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おとぎ 丈夫な魔女36

怒ったローブをなだめると、天使のようなものになって、魔女たちに占いを要求した。
魔女は尋常でない拒絶の反応を示して「占いは役に立たない」と強く主張する。
あまりに拒絶するので「なにかあったのか」と<大魔法使い>は考えていた。
魔女は<踊る巫女たちの書>の中で預言をする巫女たちがレーテの水を飲むことを思い出して<大魔法使い>に話す。
35の話

「時間があるうちに<魔法図書館>にも行ってしまおう。まだ日暮れだし。君の靴も壊れているし。靴屋と服屋どうしよう」
と<大魔法使い>は言い「とりあえず、今日はわたしはこのままでなんとかなりますから、お気遣いなく。大丈夫ですよ」と魔女はいいました。

「考えてみれば、事故があったのも今日でしたね。もう三日前くらいに思ってました」
 道すがら、日が暮れかけた街を見ながら、魔女がぼんやりと話していると<大魔法使い>は黙り込んで、眉を顰めています。
「あ、すみません。疲れたという意味ではありませんよ。わたしの方は平気ですけど、<大魔法使い>さんは平気ですか?」
 魔女は<大魔法使い>の表情を見て、意図が伝わるように訂正をしました。

「わたしは別に平気ですよ。怪我もしてませんから。ヒトの言葉には裏があることがあるでしょう。ちゃんと読めないと良くないことがあるから、ちょっと、考えてました」
と<大魔法使い>は、怒られないように気をつけているような顔をして言います。魔女が「行きましょう。わたしが知ってる裂け目は少し遠いですけど、大丈夫ですか?」と返しました。
 <大魔法使い>は「なら行こう」と駅に入って行きました。

「わたしは以前、<大魔法使い>さんに、電車に乗れる魔法をかけてもらったことがありますよ」
と、魔女は電車の中で小声で<大魔法使い>に話しかけました。<大魔法使い>は覚えていないようです。
 魔女が「覚えてないかも知れないんですが、確かに<大魔法使い>さんだったので、ありがとうございました」とお礼を言っていると、電車が魔女の町に到着しました。

 魔女は<大魔法使い>の先導をして<魔法図書館>に入る裂け目へ歩いて行きました。
 今度は、狭い道にならないように、通りやすいようにイメージします。

 すると、入ったところで羊群原ようぐんばるが広がって、例の鳥居のようなものが見えました。
 『君のもう一つの知友の魂。魔法図書館』の看板もあります。
 <大魔法使い>は満足げに鳥居の下へ歩み出て「ここもまた、独特の風景だよね。君のもう一つの知友の魂。魔法図書館!」とコマーシャルのようにポーズを決めて、魔法図書館へ進んで行きました。

 <踊る巫女たちの書>と、それに関連しそうな本を一気に読んで、<大魔法使い>はため息をついているところでした。

「この巫女というのは、おそらく、大大大魔法使いピュタゴラスが生まれることを予言したピュティアという役目の、古代ギリシャの女のヒトたちのことですね。彼女たちはガスの噴出する地面の裂け目の上に座って、意識の混濁した状態で謎の言葉を言った。それがよく当たるので大変信仰されていたというのが大体の知られているところです」
 魔女はもう少し説明して欲しかったので「はい」と相槌を打ちました。

「レーテもギリシャで使われる水でしたから。もしかすると、ガスを吸った時点で記憶はないかも知れない。我を忘れているのか、預言の内容を忘れているのか、わからないけど、いつもよく覚えていないんでレーテの水と呼んだ可能性もある。しかしピュタゴラスというのは、ピュティアのように話せるヒトという意味で命名されていて、数々の数学の定理や、ヒトを元気にする音楽を作って、それはもう伝説の大大大魔法使いですよ。大昔の人々からは、占いやら信託というのは嘘の霊と呼ばれて嫌われてもいたようだから、君の反応もあながち間違いではないけど、ピュティアのようなら、意識が混濁するような体験をしているから忘れているとも言える」

「呪いや魔法ではなくて、意識が混濁するようなことがあったから忘れているということですか?」
「その可能性も考えられるということをわたしは言ってるんですよ。酔っ払いが記憶が無いと言ってるようにさ。わたしは記憶がないほど酔っていることがないんだけども」
「わたしもないですよ」
「それは奇遇ですね」
と<大魔法使い>は笑いました。

「それでまあ、わたしが記憶を取り戻して欲しいヒトも、確かに賢いヒトで、助言などくれるヒトでしたけど。魔女かな、あれは。教えてくれなかったけど。でもそういうヒトがみんな忘我状態になるとは思えない。なっているならば記憶が取り戻せなくても不思議はないけど、実際はガスを吸っているわけではないですしね」
「そうですね……」
「たとえば、君は魔法を使おうとすると意識が混濁するとか、違うな、思い出せない感じはあるんでしょう」
「あります」
「条件付きならどうだろう。酩酊しているわけではないけど、ある条件になると思い出せない。これなら瞬間魔法とも、持続魔法とも違うし、条件が解除されれば、思い出せるようになる」

「それで、タイムマシンみたいな魔法は、開発されますか」
 魔女は<大魔法使い>の課題が気になって、たずねてみました。
「あらゆるヒトたちの、何かの条件を解除する魔法を編み出したら、ヒトたちは勝手にタイムマシンみたいになれるかも知れない。それが何かを知ることができればなあ」
 魔女は<大魔法使い>を見るだに、いつも後ろ向きにものを考えるものではないな、と反省します。一見問題を増やしているようで、どんなに難しいことでも、叶えたければほんの少しの可能性でも見逃さないのが、彼特有の所作でありました。

「ところで、資料を見て考えたことは、君が考えてるのとは別の可能性についてです。どちらもあって、原因が重なってることもありますから。できれば全部解消できるのがいい。誰かにとって都合が悪いという理由で忘れ去られるようなことは、できればしたくないからね」と<大魔法使い>が憂鬱な顔をしました。

 憂鬱な顔の<大魔法使い>の周りを、本たちがひらひらと、楽しそうに飛び交っているのを、魔女は水族館の中にいるように眺めていました。

つづく

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