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大人の両思い②

「……今日、泊まってく?」

彼は洗い物をしながらリビングでテーブルを拭いているNちゃんにそう訪ねた。
心臓は高鳴り心底嬉しい気持ちが湧いてきて思わず笑ってしまった。

「ふふっ、…うん。」

「え、ここ笑うとこ?」

「ふふ、ううん、なんでもない」

お互いの気持ちを確信した二人だった。
優しい空気感に包まれお互い顔を見合わせては笑いあった。

関係性が変わる瞬間の気恥ずかしさは何歳になっても変わらないものだ。
特に友情期間が長ければ長いほど、違う一面を見せるのは恥ずかしくもあり怖くもある。

その怖さを超えた二人は次のフェーズへ向かう・・・・・


はずだったのだが、いざ寝ようとなった時、彼はソファー、Nちゃんはベッドを使って別々に寝ることを提案された。
よく考えたらまだどちらも告白をしていない、正式には付き合っていない二人だった。

シャイなのか順番を守りたいタイプなのかよくわからないけど、まぁお酒も入っているし付き合うとか大事な話をするなら深酒していないタイミングが理想という思いもあったので提案通りNちゃんは彼のベッドで、彼はソファーで眠りについた。

眠りについたといってもこんなシチュエーションですんなりと眠れるわけもなかった。家の中には二人きり。
鼓動の高鳴りが部屋中に響いているんじゃないかと思うほどだった。

「やっぱり、そっち行ってもいい?」

とか言ってこないかな、少女漫画のように目を瞑っているところにそっとキスしてこないかな…と妄想が膨らんだが彼は本当にソファーで眠りについたようだった。

結局Nちゃんは朝まで寝付けず、幸せだった夜から一転、
この関係性が何なのかよくわからなくなりモヤモヤした朝を迎えた。
彼はNちゃんがベッドから起きあがる前に起き、
お気に入りのパンを焼いてコーヒーを淹れてくれていた。
ありがとうとお礼を言うと「ん」しか言わなかったが口元がほころんでいた。

そう、愛情表現は苦手だけど嬉しそうなのは顔に出るし、気遣いや優しさがある人なのだ。
Nちゃんはまた彼への気持ちを再認識した。
きっと、大事に思ってくれているからすぐ手は出したくないし
気持ちを言葉にするのが恥ずかしいのだろう。
そう思い幸せな朝食を食べ、その日は彼の自宅を後にした。

その数日後、いつものように連絡を取り一緒にご飯を食べてからバーに向かった。
何も変わらない日常。でも少しだけ距離が近い感じ。
顔を見るとドキドキもするし安心もする。
大人になってこんなに人を好きになるなんて、なんて幸せなんだろう。
みんなを交えてバーで過ごす時間も愛おしい。
さらにみんなの知らない彼の部分を知っていると思うとちょっと優越感も感じられた。

バーの帰り道、少し沈黙があった後にまっすぐ前を見ながらうち来る?と彼が言った。
今日こそは先に進むかも…淡い期待を胸にコンビニでクレンジングとアイスを買って二人で食べながら彼の家に向かった。

そして、またしても別々に寝ることになった。
好きな女性がまた同じ部屋にいるのに告白もしない、手出ししてこない状況にNちゃんは昔を思い出してだんだん気持ちが沈んできてしまった。

Nちゃんと元彼が別れたのはレスが原因だった。


付き合いが長くなってだんだん触れ合いがなくなり、誘っても次の週末ね、と予約制になってしまった。
予約してするセックスほど情熱がないものはなく、毎回とんでもない空虚感がNちゃんを襲った。
相手から求められないことで存在意義が見いだせなくなり、Nちゃんから別れを切り出した。

決してNちゃんの性欲が強いわけではないが、年齢や環境の変化とともに元彼との欲求のバランスが合わなくなっていったのだった。
自分を変えることも、相手に合わせることもできない。
好きという気持ちだけではどうにもならない関係があることを、Nちゃんは心得ていた。

それなりに欲がある人はこのシチュエーションで2回目も何もしないなんてことはないだろう。
大事にしてほしいからこそ、大事に抱いてほしい。
もっと近くに体温を、存在を感じたい。
それはNちゃんにとってとても大切なことだった。

彼とは大事にしたいものの価値観が違うことに気が付きたくなかったけどなんとなく気づいてしまったような気がした。
下心を感じさせなかったのは、本当に下心がなかったからなのかもしれない。

触れ合うことに興味がないのか、コンプレックスやトラウマがあって一歩踏み出すことに抵抗があるのか。
どちらかはわからないが、どちらにしてもモテるのに彼女が長くいないことや、下ネタの話題には絶対に乗らないこと…
すべて辻褄が合う気がした。

彼が触れ合いに興味がなければお互いに苦しくなるし、
コンプレックスであればそれを克服するには本人が問題意識を持って取り組むほかない。
少しプライドが高くなかなか本心を見せない彼が、弱いところをすぐ見せてくることは想像できなかった。

彼のことはこれまで出会った誰よりも大好きだった。
一緒にいて居心地が良かった。
触れ合いがない関係でも満足できるならどれだけ良いだろう。
Nちゃんは涙が止まらなくなった。


次の日の朝、彼はまたトーストとコーヒーを用意してくれた。
Nちゃんの赤い少し腫れた目には気づかずに一緒に朝食を食べ、Nちゃんは用事があると言って家を出た。


しばらくはNちゃんも彼も仕事が忙しく、タイミングが合わず会えない日が続いた。
1ヶ月ほど経ったある日、久々に早めに仕事が終わり、Nちゃんは一人でふらりとバーに立ち寄った。
残業続きで体力的にも行けるかどうかわからなかったので誰にも連絡せずに行くとそこには彼がいた。

少し間が空いたからか、落ち着いた気持ちで彼の顔が見れた。
相変わらず飄々とした雰囲気で過ごしている。
一体、何を考えているのだろう?
家に泊まったことは誰も知らない。
当初は二人だけの秘密に嬉しさを感じていたが、だんだん苦しさのほうが上回っていた。

バーからの帰り道、彼とNちゃんの家の分岐点でどちらからともなく立ち止まった。
するとふいに
「おれ、Nちゃんが好きだよ」
と彼が言った。

他愛もない話をしていたところに突然だった。
驚きとともに嬉しさのあまり体が震えて涙がこぼれた。
やはり、彼のことは頭でどうこう考えてどうにかなるレベルではなく、細胞レベルで大好きなのだとわかった。


でも、だからこそ、確認しておきたいことがあった。






















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