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ロボットなんて大っ嫌い!

お嫌いですか、ロボットは?#48 4月バカに病気を考える

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? オレはもうダメだ……、やっぱ帰るわ。

――えっ! 来られたばかりじゃないですか。どうかされたんですか? 何か悩みでも? まずはお座り下さい。
 うっそ、ぴょ~ん。いやぁ、エイプリルフールだからさぁ。そいでもって、さっき3回目のワクチン打ったばかりでさぁ。いやぁ、高熱が出ると思って覚悟してたんだけど、2回目と同じでなんにもなくて。いやさぁ、ウチの会社の人間は、ワクチン接種の2回目や3回目でみんな「高熱が出た」とか「ウデが腫れた」なんて言うもんだから「オレもどうかなぁ」と不安だったんだよ。「今夜も店には行けません」ってメール打とうとしたんだ。でも「待てよ。打ってからかれこれ3時間ほど経つけど何もないなぁ」と思い直して。あまりにも肩透かしだったんで、急遽引き返してマスターのところに来たワケ。悪い悪い。いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――まったく。いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「つぶ貝とアスパラのガーリックバターソテー 」かぁ。いつも洒落てるねぇ。アスパラガスも、今が旬だもんね。旬といえばそうそう。この前まで行列が出来てた町のPCR検査場だけど、今朝通りかかったら「今なら無料で~す。お気軽にお立ち寄りくださ~い」って大声で呼び込みしてたよ。あちこちに検査場が出来たらしいけど、そろそろ旬が過ぎたんだろうねぇ。週末なんて、幹線道路はどこも大渋滞だもん。大渋滞といえば思い出すよ。医療品メーカーの物流倉庫の案件を。ついこの前までは相当、大変だったらしいんだよねぇ……………。



 病気やけがに全く縁がないオレにとって、病院なんて年に一度の健康診断ぐらいでしか行かないし、歯医者なんて、小学生の時に入れた詰め物が取れた時ぐらいしか行かないから直近でも5年前、その前となるといつ行ったのかさえ思い出せないぐらい。仕事で出向くまで、病院のバックヤードがこんな事になっているなんて知る由もなかった。

 オレが想像する病院って、手術に使うメスとかハサミとか縫い針とかって、看護婦が、おっと今は看護師か。看護師が仕事の合間に洗って乾かして、紫外線を通す機械で滅菌するぐらいのイメージでしかなかった。今はテレビも見ないから若かったころ、20年~30年前に見た映画やドラマで見たシーンからでしか想像できなかった。

 で、東京にある外資系の医療品メーカーから声がかかってさ。「はいよ~」って軽い気持ちで出かけたらびっくりした。想像とはまるで別世界、異次元の世界だったんだから。

 手術用具ってさ、例えば胃がんとか大腸がんとか、脳梗塞だとか血管が切れたとか、腕の骨折とか手首の骨折とか、指先を切ったとか、患者の病状や手術などに応じて、医者や看護師が使うメスやハサミ、血管から医療用機器につなぐチューブとかが、ワンセットのパッケージ商品になっているんだ。

 病気に縁のないオレが説明するとボキャブラリーが少なすぎてうまく説明できないんだけど、とにかく患者が運ばれてきて、医者が診察して病名や症状が診断されると、病気や診断に応じた処置や手術用に詰め合わせされたキットが用意される仕組みなんだ。

 その処置や手術のキットをあらかじめ用意するのが医療品メーカーで、万が一の不手際や医者が失敗した時の最悪の状況も含めて、処置や手術に必要なものは全て1つの手術キットにまとめられている。

 病院からすれば、忙しい仕事の合間に、次の処置や手術に備えてあれこれ必要な道具や機器をひとつひとつ間違いなくそろえる必要はないし、足らなかったり、在庫が少ないものをいちいち管理して、発注したり、それを受け取ったりなんて手間のかかる仕事をする必要がない。医療品メーカーがふだんから、その病院での使用状況を分析して補充してくれる。つまり需要予測を基に適正な在庫を、病院の倉庫に納品する仕組みが出来上がっている。 

 医療品メーカーにしてみれば、需要予測さえしっかりしておけば、病院から急に「あの機器が必要」「至急届けてほしい」なんて事がなく、慌てることがない。正確な需要予測は、病院との取引関係を末永く続けるための有効なツールになるってワケ。ひと昔前の、医者に「飲ませ食わせ」「付け届け」なんて接待は、なくなるとは言わないけど少なくできる。

 けれども、医療品メーカーは医薬品メーカーで、完璧な物流システムの構築が求められるようになった。自動車部品並みとまでは言わないけど「ジャストインタイム」に近い納品や、生鮮食品や電子部品並みの需要予測、そしてそれらを支える物流システムを整えるなど、いわばサプライチェーンマネジメントの構築だ。

 手術キット1つを例にしても、あらゆるメーカーの商品の詰め合わせなんだ。ある症状の患者が入院したら、手術して退院し、その病室を片付けるまでに必要な物が、全てキットとしてひとまとめになっている。

 大学病院だと、1万点以上ある道具や機器、資材などを、けがの程度や手術に応じて、すべてキット化している。物流センターではピッキングミスがあってはならないし、何より滅菌などの対応も完璧にしなきゃならない。そりゃそうだよね。手術の前に、キットの中身をひとつひとつ消毒してたんじゃ、病院にしたらキットにして届けさせた意味がないから。

 病院の規模にもよるけど、手術キットは4カ月分の在庫を持つらしい。緊急病院や大規模病院だとBCP(事業継続計画)に応じてさらにその期間も長くなるんだ。

 こんな説明を医療品メーカーから聞いてたらさぁ、オレの頭じゃ理解も整理もしきれないわけさ。そもそも病院の事なんて、予備知識がまったくないんだから。何がどれだけ必要で、こんなシステムはどうですか? なんて、とても提案できなかったよ。40フィートの長いコンテナが毎日5本、10トンの大型トラックが毎日10台到着するってのは理解して、その荷さばきぐらいはイメージできたけど。オレの頭じゃそこまでだったね。
 
 結局は、医療業界を得意とする別のSIerが、ノルウェーだかアイスランドだかフィンランドだかの物流ロボットを組み合わせて自動化の提案をしたらしい。それが採用された物流センターも稼働したんだけど、今回の新型コロナウイルス禍では相当大変だったらしい。

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