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戯曲「読書感想文のイロハ」

やかましい男: 連打!連打!よし!は?意味わかんねえんだけど!なんで、今の勝ってたじゃん!なあ?

ヒカル: ちょっと黙っててくれ。今忙しいんだ。

やかましい男: あ、でもランク上がったわ。は?いやチートでしょ!ラグつかうなよぉ!見た?

ヒカル: 今手が話せないんだ。

やかましい男: キタキタキター!確定演出!ヨッシャアアー!!

ヒカル: ちょっと!...うるさい。

やかましい男: どうしたんだヒカル?
ヒカル: 父さん。

(これ以降、やかましい男→父 と表記)

父: あんまピリピリしてもアレだぞ?なんか飲むか?ほら、さっき買ってきたアンバササワーホワイト飲みなさい。
ヒカル: ありがとう。

父、グラスに飲み物を注ぐ。ヒカル、両手でそれを持って飲み干し、絶妙な表情をする。(ビールを飲む時の高倉健のように)

ヒカル: あ〜....どうしよ...。
父: なんだ?そんな暗い顔して。

ヒカル: いや無理だわぁ。
父: 何が?
ヒカル: 読書感想文。国語の授業の。
父: 授業で読んだやつ?
ヒカル: そうそう。
父: 題材は?
ヒカル: 『走れメロス』
父: それなら父さんも読んだぞ。懐かしいなぁ。で、それがそんなに大変なのか?
ヒカル: やり直しさせられちゃって。
父: なんで?あれか?字が汚いとかか?
ヒカル: 違うよ。
父: じゃあ言葉が汚いとかか?
ヒカル: 違う。
父: それじゃあなんなんだよ?
ヒカル: なんかね〜、中身が幼稚なんだってさ。
父: 幼稚?どう言うことだよ。あ、そうだ。一回読んでくれよ。
ヒカル: え〜?めんどくさいなぁ。
父: いいから。父さんアドバイスしてやっから。
ヒカル: わかった。

「私は太宰治 作『走れメロス』を読んで、友情はとても大切だと思いました。作中メロスは、魔が刺して親友のセリヌンティウスのことを裏切ろうと思ってしまいますが、やはり親友との約束、そして自分の信念を曲げることはいけないと思い、大好きな妹の結婚式に残り続けたい思いを断ち切って王様の元に戻ります。もし私がメロスの立場だったら、きっと妹の結婚式の方を優先して、悪いとは思いつつもセリヌンティウスのことは諦めていたと思います。しかしメロスは私と違って誰にも負けない正義の心を持っていたため、辛いとは思いつつもさまざまな困難を乗り越えて王様の元に還りました。そして、その正直な心は人間不信に陥った王様にも伝わり、最終的にはハッピーエンドで終わりました。私もメロスにはなれなくても、彼の志に敬意を表して、これからはもう少し正義の心を持って生きていきたいと思います。」

父: いいんじゃないの?
ヒカル: でしょ?
父: なんでやり直しなんだ?
ヒカル: 先生が言うにはね、「思います」が多すぎるんだって。
父: はい?
ヒカル: 「思います」を使いすぎてて、みっともないからやり直しだってさ。意味わかんないでしょ?
父: うんわかんない。
ヒカル: やっぱりね。
父: よーしわかった。父ちゃん今から学校に電話してな、そんなバカな教師は辞めさせちまえ!って文句言ってやる!
ヒカル: やめてやめて!来月期末試験なんだよ!今問題起こしたらいろいろめんどくさくなるって。
父: そっかぁ。でもお前、それで素直に書き直すことにしたのか?
ヒカル: まぁ一応ね。
父: お前は本当にいい子だなぁ。

ヒカル: まあでもわからなくもないんだよね。先生の言ってることさ。
父: そうなのか?
ヒカル: うん。これ前に書いた作文。
父: どれどれ。『盆土産』

(今度は父が作文を読む)

「私は三浦哲郎 作『盆土産』を読んで、とてもお腹が空きました。なぜならえんびふらいがとても美味しそうだと思ったからです。えんびふらいはエビフライのことで、まだ洋食が一般的になっていない頃、生まれて初めて食べるエビフライに感動する場面が印象に残り、とても感動しました。私はエビフライがあまり好きではないですが、もしこの時代に生まれていて、はじめて大好きなカキフライを食べたら忘れられない体験になっていたと思います。ところでえんびふらいって響きがとても面白いなぁと思います。エビフライがえんびふらいなら、カキフライはかんきふらいになるのでしょうか?私はカキフライを食べた時にとても嬉しい気持ちになるので、カキフライはどちらかと言うとかんきふらいって言葉がぴったりだと思います。」

ヒカル: ね?「思います」多いと思うでしょ?
父: ん?
ヒカル: 「思う」ってのが4回も出てきてるんだよ。
父: 確かに「思う」が4回は多いと思うけどね、でも問題はそこじゃないんじゃないかな〜。
ヒカル: そこじゃないって?
父: いや別になんでもない。まぁでも、「思います」をさ、別の表現に変えりゃいいだけだろ?「感じました」とか、「〜というふうに理解しました」とかさぁ。
ヒカル: なるほどね。
父: よしっ!解決したな!じゃあゲオ行こう!

(ヒカル、ため息をつく。父はヒカルの向かいに回ってそのため息を吸い込む。)

父: どうしたんだよため息なんかついて。お前あれだぞ?ため息は幸せが逃げるんだぞ?だから父さんはね、ため息ついたら吸うからね。
ヒカル: 気持ち悪いわ。自分で吐いたらどうするの?
父: そりゃ、こうだよ。

(父、ため息をついて、ため息の方向に先回りしてため息を吸い込む。)

ヒカル: その場で吸えばいいじゃん。
父: お前ため息舐めてるだろ?あれスゲェ速さで飛んでくんだぞ。
ヒカル: そうなの?
父: そうだよ。やってみな。

(ヒカル、ため息をつくと父親が先回りしてため息を吸う)

ヒカル: 何するんだよぉ!それ俺の幸せでしょ!
父: お前が遅いからだろぉ!

ヒカル: なんだそりゃ。違うよ、こんな話してる場合じゃないの。
父: 何?
ヒカル: 明日提出の課題があるんだよぉ。
父: やりゃいいじゃないの今すぐ。
ヒカル: 無理なんだよぉ。
父: どうして?
ヒカル: これさ、「200ページ以上ある小説を一つ選んで何を学んだかを2000字程度で書きなさい。だって。ただしライトノベルや挿絵が多い作品は認めません。」だって。
父: ふーん。200ページかぁ。結構なボリュームだな。何を選んだんだ?
ヒカル: 『銀河鉄道の夜』
父: 有名だな。で、読んだの?
ヒカル: まぁ。
父: 全部?
ヒカル: これくらい。(5本指を立てる)
父: 5割?
ヒカル: 5ページ。(食い気味に)
父: おぅ...

ヒカル: どうしよ。
父: そう落ち込むなって。なんとかなるさ。
ヒカル: 気休めはいいから。
父: 別にあらすじを書くわけじゃないんだろ?学んだことを書くんだろ?
ヒカル: そう。
父: だったら大丈夫だ。
ヒカル: そんなわけないよ。だって5ページしか読んでないんだよ?
父: 本の感想なんて別に読まなくったって書けるんだぜ?
ヒカル: ホント?
父: そうさ。だから父さんに任しときなさい。

父: 書き初めはね...そうだなぁ...タイトル「『銀河鉄道の夜』から学んだロマン」
ヒカル: ロマン?

父: 「私は宮沢賢治の名著『銀河鉄道の夜』を読みました。以前から名前は聞いたことがありましたが、通して読んだのは今回がはじめてでした。この作品の魅力を述べるには、たったの2000字で収めることは難しく、文体の美しさや物語の展開、そして魅力的な登場人物に惹きつけられて、文学の道を歩んだ人も少なくないでしょう。おそらく私と同じようにこの作品に関して批評や考察を述べた論文は多いでしょうが、敢えて私は作品の内容ではなく、少し違った側面からこの作品の魅力について述べたいと思います。」

父: どうだ?
ヒカル: 凄いよ。だって本編に触れてないのに感想書けてるもの。
父: だろ?「敢えてここでは内容に触れず」ってのが大事なんだよ。当然中身は知ってますよってのをこの一言で表すわけだからね。
ヒカル: なるほどねぇ。
父: 続きだ。え〜...

「宮沢賢治という作家は言語に関しての美的センスが非常に高いと思われます。銀河鉄道というタイトル、これほどまで魅力的なワードがありますでしょうか?銀河と鉄道、私たちの頭上に無限大に広がる宇宙と大地を走る鉄の馬車という、本来は決して交わることのない2つの言葉をこれ見事に融合させているのです。鉄道は地上を走るものであると言う既存の概念を打ち砕く素晴らしいタイトルであると私は思うのです。」

ヒカル: いいねぇ!5ページどころか表紙もめくってないのにここまで書けるなんて。
父: まだまだこんなんじゃないぞ!え〜っと、登場人物が...主人公がジョヴァンニで、親友のカムパネルラ...よしっ。


「この物語の主人公ジョヴァンニは、主人公であるため当然まっさきに物語に登場するキャラクターです。しかし作品によっては主人公でありながらなかなか登場しない作品もあるため、このジョヴァンニはそれらに対するアンチテーゼとして、このような名前を付けたのだと思います。物語の序盤に出てくるからジョヴァンニなんだという宮沢賢治の遊び心も感じられます。」

ヒカル: おーっ!!登場人物一覧だけで!
父: どうよ!だから言ったろ?感想文なんて読まなくったって書けるってな!
ヒカル: もう半分近く埋まったよ。
父: ここまでやったらあとはお前だけでも大丈夫だな。
ヒカル: ありがとう。

父: よーし、早くゲオで幸福の黄色いハンカチ借りよーぜ。
ヒカル: またそれ借りるの?
父: 面白いんだよなぁ。

(茶番 武田鉄矢と桃井かおりのモノマネ)

父: 一緒に見ようか?(武田鉄矢っぽく)
ヒカル: だめよーアタシまだ終わってないんですもの。(桃井かおりの口調で)
父: いいじゃないのぉ。ねぇ?5分だけぇ。
ヒカル: ダメったらダメよ。
父: どうしてぇ?ここまで手伝ってやったのによぉ!
ヒカル: それは感謝してるわよぉ。でも忙しいの。他当たって。
父: なんだよぉ!調子いいことばっか言いやがってこの百姓め!クソ喰らって西に飛べチクショウッ!(近くの椅子かなんかを蹴る)あたたーっ...

お辞儀

ヒカル: え?これカムパネルラ死ぬの?
父: そうなのか?
ヒカル: うん。ほら。
父: おいおい最後っから読んだのか?
ヒカル: うん今ね。ザネリっていうやつが川で溺れて、それを助けようとカムパネルラが川に飛び込んだんだってさ。
父: へえ。
ヒカル: あ、じゃあこういうのどうだろう?

「また親友のカムパネルラは物語の最後に川に溺れた友達を助けようとして死んでしまいます。夜の冷たい川に飛び込んで死ぬというのは想像しただけでその辛さが伝わってきます。寒かったでしょう、苦しかったでしょう。夜風は冷たく、みんなが見守る中、静かに眠るという状況がありありと浮かんできました。寒波の中で眠る。寒波寝る。カムパネルラ。このような悲しいシーンにもダジャレを織り込み、気づいた人は少し笑えるという懐の広さもこの作品の魅力です。」


ヒカル: どう?
父: おー...違うと思うけどね。
ヒカル: そぉ?同じようにやったけどな〜。
父: まあこんな感じで書いていけば大丈夫だ。
ヒカル: オッケーありがとう。でもアレ?ラストシーンなのに銀河鉄道出てきてないなぁ。
父: もう降りたんじゃないか?
ヒカル: そっかぁ。どんな話なのかな?
父: さぁ。そりゃ読まないとなぁ。
ヒカル: ジョヴァンニは殺された母親そっくりのカムパネルラと出会う。そして機械伯爵を倒し、母親の仇を討つために大冒険へと飛び出す!

父: 鉄郎さん!早くスリーナインに乗って下さい!(車掌さん風に)

ヒカル: あのー人はもーうお別れーだけど〜
父: 君ーをとーおーくでー見つめてーる〜
父・ヒカル: ザギャラクシーイクスプレスフフフフフンフフフフフフフフフフフーン アジャーニートゥーザストォ〜

(2人、茶番が楽しくてちょっと笑う)

父: 知らん言葉がいっぱいあるもんだなぁ。わしゃ小説が読めんからのぉ、なんじゃ、この蠍の火っちゅうのは?(拝啓天皇陛下様の渥美清風に)
ヒカル: 蠍の火?あ、このページの?
父: 教えてくれんかのぅ蠍の火ってのはなんじゃ?
ヒカル: サソリの火か。サソリの毒が焼けるほど痛い...のかなぁ。
父: なんじゃそりゃ。
ヒカル: わかんないよぉ。サソリの火なんて。答えは〜...このページだけじゃわかんないなぁ。
父: そりゃお前、アレだよ。ちょっと戻って読めばいいんじゃないか?
ヒカル: そうだね。!

(さらに少しだけ前のページを読むヒカル)

父: それよりお前腹減ったろ?父さんカツ丼と醤油ラーメン作ってくっからな!なぁ?
ヒカル: ...(本を夢中で読む)

父: いい子だなぁ。

(夢中で読み進めるヒカル。)

(時計の針が進む音)

ヒカル: 面白ぇ...

えんど



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