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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#86 筋力アップにはダイエットも?(上)


――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜は素敵なネクタイですね。まさか、もしかしてデート帰りですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。今朝のNHKニュースはたいした情報がなくて民放の情報番組にチャンネルを変えたら、今日はルイ・ヴィトンの誕生日だって言うんだ。普段なら聞き流すところだけど、「そういやぁ、何本か持ってたよな」と思い出してタンスの中を漁ってたら出てきたのさ。昔の彼女だったか、何かのお礼か何かで、かれこれ20年ぐらい前にもらったやつが見つかってさ。合わせてみたら良さそうなんで結んで出てきたんだよ。20年前にしちゃ、当時流行ったやたら太っといシルエットでもなく、今でもいける感じかなぁと思ってね。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「キスフライにすだち添え」かぁ。へぇー、うまそう! 今が旬なんだ。先週も言ったけど、だんだんメニューがバーらしくなくなっていくね。そうそう、オレにはあまり関係ないけど、ここのところの暑さで食欲がない人が多いみたいだね。意外なことに、筋骨隆々のアスリートみたいな人でも、食事が摂れずこの時期は筋肉がやせちゃう人もいるみたいなんだ。ダイエットするにしても、筋トレも併用しないとうまく続かないらしいから、人間のカラダって、いろいろ難しいんだね。そうそう、筋トレと言えば思い出すよ、立山製薬の案件を。あれは難しかったなぁ……。


 マスターは北陸に詳しい? 最近じゃ北陸新幹線ができて、東京からの方がアクセスが良くなったけど、ひと昔前は名古屋の拠点が担当することが多かったんだ。

 鉄道なら、大阪や京都からでも特急が出てるけど、名古屋の拠点が岐阜や長野を担当するならついでに北陸も、ってな感じで担当エリアに組み込む事が多い。省庁の区割りやNHKだって、北陸は中部エリアが担当する。実際は、岐阜から福井や石川、富山の各県に異動しようとしたら、ひと山超えなきゃならんから大変なんだけどね。

 オレも一時期、名古屋にいた時に北陸を担当してたことがあるんだけど、どんな交通手段で行ってもえらく遠いんだ。特に富山県はね。さすが、東京ってのは首都だけあって、地方の空港にはだいたい羽田便がある。ところが名古屋からは最短でも新潟、愛媛以遠からしか便がなく、富山には鉄道かクルマで行くしかないんだ。北陸出張には、その時々に応じていろんな方法で出張した。

 富山出張の場合は、クルマで行くことが多かったね。これはオレたち機械商社やSIerあるあるなんだけど、オレたちが向かう客先っていうのはまず、駅前にはないから。駅からタクシーで1時間なんてのはザラなんだよ。

 ICカードが使えないようなローカル線に乗り継いで何とか駅で降りても、客待ちのタクシーがいる事なんてめったにない。看板のあるタクシー会社に電話すると、だいたい「10分か15分で行きます」って言われることが多いけど、時には「近くにクルマがいなくて……」と、客先への到着時間が読めないことも、ままあるんだ。

 出張は結構荷物が多いし、簡単な修理なら、交換部品を持って駆けつけることも多い。だから荷物が積めるクルマでの移動の方が、何かと便利なんだ。特に、オレみたいな時代遅れの喫煙者にとって、駅で喫煙所を探し回る手間もないしね。

 立山製薬の案件の時もそうだった。名古屋から富山県滑川(なめりかわ)市にある立山製薬に行こうと思ったら、こだまかひかりに乗って米原で降りて、特急しらさぎに乗り換えて終点金沢まで行く。金沢で北陸新幹線に乗り換えて2駅目の富山で降りる。ここまで来るのに4時間近くかかるんだ。

 北陸新幹線が開業する前は、名古屋から富山行きの特急「しらさぎ」があった。米原で進行方向が変わるから、2人掛けの座席をくるりと反転させる、風情ある儀式があった。急ぐ人は米原まで新幹線に乗る人もいたけど、短くできるのはたったの20分なんだ。一度乗ってしまえば富山まで乗り換えなしで行けるけど、当時は道中で携帯電話がつながらないエリアもあって、のんびりした雰囲気だった。わざわざ「この先しばらく携帯電話が使えません」なんて車内アナウンスがあるぐらいだった。

 富山からは「あいの風とやま鉄道」という、JRから第三セクターになったひらがなだらけの鉄道に乗って、こんな田舎まで来て大丈夫かなと不安になったころに滑川駅に到着する。かろうじて交通系のICカードは使えるけど、駅員は誰もおらず、タクシー乗り場はあっても、客待ちタクシーなんていたことがない。

 看板にあるタクシー会社に電話して、最寄りのタクシーを駅に呼び出す。駅から15kmほどの立山製薬までは20分ほどかかるけど、その間の信号は3、4カ所ぐらいしかない。正門を通って正面玄関に到着した頃には、名古屋駅を出発して5時間ぐらい経ってるんだ。そこから、ようやく仕事が始まるってわけ。

 ふぅ、ここまで説明するだけで、なんだか疲れちゃったよ。それぐらい、富山ってのは遠い場所なんだよ。

――ホタルイカやブリ、ノドグロなど、なじみのある場所だと勝手に思い込んできましたけど、お話を聞くと、なんだかとてつもなく遠い場所のような気がしてきました。そこまで移動して、ようやくお仕事に着手されるのですね。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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