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『グレン・ミラー物語』:1954、アメリカ

 若きトロンボーン奏者のグレン・ミラーは、質屋に入れていた楽器を引き取りに行く。給油所で働き、金を工面したのだ。彼はコロラド大学で一緒だったヘレンと2年ぶりに再会するため、真珠の首飾りを誕生祝いにプレゼントしたいと考える。しかし値段が百ドルもしたため、諦めることにした。
 グレンはサンセット・ホテルで楽団の仕事が入り、親友でピアニストのチャミーが運転する車に乗り込む。彼は編曲した楽譜を持参するが、チャミーは「サンセット・ホテルは高級志向だ。それは演奏するな。クビを切られるぞ」と忠告した。

 すぐにクビを切られたグレンは、またトロンボーンを質に入れた。クランツはグレンたちに、ベン・ポラックがバンドで演奏旅行に出るためのメンバーを募集していることを教えた。チャミーは入団テストを受け、採用されることになった。
 一方、グレンはトロンボーンを質屋から出さず、編曲した楽譜をテスト会場に持ち込んだ。演奏者を求めていたポラックは、「ピアノの上に置け。後で見る」と冷たく告げた。次の志願者に演奏させる際、チャミーがグレンの楽譜をポラックに渡した。

 ポラックはクレンの編曲を気に入り、演奏者と編曲助手の兼任で採用した。前金を貰ったグレンはトロンボーンを引き取り、真珠の首飾りも購入した。デンバーに到着したグレンは、ヘレンに電話を掛ける。
 グレンは「僕の恋人」と明るく話し掛けるが、ヘレンは2年も放っておいた彼に冷たい態度を示す。グレンが会いたいと言うと、ヘレンは「デートなの」と断った。しかしグレンは「演奏が終わったら行く」と告げ、電話を切った。

 実は気持ちが高ぶっていたヘレンだが、夜の9時を過ぎてもグレンが来ないので怒りを覚える。ところが眠りに就いた真夜中になって、グレンは彼女の家にやって来た。グレンは大声でヘレンを起こし、誕生祝いとして首飾りを渡す。
 実際の誕生日は全く違う日だったが、グレンは「去年の誕生日のだ」と言う。グレンの身勝手な振る舞いに半ば呆れつつも、ヘレンは惹かれる気持ちを隠せなかった。グレンはヘレンを連れて実家へ赴き、両親や弟と妹に会わせた。

 コロラド大学を訪れたグレンとヘレンは、グリー・クラブの歌う『茶色の小瓶』を耳にした。グレンは「大した曲じゃないよ」と軽く言うが、ヘレンは「私は大好きよ」と述べた。彼はヘレンに、いずれ自分の楽団を持って好きな音楽を演奏する夢を語った。
 チャミーが迎えに来たので、グレンは次の演奏場所であるニューヨークへ向かった。グレンは音楽を勉強するため、楽団を離れてニューヨークに留まることを決めた。彼はバンド・マネージャーのドン・ヘインズに仕事を見つけてもらおうとするが、なかなか上手く行かなかった。

 2年が経過した頃、グレンはドンから、レッド・ニコルズがショーのために人を集めていると知らされる。理想を追い求めるグレンだが、金に困っていたために引き受けることにした。ドンと別れた直後、グレンはレコード店から流れて来る『茶色の小瓶』を聴いてヘレンを思い浮かべた。
 彼はヘレンに電話を掛け、「すぐニューヨークまで来てくれ。結婚する」と告げた。ヘレンは別の男と婚約中であることを告げるが、グレンは「こっちへ来て僕と結婚すればいい」と言う。一方的で身勝手な求婚だったが、ヘレンはニューヨークへ赴いてグレンと結婚式を挙げた。

 グレンがホテルで仕事を終えた後には、ベン・ポラックや一緒に仕事をしていたジーン・クルーパ、ベイブ・ラッシンといった面々もサプライズで結婚の祝福にやって来た。
 一行は祝賀会としてハーレムへ繰り出し、グレンはルイ・アームストロングたちの演奏に飛び入り参加した。かつて作曲を学んでいたシリンガーが店に来たので、グレンは挨拶を交わした。グレンはヘレンに、月謝が高いので今は習っていないことを話した。

 ヘレンはグレンのために倹約生活を心掛け、貯金をする。グレンはヘレンとの結婚生活を考え、夢を諦めて楽団の仕事を続けようとする。しかしヘレンは、狭いアパート暮らしで構わないから夢を追い掛けてほしいと告げた。
 作曲の勉強を再会したグレンは、シリンガーに依頼された練習曲を家で書く。グレンは大した曲ではないと考えていたが、ヘレンは「いい曲よ」と言う。「歌詞を付けてもらえばヒットするかな」とグレンが口にすると、ヘレンは『ムーンライト・セレナーデ』という曲名を提案した。

 グレンとヘレンは、初めてショーで披露された『ムーンライト・セレナーデ』を聴く。しかしバラードなのに速いテンポの編曲になっており、グレンは呆れ果てた。ヘレンに「貴方も自分の楽団を持つのよ」と促され、グレンはチャミーとドンの協力を得て準備に取り掛かる。
 初期投資として1800ドルが必要だったが、ヘレンは楽団のために貯めておいた金をグレンに差し出した。楽団は巡業に出るが、なかなか軌道に乗らず、グレンは売りになるサウンドが見つからずに悩んだ。

 ドンはグレンに、ボストンのボール・ルームを営むサイ・シュリブマンから1週間の仕事が入り、ラジオで中継されることを話す。ヘレンはグレンに、『ムーンライト・セレナーデ』の演奏を勧める。しかしグレンは「僕は好きだが、他に好きな人がいない」と消極的だった。
 雪道で車が故障したため、グレンは他の面々を先に向かわせた。グレンが遅れてボストンに到着すると、出演はキャンセルになっていた。グレンはヘレンの入院を知って病院へ行き、危険な状態だったこと、妊娠していたが流産したことを医者から聞かされた。

 グレンは楽団を解散し、車を売って金を工面した。苦境に立たされたグレンに、シュリブマンが助けの手を差し伸べた。彼はグレンに資金を提供し、ボール・ルームに出演するための楽団を再編成させた。
 練習の最中、トランペットでソロを取る予定のジョーが唇を切ってしまう。翌日に開演が迫っていたため、グレンは彼のスコアを徹夜でクラリネットに書き換えた。これが功を奏して楽団のサウンドが誕生し、ボール・ルームの演奏でも観客から拍手が起きた。

 グレン・ミラー楽団は評判となって新聞でも大きく取り上げられ、レコードは記録的な売り上げとなった。やがてミラー夫妻には2人の子供が誕生し、結婚十周年を迎えた。グレンは自宅に楽団を呼んで演奏してもらい、ヘレンの両親も招いて盛大にお祝いした。
 そんな中、グレンはハリウッド映画の伴奏音楽を依頼され、スタジオで録音した。そこにヘレンが来て、陸軍省からの手紙をグレンに渡した。グレンは2週間前に任官を志願しており、その返事が届いたのだ。彼は空軍で楽団を指揮するが、楽曲やアレンジに不満を抱いた。彼は勝手にアレンジを変えて演奏するが、アーノルド将軍に気に入ってもらい、楽団を編成して慰問旅行へ出掛けた…。

 監督はアンソニー・マン、脚本はヴァレンタイン・デイヴィス&オスカー・ブロドニー、製作はアーロン・ローゼンバーグ、撮影はウィリアム・ダニエルズ、編集はラッセル・シェーンガース、美術はベルナルド・ヘルッブルン&アレクサンダー・ゴリッツェン、衣装はジェイ・モーリーJr.、編曲はヘンリー・マンシーニ、音楽監督はジョセフ・ガーシェンソン。

 出演はジェームズ・スチュワート、ジューン・アリソン、ヘンリー・モーガン、チャールズ・ドレイク、ジョージ・トビアス、バートン・マクレーン、シグ・ルマン、アーヴィング・ベーコン、ジェームズ・ベル、キャスリーン・ロックハート、キャサリン・ウォーレン、フランシス・ラングフォード、ルイ・アームストロング、ベン・ポラック、ジーン・クルーパ、ザ・モダネアーズ、ジ・アーチー・サヴェージ・ダンサーズ、バーニー・ビガード、ジェームズ・ヤング、マーティー・ナポレオン、アーヴェル・ショウ、コージー・コール、ベイブ・ラッシン他。

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 スウィング・ジャズの巨匠であるグレン・ミラーの伝記映画。主演にジェームズ・スチュワートが起用されたのは、その容姿がグレン・ミラーに似ていたことも理由の1つだ。
 監督のアンソニー・マンがジェームズ・スチュワートとコンビを組むのは5本目で、『裸の拍車』『雷鳴の湾』と来て3作連続となった。脚本は『日曜は鶏料理』『南仏夜話・夫(ハズ)は僞者』のヴァレンタイン・デイヴィスと、『コマンチ族の怒り』『ハーヴェイ』のオスカー・ブロドニーによる共同。

 この映画の大きなセールスポイントは、本物のミュージシャンが何人も出演していることだ。まずはドラマーのベン・ポラックが登場し、楽団を率いて『Good Night, Ladies』を演奏する。グレンが彼の楽団に所属していたのは事実なので、主要キャストの1人と言ってもいいだろう。
 また、女優で歌手のフランシス・ラングフォードとコーラス・グループのザ・モダネアーズは、慰問旅行のシーンでミリタリー・バンドの演奏に合わせて『Chattanooga Choo Choo』を歌う。

 ハーレムのシーンでは、トランペット奏者で歌手のルイ・アームストロングがクラリネットのバーニー・ビガード、トロンボーンのジェームズ・トラミー・ヤング、ピアノのマーティー・ナポレオン、ベーすのアーヴェル・ショウ、ドラムのコージー・コールというオールスターズを率いて『Basin Street Blues』を演奏している。そこにドラムのジーン・クルーパとテナーサックスのベイブ・ラッシンが加わり、テンポを変えて演奏が続く。
 後の展開には全く影響しないし、筋書きだけを考えればカットしてもいいようなシーンだ。しかし本作品にとっては重要なシーンであり、見せ場の1つになっている。ようするに、この映画はグレン・ミラーの伝記映画ではあるのだが、一方で「本物のミュージシャンたちが演奏するシーンをお楽しみ下さい」という音楽映画でもあるのだ。

 もちろん、劇中でミュージシャンが演奏する様子と実際の音は別物であり、後から音を入れている。例えばジーン・クルーパの演奏なんて、あの叩き方じゃ上手く音は出ないだろう。でも、そんなことは百も承知の上で、当てぶりを楽しみましょうってことだ。ミュージカル映画だって、歌唱する声は同時録音しているわけじゃないし、同じようなことだ。
 ちなみにトランペッターのジョーやクラリネットのウィルバーは何となく本物のミュージシャンっぽい扱いだけど、アンクレジットで出演している俳優なのでお間違えの無いよう。あと、グレン・ミラーの演奏は、もちろんジェームズ・スチュワートの音じゃなくて、ジョー・ユークによる吹き替えだ。

 この映画の評価は、ちょっと難しい。アカデミー賞ではオリジナル脚本賞の候補にもなったが、ぶっちゃけ、ストーリーはそんなに絶賛するような出来栄えでもないと思うのだ。だからと言ってダメなシナリオってわけではなくて、それなりに上手くまとめている。
 ただし、やっぱり音楽の魅力がデカいと思うのよね。映画を見ての感想は「楽しかった」ということになるんだけど、その理由は簡単で、劇中で使われている音楽が魅力的で、演奏シーンが楽しいからだ。そこを見て、聴いているだけで、体が自然にリズムを取り、心を弾ませてくれるのだ。

 ただし、これは私がスウィング・ジャズもグレン・ミラー楽団の音楽も好きで、それなりに詳しいってことが大きい。グレン・ミラーの音楽は有名だけど、それでもジャズに詳しくない人だと、知らない曲も多いだろう。そういう人が見ても、同じように「演奏シーンは楽しい」と思えるかどうかは分からない。
 ってなわけで、今回の批評は完全にスウィング・ジャズ好きの偏った内容になっている。まあ他の映画批評も全て偏っているけど、偏り方の意味が今回は異なるってことだ。改めて書いておくと、これは「細かいことをゴチャゴチャ言わず、とにかく音楽を楽しもう」という映画である。

 この映画、あらかじめグレン・ミラー楽団の曲を知っているかどうかによって、かなり印象が違ってくる。それは演奏シーンだけじゃなく、ストーリーの方でも同じことが言える。
 例えば冒頭、グレンはヘレンの誕生プレゼントとして、真珠の首飾りを購入する。これは彼の楽曲『String of Pearls』に繋がるシーンだ。コロラド大学を訪れた時にグリー・クラブの歌う『Little Brown Jug』を聴き、ヘレンが「私は大好きよ」と言うが、これがジャズにアレンジされてグレン・ミラー楽団の有名なレパートリーとなる。
 ヘレンに結婚を申し込んだ時には、「ニューヨークへ来る前に電話してくれ。ペンシルヴェニア6-5000だ」と言うが、その番号が楽団のレパートリーである『Pennsylvania 6-5000』に繋がる。

 もちろん、そういうエピソードは全てフィクションであり、有名な楽曲に合わせてエピソードを後から作っているわけだ。で、グレン・ミラー楽団の曲を知らない人からすると、伏線が回収された時点で、初めて「ああ、あれは伏線だったのね」と分かる形になっている。
 しかし事前に曲を知っている人は、伏線が張られた時点で「後で回収されるネタだね」ってことが分かるわけだ。どっちの方がいいかってことじゃなくて、曲を知っているかどうかによって楽しみ方が変わって来るということだ。

 上述した以外にも、数多くの楽曲が使用されている。楽団のサウンドが誕生するボール・ルームのシーンでは、オープニングでも使われている『Moonlight Serenade』が演奏される。楽団がハリウッド映画のために録音するシーンでは、『Tuxedo Junction』が演奏される。
 空軍バンドで勝手にアレンジした曲を披露するシーンでは『St. Louis Blues』、ヨーロッパへの慰問旅行のシーンでは『In the Mood』や『American Patrol』と、グレン・ミラー楽団の有名な曲が盛り込まれている。

 グレン・ミラーのファンなら知っていることだが、彼は飛行機事故で死去するので、映画も悲劇的な結末を迎える。もちろん、雰囲気として暗くなることは確かだが、しかし見終わった後に、「悲しい映画だった」とは感じない。何となく爽やかで心地良い気持ちになる。グレン・ミラー楽団の音楽が、そういう気持ちにさせるのだ。
 悲劇なのに悲劇性を強く感じないってのは、普通の映画だったら完全にマイナス査定だ。しかし本作品の場合、それは決して悪いことじゃない。

(観賞日:2015年9月23日)

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