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冨田勲の源氏物語

 今年のNHK大河ドラマは紫式部が主人公だそうで・・・。実は私は見ていないので、ドラマの話はできません。すみません。

 紫式部といえば『源氏物語』ですね。それでふと思い出しました。冨田勲氏が源氏物語をテーマに作曲した『源氏物語幻想交響絵巻』です。
 1999年に録音され、2000年にCDが発売されてすぐに購入ました。私のお気に入りのアルバムになり、仕事のBGMとして何十回(何百回?)となく聴いたものです。

 大河ドラマのお陰で、久しぶりにCDを聞いてみようと思いました。仕事を引退してから、CDで音楽を聴く事からだいぶ遠ざかっていました。

 ・・・で、これも久しぶりに我が家のステレオにスイッチを入れたら、CDプレーヤーが完全に死んでいました。(T-T)
 仕方なく、PCのMedia Playerで聴いてます。

六条御息所
ホリ・ヒロシ(1998年)


 冨田さんと『源氏物語』の出会いは戦時中の小学校の国語の教科書だそうです。幼い美少女若紫が飼っていた雀を「いぬきが逃がしてしまった」と泣く場面でした。
「広瀬中佐」や「木口小平のラッパ」が美談として教科書に載せられている時代に、なぜかとり上げられた『源氏物語』の一コマが、富田さんの心に残っていたようです。

 NHKで大河ドラマの作曲をするようになって、日本史も好きだったことから、『源氏物語』を読んでみようと思ったそうです。でも、古文を読むのは大変で、結局挫折してしまいました。
 そんなとき瀬戸内寂聴さんの現代語訳に出会ったのです。

「日常的な身近な言葉が随所に出てきて親しみやすく、登場してくる様々な女性像を鮮明な姿でイメージすることができました」

 しかし、肝心の主人公光源氏の人間像が、さっぱり浮かんでこなかったと冨田さんはいいます。顔の輪郭がいつまでたってもはっきり浮かんでこないのです。

「いったい彼は何者なのか?」

 そんなとき、たまたまホリ・ヒロシさんの人形を見て、「ああ、これだ!!」と思ったそうです。

「光源氏は時空を超えた人なんです。私の勝手な解釈ですが、汗をかく生身の人間の中には存在しないキャラクターなのかもしれません」

六条御息所(生霊)
ホリ・ヒロシ(1998年)

 楽曲の構成を見ると、若紫、六条の御息所、葵の上、浮舟と女性をテーマとするタイトルは見えますが、光の君の名は在りません。
 冨田さんも光源氏のテーマメロディーはないといいます。

 ただ、全編に登場する女性のテーマメロディの背景に明珍火箸のチリチリとぶつかり合う音とともに流れるストリングスサウンドの中に、光源氏を表現したといいます。

 あらためて『源氏物語』とは女性の物語なのだなと思いました。光源氏は彼女らの前に現れ、きらきらと光を放ちながら、やがて通り過ぎていくひと時の幻なのです。

 しかし、やがて夢幻の時は去り、現実に直面するのです。終盤に近い13曲目のタイトルは「出家」です。物語に登場する女性たちは、出家するか死んでしまうかが多いですね。そこに光源氏の姿は在りません。

 雅で高貴な公家の社会ですが、男の栄華栄達の影で女は利用される立場でもありました。
 だから、現実味の無い美しい男の恋物語が彼女たちの心に刺さったのかもしれませんね。

  1. 序の曲

  2. 歌「嵐吹く尾上の桜散らぬ間を 心とめけるほどのはかなさ」

  3. 桜の季節~王宮の日々(源氏の誕生)

  4. 歌「おもかげは身をも離れず山桜 心の限りとめて来しかど」

  5. 祈祷師の住む北山の寺院

  6. 歌(若紫を思う歌)「ねは見ねどあはれとぞ思う武蔵野の 露分けわぶる草のゆかりを」

  7. 美しい童女若紫

  8. 葵の上と六条の御息所

  9. 浮遊する生霊

  10. 歌「橘の小島の色はかはらじを この浮舟ぞゆくへ知られず」

  11. 浮舟と宇治川の雪

  12. 歌「橘の小島の色はかはらじを この浮舟ぞゆくへ知られず」

  13. 出家

  14. 再び訪れる春~桜の季節

  15. 歌~コーダ「それもがと今朝開けたる初花に おとらぬ君がにほひをぞ見る」


冨田勲 指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
ロンドン・ヴォイセズ(合唱)
上原まり(琵琶と歌)
野坂恵子(琴二十五弦)
西川浩平(篠笛、竜笛、能管)
西原祐二(笙、篳篥)
篠田元一(シンセサイザー、キーボード)
姫路高校放送部の皆さん(明珍火箸)


 演奏はオーケストラと和楽器の見事な融合で奏でられます。
 CDのブックレットに、瀬戸内寂聴さんが演奏を生で聞いた時の感想が寄せられています。

「冨田さんの指揮によって場内にあふれる交響楽のダイナミックで、優艶で、時にさびのきいた哀愁を伴う曲の流れは、たちまち聴衆を時空を超えた千年の昔の王朝華やかなりし貴族の世界へ導き、華麗な酩酊の中に誘い込んでしまう。

 そこに吹く風や、花の匂いや、雅やかな女君おんなぎみたちの十二単の衣擦れの音や、衣装にきしめた名香の匂いまで漂って場内を包み込んでくるようであった。

 光源氏をはじめ、魅力的な貴公子たちの奏でる雅楽の音も響きわたり、彼等の袖をひるがえして舞う姿も浮かび上がってくる。

 猥雑で殺伐な現実の世界はたちまち聴衆の脳裏からはかき消されて、夢幻の優雅な千年前の非現実の世界に、魂は飛び駆けていくのであった。」


 CDアルバムの最後に、NHK大河ドラマの「新平家物語」のテーマが収録されているのもうれしいです。



  

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