地方自治体に対するインタレストの変化もある中で、「地方自治体」を検索するインターネット利用者はどのような関連トピックに興味があるのか。「地方自治体」の関連トピック上位10件を表したものが下図である。

地方自治体の関連トピックを確認すると、「事業」、「地方創生」、「人口」、「経済」などの単語が上位にあることが分かり、地方自治体に関心があるインターネット利用者は経済や生活など日常生活に関することへの関心が高いことも分かる。検索キーワードはテレビやラジオ、著名人による影響も考えられるが、長期停滞における低成長の時代が続いたことは、身近なことへの関心を高めたことも考えられる。それでは、地方自治体の事務事業においてどのようなスタンドを使うことが出来るか。地方創生や経済における事業として、栃木県の観光を事例として考える。

(1)栃木県について事例研究

栃木県の観光について検討を行う上で、まず日本の総人口を確認してみよう。総務省が2020年に実施した国勢調査の結果によれば、日本の総人口は1億2614万6099人(男性6134万9581人・女性6479万6518人)となっている。この日本の総人口をコロプレス図により都道府県別に表したものが下図である。

この図では人口数に応じて8つに分類し、青色が濃いほど人口が多い都道府県となっている。地図を一瞥すると、東京都やその他の地域もブロックで核となる地域が存在し、この地域から地理的に距離が遠くなると人口が減少している傾向があることもみてとれる。具体的に、都道府県別の人口を確認することする。

人口数で並べた都道府県のグラフを確認すると、上位5都府県は、東京都(1405万人)、神奈川県(924万人)、大阪府(884万人)、愛知県(754万人)、埼玉県(734万人)の順となっている。一方、鳥取県(55万人)、島根県(67万人)、高知県(69万人)、徳島県(72万人)、福井県(77万人)が人口が少ない県となっている。本節で分析する栃木県は全国で19番目に人口が多く、2020年の国勢調査の結果では193万人となっている。
栃木県の人口についてはじめに確認したが、事業戦略にはPEST分析と呼ばれる手法が存在する。PEST分析は、P(政治)、E(経済)、S(社会)、T(技術)という4つの視点からマクロ環境を分析し、経営戦略やマーケティング戦略に活用することが一般的である。このPEST分析を利用し、栃木県における政治や経済の影響をあてはめたものが下図である。この分析は一例であり、具体的な成果のためには戦略に落とし込んでいくことは当然求められる。

栃木県の外部環境について簡単に確認してみよう。Politicsである政治について、栃木県民の世論調査では暮らしが「悪くなった」という割合が増加している。暮らしが悪くなることは生活の質や満足度が低下するだけでなく、栃木県内における地域間格差の拡大なども考えられる。地域間格差の拡大は県内の政治や民主主義の悪化も招き、県外へ人や企業が流出する可能性もある。これらの対策として、たとえば中長期的に栃木県のプレゼンスを向上させるため、栃木県出身・選出の政治家のほか、著名人等が活躍することが考えられる。同県出身の著名人等の活躍はソフトパワーとして機能し、政治や経済へ好影響を与えるだけでなく、栃木県民のふるさとに対する思いも強くさせる。このためには、短期的には痛みに耐える必要性もあるが、教育などによる人への投資によって、栃木県に文化資本や社会的資本を蓄積することも求められるだろう。
次にEconomyである経済について、栃木県は北関東3県(茨城県・栃木県・群馬県)の中で、求人倍率が最も低い県となっている。栃木県の2022年6月の有効求人倍率(季節調整値)は、茨城県の1.51倍、群馬県の1.50倍と比較すると、約0.4ポイント低い1.16倍となっている。有効求人倍率のみでは求人と求職者のミスマッチを測ることはできないが、栃木県内の企業経営の改善を図ることや求職者のリスキリングの充実は課題だろう。また、同県にある宇都宮大学ではデータサイエンス経営学部の新設も決定している。たとえば、これにあわせて学生や社会人等が参加するオープンデータを利用したコンテストを企画しても面白いだろう。岸田文雄氏を首相とする第2次内閣において、2022年6月7日に閣議決定された「デジタル田園都市国家構想基本方針」では、デジタルは地方の社会課題を解決するための鍵であるとされている。したがって、同方針に基づき、SIGNATEと呼ばれるデータサイエンスのプラットフォームを活用し、SIGNATE甲子園を実施することも考えられる。SIGNATE甲子園の実現は栃木県のデータサイエンス力を向上させ、地方や企業の課題解決の力を備えた人材育成にもなる。また、栃木県の学生や社会人が企業からドラフトされるようになるのだ。
続いてSocietyである社会について、高齢・少子化のほか、子育てや教育も課題に挙げている県民が少なくない。コロナ禍においてリモートワークも普及するようになった。地方の人手不足対策として、リモートワークを活用することで都市部に住む人材を採用することも考えられる。たとえば、石川県輪島市にある柚餅子総本家中浦屋ではIT人材を副業により採用し、ECのほか情報発信の強化に取り組んだ事例も存在する。老舗の文化と従来にない文化を組み合わせることで、新しいビジネスを生み出そうとして事例である。リモートワークは働き方のフレキシビリティを向上させ、労働市場への参加を促す。さらに、オンラインは仕事だけでなく、教育の在り方の変容も迫るだろう。
最後にTechnologyである技術について、とちぎの元気な森づくり県民税に関する質問では、森林は地球温暖化の防止を重要な役割と考えている県民の割合が高い。2018年にWilliam Nordhaus氏がノーベル経済学賞を受賞した理由に、気候変動を長期的なマクロ経済分析に組み込んだことがある。現在の企業経営ではESGなども課題である。したがって、とちぎの元気な森づくり県民税をESG経営のひとつに位置づけ、環境と経済の両立を図ることも考えられる。また、技術のイノベーションではNFTも注目されている。NFTはゴミであるとの意見も存在するが、NFTを使ったアジャイル型の行政を実行するのだ。たとえば、栃木県佐野市にはさのまるというキャラクターがある。さのまるは2013年のゆるキャラグランプリで優勝したキャラクターだ。さのまるをくまモンと並ぶキャラクターに育てることや、NFTを活用した実証的な企画も考えられるだろう。
それでは、このさのまるがいる栃木県佐野市の観光について、具体的な検討を行ってみよう。

(2)佐野市の観光を事例として

佐野市は栃木県の南西部に位置し、足利市、栃木市が隣接する。鉄道では、JR東日本の東北本線(宇都宮線)は東京駅と宇都宮駅を繋ぎ、佐野駅は栃木県の小山駅と群馬県の高崎駅を結ぶJR両毛線と東武鉄道の佐野線が乗り入れる接続駅となっており、栃木県南西部の交通の要として機能している。また、国道50号と東北自動車道がクロスする市の南東部にある佐野新都市地区には、佐野プレミアム・アウトレットやイオンショッピングセンターなどの大型商業施設があり、県内だけでなく県外からの訪問客も少なくない。CMでもおなじみであり、初詣は多くの参拝客で賑わう関東三大師のひとつ「佐野厄除け大師」があるのも栃木県佐野市である。
これから佐野市の分析を行う上で、はじめに栃木県の県南に位置する足利市、栃木市、佐野市の3市の人口を確認することとする。県南3市のそれぞれの総人口を表したものが下図である。

総務省から公表されている2020年「国勢調査」によると、佐野市は116,228人(男性57,494人・女性58,734人)、足利市は144,746人(男性71,405人・女性73,341人)、栃木市は155,549人(男性77,408人・女性78,141人)である。図からは、それぞれの市における年齢や性別による人口の構成比はおおむね同様の傾向にあり、人口という視点からはいずれの市も同水準の規模であることが分かる。また栃木県には25の市と町があり、県の総人口は1,933,146人であるが、栃木市、足利市、佐野市はそれぞれ3番目、4番目、5番目に総人口が多い市となっている。
次に、佐野市の特徴を経済の面からも調べてみることとしよう。この分析では栃木県の産業部門ごとの事業所数を調べ、第2次産業、第3次産業の事業所数の割合を調べることでそれぞれの市における産業や立地する企業の傾向を把握し、経済の特徴を掴むこととする。第2次産業は鉱業・採石業・砂利採取業、建設業及び製造業を含み、第3次産業は電気・ガス・熱供給・水道業、情報通信業、運輸業及びサービス業等が含まれる。栃木県と県内25市町における(1)第2次産業事業所数/事業所数(以下、(1)という。)、(2)第3次産業事業所数/事業所数(以下、(2)という。)を表したものが下図である。

佐野市は(1)が24.5%、(2)が75.2%、足利市は(1)が29.0%、(2)が70.8%、栃木市は(1)が26.0%、(2)が73.4%となっている。栃木県は(1)が21.8%、(2)が77.5%であり、栃木県25市町の平均であるこの値と比較すると、佐野市は第2次産業の割合が高くなっている。佐野市の産業は伝統的な石灰・繊維・鋳物工業が存在し、現在は機械・食品等へ推移しているが、歴史的には第2次産業を中心として市の経済が発展してきたことが分かる。
この節では観光についての分析を行うため、栃木県の飲食店および大型小売店の店舗数について調べてみることとする。人口1万人あたりのそれぞれの店舗数を表したものが下図である。

まず、飲食店数について調べると、栃木県25市町の平均は352店であり、佐野市は612店、足利市は717店、栃木市は625店となっている。また人口1万人あたりの店舗数は、栃木県25市町の平均が45.5店、佐野市が52.7店、足利市が49.5店、栃木市が40.2店となっている。市民のほか観光客なども利用する飲食店の数や質は、それぞれの市に訪れた観光客の満足度にも影響すると考えられる。佐野市は、栃木県内において優れた飲食の体験を提供できると考えられる。また、この図からは日光市の人口1万人あたりの飲食店数が多いことも分かる。同市の人口は県内で9番目に多い77,661人であり、人口のみから市の経済規模を推測すると佐野市や足利市、栃木市より小さいと思われるが、ユネスコ世界遺産にも登録されている日光東照宮のほか多くの観光スポットがあり、日本国内で人気の観光地となっていることが経済へ影響を与え、同市の産業の特徴となっていることが分かる。
次に、大型小売店数について調べると、栃木県25市町の平均は11店であり、佐野市は15店、足利市は19店、栃木市は21店となっている。また人口1万人あたりの店舗数は、栃木県25市町の平均が1.41店、佐野市が1.29店、足利市が1.31店、栃木市が1.35店となっている。栃木県の県庁所在地であり、同県における経済や文化の中心である宇都宮市には大型小売店が82店あり、人口1万人あたりの店舗数では1.58店となっている。大型小売店数は人口や経済の規模、第3次産業の割合などと相関していると考えられる。
さらに、観光について分析を行う上で、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業の付加価値などについても調べてみよう。生産性を表す(1)売上金額/従業者数(以下、(1)という。)、および(2)付加価値額/従業者数(以下、(2)という。)を可視化したものが下図である。

まず、宿泊業・飲食サービス業について確認すると、佐野市、足利市、栃木市の3市を除いた栃木県の値は(1)が5.028、(2)が1.857となっている。そして佐野市は(1)が4.019、(2)が1.681、足利市は(1)が3.635、(2)が1.660、栃木市は(1)が3.937、(2)が1.586である。栃木県の平均と比較すると、佐野市、足利市、栃木市のいずれの市も宿泊業・飲食サービス業の従業者数あたりの売上金額、付加価値額は低い値となっているが、この3市ではこれらの業種の事業所の規模が小さく、生産性が低いことも要因の可能性がある。一方で、事業の規模が小さいことで効率性が劣るかもしれないが、提供するサービスに手触り感を出し、消費者の満足度の向上を図ることもできるかもしれない。次に、生活関連サービス業・娯楽業について確認すると、佐野市、足利市、栃木市の3市を除いた栃木県の値は(1)が15.698、(2)が3.967となっている。そして佐野市は(1)が14.317、(2)が2.231、足利市は(1)が9.361、(2)が2.198、栃木市は(1)が11.381、(2)が2.375である。生活関連サービス業・娯楽業も宿泊業・飲食サービス業と同様に、佐野市、足利市、栃木市の従業者数あたりの売上金額、付加価値額は、3市を除いた栃木県の平均の値と比較すると低い水準にある。また、産業で比較すると、宿泊業・飲食サービス業より生活関連サービス業・娯楽業の方が生産性や付加価値は高いことも分かる。この点については、宿泊業・飲食サービス業はより労働集約的な産業であることも予想できる。したがって、宿泊業・飲食サービス業における生産性や付加価値の向上は、DXなどデジタル化によるICTの活用もカギであると考えられる。

ここまで佐野市と同市に隣接する足利市、栃木市のマクロの環境の分析を行ったが、続いて本題である佐野市の観光についての検討を行う。佐野市の観光についての分析を行う上で、まず佐野市に対する興味・関心を調べてみよう。マーケティングにはAISASやAIDMAと呼ばれるフレームワークが存在するが、消費者が製品やサービスを購入する際には、注意や関心を惹きつけ、その後に行動を移すと考えるのが一般的である。したがって、インターネット上の検索数を表すGoogleトレンドのインタレストに基づいて、佐野市に対する興味・関心を調べることとする。さのまるが「ゆるキャラグランプリ2013」で全1580キャラ中1位になったのが2013年11月24日である。Googleトレンドで検索キーワード「ゆるキャラグランプリ」のインタレストを調べたものが下のグラフである。

グラフを確認すると、例年ゆるキャラグランプリが開催される11月の前後の期間にインタレストが上昇し、低下していることが分かる。また、ゆるキャラグランプリ開催の前後の期間を除き、ゆるキャラに対するインタレストはあまり高くないことも分かる。次に、佐野市、足利市、栃木市を検索キーワードとするインタレストも調べてみることとする。次のグラフはそれぞれの市を検索キーワードとするインタレストの推移を表している。グラフでは2013年を赤い色で表現し、強調している。

グラフを確認すると、佐野市、足利市、栃木市の3市では栃木市のインタレストが最も高い水準にあり、佐野市と足利市のインタレストは同水準にあることが分かる。そして、2013年11月24日に開催されたゆるキャラグランプリで優勝したさのまるが、佐野市のインタレストを向上させる効果があったかを検証するために次の方法を利用する。厳密な効果を検証するためには差の差分析(Difference in Difference:DID)を用いることが考えられる。DIDはDavid Card氏が2021年のノーベル経済学賞を受賞した研究でも有名だ。Card氏はKrueger氏ともに最低賃金が雇用に及ぼす影響を分析した。Card氏らの研究はニュージャージー州の最低賃金が引き上げられた一方で、隣のペンシルベニア州では同時期に最低賃金の変更がなかった(Card and Krueger 1994)。最低賃金の引き上げという介入があったニュージャージ州と非介入のペンシルベニア州を比較することで、最低賃金の引き上げが雇用に及ぼす影響を検証したのだ。ここではゆるキャラグランプリ優勝によるインタレストへの影響について、(1)2004年1月から2013年11月、(2)2013年12月から2022年8月の2つの期間に分け、ぼんやりとした効果検証を行う。具体的に確認してみよう。

・3市(佐野市・足利市・栃木市)のインタレスト
(1)佐野市

(a)2004年1月~2013年11月:11.731
(b)2013年12月~2022年8月:24.533
(2)足利市
(a)2004年1月~2013年11月:10.831
(b)2013年12月~2022年8月:21.323
(3)栃木市
(a)2004年1月~2013年11月:34.134
(b)2013年12月~2022年8月:60.733
・ゆるキャラグランプリの効果検証の手順(Fuzzyな分析)
(4)足利市+栃木市
(a)2004年1月~2013年11月:28.483
(b)2013年12月~2022年8月:41.026
(b)-(a)=18.545・・・(c)
(b)/(a)-1=0.825・・・(d)
(5)佐野市+足利市+栃木市
(a)2004年1月~2013年11月:18.899
(b)2013年12月~2022年8月:35.530
(b)-(a)=16.631・・・(c)
(b)/(a)-1=0.880・・・(d)
・ゆるキャラグランプリのぼんやりとした効果
(5)(d)-(4)(d)=0.055(ゆるキャラグランプリ2013によって佐野市のインタレストは5.5%増加。なお、インタレストの増加はゆるキャラグランプリ以外の要因も当然考えられる。)

※インタレストは期間における平均値を用いている。また表において、インタレストの値は小数点第3位で調整している(小数点第4位を四捨五入)。

ゆるキャラグランプリ2013の効果検証の手順では、優勝の効果がある介入グループ(佐野市)と、優勝の効果が無い非介入グループ(足利市および栃木市)に分け、非介入グループ(足利市および栃木市)のデータの変化と介入グループ(佐野市)が介入を受けていなかった場合の変化が一致するとの仮定(ゆるキャラグランプリ2013の優勝の影響を除く)を置いている。このような手順で算出したゆるキャラグランプリ2013の効果は、佐野市のインタレストの5.5%の増加であった。インタレストの増加はゆるキャラグランプリ以外の要因も当然存在するが、さのまるがメディアなどに多く登場することで、佐野市に対する認知や関心、プレファレンスは向上したと考えられる。さらに、インタレストはそれぞれの地域における経済や取り組みのほか、インフルエンサーによる発信などにも影響されるが、観光先として選ばれるためには認知の段階を乗り越えることも大切である。次に、佐野市、足利市、栃木市のインタレストの増減率の推移についても調べてみよう。

グラフを確認すると、インタレストは季節による上下の変動が存在する。インタレストの低下を抑制しながら、一定の水準を維持することは重要である。このことは観光に限らず、日本全国の自治体の課題だろう。インタレストを上昇させるためには広報も大切であるが、多額の予算をかけて広報を実施するのではなく、地域の住民の生活の質や暮らしの満足度の向上、高等教育を受ける住民の割合の増加、経済の発展などが地域の持続可能性を高め、インタレストを集めることになると考えられる。以下では、佐野市における観光政策について具体的に検討を行う。
観光政策について検討する上で、まず観光客入込数や宿泊数について概観する。佐野市の観光客入込数の推移について表したものが下図である。

2010年に85,221,923人であった栃木県の観光客入込数は、2019年には2010年から7,060,078人が増加(8.2843%増)して、92,282,001人となっている。佐野市、足利市、栃木市における観光客入込数について、2010年、2019年を比較すると、佐野市は2010年が8,453,661人、2019年が8,574,819人となっている。佐野市は実数値で121,158人の増加、増加率は1.4%となっている。足利市は2010年が3,309,215人、2019年が4,862,660人であり、実数値で1,553,415人の増加、増加率は46.9%である。栃木市は2010年が5,728,695人、2019年が5,514,544人であり、実数値で214,151人の減少、減少率は3.7%となっている。また、佐野市、足利市、栃木市の3市の合計による観光客入込数は2010年が17,491,571人、2019年が18,952,023人となっている。3市の観光客入込数は実数値で1,460,452人の増加、増加率は8.3495%となっている。観光客入込数について、栃木県全体の増加率と佐野市、足利市、栃木市の3市合計における増加率を比較すると、栃木県が8.2843%、3市が8.3495%であり、観光客入込数の増加率は3市の方が高かったことが分かる。これは、ゆるキャラグランプリの効果に限られないが、佐野市、足利市、栃木市への関心の高さのほか、県南地域の経済や商業が他の地域より伸びていた影響なども考えられる。

さらに観光では、観光地とその隣接する地域での周遊や宿泊数を伸ばすことによる消費支出の増加なども課題であり、周辺地域の協力による取り組みも重要である。(下図:栃木県及び3市(足利市・栃木市・佐野市)の観光客入込数の増減率の推移)

まず、観光客入込数について確認したが、次に佐野市、足利市、栃木市における観光客の宿泊数を調べてみよう。下のグラフは2011年から2021年までのそれぞれの市における宿泊数の推移を、観光客宿泊数および外国人宿泊数に分けて表したものである。

グラフでは栃木県の観光客宿泊数を表していないが、2011年に6,467,539人だった同県の観光客宿泊数は2019年に8,256,949人へ増加している。佐野市、足利市、栃木の3市合計である観光客宿泊数は2011年に52,595人、栃木県の観光客宿泊数に占める割合は0.813%であったものが、2019年には観光客宿泊数が112,239人、同県の観光客宿泊数に占める割合は1.359%へ上昇している。これらの3市は栃木県平均における観光客入込数だけでなく、観光客宿泊数の増加率も同様に上回っている。(下表:栃木県及び3市(足利市・栃木市・佐野市)の宿泊数の増減率の推移)

それでは、ここでゆるキャラグランプリによるインタレストの増加が国内の観光客数または訪日外国人のいずれを増やす効果があったかを調べてみよう。この効果を識別するためには交絡因子を調整することも本来必要であるが、ここではゆるキャラグランプリ2013によるインタレストの増加を求めた方法と同様に、観光客宿泊数(外国人宿泊数を除く)と外国人宿泊数の差の差を比較することにより、ざっくりと効果検証を行ってみよう。

・3市(佐野市・足利市・栃木市)の観光客宿泊数(外国人を除く)
(1)佐野市
(a)2011年~2013年:91,971人
(b)2014年~2019年:288,370人
(2)足利市
(a)2011年~2013年:46,245人
(b)2014年~2019年:158,703人
(3)栃木市
(a)2011年~2013年:36,418人
(b)2014年~2019年:82,951人
(4)足利市+栃木市
(a)2011年~2013年:82,663人
(b)2014年~2019年:241,654人
(b)-(a)=158,991人・・・(c)
(b)/(a)-1=1.9233(192.33%)・・・(d)
(5)佐野市+足利市+栃木市
(a)2011年~2013年:174,634人
(b)2014年~2019年:530,024人
(b)-(a)=355,390人・・・(c)
(b)/(a)-1=2.0350(203.50%)・・・(d)
・ゆるキャラグランプリによる観光客宿泊数(外国人を除く)への効果検証の手順(Fuzzyな分析)
(5)(d)-(4)(d)=0.1116・・・(A)

・3市(佐野市・足利市・栃木市)の外国人宿泊数
(6)佐野市

(a)2011年~2013年:702人
(b)2014年~2019年:4,688人
(7)足利市
(a)2011年~2013年:7,998人
(b)2014年~2019年:22,692人
(8)栃木市
(a)2011年~2013年:760人
(b)2014年~2019年:3,887人
(9)足利市+栃木市
(a)2011年~2013年:8,758人
(b)2014年~2019年:26,579人
(b)-(a)=17,821人
(b)/(a)-1=2.0348(203.48%)
(10)佐野市+足利市+栃木市
(a)2011年~2013年:9,460人
(b)2014年~2019年:31,267人
(b)-(a)=21,807人
(b)/(a)-1=2.3051(230.52%)
・ゆるキャラグランプリによる外国人宿泊数への効果検証の手順(Fuzzyな分析)
(10)(d)-(9)(d)=0.2703・・・(B)

・ゆるきゃらグランプリによる宿泊数へのあいまいな効果
(B)-(A)=0.1586(観光客宿泊数(外国人を除く)より外国人宿泊数の方が15.87%増加率が高い)

※差を比較すると外国人宿泊数の増加率の方が高いが、ゆるきゃらグランプリは外国人宿泊数への効果がより大きかったと解釈するのは誤りであると考えられる。算出では訪日外客数、各市における観光政策(イベント・企画など)や財政支出、等を用いていない(欠落している)が、外国人宿泊数の増加率は訪日外客数等の交絡因子の存在もある。一方で、ゆるキャラグランプリは佐野市に対する訪日外客数への認知やプレファレンスを向上させた効果も少なくともゼロではないと考えられる。

ゆるきゃらグランプリ2013による佐野市における宿泊数への影響について、差の差による上記の効果検証では外国人宿泊数を除いた観光客宿泊数よりも外国人宿泊数の増加率の方が高くなっている。したがって、ゆるキャラグランプリ2013のさのまるの優勝は外国人宿泊数への影響がより大きかったと考えることもできる。しかし、このような単純な解釈は誤りであると思われる。上記では訪日外客数の伸びを考慮していないことや、佐野市が2011年から2013年の間に実施した観光政策や財政支出などと2014年から2019年の間に実施した観光政策や財政支出などは異なると考えられる。また、効果検証で考慮しなかった訪日外客数の伸びなどは宿泊数への外生的なショックであると見做すこともできる。ざっくりとした効果検証であったが、しかし、ゆるキャラグランプリ2013のさのまるの優勝が佐野市における外国人宿泊数へ与えた効果は少なくともゼロではないと考えられるだろう。日本人観光客に対する認知の向上だけでなく、SNSなどの発信によって佐野市に対するポジティブな印象を持ち、観光先として選んだ訪日外国人も少なからず存在するだろう。
下のコロプレス図は観光庁が公表している「訪日外国人消費動向調査」の観光・レジャー目的における都道府県別訪問率の回答数を基に、2014年を基準として2019年の増減率を表したものである。

訪日外国人消費動向調査における回答数はウェイトバック(重み付け)を施していないため、訪日外国人の都道府県別の訪問先を正確に表現することはできない。また、調査回収率も100%ではないだろう。しかし、次のような仮説を立てることも出来る。同調査における2014年を基準とした2019年の都道府県別の訪問先の増減率を算出することで、訪日外国人の旅行先や興味・関心に変化がみられたのか。訪問先として増加率が高い地域は訪日外客数が多いと推測することもできる。一方、これまで訪れていない地域であったため訪問した可能性なども考えられる。
ここまで佐野市、足利市、栃木市の観光客宿泊数について確認したが、観光客入込数あたりの観光客宿泊数も調べてみよう。下のグラフは栃木県、佐野市、足利市、栃木市におけるそれぞれの推移を表したものである。

グラフから読み取れることは、栃木県の平均と比較すると、佐野市、足利市、栃木市はいずれも低い水準にある。宿泊数は宿泊施設の数などにも影響されるが、栃木県の平均値を引上げているのは日本経済の全盛期に団体客で賑わった鬼怒川温泉がある日光市であると考えられる。この地域は県の第一地銀である足利銀行をメインバンクとして拡大路線がとられたが、1990年代以降の長期停滞の中で県の経済も低迷し、大きく衰退することとなった。しかし、現在でも栃木県内では観光地としての人気は高いものであると考えられる。くまモンの生みの親である小山薫堂氏は日光金谷ホテルをプロデュースするが、さのまるをプロデュースすることによって佐野市と観光客をつなぐことができると考えられる。また、佐野市、足利市、栃木市の観光客入込数あたりの観光客宿泊数を確認すると、この3市では足利市が最も高い水準にあるが、足利市は群馬県の桐生市や太田市に接しており、群馬県へのアクセスも良い位置にある。佐野市や足利市、栃木市は宿泊数の伸びしろがあると考えられ、また栃木県内だけでなく群馬県の隣接する地域との協働による取り組みも、観光客の満足度を向上させる可能性がある。また、宿泊数をKPIとするのではなく、異なる戦略をとることも考えられる。
それでは、これから佐野市における観光について具体的な検討を行う。佐野市における観光の検討を行う上で、まずSTPと呼ばれる戦略フレームワークについて確認する。栃木県宇都宮市が公表している「第2次宇都宮市教育委員会広報プラン」を参考にしてみよう。

出典:宇都宮市教育委員会広報プラン https://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/kyoikuiinkai/sugoi/1002511.html を基に田代弘治が作成。

STPとは、S(Segmentation)で市場を顧客のニーズなどで細分化し、T(Targeting)でSにより細分化した市場の中からターゲットとする市場を選び、P(Positioning)でTにより選択した市場において自社の立ち位置を決める一連のプロセスである。栃木県宇都宮市の教育委員会では計画的・戦略的に広報活動を展開する「宇都宮市教育委員会広報プラン」を平成26(2014)年度に策定し、現在の活動指標として「パブリシティ活動による情報提供件数 365件/年」や「1施設1件パブリシティ運動」が掲げられている。同教育委員会では、これまでに教育委員会独自のHPトップページの作成、パブリシティ相談窓口の設置、知ってもらう運動推進会議の実施等の実績がある。これらの実績を踏まえ、2020年に策定された第2次宇都宮市教育委員会広報プランでは4つの戦略として、従来のHPによる発信を基本とした上で、SNS(Twitter、Facebook)や動画等によるICTの活用による市内外への広報活動の検討や、報道機関のニーズを捉えたパブリシティ活動の実施などが挙げられている。
この第2次宇都宮市教育委員会広報プランをSTPで簡単にまとめたものが上の図である。宇都宮市教育委員会広報プランの戦略ではSNSや動画等によるICTの活用が挙げられているが、たとえばSNSはストック型、フロー型で分類することもできる。ストック型のSNSにはブログやYouTubeなどがあり、フロー型のSNSにはTwitterやTikTokなどがある。ストック型のSNSは検索に強いが、拡散やユーザーとのコミュニケーションはフロー型のSNSに劣る。一方、フロー型のSNSであるTwitterはジブリ映画の名作である『天空の城ラピュタ』のテレビ放送中に「バルス現象」と呼ばれる祭りでの盛り上がりなどのリアルタイム性に優れるが、検索はストック型のSNSに劣り、情報発信のタイミングは重要となる。フロー型のSNSでは、子どもや親が情報を受け取りやすい時間帯に投稿することによって到達可能性は高まる。また、人が情報を探すプル型、情報が人を探すプッシュ型に分類することもできる。教育委員会HPをプッシュ型にすることで情報を探すコストを低下させることができる。ICTの活用による広報活動の展開を具体化すると、STPのS(Segmentation)ではこのように戦略に落とし込むこともできるだろう。
また、自治体におけるSNSの利用では、県公式アカウントが128個乱立し、約4年にわたって放置されていた滋賀県の事例が話題となったこともある。アカウントの乱立はSNSを運用するために投入する資源を増やし、またアカウントの増加は情報の分散化を発生させて情報の到達可能性を低下させるだけでなく、真に情報を必要とする住民が情報を得るための負担を増やすことにもなるだろう。Peter Theil氏による名著『ZERO to ONE』には、故瀧本哲史氏が執筆した序文に「本書でも紹介される、ティールが最も重視する質問が出てくる。それは、「世界に関する命題のうち、多くの人が真でないとしているが、君が真だと考えているものは何か?」というものである。つまりティールは、強い個性を持った個人(ただし、実際にはティールは少人数のチームを重視する)が、世界でまだ信じられていない新しい真理、知識を発見し、人類をさらに進歩させ、社会を変えていくことを、自らの究極の目的としているのである。」という一文がある。Peter Theil氏は「空飛ぶ車が欲しかったのに、手にしたのは140文字だ」という発言でも知られている。Peter Theil氏によるこの名著はシリコンバレーを教科書とする起業家向けの本である。滋賀県の公式SNSアカウントの乱立のような事例は腐るほど存在すると思われるが、行政や自治体における教科書として『ONE to ZERO』という名著の出版も待たれる。ブルシット・ジョブ(本来の定義とは異なるかもしれないが、ここでは制約された資源を非効率的に、効果がほとんど無いと思われ無意味な仕事に資源を投入することとする)であるクソ仕事を減らすことは、自治体の制約された人、モノ、お金などの資源を有効に活用し、行政サービスの向上に資すると考えられる。
次に、宇都宮市教育委員会広報プランの戦略では報道機関のニーズを捉えたパブリシティ活動の実施も挙げられている。行政の広報活動においてメディアとのリレーションである信頼関係は当然に重要である。行政には様々なステークホルダーが存在し、ステークホルダーの関心や利益はそれぞれ異なる。したがって、報道機関のニーズを捉えたパブリシティ活動の実施も考えられる。しかし、教育を受けることによる主な受益者は子どもとその親であり、子どもとその親の本質的なニーズを捉えた情報発信を行うべきであろう。このためには情報提供件数をKPIとして設定するのではなく、たとえばオウンドメディアである教育委員会のHPの内容、情報の質の向上等を図ることによって、情報の受け手のエンゲージメントやインプレッションを獲得することが情報の発信者と受け手の両者のコストを減らすことにもなる。
さらに、職員の広報活動意識やスキルの向上を目的とする研修の継続実施のほか、教育委員会広報資料集の作成も挙げられている。この広報資料集の内容は情報提供の方法や広報活動の好事例等をまとめたものとされているが、広報資料集を次のような方法で代替することも可能だろう。宇都宮市の内外への情報発信を目的とする場合、宇都宮市で教育を受けることにより得られるケイパビリティだけでなく、宇都宮市以外での教育と異なるケイパビリティを発信することで宇都宮市と他市との差別化を図り、競争優位を訴求する。また、教育委員会職員のスキル向上については、米国の大統領であったBarack Obama氏が読書リストを共有しているように、宇都宮市の職員に限らず栃木県知事および副知事らも読書リストや推薦図書を公開することで、県内の生徒などの文化資本の向上を図ることもできるだろう。
STPと呼ばれる戦略フレームワークについて確認した上で、次に観光市場の規模のひとつである旅行消費額について分析することにしよう。旅行消費額を因数分解した一例が下図である。

旅行消費額は、たとえば観光客数、都道府県、交通、支出場所、宿泊数に分解することができ、観光客数などそれぞれの変数をレバーとして変動させることによって旅行消費額は増減する。観光客数をさらにブレークダウンすると、日本人観光客と訪日外国人に分けることもできる。日本人観光客を増やすことは、日本の人口が減少傾向にあるため簡単ではないだろう。またコロナ禍以前は大きく伸びていた訪日外国人による観光も、コロナ禍以降の移動の制限などにより訪日外国人への観光対策は課題であると考えられる。さらに、都道府県も旅行消費額に影響を与えるだろう。日本人観光客数の上限を増やすことは難しいため、47都道府県の観光客数全体のうち、たとえば15%の観光客に観光先として選んでもらうため、他の都道府県と異なる魅力を打ち出すことも重要である。そして、これらの観光客は鉄道などの移動手段を用いて、飲食店やテーマパーク、スポーツ観戦、温泉、景勝地観光などの場所で消費を行う。さらに支出場所と近接する旅館やホテルを利用し、宿泊する。宿泊数が伸びれば飲食や娯楽などに支出する金額は増加し、旅行消費額も拡大するだろう。佐野市における観光政策を企画、実施する上で、旅行消費額の因数分解による変数を考慮することは打ち手の有効性を高めることにもなると考えられる。なお、この因数分解による変数は一例であり、内部環境や外部環境、人やモノなど資源量の差などによって異なる変数を用い、さらに変数をブレークダウンすることも当然考えられる。
続いて、旅行消費額を因数分解した変数における打ち手の検討を行う上で、戦略フレームワークのオリジナルモデルも構築しよう。ABCDモデルという新しいフレームワークを表したものが下図である。

新しいアイデアであるABCDモデルでは、A(Attention)、B(Behavior)、C(Cost)、D(Desire)の4つの変数について考える。まず、Attentionでは、施策が観光客の注意、関心を惹きつけるかの検討を行う。観光地として選ばれる基準には、まず知ってもらうことも大切である。さらに、STPで確認したように、観光客のニーズを設定し(Targeting)、観光地としての競争優位や他の都市とは異なる特別な体験による差別化があるか(Positioning)などを考慮することも施策では重要となる。Behaviorでは、観光先として選ばれ、実際に観光に訪れるかという行動変容を促せるかの検討を行う。Attentionで観光先として選ばれるための注意や関心を惹きつけることが大切であるが、行動変容を促すためにはこれから述べるC(Cost)である費用やD(Desire)である欲望や感情も重要である。観光では日常と異なる体験を求める観光客も少なくないだろう。一方で、日常と異なる体験ができる娯楽は数十年前より増えている。観光の競合は観光地とその他の都市だけでなく、観光以外の娯楽なども競合となる。余暇における消費として観光が選ばれるためには、観光以外の娯楽を参考とすることも大切である。さらに、施策ではC(Cost)の検討も行う。AIDMAやAISASなどこれまでのマーケティングのフレームワークではC(Cost)の概念をモデルに組み込んでいる事例はほとんど無いと考えられる。しかし新しいフレームワークであるABCDモデルではCostの概念を導入する。Costである費用には、製品やサービスを利用する消費者の費用と製品やサービスを提供する供給者の費用が存在する。消費者の費用には、たとえば観光客が観光地でモノを購入し、飲食をして、体験するために支払うお金である費用が当然ある。このほか、観光客が観光地まで移動するために費やす時間である費用や、慣れない場所でのストレスや観光地における良質な体験による満足度といった心理的な費用も存在する。観光施策では、消費者の費用も組み込むことで観光という行動変容を促すことができると考えられる。また費用には、消費者だけでなく製品やサービスを提供する供給者の費用もある。2025年に開催される大阪万博において、厳しい財政事情から喫煙所の設置が難しいのではないかとの話題もあった。喫煙所の設置ができない場合、路上へのたばこのポイ捨てが問題になるのではないかということだ。このような製品やサービスを提供する供給者の費用を減らすため、次のようなゴミ箱を設置することが考えられるだろう。英国のNPOであるhubbubはロンドン市内におけるたばこのポイ捨てを減らすため、ゴミ箱に「世界最高のサッカー選手はどっち?」という質問を書き、Greatest Of All Timeであるリオネル・メッシ選手とクリスティアーノ・ロナウド選手の名前が明記されていたのだ。いずれかの選手の名前があるゴミ箱にゴミを捨てることが人気投票のようになり、ポイ捨てをゼロにはできなくても少ない費用でポイ捨てが減ることが考えられるのだ。このように、背中を軽く突いて良い方へ行動変容を促すことをナッジというが、この理論は2017年にRichard Thaler氏がノーベル経済学賞を受賞することになった理由である。英国におけるこの事例を参考に、ドラゴンボールやポケットモンスターなどのキャラクターが描かれたゴミ箱を設置し、ネーミングライツ事業のように実施するのだ。日本のアニメや漫画のキャラクターはソフトパワーであり、ゴミ箱とともに世界へ発信されることになる。たとえば、ドラゴンボールの孫悟空とベジータがデザインされたゴミ箱と、もうひとつキャラクターは何も描かれていないゴミ箱も設置するのだ。しかしキャラクターが何も描かれていないゴミ箱には、「孫悟空とベジータがあなたの推しキャラクターでないならばその他のゴミ箱にゴミを捨て、写真と一緒にあなたのお気に入りのキャラクターをSNSにハッシュタグをつけて投稿して教えてね」と書いておくのだ。このようなゴミ箱を設置することでポイ捨てを減らせるだけでなく、日本のアニメや漫画のキャラクターが拡散される可能性もある。製品やサービスを提供する供給者の費用を減らすだけでなく、視点をずらすことで新しい市場も創造できる。
戦略フレームワークにCostである費用の概念を導入することで、需要曲線と供給曲線をイメージすることができる。需要曲線は様々な価格における消費者の需要量をグラフにしたものであり、需要曲線の高さは財の追加の1単位に対して消費者が支払う意思のある最大の金額である支払意思額を表す。また、供給曲線は様々な価格における企業の供給量をグラフにしたものであり、供給曲線の高さは1単位生産を増やすために必要な追加費用である限界費用を表す。この需要曲線と供給曲線を表したものが下図である。

ハンバーガーを例に考えてみよう。佐野市にあるハンバーガー屋がさのまるバーガーを販売していると仮定する。さのまるバーガー1個の価格は300円としよう。300円で販売されているさのまるバーガーは1日に100個売れるとする。このハンバーガー屋は3の付く日をさのまるの日と定め、毎月3日、13日、23日に300円のさのまるバーガーを3割引きの210円で販売する。さのまるの日にはさのまるバーガーは130個売れる。このように価格が高い時にはハンバーガーを食べたいと思う人が少なく、価格が下がればハンバーガーを食べたいと思う人が増えることから、需要曲線は右下がりの曲線によって表される。
たとえば、さのまるバーガーを販売しているハンバーガー屋の隣に、ラーメン屋が新規に出店してきたとしよう。佐野市といえばやっぱりラーメンだねという客も少なくないかもしれない。すると、さのまるバーガーを食べたいと思う人は減り、需要曲線は左にシフトする。また、佐野市の観光客が増加しラーメン屋だけでなくハンバーガー屋の利用も増えたとしよう。この場合、消費者が増えることによって需要曲線は右にシフトする。
一方、供給曲線はある製品やサービスを特定の価格で売りたいと思う数量を表すが、製品やサービスを生産するためには費用がかかることから、価格が上昇すると供給量も増加する。したがって、供給曲線は右上がりとなる。ラーメンの食材である小麦は約9割を海外からの輸入に頼っているが、小麦価格の上昇が原価率にも影響し、ラーメンの味を維持するために値上げせざるを得ないと考えてみよう。このような投入物価格の上昇は生産者や販売者のコスト高となり、供給曲線は左にシフトする。ラーメン屋の隣でさのまるバーガーを販売しているハンバーガー屋は、ロボットによるハンバーガー製造機を導入したとしよう。ロボットによるハンバーガー製造機の導入によって、以前より少ない投入量でハンバーガーをつくることができるようになった。このような技術の改良は供給曲線を右にシフトさせる。需要曲線と供給曲線が交わる点で市場は均衡するが、戦略フレームワークに費用の概念を導入することで消費者や生産者のコストもイメージすることができ、TargetingやPositioningの設定の描写ができる。新しい市場を創造するためには嗜好や選好を変える付加価値によって、需要曲線を右シフトさせる必要がある。
最後にD(Desire)である欲望であるが、人がモノやサービスを購入したり、利用する場合には天使と悪魔の欲望の二面性が存在すると考えられる。たとえば、天使の欲望には購入や利用によって自らの生活の質の向上だけでなく、環境等も配慮したモノやサービスの存在がある。一方、悪魔の欲望は次のようなものが考えられる。SNSの普及によってソーシャルゲームも一般的になった。ソーシャルゲームでは多くの場合、課金によってレアアイテムを入手することができる。ゲーム内で他のユーザーより強くなりたい場合は、課金によってレアアイテムを入手することが近道となることもある。このような他のユーザーより優位に立ちたいという感情は、ソースティン・ヴェブレンが述べる顕示的消費と呼ばれるものであろう。顕示的消費はみせびらかし効果とも呼ばれるもので、ヴィトンのバッグを持つことはお洒落というだけでなく、資産を有していることを仄めかす効果もある。このような顕示的消費は、特別感や限定品による価値も同様である。さらにSNSにおける顕示的消費のひとつにバズるが存在する。いいね!などによってバズることで目立ちたいという人も少なくないだろう。建前では綺麗なことが好まれるが、人にはこのような悪魔の欲望もあると思われる。ニーズを把握するためには建前だけでなく本音であるインサイトを見抜くことも大切である。
戦略フレームワークであるSTP、ABCDモデルについて確認したため、これから佐野市における観光施策の検討を行う。観光施策では人気ハンバーガーチェーン店であるバーガーキングによるFIFAのマーケティング戦略を応用することも考えられる。同社の戦略は次のようなものであった。イングランドのプロリーグとしては最下層の4部に在籍するスティーブニッジFCとスポンサー契約を締結し、同クラブのユニフォームの胸にロゴを掲出した。サッカーゲーム『FIFA20』ではイングランド4部のクラブも収録されており、同社のロゴはゲーム内に登場していた。同社は「スティーブニッジ・チャレンジ」というキャンペーンを実施し、『FIFA20』のゴール動画をSNSでシェアするとハンバーガーなどの特典が付くというものであった。すると、『FIFA20』にあるキャリアモードで最も使用されるクラブとなり、またスティーブニッジFCの公式ショップではユニフォームが売り切れる騒ぎとなった。佐野市では、この「スティーブニッジ・チャレンジ」を参考にした観光施策も考えられる。美しい空と澄み切った心地よい空気、佐野市に広がる緑豊かな山々や森林、美しい自然によって育まれた水、四季折々の風景や自然に包まれたアウトドア体験などの写真や動画をSNSでシェアする。さらに、いいね!やリツイートのシェア数などに応じて、写真や動画のMonthly Best Shotsを決定する。そして、Monthly Best Shotsの投稿者にはさのまるNFTをプレゼントするのだ。SNSでシェアする写真の例として、次のようなものが考えられる。

たとえば、散歩をしたり
#佐野散歩 #佐野市 #夕焼け #田んぼ #山 #風景 #栃木県佐野市


青竹打ち!体験や、佐野ラーメンを食べたり
#さのまる #佐野ラーメン #麺スタグラム


ダンスを踊ってみた写真もよいだろう。

また、国道293号沿いにあるラーメン店やそば店、焼きそば店で組織する足利佐野めんめん街道推進協議会では「めんめん街道」食べ比べを実施している。2022年は佐野市、足利市、栃木市の計48店を会場にスタンプラリーが実施されている。この「めんめん街道」食べ比べにおいて、「めんめん街道・チャレンジ」を実施してもよいだろう。同協議会では足利佐野めんめん街道パンフレットを作成し、HP等で公開しているが、このパンフレットに対する認知や関心は佐野市、足利市、栃木市のほかではこの3市より低い可能性も考えられる。「めんめん街道・チャレンジ」では、会場となっているお店で美味しいラーメンやそばを食べられる体験だけでなく、ラーメンやそばを食べている写真等をシェアすることでプレファレンスが高まるお店の増加や、食という欲望だけでなく悪魔の欲望を満たすことも考えられる。これらは旅行消費額の推定で因数分解した、47都道府県のうちで観光先として選ばれる確率の上昇、支出場所における体験の向上、宿泊数の増加の可能性につながると思われる。また、既存の製品やサービスを応用することで生産者の費用負担も少なく、消費者は旅における楽しみがひとつ増えることで新規市場の創造にもなる。さらに広告費用の増加も少なく、欲望を満たす体験が広告として機能する。
2022年8月、総務省は自治体マイナポイントの普及のため、自治体への補助金制度を創設する方針であることが話題となった。自治体マイナポイントモデル事業の具体的内容には、次のようなものがある。宮崎県延岡市では市内の公共交通機関の利用促進及び交通支援のため、18歳以上の市民に対し、市内路線バス、まちなか循環バスのみで利用できる地域通貨ポイントの付与による交通費の助成を実施。山梨県甲府市の事業では健康促進とマイナンバーカードの普及を同時に進めるため、各種検診やウォーキング教室等、市の実施する事業への参加者などに対し、実績に応じたポイントを付与している。2021年の自治体マイナポイントモデル事業では17団体33施策が採択されている。
この自治体マイナポイントについて、次のような事業も考えられるだろう。たとえば、宮崎県延岡市の交通費の助成と山梨県甲府市のウォーキング教室等の既存のアイデアを新結合することで、水平的思考によるイノベーションを生むのだ。すなわち、旅では地域の食を味わい、観光地を歩き回り、自然や文化を楽しむ。観光でのウォーキングや移動に応じてマイナポイントが貯まるマイレージ制度を創設するのだ。ウォーキング教室等への参加はめんどくさく、本音では参加を希望したくないがマイナポイントを目的とする参加者も少なくないと思われる。しかし、観光マイナポイントマイレージ制度はこのような消費者の心理的な費用、時間的な費用をかけることなく、観光地を歩いたり、少し足を伸ばして見慣れた風景から異なる風景を体験するだけで、自然にポイントが貯まる。近接する観光スポットを追加して、観光での消費や宿泊数が伸びることも考えられる。

(3)これからの地方自治の検討


戦後、各国の福祉国家の形成には1942年に英国で公表されたベヴァリッジ報告が大きな影響を与えたとされている。ベヴァリッジ報告は、1897年にウェッブ夫妻が『産業民主制論』において提唱したナショナル・ミニマム論をもとにして、社会保障を包括的かつ普遍的なものとし、それに対する国民各自の権利と国の責任を明確にしている。同報告の中でナショナル・ミニマムは、最低生活水準を越える部分については各人の自由裁量にゆだね、国家は最低生活水準を全国民に保証すると定義されている。社会保障の歴史は、プロイセンのビスマルクによる疾病保険法(1883年)、災害保険法(1884年)、老齢保険法(1889年)の「ビスマルクの社会政策三部作」と呼ばれる法律によって始まったとされる。ビスマルクによる政策は飴と鞭と言われるように、国を安定化させる手段として社会保障を利用しただけでなく、これによって労働者の愛国心も育て、一方では反体制的な労働者には弾圧という手段も用いた。ベヴァリッジ報告の影響も受けた戦後の福祉国家では、再分配を通じて国民の生活を安定させることで、資本主義の修正も行われた。資本主義では個人は自らの労働力を売って生計を立てるほかない。労働者と資本家の対立は民主主義の枠内で行われる民主的階級闘争へと変化していく(Lipset 1981)。日本では憲法第25条が定める生存権、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が社会権にあたる。社会権によって最小限の福祉を請求する権利や市民として十分な生活を送る権利などが認められるようになる(マーシャル=ボットモア 1993)。
福祉国家の分類について、エスピン=アンデルセンは福祉を提供する主要な単位を国家、市場、家族に分類し、この組み合わせから生まれる福祉レジームとして捉えた。さらに、福祉国家を分類すると、社会民主主義レジーム、自由主義レジーム、保守主義レジームの3つのタイプにわけることができる。福祉国家の東アジアモデルの議論では、家族が福祉供給体として重要な機能を担っていることなどが指摘されるが、日本は東アジアモデルとは区別されることもあるとされている。エスピン=アンデルセンの『福祉資本主義の三つの世界』の序文では、日本は自由主義レジームと保守主義レジームの混合形態であると述べられている。日本における福祉国家の主な政策は、まず岸信介首相による改革によって、1961年に国民皆保険および国民皆年金が実現した。田中角栄首相は福祉元年を掲げ、1973年に高齢者医療の無料化や厚生年金の給付引き上げを実施した。政府が高齢者向けの福祉の充実を図ってきた一方、年功序列や終身雇用といった日本的経営が雇用の側面から現役世代である労働者の福祉を担っていたという評価も存在する。デイヴィッド・ガーランド氏はエスピン=アンデルセンによる福祉レジームを踏まえた上で、社会保険や社会扶助、ソーシャルワークなどの給付のあり方を論じている。
日本は、1951年に吉田茂首相によるサンフランシスコ講和条約の締結によって主権を回復し、軽武装・経済外交を基本方針とする吉田ドクトリンが採用された。国外では米ソ冷戦による西側諸国と東側諸国の対立も存在した。経済企画庁の調査課長であった後藤誉之助氏が作成の指揮を執った1956年の経済白書には「もはや戦後ではない」という記述があり、これは流行語となった。敗戦からの回復を経て、成長が終わった後の厳しい経済環境に対する警句でもあった。このような戦後初期の中で、1950年には朝鮮戦争も発生した。朝鮮戦争が発生した当時の日本は経済の回復の途上にあり、製造する製品に故障や不良品も少なくなく、品質の問題も存在した。この時期にデミング博士が来日し、統計的品質管理であるSQC(Statistical Quality Control)の普及だけでなく、スカンクワークでもあるQCサークルが展開されることにもなった。1955年に成立した自由民主党による政権と、日本社会党の二大政党を中心とした政党体制は55年体制と呼ばれ、1993年に細川護熙氏を首相とする7党1会派による連立政権の誕生まで約半世紀続くこととなった。1950年代末から1960年代初めにかけ岸信介内閣、池田勇人内閣が誕生し、池田勇人内閣のもとでは所得倍増計画も実施された。1964年にはアジアで初めての夏季五輪である東京五輪も開催され、三丁目の夕日の景色であるいつものように住民たちが和気あいあいと暮らす生活があった。現在と比べると不便さや生活の質の豊かさでは劣っていたかもしれない。しかし、当時の日本には未来への希望が存在しただろう。その後、戦後の大宰相である田中角栄首相も誕生し、田中角栄内閣では日本列島改造論で掲げた公約であったそれまでの国土の開発計画によって引き起こされた問題である過疎、公害等の対策も実施した。田中角栄首相は地方である新潟県の出身であり、また現在の学歴でいうと中卒であったが、コンピューター付きブルドーザーと呼ばれたように、明晰な頭脳と実行力も備えていた。日本の国土開発は1962年に池田勇人内閣によって策定された全国総合開発計画が最初であり、この背景には高度成長への移行や工業の分散による地域間格差の是正などが目的であった。高度成長を経て、日本全国の至るところで一定水準の行政サービスを受けることができるようになり、鉄道や高速道路、インフラの整備も進み、日本社会は成熟期を迎えた。1982年に成立した中曽根康弘内閣の下で、日本政治・行政・経済は戦後の最盛期を迎える。また、中曽根康弘内閣は戦後史における大きな転換点になった。中曽根康弘首相は1985年の第102回国会における施政方針演説で、「私は、内閣総理大臣の重責を担って以来、戦後政治の総決算を標榜し、対外的には世界の平和と繁栄に積極的に貢献する国際国家日本の実現を、また、国内的には二十一世紀に向けた「たくましい文化と福祉の国」づくりを目指して、全力を傾けてまいりました。このような外交、内生の基本方針を堅持し、国民の皆様の幅広い支持のもとに、これをさらに定着させ、前進させることが、私の果たすべき責務であると考えます。」と述べた。当時の国際経済では米国のロナルド・レーガン大統領、英国のマーガレット・サッチャー首相が福祉国家の大きな政府を修正するため新自由主義による政策を実施した。日本では1973年に発生したオイルショックによる経済の混乱の影響を受け、1975年に三木武夫内閣が財政法第4条に規定する建設国債ではなく特例法による特例国債、いわゆる赤字国債を発行した。それ以降、財政法上の発行が認められていない赤字国債は毎年度発行されるようになり、米国や英国と同様に日本も財政再建が課題となっていた。中曽根康弘内閣では土光敏夫氏を会長とする第二次臨時行政調査会によって行政改革である三公社(日本国有鉄道・日本電信電話公社・日本専売公社)の民営化も実現した。この第二次臨時行政調査会は1981年に成立した鈴木善幸内閣による「増税なき財政再建」を達成するために設置され、会長を務めた土光敏夫氏の名前から土光臨調と称されることもある。土光敏夫氏はNHKのテレビ番組で質素な生活が放映されたことから、メザシの土光さんの異名もあった。庶民の魚であるメザシを愛し、見かけよりも実利を選ぶ。土光敏夫氏のこのような利他の精神は企業経営のみならず、自治体の職員や住民においても重要であると考えられる。市場では通常、パレート効率的な均衡が達成され社会全体の利益も最大化される。これがアダム・スミスが『国富論』で述べた見えざる手であり、厚生経済学の基本定理であるとされる。しかし市場も完全ではなく、市場の失敗のあるところでは適切な公共政策によって市場に代わるメカニズムをデザインすることも必要となる。利他の精神はアダム・スミスの道徳の形成とも重なる。Adam Grant氏による著書『GIVE & TAKE』で述べられている与える人の影響力は、アダム・スミスの見えざる手と市場の失敗に代わるメカニズムと考えることもできる。
16世紀の後半、ユグノー戦争時代のフランスの法学者であるジャン・ボダンは王権神授説に基づく国家主権の絶対性を唱えた。ボダンの主権の概念は支配ー被支配の関係は支配による絶対的な権限であり、国家にあっては国王にのみ固有の権利であると考えられた。このようなボダンの主権の概念によれば、国と地方の関係は集権的に捉えられ、近代民主主義と比較すると不完全なものであると考えられる。主権理論の原点であるジャン・ボダンによる国家の概念を発展させたトマス・ホッブズは、強力な国家の存在が個々人の自然権を保障するとした。強力な国家は『旧約聖書』のヨブ記41章に登場する海の怪物であるリヴァイアサンに例えられる。リヴァイアサンはヘブライ語で描かれた旧約聖書によるとレヴィアタンと表記されるが、ベヒモスが陸、ジズが空、そしてレヴィアタンが海の三頭一鼎を成す、神によって造られた存在であるとされる。旧約聖書に登場する海の聖獣は、トマス・ホッブズのコモンウェルスである国家における絶対王政のための理論となった。Daron Acemoglu氏とJames A. Robinson氏は著書『自由の命運』において、トマス・ホッブズのリヴァイアサンの概念を援用し、国家と社会の絶えざる努力によって強力な国家であるリヴァイアサンに足枷を嵌めることができるとしている。善き社会を実現するための自由や民主主義を獲得するためには、国家のみならず個々人の集合体である社会の不断の努力による進歩も求められる。トマス・ホッブズは自然状態では自由で平等な個人を想定していたが、現代における自然状態は戦争ではなく、生命、自由、財産は保障されるが、家庭環境や健康状態、人間関係などの不平等は存在する。社会的、経済的不平等など社会の問題は社会の手で解決できるとすれば、分配による正義を実現する必要はないと考えられる。一方で、重荷を背負った社会では機会の不平等による結果の格差も存在する。結果の格差が正当化されるのは、機会の平等のプロセスが妥当であると考えられる場合だろう。しかし、このような機会の平等のプロセスの妥当性が確保された場合であっても、社会の不平等をなくすことはできない。不利な立場を解消しても、誰もが不利な立場に陥る可能性は存在する。不平等を解消するための分配は、国や自治体の仕事して重要であろう。しかし、国による年金等の制度だけでなく、年功制や終身雇用の日本的経営が現役世代を支えていた日本の福祉国家はこれから修正を迫られるだろう。
フランスの経済学者であるThomas Piketty氏によってフランス語で執筆された著書『Capital in the Twenty-First Century』(邦訳名『21世紀の資本』)は2013年にフランスで出版され、翌2014年にEnglish editionも出版されると『フィナンシャル・タイムズ』のビジネス・ブック・オブ・ザ・イヤー2014を受賞するなど世界的なベストセラーとなった。2008年に発生した世界金融危機以降、米国ではOccupy Wall Streetと呼ばれる資本主義を代表する金融経済の象徴であるウォール街を占拠せよという運動が発生するなど格差の問題が大きな話題となった。2008年の世界金融危機は、IMFのチーフエコノミストやインド中央銀行総裁などを務めたラグラム・ラジャン氏による著書『フォールト・ラインズ』では金融政策や失業等から分析され、教育や社会保障改革なども提言された。また、英国の歴史家であるアダム・トゥーズ氏は著書『暴落』において経済史と地政学の知見を組み合わせ、金融構造とその影響を分析し、世界金融危機以前とそれ以降の世界経済について著している。Thomas Piketty氏によって執筆された著書は18世紀からのデータに基づいて経済的格差の長期的な変化を分析し、資本の蓄積や分配、所得の分配と経済成長などの諸問題について解き明かしている。『Capital in the Twenty-First Century』が出版された当時は、2008年の世界金融危機によって拡大した持つ者と持たざる者の間における分断、すなわち1%と99%の対立という背景も存在し、経済学者のみならず社会一般にも議論を呼び起こし、世界的な影響を与えることとなった。Thomas Piketty氏の著書では、資本収益率であるrと経済成長率であるgを用いて、r>gという式によって格差が生じるメカニズムを明らかにする。資本収益率であるrの力は格差拡大の主な要因となる。この資本収益率は人の資本の格差を拡大させるだけでなく、たとえば大学における資金力も同様である。現在、日本国内の大学は研究力の低下や論文数の減少、またこれらの課題に対処するための人材や資金力も不足しているとされる。前述したZucker et al.(1998)ではスターサイエンティストと呼ばれる科学者や技術者が地域内に多くいる場合に企業が誕生しやすいことが明らかにされているが、大学が多く立地する地域において新たに企業が誕生しやすいことを示唆する研究(Acosta et al. 2011)からは、科学技術分野の大学の卒業生が多い地域において新しい企業が誕生する傾向にあることがわかっている。したがって、日本国内の大学における課題は地域の経済や産業の問題にもなり、格差を拡大させるメカニズムになることも考えられる。一方、米国の大学では世界中から優秀な人材やお金を集め、研究の成果をあげるだけでなく、地域や企業へ知識のスピルオーバーによる正の外部性も小さくないと考えられる。この米国の大学の資金力を支えているのは寄付や資金運用であるとされる。基金規模の上位を占めるHarvard University、Yale University、Princeton Universityでは資本収益率が高く、基金規模が小さい大学ほど資本収益率が低くなっているとされる。資本収益率であるrの源泉がレント(地代)である場合、r>gのメカニズムによる格差の拡大を是正することは困難となる。
この資本収益率と経済成長率のメカニズムが地域においても生じる場合、どのようなことが考えられるか。2016年6月に米国で出版された『Hillbilly Elegy』では、田舎者(Hillbilly)の地理的環境や白人労働者階層における貧困や家族、教育などによって得られた幸運の物語が描かれている。同書はさびついた工業地帯であるラストベルトと呼ばれる一帯に位置する、オハイオ州のミドルタウンという名の町における子ども時代から始まる。ラストベルトは石炭や鉄鋼を主な産業とする米国の中西部から北東部の地域を指す。19世紀、この地域は石炭や鉄鋼を資源とする製造業や重工業の中心地として繁栄した。移民による人口の増加、鉄道も同国で最初に敷設された地域のひとつである。しかし20世紀、戦後の工業化と脱工業化の進展による産業構造の変化や、それに伴う仕事の変化はこの地域を繁栄から取り残すこととなった。さびついた地方の田舎に暮らす普通の生活の目を通して見た、地理的な移動や社会階層の移動の歴史もHillbilly Elegyにはある。2016年9月に実施された大統領選挙での「トランプ現象」の底流には、ドナルド・トランプ氏がこのような田舎で暮らす忘れられた人々の叫びを聞き取ったためであると言われる。現在、地域間の分断、富や資産の格差も拡大し、人々は地理的・社会的な移動も容易ではなくなってきている。レントである地代は人だけでなく人々が暮らす土地も豊かにするが、貧しい土地は地代を得ることが困難になる。そして、つくられた地理的・社会的な壁を壊すことは難しく、格差は固定化され、これによって人や資本、土地の貧困を招いて地方の衰退は加速する。
たとえば、日本国内の都道府県内移動者数および都道府県間移動者数について確認してみよう。グラフは1954年から2021年までの都道府県内移動者数および都道府県間移動者数(以下、それぞれ「県内移動者数」、「県間移動者数」という。)を表している。

移動者数についてみると、1954年には県内移動者数が3,145,504人、県間移動者数が2,352,814人であり、県内移動者数は県間移動者数の1.34倍であった。その後、県内移動者数および県間移動者数のいずれも減少するが、1957年にそれぞれ増加に転じる。1955年に始まった自由民主党の一党優位政党制による政治の安定や、1956年の経済白書にある「もはや戦後ではない」という記述は、都市だけでなく地方で暮らしていた当時の人々の生活にも大きな影響を与えたことがうかがえる。そして、1962年には県間移動者数が県内移動者数を上回ることになる。1954年には県内移動者数と県間移動者数は約100万人の差があったが、1957年以降の数年間で県間移動者数は大きく増加した。英国の経済学者であるアーサー・ルイスは途上国を農村部と都市部に分ける二重経済論を述べ、農業部門から工業部門への労働移動と経済成長のメカニズムを指摘したが、1960年前後における日本国内の移動者数の増加もアーサー・ルイスの二重経済論があてはまると考えられる。さらに、この移動は農業部門の余剰労働力が工業部門に吸収されて枯渇する点がルイスの転換点と呼ばれる分岐点となるが、日本国内では1962年から1971年までの約10年間、県間移動者数が県内移動者数を上回ることとなった。県間移動者数は1971年に4,256,605人になり、戦後から現在にかけて最も移動者が多かった。また、県内移動者数は1973年にピークとなる4,304,482人であった。前述したようにRobert J. Gordon教授の著書『The Rise and Fall of American Growth』では1970年以降、技術革新が生活水準に与えるインパクトが小さくなっていたことも述べられているが、日本国内でも同様に、戦後における第1次産業革命は1970年代初頭に頂点となり、その後は転換の時代を迎えることになったと考えられる。1955年から始まった自由民主党による55年体制は1990年代初頭まで長期に渡って続いたが、1970年代から1980年代には党内における権力闘争も存在した。たとえば、田中角栄氏と福田赳夫氏による角福戦争や、田中角栄氏による支援で誕生した中曽根康弘内閣は田中曽根内閣と呼ばれることもあった。同党におけるこのような派閥間の権力闘争は疑似政権交代とも言われ、党内における与党と野党の対立が支持を集め、政権を維持する装置となったと評価される。自由民主党は都市部から農村部まで国民の幅広い声を聴き、党内には多様性も存在したと考えられる。自由民主党や利益集団の争いがあったように1970年代からは中央と地方の対立も顕在化し、革新自治体も現れ、「地方の時代」と呼ばれることもあった。たとえば、1967年に東京都知事選挙に当選した美濃部亮吉氏による美濃部都政では高齢者福祉の拡大のほか、東龍太郎都知事の時代に教育長であった小尾乕雄氏が主導して採用した学校群制度も引き継がれることとなった。高齢者医療の無料化や教育改革の実施による結果は大きな財政赤字や、その後の数十年にわたることとなる都立高校の進学実績の低迷であった。学校群制度は地域内(学区など)に複数の高校を群であるグループに編成し、合格者を本人の希望に関わりなく学校群内の各校に振り分ける制度であった。同制度の導入により、東京大学の合格者数が当時全国1位であった日比谷高校をはじめとして、西高校、戸山高校など都立高校は凋落することとなった。学区である地域内の生徒の成績の均一化を図ることは達成することは出来たと思われるが、学区外の地域を越え、東京都全体における教育の点からすると、この改革は失敗だったと考えられる。たとえば、江戸時代の後期には米市場の全国的なネットワークがかなりの程度形成されていたとされる(宮本又郎『近世日本の市場経済』)。このような市場の拡大によるネットワークの形成は停滞していた経済の成長率を高めたとされている。幕藩体制の市場取引は、城下町における貢租米と武具・生活必需品の交換、城下町と農村の間の生活必需品と農産物の交換を基軸とする藩領域市場圏が存在したとされる(岡崎 1999)。また藩領域市場圏はその中で完結せず、藩内で自給できない財については領域外、特に大坂、京都、江戸の三都が構成する中央市場との取引を通じて調達されていた。

江戸の市場経済では手工業の生産に優れた地域と農産物の生産に優れた地域がそれぞれ比較優位を持つ財と貨幣を取引し、財・貨幣循環構造の発達と「江戸地廻り経済圏」の成立もあったとされる。この比較優位の取引についてサッカーを例に考えてみよう。フランスのパリ・サンジェルマンFCに在籍するキリアン・ムバッペ選手、イングランドのマンチェスター・シティFCに在籍するアーリング・ハーランド選手の二人がリオネル・メッシ選手とクリスティアーノ・ロナウド選手の次代を担う世界最高の選手であると評価されている。両選手のポジションは攻撃の役割を担うフォワードであり、異なる特徴を持つが、得点や試合を決定づける能力に優れている。しかしサッカーの試合は11人で行われ、キリアン・ムバッペ選手やアーリング・ハーランド選手が11人いるチームが存在したとしても、そのチームはおそらく強くはないだろう。キリアン・ムバッペ選手やアーリング・ハーランド選手より守備に優れた選手は存在する。サッカーは11人の異なる能力を持った選手と、状況が変わり続ける90分の試合の中で、故イビチャ・オシム氏がポリバレントと呼んだような多様性によるチームがそれぞれの特徴を活かすことで、創造的なプレーを生み出すことができる。それは、Jazzのように個人と組織が協奏することで美しい調和となる。欧州のサッカー界はグローバリゼーションが進んだ市場であり、人、モノ、資金などが集まり、移籍市場を通じてクラブ間を選手が移動し、各クラブは各国リーグや欧州のクラブシーンで最も権威のある国際大会であるUEFAチャンピオンズリーグなどを争う。まず、欧州5大リーグのクラブ収益について確認してみよう。

グラフは2011/12シーズンから2020/21シーズンまでを表しているが、1996/97シーズンのクラブ収益はEnglandが685€m、Germanyは551€m、Spainは524€m、Italyは444€m、Franceは293€mとなっている(Deloitte 2022)。2011/12シーズンには1996/97シーズンと比較すると、各国リーグのクラブ収益は2倍以上に増加している。欧州サッカーのクラブ収益が増加した要因のひとつに、1995年12月15日に欧州司法裁判所が下したボスマン判決が存在する。当時の欧州サッカーにはプロ選手ライセンスの移譲ルール、所属チーム移籍の際に発生する移籍金(transfer-fee)の支払いといったUEFAの規約に基づいて各国サッカー協会が定めていた選手の移籍規制があった。ボスマン判決ではUEFAの移籍規制は当時のEC条約による労働者の基本的自由を違法に制約するとの判断が下された。EC(欧州共同体)は戦後1967年にECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)、EACA(欧州原子力共同体)、EEC(欧州経済共同体)が統合し、成立した。ECの柱は出入国管理、経済通貨同盟、通商政策、連合市民権などの分野であり、1991年12月9日に開催された首脳会議において、経済、政治統合の推進を目的とするEU(欧州連合)の創設に関する基本条約であるマーストリヒト条約が締結され、1993年11月に発効した。EUではアキ・コミュノテール(acquis communautaire)と呼ばれる欧州連合における法の総体系によって域内の移動の自由が保障されており、経済統合の進展に寄与するだけでなく、労働市場の需給の均衡の達成における役割も果たした。ボスマン判決はUEFAの移籍規制をEU法の下での市民の基本的自由のひとつである労働者の移動の自由を制限する違法な規制として廃止しただけでなく、これによる自由は選手が能力を発揮する場を増やし、さらに移動の自由の保障が欧州サッカー界のグローバリゼーションを進展させることにもなった。それでは、欧州サッカー界の市場規模について確認してみよう。

グラフは欧州5大リーグ(イングランド「プレミアリーグ」、ドイツ「ブンデスリーガ」、スペイン「ラ・リーガ」、イタリア「セリエA」、フランス「リーグ・アン」)のほか、欧州5大リーグを除く各国リーグなどの市場規模を表している。2011/12シーズンから2020/21シーズンまでを確認すると、市場規模が大きく拡大したのは欧州5大リーグであることがわかる。組織成功の法則には、貢献度の大きさを定量的に評価する尺度(Scale)、メンバー間の距離(Distance)、この二つを引きつける引力(Gravity)のそれぞれの組合せによるSDG仮説があるが(Yasuda 2021)、資本主義における市場では江戸の幕藩体制と同様に、中心、半周辺、周辺の存在と循環構造によって人や資金、モノ、アイデアなどが効率的に移動し、生産性が向上すると考えられる。江戸の市場経済では中央市場である大坂と消費市場である江戸を中心として、地方領国との間における財と貨幣の流れが存在したが、欧州のサッカー市場は1995年に下されたボスマン判決によって5大リーグを中心とする重力が高まったと考えられる。次に、欧州5大リーグのひとつである英国イングランドのプレミアリーグに所属するクラブの収益の変化について確認してみよう。

グラフは1991/92シーズンおよび2011/12から2020/21シーズンまでの収益を入場料収入(Matchday)、放映権収入(Broadcasting)、商業収入(Commercial)に分類して表したものである。1991/92シーズンに£170m(入場料収入£82m(48%)、放映権収入£15m(9%)、商業収入£73m(43%))であった収益は、2018/19シーズンには£5,150m(入場料収入£683m(13%)、放映権収入£3,049m(59%)、商業収入£1418m(28%))と、30倍以上の規模に拡大している。特に放映権収入が大きく増加し、プレミアリーグのクラブにおける主な収益は入場料から放映権へと変わっている。すべての国におけるプレミアリーグを含む欧州5大リーグのインタレストについて、Googleトレンドで確認してみよう。

グラフからは、2004年以降にインタレストの低下もあるが、現在まで上昇基調にあることが分かる(但し、serie Aなどfootballだけでなくvolleyballなども含む可能性は存在する)。プレミアリーグのクラブ収益は放映権収入の増加が大きかったが、サッカーに対する関心は世界中で高まっていることがGoogleトレンドから読み取ることができる。一方、前述したように欧州5大リーグを除く各国リーグの市場規模の拡大は大きくなく、中心と半周辺、周辺における格差の拡大はサッカーも同様である。移籍金の歴代ランキングを調べることにより、欧州サッカーにおける中心の移動についても確認してみよう。

歴代移籍金は、ネイマール選手(€222.00m)、ポール・ポグバ選手(€105.00m)、ガレス・ベイル選手(€101.00m)、クリスティアーノ・ロナウド選手(€94.00m)、ジネディーヌ・ジダン選手(€77.50m)が上位5位となっている。さらに表では上位15位までを表しているが、移籍金の金額は2010年代が最も大きく、続いて2000年代、1990年代、1980年代の順となっている。また、1990年代でもボスマン判決以前と以後では、1995年のボスマン判決以降の移籍金の方が高額となっている。さらに、移籍前のリーグと移籍後のリーグを確認すると、1990年代までの中心は主にイタリアであったが、2000年代以降の中心はスペインやイングランドへ移っていると考えられる。たとえば、米国の歴史学者であるイマニュエル・ウォーラスティン氏は国家や民族などを含む領域に展開する分業体制を世界システムとみなし、このシステムにおける資本主義で生産が行われるとする。また、世界システムには中心、半周辺、周辺の異なる役割と生産態系の分業体制が存在し、中心は他を圧倒するヘゲモニーとなり、覇権を握るとする。そしてヘゲモニーにおける優位は生産、流通、金融の順に確立され、失われる際も同じ順であるとされる。江戸時代では農産物や林産物、水産物、鉱・動物などの種類別に各地方が比較優位を持つ特産物が存在し、各地方には異なる技術や資源があったと考えられる。

市場経済は社会的分業や生産によって発達し、これらの活動におけるダイナミズムにより経済や産業は変動する。江戸における市場経済の発展は株仲間が果たした役割も大きいとされる。株仲間は「権益擁護機能」、「調整機能」、「信用保持機能」、「独占機能」を備え(宮本 1939)、「権益擁護機能」と「調整機能」には契約の履行に関する多角的懲罰と見られるものが少なくないとされる。アブナー・グライフによる比較歴史制度分析では交易には代理人であるエージェントと本人であるプリンシパルの間におけるスラックの解消を、交通や通信の発達が効率化することによって可能であったとされている。江戸の株仲間にはこの履行メカニズムを確保する機能があったと考えられる。欧州サッカー市場の拡大は、1995年のボスマン判決による労働者の移動の自由の保障、それに伴う国際サッカー選手会であるFIFProの権限強化や2001年3月に施行されたFIFA選手代理人規則において選手代理人とこれと同様の活動が許可される者の要件や選手及びクラブにおけるルールが定められることによって選手代理人の職業が規律されただけでなく、選手代理人の地位の向上の影響もあったと思われる。選手が競技を行うだけでなく、所属クラブとの契約交渉や移籍先クラブとの移籍交渉を自身で行うことは容易ではなく、FIFA選手代理人制度はその後に幾度かの改正も経るが、同制度が市場における調整機能や信用保持機能などの契約の履行メカニズムを補完し、サッカー市場に与えた影響は小さくないと考えられる。欧州サッカーには中心である5大リーグが存在し、選手は半周辺や周辺であるリーグで活躍することで中心へ移動することができる。また、国際秩序の理論には覇権安定論も存在する。覇権安定論では資源やパワーも重要であるとされる。ジョセフ・ナイ氏によると覇権国には軍事力や経済力、人口といったハードパワーだけでなく、文化や価値観などのソフトパワーも重要であるとする。欧州サッカー市場はボスマン判決以降、選手の移籍金が高騰したが、この金額は選手の能力を示すだけでなく、覇権国としてのリーグの地位、経済や文化のパワーも表していると考えられる。サッカー移籍金歴代ランキング4位であり、2009年当時では世界最高金額でイングランドのマンチェスター・ユナイテッドからスペインのレアル・マドリードに移籍したクリスティアーノ・ロナウド選手はサッカーだけでなく、世界で最も影響力のあるインフルエンサーでもある。

出典:Omri Wallach. 2021. "The world's Top 50 Influencers Across Social Media Platforms." Visual Capitalist.

江戸では農産物や林産物などの特産物において各地方は異なる比較優位を持っていたが、欧州サッカー市場もリーグごとに異なる特徴を有し、選手の育成に優れた地域や育成された選手が集まった中心である地域も存在する。1990年代に欧州サッカーの中心であったイタリアのプロサッカーリーグであるセリエAにはプロビンチャと呼ばれる地方のクラブがある。イタリアの北部にはルネサンスの発祥地であるフィレンツェがあり、手工芸製品の中心地であるこの街は世界的な高級ブランドのグッチ(GUCCI)やフェラガモ(Salvatore Ferragamo)の創業地である。また地中海における東西交易路の要衝であったベネチア、イタリア最大の輸出品である自動車部品を生産する自動車部品メーカーやフェラーリも傘下に収める自動車メーカーのフィアット(FIAT)が集積するトリノ、ファッションやデザインの文化が栄えるミラノなど北部に位置する都市は、現在の同国における経済や文化の中心である。一方、イタリアの国旗の色を表すトマト(赤)、モッツァレラチーズ(白)、バジリコ(緑)を素材に使った同国の代表的な料理であるピッツァ・マルゲリータは、マルゲリータ王妃がナポリを訪れた際に地元の料理店がつくったことが起源であることが知られるが、農産品を特徴とするナポリや世界遺産が世界で最も多いローマなど南部に位置する都市は、北部の都市より経済的な裕福さで劣る。このようなイタリアにおける北部と南部の経済的な格差は南北問題として知られる。ロバート・パットナム氏による著書『哲学する民主主義』ではイタリアの南北問題について、ソーシャル・キャピタルである社会資本の視点から論じられている。ソーシャル・キャピタルは信頼や規範、ネットワークなどの社会的特徴によって表され、このソーシャル・キャピタルの差異により地方政府のパフォーマンスの違いが説明される。政治の安定や経済発展には市民共同体、市民性の成熟度合いであるソーシャル・キャピタルが重要であり、市民性が高く社会的連帯のネットワークが集中する地域が現代的な地域とされ、このような地域では市民による自発的な協力が促され、フリーライダー問題(ただ乗り)を解決することになる。組織は外部指向的であり、多様性や包括性を歴史的に形成することも地域の課題となる。地方都市の小規模クラブであるプロビンチャはビッグクラブと比較して財政や戦力の格差が存在し、1950年代から90年代までのセリエAは「三階建て」構造と呼ばれていた。プロビンチャはおらが町のクラブでもあり、育成した主力選手がビッグクラブへ移籍することでその移籍金がクラブ経営の財政を安定させることや、ビッグクラブや上位の強豪クラブで出場機会に恵まれない選手が出場機会を求めるために在籍することもある。小規模クラブが格上であるビッグクラブに対して勝利することを番狂わせを意味する「ジャイアントキリング」と呼ぶが、このようなダイナミズムも市場を熱狂させる要因となる。
アルゼンチン代表として活躍した故ディエゴ・マラドーナ氏がGOAT(Greatest of All Time)である理由には、次のこともある。1982年3月、アルゼンチンと英国の間で大西洋の英国領フォークランド諸島の領有を巡る争いであるフォークランド紛争が発生し、3ヶ月に及ぶ紛争はアルゼンチンが降伏することにより終結した。この4年後の1986年にメキシコで開催されたワールドカップ。ディエゴ・マラドーナ選手はアルゼンチン代表の主将としてナショナルチームを統率し、準々決勝ではフォークランド紛争で母国が降伏させられたイングランド代表と対戦することになる。そしてこの試合で伝説が生まれる。両チーム無得点で迎えた後半立ち上がり、イングランドのゴールキーパーと競り合いながらの「神の手」による先制点。アダム・スミスの神の見えざる手では諸個人が利益を追求することで市場は均衡に達し、調和が保たれると考えられる。厚生経済学の基本定理と呼ばれるこの考え方によると、市場は一般的にパレート効率的になり社会の利益は最大化される。しかし、アダム・スミスの神の見えざる手も万能ではなく、市場の失敗を修正するためのルールやメカニズムも必要である。1986年のメキシコ・ワールドカップにおけるアルゼンチンとイングランドの準々決勝ではディエゴ・マラドーナ選手に幸運が訪れ、イングランドは幸運ではなかった。現在サッカーの試合で導入されているVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)、すなわち最小限の干渉で最大の利益を得るためのシステムであるフィールドの審判員をサポートするためのシステムは、当時のサッカーにはなかったのだ。さらにこの試合では、ハーフウェーライン近くからのドリブルでイングランドの選手を抜き去って独走する5人抜きのゴールによる追加点も決める。テレビ中継を担当したNHKの山本浩アナウンサーによる「マラドーナ…マラドーナ…マラドーナ!来たあっ~マラドーナァー!」とマラドーナを4度連呼する名実況も生まれる。そしてディエゴ・マラドーナ選手ら11人のスターティングメンバ―とサブメンバー、スタッフらがまとまり、それぞれの役割を果たしたアルゼンチン代表はこの大会で優勝することになる。1986年に開催されたワールドカップでの優勝は歓喜を呼び起こし、フォークランド紛争で傷つけられたアルゼンチン国民のナショナリズムを回復することにもなった。サッカーの国際大会は地域主義における万人の万人による闘争であるとみなせるが、自由や経済的繁栄のひとつの力を示すリヴァイアサンであると考えることもできる。フォークランド紛争当時のアルゼンチンは独裁による専横のリヴァイアサンによって支配されており、ディエゴ・マラドーナ選手の活躍によるメキシコ・ワールドカップでの優勝はこのリヴァイアサンの道筋を変えて、アルゼンチン国民の自由や民主主義に与えた影響も小さくなかった。さらに、メキシコ・ワールドカップの直後に始まったイタリアの国内リーグ1986ー87シーズンにおいて、ディエゴ・マラドーナ選手はSSCナポリをセリエAで初優勝に導く立役者となった。1970年代以降の世界経済は成長の限界が叫ばれるだけでなく2度にわたる石油危機の発生、イタリアの隣国であるフランスは第五共和制におけるシャルル・ド・ゴール大統領による民主主義の中のリーダーシップの時代を経て、ジスカール・デスタン大統領はサミット(先進国首脳会議)の創設を提唱し、1975年11月15日に同国のランブイエにおいてフランス、日本、米国、英国、西ドイツ、イタリアの6ヵ国が参加する第1回サミットの開催などもあった。イタリアは1970年代から80年代前半にかけて危機の時代を迎え、経済と構造の再編が実施された。前述したようにイタリアには南北問題が存在し、SSCナポリはソーシャル・キャピタルが弱い南部に位置する街の小規模クラブである。ディエゴ・マラドーナ選手の活躍によりSSCナポリがイタリアの国内リーグ初優勝した1987年は、同国の経済が「第二の奇跡」や「奇跡のルネッサンス」と呼ばれた回復と再成長の時代でもあり、ソーシャル・キャピタルのひとつである連帯による市民共同体に与えた影響は大きかったと考えられる。
日本国内における県内移動者数および県間移動者数は高度成長の終焉以降は減少を続け、現在ではいずれも1950年代より低い水準にある。また、戦後の一時期を除き、県内移動者数が県間移動者数を上回っていることもわかる。県間移動者数が県内移動者数を上回ったことは、経済の成長とそれに伴う都市の産業構造の転換も要因であったと考えられる。この都市の産業構造の転換は地域における各々の産業の成長速度が異なることから地方から都市への人の移動を促したことも考えられる。したがって、ソーシャル・キャピタルである信頼や規範、ネットワーク、さらに文化的資本や経済的資本の蓄積でもある市民共同体の維持、向上は地方政府におけるパフォーマンスの課題となる。日本国内には47都道府県が存在し、北海道や東北地方、関東地方、北信越地方、近畿地方、四国地方、中国地方、九州地方、沖縄にはそれぞれ異なる文化や経済が存在する。


たとえば、梅棹忠夫による文明の生態史観や福武直による東北地方の講組や も存在する。和辻哲郎は『風土』においてアジアや欧州について
2019年に発生した
前述のグラフからは1人当たりGDPなどは高度成長以降も高い成長率にあったが、1970年代初頭までの高度成長を「成長期」と捉えると、バブル景気が終焉する1991年までは「成熟期」であったと考えられる。そして、失われた30年と呼ばれる1990年代以降は「衰退期」や「停滞期」、あるいは米国の財務長官も務めたLawrence Summers氏が唱えた「長期停滞」(Secular Stagnation)であると捉えることができる。

再掲(1.2 新たなる産業革命)

さらに県内移動者数および県間移動者数について、男性と女性の移動率を確認してみよう。



2019年に発生した新型コロナウイルスの影響は移動を制限することにより人、モノ、アイデアなどの繋がりを減らしたが、1967年に導入された東京都の学校群制度の事例からも、地理的・社会的な移動や繋がりによる異なる他者との交わりは、都市のヒルビリー化やハマータウン化を防止するために重要であると考えられる。































































1970年代末には米国や英国、日本では


たとえばマクドナルドのハンバーガーは世界中で同じような味を食べることが出来、またハンバーガーをつくるための材料もほとんど変わらない。1970年代から80年代にかけて米国や英国、日本を中心として新自由主義による行政改革が実施された。米国のロナルド・レーガン大統領によるサプライサイド経済学、英国のマーガレット・サッチャー首相によるサッチャリズム、日本では中曽根康弘首相によって土光敏光氏を中心とする第2臨調が3公社の民営化を行った。現在では行き過ぎた格差の是正や資本主義の限界も囁かれている。ソブリンリスクによる財政破綻の懸念や人口減少や格差の拡大による潜在成長率の低下なども課題だ。2010年代初頭にフランスの経済学者であるトマ・ピケティ氏は r>g を『21世紀の資本』で述べ、資本を持つ者は経済成長率以上に豊かになり続けるというものである。ブランコ・ミラノヴィッチ氏はクズネッツ曲線によって不平等を説明し、格差の拡大についてエレファントカーブという概念を用いる。成長の限界の中で、限られた資源を有効に利用するためには、一定水準の行政サービスを維持した上でハンバーガーの味をローカライゼーションすることも求められると思われる。行政は中央集権から地方分権が謳われるが、地方分権を実現するためには憲法第93条で保障された地方自治の本旨である団体自治と住民自治を確立する必要はある。このためには、自治体の首長による強いリーダーシップと国と対等の関係を築くための地方の自立は課題である。自治体の自立によって全国一律の行政サービスの水準を維持できるだけでなく、自治体の内部環境および外部環境に適した自治体ごとに異なるより少ない費用でよりインパクトがある政策の実現もできると考えられる。マクドナルドは至る所に店舗が存在し、消費者のニーズを捉えたハンバーガーやサイドメニューを提供することで人気となっている。マクドナルドが世界的なチェーン店となった理由はさまざま存在するが、良い食材を手に入れ、その食材で消費者が食べたいと思うハンバーガーをつくり、年齢や性別、地域を超えて愛される商品を提供することで世界で最も人気があるチェーン店になったと考えられる。自治体も憲法第25条で保障された生存権であるナショナルミニマムの達成だけでなく、自治体ごとの異なる環境に応じたサービスを提供することで、より効率的に、よりインパクトのある打ち手を打ち出すことができると思われる。このためにはエビデンスに基づいた政策立案も課題である。エビデンスに基づいた政策立案はEBPMと呼ばれるが、Eraihito Based Policy Making(EBPM:偉い人に基づく政策立案)やEpisode Based Policy Making(EBPM:エピソードに基づく政策立案)からEvidence-Based Policy Making(EBPM:エビデンスに基づく政策立案)の実現も重要であろう。その際、エビデンスは新たにつくるだけでなく、既存で既知のエビデンスを活用することも考えられる。文脈が異なればエビデンスの効果は異なる可能性も存在するが、効果が縮減したとしてもエビデンスの活用は否定されるべきでないと考える。マクドナルドも定期的に新商品を開発したり、期間限定メニューを販売する。しかし、その全ての商品がヒットするとは限らない。データに基づいて消費者が食べたいと思う商品の開発をしても、データの裏には人の感情などが存在するのだ。








2.3.4 現実×仮想による新しい雇用

日本には47都道府県が存在し、それぞれの地域には異なる文化や経済が存在する。新たなる産業革命ではジャン・ボダンの主権理論を拡張し、憲法第92条で定められた地方自治の本旨である団体自治と住民自治を強化し、自助による取り組みが課題であることも述べた。このような自助による在り方はDaron Acemoglu氏とJames A. Robinson氏による著書『自由の命運』にもある赤の女王効果(レッドクイーン理論)としても知られる。赤の女王効果では国による支援だけでなく社会や国民による努力があって社会の進歩が進むと考えられる。さらに、これからの新しい雇用を考える上で、47都道府県を超える文化、経済圏を想像してみよう。たとえば、ニール・スティーブンスン氏の著書『スノウ・クラッシュ』におけるメタバースがそのひとつであろう。

現実と仮想における新しい雇用がXRRPG(クロスリアリティRPG)である。AR(Augment Reality)は『Pokémon GO』のように、日常生活の中にコンピュータで作られたモンスターや映像、文字などのデジタル情報を表示することができる技術であり、VR(Virtual Reality)はヘッドギアなどのデバイスを利用してCGで作られた仮想の世界に没入し、体感できる技術である。XR(Cross Reality)はARやVR、MR(Mixed Reality)と呼ばれるARとVRを組み合わせて現実世界と仮想世界を融合させる技術、これら3つの技術を総称するものであり、XRRPGでは日常生活を営みながら『ドラゴンクエスト』のようなロールプレイングゲームやPlay to Earn(ヨハン・ホイジンガのホモルーデンスのように遊びが人間の本来性であり、闘技や競争も娯楽となる)をパラレルワールドで体験できる。
このXRRPGのタイトルはGod Save The Queenとしよう。God Save The Queenは英国のパンクロックバンドであるSex Pistolsにも同タイトルの名曲が存在するが、同曲が発表された1977年当時の英国は1960年代以降の経済の低迷や高い失業率など英国病と言われ、No Futureも叫ばれる社会状況でもあった。将来の希望の見えない当時の若者には勝手にしやがれという空気も存在したと思われる。下のグラフはIMFのWorld Economic Outlook Databaseをもとに1980年から2021年までのG7各国の失業率を表したものである。グラフからは、鉄の女と呼ばれたマーガレット・サッチャー首相が主導した改革の影響のみとは限らないが、1980年以降の英国の失業率は改善の兆しもあったとみられる。1990年代には労働党の党首であったトニー・ブレア氏が首相となり、「第三の道」と呼ばれた保守と革新の中道を是とする政策により英国は再興へと進むこととなる。

XRRPGであるGod Save The Queenは希望なき社会であるNo Future を変え、人々を依存の鎖からも解き放つ。XRRPG "God Save The Queen"の内容は次のようなものだ。スクウェア・エニックスが開発する人気RPG『Final Fantasy Ⅸ』にはスタイナーとベアトリクスというキャラクターが登場する。このゲーム内の演出にはスタイナーとベアトリクスの共闘シーンも存在する。この場面では「守るべきもの」という曲が流れる。また、この共闘はゲーム内でアレクサンドリアという都市が崩壊する際の演出である。アレクサンドリアでは年に一度劇場艇を招いて女王観覧の演劇がアレクサンドリア王家の城である「アレクサンドリア城」で行われ、文化や芸術が栄える都市であるアレクサンドリアの市民はこの演劇を楽しみにしている。『Final Fantasy Ⅸ』では文化や芸術が栄え、一度は崩壊してしまったアレクサンドリアの街を復興させようとする人々の物語も描かれる。このアレクサンドリアを守るために戦ったベアトリクスの名前は英国の産業革命の時代、パクス=ブリタニカの最盛期であるヴィクトリア朝から命名されていると考えられる。ベアトリクスが装備する剣にはセイブザクイーンという名前が付けられている。XRRPGでは現実と機械学習によって人間を超える知性を持った人工知能(AI)が作り出すミラーワールドの世界を交差する。そして、ヴィクトリア朝におけるパクス=ブリタニカと同様の平和の実現や産業の発展などを目的とするゲームをプレイすることで、現実と同じ時間が流れ続ける世界で二つの人生を体験することができるようになる。現世界では内閣に行政権が帰属し、その行使について国会に対して連帯して責任を負うとされているが、東京都千代田区霞が関にある財務省や経済産業省、総務省、厚生労働省、国土交通省、防衛省などの行政機関が主な事務を行う。行政権の行使について連帯して責任を負う国会は国民の選挙によって選出された衆議院、参議院の両議院の国会議員によって構成され、国会が有する立法権は法の支配や民主主義を守る。法の支配は、たとえば憲法第31条に定められた法の適正な手続き(Due Process of Law)によって人身の自由を保障することにも表れている。司法権を担う裁判所は実質的意義の司法や形式的意義の司法としての観点からは法の適用や宣言をすることにより権力の裁定を行う作用を持つと考えられる。行政、立法、司法の三権の分立はそれぞれの機能を監視し、抑制することでもバランスが保たれる。さらに、民主主義の実現においては強大な権力である国家、すなわちリヴァイアサン(これを表のリヴァイアサンとする)に足枷を嵌めることも重要となる。一方、反事実でもあるXRRPGの世界ではAIのアルゴリズムがつくりだす闇の内閣が憲法の規定を超える行政権や悪政の力を行使し、不平等や格差の拡大、大衆迎合的な民主主義へと向かう権力構造を支配する。このミラーワールドのAIのアルゴリズムがつくりだす権力であるリヴァイアサンは裏のリヴァイアサンとする。またXRRPGでは現実とAIによる反事実の世界をPlay to Earnとして楽しむことで、現実では得られないアイデンティティを獲得することも出来る。たとえば、ヨハン・ホイジンガは著書『ホモルーデンス』において人を遊ぶ人と定義するが、XRRPGは闘技や競争として、さらにプレイヤーとして演じることでアイデンティティは自由へ闘争する。UBI(Universal Basic Income)の議論や

現世界のグローバリゼーションによってつくられた格差、
ワシントンコンセンサス

、強力な主権や国家とみなされる現実である表のリヴァイアサンとAIが支配する拡張された世界で表現される裏のリヴァイアサンに足枷を嵌める物語も進める。AIでつくられた裏のリヴァイアサンは中央集権型の強大な闇の力が支配し、XRRPGでの都市の発展や産業の勃興・衰退、現実と仮想世界の間の職業の対立など時空を操り、ある出来事が起きた世界と出来事が起きなかったであろう世界を行き来しながら現実での自由の獲得や民主主義の実現も阻止しようとする。このような裏のリヴァイアサンへ抵抗するため、レジスタンスと呼ばれるデバイスを利用した光の戦士たちはDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)を活用し、世界中の人々はジハードを阻止するために協力して戦い、自立して共通の目的を有する様々なコミュニティを結成して、新しい資本主義の実現も目的とする。XRRPGをプレイするためのレジスタンスはマイナンバーを利用している新しいデバイスだ。マイナンバーは行政の効率化、国民の利便性の向上、公平・公正な社会の実現のための社会基盤として2016年1月1日より導入された制度である。個人番号であるマイナンバーは2013年に成立した「行政手続における特定個人を識別するための番号の利用等に関する法律」に基づき運用されている。マイナンバーは住民票を有する全ての人に1人1つの番号を付与し、社会保障・税・災害対策における各種手続において利用され、行政手続の効率化による国民の利便性の向上が図られているのみならず、個人番号を利用する自治体業務の改善にも利用されている。この個人番号が記載されたマイナンバーカードを交付することも課題とされており、交付を受けた国民に対するポイント付与など様々な施策も実施されたが同カードの交付率は上昇せず、これらを破壊する革新的なアイデアがレジスタンスであり、XRRPGであった。『Final Fantasy』と並ぶスクウェア・エニックスの人気タイトルであるRPG『ドラゴンクエスト』ではスライムやはぐれメタルなどのモンスターと遭遇することや、主人公の物語だけでなくサイドストーリーも描かれ、物語の中では様々な宝物を手に入れたりする。XRRPGを遊ぶレジスタンスたちは学校に行くことや仕事をするだけの日々の生活を過ごすだけでなく、

ARを利用した『Pokémon Go』ではスマートフォン上にピカチュウやミュウツーが現れる。このゲームをプレイするトレーナーは散歩をしたり、観光先でモンスターを捕まえることなども楽しむ。時にはめったに出現しないレアモンスターを見つけること場合もある。捕まえたモンスターをトレーナー間でトレードする機能も存在する。ARという新しい技術によって開発された『Pokémon Go』は散歩の新しい楽しみ方を提案し、人生における寄り道の大切さも暗示していると考えられる。XRRPGでも『Pokémon Go』のように散歩をしながらコンピュータによって創られたモンスターが現れたり、『ドラゴンクエスト』のようにモンスターと遭遇する場面も存在する。さらに、散歩や観光先におけるレジスタンスとのすれ違いでも戦闘になるデュエルもある。モンスターやレジスタンスとのデュエルでは、個人番号に記録された情報によってプレイヤーの能力値やスキルが変化する。また、レジスタンスは敵対するだけでなく、パーティーを組むことでXRRPGを協力して進めることも出来る。XRRPGではこれまでみることが出来なかった仮想の世界を眼鏡の利用で現実に投影することができる。











信頼や規範、連帯がソーシャル・キャピタルに重要であり、ソーシャル・キャピタルの差異は地方政府のパフォーマンスに影響を与えるとされたが、XRRPG "God Save The Queen"における現実と拡張された現実のパラレルワールドでの努力は信頼や規範、連帯を向上させ、さらに日本再興の未来のひとつになると考えられる。

さらにXRRPGの設定を想像すると、Final Fantasyのジョブと同様の職業やスキルも存在すると考えられる。たとえば砲撃士は砲弾を打って敵にダメージを与えるジョブであるが、XRRPGでは特殊イベントにおける成果によって砲弾であるTwitterのインフルエンス力が上昇し、砲撃士としてのランクが上がる。また剣闘士というジョブは物理的な攻撃力と防御力に優れているジョブであるが、注視したり検討しながら「いのちだいじに」の戦略を立案することも出来る。しかし、剣闘士の能力が最も発揮できるのは「ガンガンいこうぜ」の戦略であり、
この砲撃士と剣闘士のジョブは『Final Fantasy Ⅴ』の初期の作品から後に追加されたジョブであり、XRRPGにおける職業やスキルも現実の産業構造の変化や労働者の就業人口、地域における特徴によってゲーム内におけるパラメータは強弱の変化を続けると考えられる。


XRRPGにおける特殊イベントは次のようなことも存在する。

栃木県へ観光に行った際、国道293号を通過する。
国道293号沿いはラーメン店が多いことでも有名であり、佐野ラーメンは全国的にも人気がある。

レジスタンスのひとり:「このあたりは美味しいラーメン店が多いようだね。お腹がすいたしラーメンを食べていこうか?」
レジスタンス男1:「よい提案だね。僕は佐野市にあるラーメン店に行きたいな」
レジスタンス女1:「私は足利市か栃木市にあるお店でラーメンを食べたい」
レジスタンス男2:「俺は別にいいよ。国道293号を越えて群馬県にある温泉で一休みしたいな。群馬県は中山きんにくんの出身地だろ。中山きんに君は缶コーヒーのCMで飯島直子さんと共演していたんだ。俺は群馬県でほっと、一息するわ。筋肉は裏切らない」
レジスタンス男1:「それは中山違い。がんばるか、超がんばるかの二択。現在の僕たちの選択肢は3つのうちのひとつ」
レジスタンス男1:「それでは行き先の決め方はどうしようか。多数決でもよいが、とりあえずそれぞれの希望順位を表明してみようか」
レジスタンス男1:「佐野市に行くことをA、足利市か栃木市に行くことをB、国道293号を越えて群馬県に行くことをCとしてみよう」

・レジスタンス男1:A≳B≳C
・レジスタンス女1:B≳C≳A
・レジスタンス男2:C≳A≳B

レジスタンスのひとり:「アローの不可能性定理からすると、それぞれの選好では行き先をひとつに決定することはできないね」
レジスタンスのひとり:「それでは、それぞれ行きたいところに行こう!」







ケネス・アローの公共選択理論を拡張すると民主主義についても考えられる。













ジャン=ジャック・ルソーは依存の鎖についても述べたが、メタバースにおけるアイデンティティの代替は個人や労働者をこの依存の鎖から解き放つことも考えられる。たとえば、アーヴィング・ゴフマンはドラマツルギーについて述べたが、メタバースにおける仮想は現実世界では得ることが出来ない個人のアイデンティティを複数化し、現実からの依存の鎖は無くなることも考えられる。一方で、エーリッヒ・フロムの自由からの逃走のように、現実とメタバースのアイデンティティの複数化は現実と仮想世界における個人のアイデンティティの対立をもたらし、依存の鎖をさらに強化し、アイデンティティ・クライシスの危機も存在するだろう。




2.3.5 地政学とオリンピックにおける新種目

2022年11月21日に開幕したFIFAワールドカップカタール2022は、アルゼンチン代表とフランス代表が12月19日に行われた決勝戦を戦い、アルゼンチン代表が勝利することで1ヶ月弱の大会は熱狂とともに閉幕を迎えた。アルゼンチン代表の青はセレステ・イ・ブランコ、フランス代表は赤・白・青のトリコロールと代表チームはレ・ブルーと呼ばれている。フランス代表のトリコロールは自由、平等、博愛を表し、

キャプテンとしてアルゼンチン代表を率いたリオネル・メッシ選手はFCバルセロナの(コーチ?であった)ポルトガル人のカルロス・レシャック氏が子どもの頃のリオネル・メッシ選手のプレーを見て、契約のためにその場に持っていたナプキンを契約書としてFCバルセロナが獲得した逸話も存在する。カルロス・レシャック氏は横浜マリノスと統合される日本のJリーグの横浜フリューゲルスの監督を務めていたことでも有名であり、後に日本代表として最多出場を記録する遠藤保仁選手を新人である1年目から起用していたことや、経営危機による横浜フリューゲルスの消滅が確実になってから勝利を治め続け、同クラブを無敗のまま天皇杯優勝に導くことにもなった。リオネル・メッシ選手はFCバルセロナで17歳の時にオランダ人のフランク・ライカールト監督が率いるトップチームでプロデビューを果たし、ブラジル代表のロナウジーニョ選手やカメルーン代表のサミュエル・エトー選手とプレイすることになる。ロナウジーニョ選手は選手として最高の賞のひとつであるバロンドールも獲得しているファンタジスタであり、リオネル・メッシ選手のプレイに与えた影響も小さくないと考えられる。また、名将ジョゼップ・グアルディオラ監督のFCバルセロナは黄金期を築き、ゼロ・トップの新戦術やアンチ・フットボールに対抗する技術と流動性、集団によるパスワークの圧倒的なボールポゼッションなどフットボールにおける革命も起こした。また、ジョゼップ・グアルディオラ監督はリオネル・メッシ選手の食生活を改善したことも有名だ。それまでのリオネル・メッシ選手はピザやコーラを好んで食べたり飲むこともあったとされる。グアルディオラ監督はこのメッシ選手の食生活を変え、栄養管理を行うことでメッシ選手を怪我をしにくい体質に改善させ、その後の選手としての成長を支えることにもなった。このFCバルセロナの黄金期はユースチームであるラ・マシアの出身のアンドレス・イニエスタ選手やシャビ・エルナンデス選手も中心としてクラブを支えた。カタルーニャ地方にあるFCバルセロナはソシオ制度によるサポーターによっても支えれている存在である。FCバルセロナが所属するスペインのプロリーグであるラ・リーガにはそれぞれの地域のクラブは異なる特徴を持つ。たとえば、アスレティック・ビルバオはバスク人のみによる選手によってチームが構成され(現在はバスク人のみによってチームを構成する制限は緩くなっているとされる)、このクラブは身体的な強さや質実剛健な特徴を持つプレースタイルで有名である。また世界で最も資産価値が高いスポーツクラブのひとつであるレアル・マドリードはペレス会長の改革により






3 おわりに

麻生太郎財務大臣は、「人間が生きていくうえで大事なことは、朝、希望を持って目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝とともに眠る。この気持ちだと思います」と述べた。



さあ、無血による革命の旗を振りかざせ!!
時代をSHIFTさせる時だ!


【参考文献】
・Introduction
■市野順子・井出将弘・横山ひとみ・淺野裕俊・宮地英生・岡部大介(2022)「身体的アバタを介した自己開示と互恵性―「思わず話してた」―」『情報処理学会インタラクション2022』21-30。
Daiji Kawaguchi and Hiroyuki Motegi, "Who Can Work from Home? The Roles of Job Tasks and HRM Practices " (September 2020)
Alon, Titan and Doepke, Matthias and Olmstead-Rumsey, Jane and Tertilt, Michèle, The Impact of Covid-19 on Gender Equality (April 2020). NBER Working Paper No. w26947
■リチャード・ボールドウィン(2019)『GLOBOTICS(グロボティクス)グローバル化+ロボット化がもたらす大激変』高遠裕子訳、日本経済新聞出版。
■ウォルター・シャイデル(2019)『暴力と不平等の人類史: 戦争・革命・崩壊・疾病』鬼澤忍、塩原通緒訳、東洋経済新報社。
・第1章 新たなる革命
Eren, Ozkan, and Naci Mocan. 2018. "Emotional Judges and Unlucky Juveniles." American Economic Journal: Applied Economics, 10 (3): 171-205.
Narita, Yusuke and Sudo, Ayumi, Curse of Democracy: Evidence from 2020 (April 15, 2021). 
ロバート・J・ゴードン(2018)『アメリカ経済 成長の終焉(上・下)』高遠裕子、山岡由美訳、日経BP。
■鈴木均(2018)「ブックレビュー『アメリカ経済 成長の終焉(上・下)
)』/ロバート・J・ゴードン著、高遠裕子・山岡由美訳」『農林水産政策研究所レビュー』No.86、2018年11月27日。




・第2章 3年後に必要なスキル、さらに30年後に必要なスキル



ダニエル・サスキンド(2022)『WORLD WITHOUT WORK: AI時代の新「大きな政府」論』上原裕美子訳、みすず書房。


■和辻哲郎(1993)『風土一人間学的考察』岩波書店。

・おわりに


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