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おとぎ 丈夫な魔女44

儀式が続いている間に回復したらしい魔女は、儀式の終わったあとに部屋を覗いて、誰もいないと思い、片付けを始めようとし、まだベランダにいる大魔法使いを見つける。
<大魔法使い>は外にとどまったまま<謎の影>を<総統>と呼んだわけをとくとくと説明し、ポケットから<苔のハムスター>を出した。
43の話

「僕は、悪魔だとおもった。
 彼らの国は、地面の底で、ヒトたちは温泉が出るからありがたいというけど、僕はすぐカラカラになってしまう。彼は僕には熱かったから逃げると言ったんだ。ポケットの中でも乾いてしまう。
 僕は<大魔法使い>に話したよ。魔女さんは何かに殺されても、自分が悪いと思っているから、死体になっても僕が逃げられるように、ポケットに閉じ込めようとした。
 だから、魔女さんは本当に、死体になっても仕方ないと思っている。
 悪魔が魔女さんにぶつけた石や動物を見たのも言ったよ。呪われたヒトは地獄に行く前にいろんなものに怒られるソウマトウを見るって、昔庭園を掃除している僧侶から聞いたんだ。
 魔女さんにいろんなものが怒っていて「お前のせいで大事なヒトが死んだ」と言ってたから、僕はソウマトウだと思った。
 <大魔法使い>に、魔女さんは割れて、頭の中の地獄がはみ出そうになっていたとも言ったよ。
 いつもは地獄がはみ出ないように、自分で体をシュウフクして笑っていると思う。
 ヒトの涙を吸った砂も、呪いと逆さのを選んだから、少しだけ何か思い出していると思う。
 悪魔はもうすぐ来ると思う。魔女さんは地獄がはみ出して良いと思ったら、軍隊に入ると言ったよ。」

 魔女は、<苔のハムスター>の説明を聞いて『わたしのあれは、自分から出ていたのか……』と考えていました。思い出したらバラバラになるというのは、そういうことなのかもしれない。

「というわけだよ。中々気の利いたやつだろう」
と<大魔法使い>がまとめました。
「はい」
 魔女は深刻な顔をしました。

 <大魔法使い>は小さな秤を拾い上げて
「それを聞いて、わたしはこれを君んちのベランダに仕掛けておいた。生きてる時が肝心だ。これ何年版だっけかな。雑誌の付録についてて、なんとなく気に入って取っておいたものだけど使い道がなくてね。記事には、罪を測ると書いてあったくらいしか覚えてないけれど、昔、25年ほど前になるよ。友達と遊んだことがあったんだ。彼女に怒られたときにさ、どっちが反省しているかとわたしたちは一円玉を使って測って遊んだことがあってさ。それで、地獄がはみ出しそうになったら重くなるんじゃないかとさ、こいつが袋に隠し持ってた君の方の部屋の砂を一粒置いて、釣り合うようにわたしの方の部屋の砂をもう片方に盛っておいたのさ」

 魔女は顔を近づけて秤をよく見ました。

「これさ、聖書を読もうとしたときに気づいたけど、大天使ミカエルの<魂を測る秤>のミニチュアらしいよ。面白い。しかしどうも、本物の魂の重さはこれではわからなくてさ、単純に本人の罪悪感くらいしかわからないようだ。俺たちは『罪悪感ゲーム』だなんて言って、極まり悪そうにしてる仲間を笑ったもんだ。君の砂は確かに一粒でも重い。今はほら、こっちの砂山と一粒で釣り合ってるんだが、完全に傾くとカシャンと音が鳴るからね、それを合図に来たんですよ。そうしたら君はただ調べ物してるだけでした。なんだかさっぱりわからないんで戻ろうとしたら、こいつが騒ぎはじめたんで、地獄がはみ出すか、悪魔が来るかと、やられないようにその辺の布でぐるぐる巻きになって構えてたのさ。そいでよ、君から『ヒトの望みの喜びよ!』ってのをくらったわけですよ」

 魔女が頭を下げようとすると「それはもういい!」と<大魔法使い>が粛清しました。
「思い出したら、地獄がはみ出して、わたしはバラバラになる……みたいな」
と魔女は、まとまらないまま<大魔法使い>に言いました。

「わたしがふざけてるように見えても、逆でも、それはいいんだが、少なくとも、あのヒトにもいつか、そして君には今、わたしが何かを取り戻そうとすることに同意してもらいたい。他を当たってみようともしたんだが、保険をかけて会話をしているうちに、わたしも諦めそうになる日が幾度かあった。取り戻したいものもあるが、それには苦しみが大きいという戸惑いは、いつも感じる。もう忘れてしまいたいんだと、暗に知らされるような思いもした。どうだろうか。君ももう、全て投げ出してしまいたいだろうか」

 <大魔法使い>は魔法を使おうとしているときのように、眼光を強くして、しゃがみました。
 <苔のハムスター>が<大魔法使い>の肩から下りて、部屋のサッシをよじのぼり、自分の部屋に入って砂を掘りはじめました。
 魔女は両手で両目を覆って、深く息をつきました。

「僕は、死なないように気をつけながら魔女さんとも一緒にいるよ。お友達であり、<大魔法使い>の使いである。僕は、魔女さんと目が合っても石にならないよ」

 魔女は肩を頷くように揺すりながら、ずっと深い呼吸を繰り返して、目を覆ったままでしたが、<大魔法使い>に、考えていたことを言うことにしました。

「<大魔法使い>さんは、<謎の影>と話し合いをして、わたしを出入り口にして、願いを叶える。そして、わたしは、軍隊に使役するだけかもしれないけれど、それはわたしの考え次第ということですね。わたしはわたしで、望みを思い出しても、諦めないでいるかどうか」
 両手を両目から離すと、<大魔法使い>が「そんな言い方をわたしがしたんでは、誰だってかぶりを振るだろう。理屈としてはそうなるだろうけど、わたしは別に、<謎の影>と一緒に君を陥れようとして話をしたんじゃない」と、立ち上がりました。

「彼があちらへ帰還したとき、その砂時計のガラスに映り込んで、中へ入って行った。わたしとの交渉で君の顔から帰還したんじゃない。その前に君は、こいつの言う通り、地獄の地面のような顔をしていたけど、そのまま便所へ駆け込んだ。便所の中で『わたしは恒常だ』と大声で言ったろう。そいで、彼が砂時計に入り込んで、わたしが念のために神様に手紙を書いたりだのしている間にツルッとした顔で出てきたわけです」

「わたしは恒常だと言いました?」
「覚えてないかね。かなり大声で言ってましたけどね。それで、こいつの言うように、君は自分で自分を修復してんのかと、多少納得したんだが」
「……信じていますよと、いつか言ったのに、疑いました。陥れられるとか。わたしの中に<謎の影>が入ってしまったんだと思って、また売り渡されるとか、本当に、思いました」

と、魔女はまた両目を覆いました。
「とにかく彼は君を使って出入りはしていない。出入り口にとは言ってたけども、わたしは同意してない。疑われたっておかしかないんだから、告解はよしてくれ。前にも言ったけど僧侶ではないんでね。この秤だっておもちゃだし。わたしはせめて、味方でいて欲しいんだ。君も悪いことにはならない。バラバラになんかならないと、自信を持って言いたい。どうでしょうか。同意できるでしょうか」

 魔女は目を塞いだまま、しばらく深い呼吸をまた繰り返していました。
 <大魔法使い>は、魔女が返答できない間、微動だにしない様子です。
 魔女は長く考えて、魔法と望みを取り戻す方に賭けて「同意します」と言いました。

「君の覚悟の度合いは……」と<大魔法使い>が言いかけたところで、塩がちりちりと音を立て始め

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という記号が、塩の上に、火の文字で浮かび上がりました。

 魔女と<大魔法使い>の右側の鎖骨の上にも、同じ記号が焼印のように浮かび
「確認する必要はなかったみたいだ。吉と出るか、凶と出るかだなあ」
と<大魔法使い>が不安げな笑い方をしました。

つづく

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