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『永遠と横道世之介』 吉田修一

 ひとり遅れの読書みち  第9号

  
  読み進むと気持ちがほんわか、ホッとしてくる。著者は、生きる喜び、生きる幸せ、人に尽くす幸福といった言葉を直球で投げかけてくる。
     必死に生きる、力強く生きる--といったこととはちょっと違うだろうか。
    人と比較したりせず、リラックスして生き、しかも人の気持ち、情を大事にする生き方。人を失う悲しみやあわれさにしんみりするものの、命の大切さを教えてくれる。大人のメルヘンと言えるか。
    シリーズ3作目。39歳のカメラマンになった横道世之介。東京郊外に建つ下宿「ドーミ吉祥寺の南」での暮らし。元芸者が始めた下宿で切り盛りするあけみ(元芸者の孫)、元芸人の営業マン礼二、書店員の大福、大学生の谷尻たちと暮らす。世之介の知人教師夫妻の息子で引きこもりの一歩も同居を始める。
    世之介のカメラマンの兄弟子や助手、近隣の農家のお婆さん、それに鎌倉の寺、ボランティア、サーファーなどが登場して、ちょっとゆるーい生活が展開する。平凡な日々の生活の中に幸せを感じさせるような場面が、軽妙な言葉にのせて語られる。
    世之介が好きになった女性に告白する場面にはジーンとくる。その女性は余命1年と宣告されている。余命のことを告げると、世之介は「どういう風に過ごしたい?」「好きって気持ちに時間は関係ないよ」と答える。
    女性が「その気持ちに、もう、応えてあげられない」と言うと、「もう応えてもらってるよ」「今、この瞬間だけでも、もうおつりがくる」と言う。
    物語では、その女性は宣告通り1年後には死んでしまう。世之介は大泣きする。埋葬された墓には毎日出かけ、掃除など寺の手伝いをする。住み込みの人のようになる始末だ。情が深い。
    世之介の名前は「世の中の人たちを助けてあげられるような、そんな大きな人間になってほしい意味を込めて」父がつけた。
    タイトルに含まれている「永遠」とは、世之介が名付けた助手カメラマンの子の名前。大変な困難を抱える出産で後遺症をもつ可能性の高い子だった。名前を付けた理由を述べる手紙の中では「人にはその人それぞれが持っている時間と世界があるんじゃないか」「その時間が長くても短くても、そこに優劣はないんじゃないか」と書き、さらに「誰かのために生きるって素晴らしいことだって。誰かのことを思える時間を持てるって、何より贅沢なことだって」「人生の時間ってさ、みんな少し多めにもらっているような気がするんだ。自分のためだけに使うには少しだけ多い。だから誰かのために使う分もちゃんとあって、その誰かが大切な人や困ってる人だとしたら、それほどいい人生はない」
    世之介はその後、線路に落ちた人を助けようとして亡くなる。
    心に響く言葉が随所にキラキラと耀いている。
    たとえば、輪廻転生を信じるブータン人の言葉。「私が誰かに生まれ変わる。そしたらその生まれ変わった誰かは、きっと今、私が愛している人たちの生まれ変わりの人たちにとても愛される」「だから今、いっぱい人を愛する」などなど。

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