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(小説)彼の名はエージェント・エンラ #ヘッズ一次創作SFアンソロ

本作は、ヘッズ一次創作SFアンソロジーに参加した作品です。
テーマはSF・メガロポリス。
大好きなヒーローと妖怪を交えてお届けします。

 東京都、歌舞伎区。

 古より歓楽街として独自発展を続けてきたこの街は、身体義体化が当たり前となったこの世の中において、更なる賑わいをみせていた。

 内臓を機械化した者たちが酒を無尽蔵に振る舞い、身体を義体化した者たちが効果的に人々の欲求を満たす。義体・生身を問わず客を受け入れる懐の深さも相まって、この街の賑わいはいつしか「昼よりも夜のほうが明るい」と揶揄されるほどまでになっていった。

 そんな街の一角。歌舞伎町一〇八番街。

 そこは今、大パニックの渦中にいた。

「早く走れ!」

「おい押すな!」

「さっさと行けよ! 瓦礫が!」

 方々から上がるは悲鳴、怒号。彼らは皆一様に怯えた眼差しで、自身の逃げる先と空とを交互に見る。

 彼らの上空からは今、大小様々な瓦礫が降り注いでいた。

 それは、歌舞伎町の摩天楼の成れの果てである。

 歌舞伎区に立ち並ぶ、一〇〇階建てのビル群。そこに突如として細かな亀裂が生じたのだ。それはやがて大きな断裂となり、ビル群は瞬く間にドミノ倒しのように崩落を始めた。

 降り注ぐ瓦礫は下にいる人々を巻き添えに大地を破壊し、恐慌状態の人々を襲う。強制的な区画整理の影響で、この道の出入り口は建物の中か、街路の両端にしかない。人々は互いに押しのけあい、転んだ者を踏み潰し、機械の腕を振り回しながら、街路の端へと向かう。しかし──

「おいおい、どこに逃げようってんだァ?」

 一〇八番街の出口に、ひとりの巨漢が立ちはだかった。

 筋骨隆々の身体は、高さ二メートルほどはあろうか。迫りくる人波を前に仁王立ちした男は、一見すると身体が大きいだけの普通の人間のようだ。

 ──ただ一点、首から上がないことを除けば。

「な、なんだあいつ?」

「全身義体者!?」

「どけ! 邪魔だよ!」

「ぎゃーぎゃーうるせぇなァ」

 首なしの男は言いながら、自らに食ってかかる男(機械の腕が四本ある)をペチンと払いのけた。たった、それだけだった。

「ごばっ!?」

 たったそれだけで、四本腕の男は数メートル吹き飛ばされ、近隣のビルの二階に突っ込んで動かなくなった。

 しんと静まり返る市民たちを睥睨し、首なしの男は右の踵で大地を踏み抜く。

「せっかくの祭りだ。俺たちのこと覚えてってくれよ!」

 ゲラゲラと笑うその男の背後で、アスファルトが揺れた。それはみるみるうちに捲れあがり、バリケードの如く街路の出入り口を塞ぐ。

 その壁の前で、首なしの男は不適に言い放った。

「さぁ、俺を倒しゃこれは消えるぜ? 喧嘩売りてぇやつはいねーか?」

 その時、新たにもう一本、ビルが崩落をはじめた。細かな亀裂がいく筋も走り、六〇階あたりでぽっきりと折れ崩れる。

 冷静に辺りを見回す者がいれば気付くであろう。他のビルも同様の高さで折れていることに。果たして、原因は老朽化であろうか?

 否。被害者たちがもし空を見上げる余裕があるのであれば、その高感度カメラアイで捉えることができただろう──音よりも早く飛行する、犯人の姿を。

「カーマカマカマカマ! 気分爽快!」

 けたたましく笑うそれは、両前脚を鎌に置換した獣であった。大きさは人間の子供ほどか。それはいかなるスラスターもブースターも持たぬにも関わらず音速を超えて飛行し、周囲のビルに次々と裂傷を加えてゆく。

「恐れ崇めよ人間ども! これがカマイタチ様の力だァッ!」

「がっはは! ギタイとやらもこの程度か! このクビナシ様の敵じゃあないな!」

 その足元、クビナシは五人目の犠牲者を壁に向かって投げつける。その周囲に転がる機械の手脚やパーツの類の中には、治安維持軍用のものや工事現場用のものも見受けられた。

 その圧倒的な強さを目の当たりにして、人々はすっかり竦み上がっている。その背後ではまた一棟、ビルが崩落をはじめた。

 歌舞伎町一〇八番街の人々は、空と陸、その両方から追い込まれてゆく。

「んだァ? 誰も掛かってこねーのか?」

 もはや死を待つしかない──と思われた、その時だった。

「私がやろう」

 歩み出す、ひとつの影。

 それは、パイプを咥えたひとりの男だった。

 クビナシに負けず劣らずの、山のような大男だ。身に纏う革ジャンの上からでも、その屈強な身体つきが見て取れる。しかし汚染大気へのアレルギーでもあるのだろうか、顔や手先など、露出した部分には包帯が巻かれていた。

「ほぉう? 見たところギタイじゃあねーな?」

「そうだな」

 嘲笑するクビナシの言葉に短く答え、包帯男は半身の姿勢で拳を引き絞った。両者の距離は五メートルほど。普通に拳を突き出して届く距離ではない。

「あん? なんかやる気か? お?」

 訝しげな声をあげるクビナシ。そして──

「……煙煙炎拳」

 男の腕が、伸びた。

「ヌゥッ!?」

 クビナシは驚愕の声をあげ、クロス腕でそれを受け止める。

 ずしり、と重い感覚が伝わった。そして、それと同時に──男の身体もまた、クビナシの懐へと飛び込んでいた。

「なっ!?」「ふんっ!」

 男は咥えたパイプから煙を吹きながら、怒涛のラッシュでクビナシを襲う。

「おお? クビナシが追い詰められてやんの」

 カマイタチは上空から、その一部始終を見ていた。男が拳を突き出した瞬間、その腕が煙へと変化し、拳先だけがクビナシへと迫ったのだ。しかも煙となった腕は伸縮自在のようで、拳とほぼ並走するように男自身も間合いを詰めていた。

「いやぁ、すげぇなあの──」

「次は貴様だ、カマイタチ」

「ぴぇっ!?」

 突如背後から聞こえた声に、カマイタチは慌てて振り返る。しかしその時にはもう、彼の身体を白煙が包み込んでいた。

 煙は実体を持つかのようにカマイタチを掴み、その飛行を止めてみせる。さらにそのまま、革ジャンの男の方へと引っ張り込んでゆく。

「ちょ、待、なんだこれ!?」

 もがくカマイタチの目に飛び込んできたのは、クビナシと殴り合いをする男。そこから伸びる一筋の煙が、カマイタチを捉えているのだ。

「ぬぅぇぃ!」「甘い!」

 クビナシの大振りの一撃をあっさりといなし、男はその腹に蹴りを叩き込む。さらに、引きずり込んだカマイタチを、クビナシに向かって投げつけた。

「うどわーっ!?」

 パイプから煙を吐きだし、男は残心する。

 歌舞伎町一〇八番街のネオンを背に浴びて、男は朗々と言葉を紡いだ。

「首のない男に、鎌手のイタチ……貴様ら、妖怪だな」

 パイプ男の声が、事態を飲み込めぬ野次馬たちの耳に響く。

 妖怪。

 その言葉はこの時代にあって、もはや忘れられつつある言葉である。

「妖怪。古来より闇に潜む、人ならざる者たち。ただそこにいるだけの霊的なもの、災害や文明を司る神的なもの、人々に害なす魔的なもの、性質は様々だが……こいつらは間違いなく、魔の連中だな」

「てめぇ……何者だ……!」

「義体ってのは煙にもなんのか……?」

 警戒するような声をあげ、クビナシとカマイタチが起き上がる。野次馬たちが固唾を飲んで見守る中、パイプ男は咥えていたパイプを手に取り、宣言した。

「クビナシ。カマイタチ。恐るべき妖怪よ。……お前たちの相手は、私だ!」

 そして、腰に巻いたベルトに──バックル部分の窪みにそれを挿し込み、高らかに叫んだ。

「変身!」

 直後、男の身体が、爆ぜた。

 否、その身は白い煙へと変化し、その容積が爆発的に膨れ上がったのだ。その場にいる妖怪たちや野次馬を煙が包み込む。

 煙の中で、クビナシとカマイタチの側をなにかが通り抜けた。それは鎧。西洋風の鎧のパーツが、革ジャンの男の元へと集まってゆく。

 そうして煙が晴れる。そこには強化アーマーを纏う、白銀の戦士が佇んでいた。

「私はエンラ。妖怪・煙羅煙羅の生き残り」

「よ、妖怪……貴様、同胞か!?」

「な、なんでだよ……! なんで、同胞が!?」

 驚愕の声をあげるクビナシたち。全身から煙をあげる鎧の戦士は、周囲の人間たちを見回してその問いに答えた。

「私は人によって生み出された。人がなくば私はなかった。だからこれは──恩返しだ」

 エンラは人差し指を立て、くいっと手招き。

「こい、妖怪ども。煙に巻いてやる」

「っ……! ナメやがって! 行くぞカマ!」

「任せろィ!」

 クビナシが大地を踏み砕き、カマイタチが再び空を舞う。

 エンラは口元から煙を吹き出して、力強く言い放った。

「──参る!」


***


 数日後、歌舞伎町一〇八番街。

 聳え立つ摩天楼の中でも一際巨大なビルの上に、3つの影があった。

 ひとつは、子供くらいのサイズのイタチ。

 ひとつは、首のない大男。

 そして最後のひとつは、パイプを燻らせる大男。

 彼らは耳をそばだてて、めちゃくちゃになった一〇八番街のビル群を見下ろしていた。復興作業に当たる人々の顔には、恐れの色がある。

「おお……聞こえる聞こえる。俺の名が聞こえるぞ」

 嬉しげな声をあげるのはクビナシである。彼の大暴れ以降、全身義体者の間では首のない形状のものが減っているらしい。首なしの人間に対する恐怖が、人々の間に戻ってきたのだ。

「こっちもだぜ。ちょーっと強い風が吹くだけで、カマイタチと勘違いしてビビる人間の面白いこと!」

 ゲラゲラと笑うはカマイタチ。高精度のアイカメラのせいで自身の神秘性を失いかけていた彼にとって、強風で畏れが集まる今の状況は理想的なのだろう。

「いやぁそれにしても、こんなに効果が出るとはなぁ」

「ダメ元とはいえ、頼んで正解だったな。お前のおかげだよ、エンラ」

「いやいや。皆さんの力と、演技あってのことですよ」

 言い合うクビナシとカマイタチを一瞥し、エンラはパイプから煙をあげる。その口調は先日のようなヒロイックなものではなく、丁寧なビジネス敬語だった。着ているものも、革ジャンではなくジャケットスタイルである。

「俺らは好きに暴れただけだ。お前こそすごかったじゃねぇか」

「ええ。古来、演劇の世界は喫煙者が多かったもので」

「俺、『カーマカマカマ』って笑うのだけはしんどかった……」

「その節はすみませんでした。筆が乗ってしまいまして」

「なかなかシュールだったなあれ。おいカマ、もっかいやってくれよ!」

「ちょ、勘弁してくれぇ!」

 そうして妖怪たちは、しばし笑い合う。

 そしてふと思い出したように、クビナシが声をあげた。

「あ、そういやエンラさんよ。泥田坊の奴が最近田んぼが無いっつって困ってるらしいんだが、相談乗ってやってくんねーか」

「おや、泥田坊さんですか。これはまた懐かしい……」

「そーいや豆腐小僧も困ってるっつってたぜ。人間どもが豆腐食わねーんだとよ」

「ほほう。忙しくなりそうですね? 重畳、重畳」

 嬉しそうに微笑んで、エンラはパイプをひとふかし。そして胸ポケットから名刺を取り出すと、二人の妖怪に手渡した。

「ひとまず、事務所でお話を伺いますとお伝えください」

「おうよ。言っとくわ」

「あいつら暇してっから、すぐにでもくると思うぜ」

「ええ、いつでもどうぞ」

 めいめいに返事をする妖怪たちに微笑んで、エンラは言葉を続けた。

「今後とも、ヨーカイ・アドエージェンシーをご贔屓に。ご指名も承りますよ」

(おわり)

【登場妖怪一覧】
・煙羅煙羅(えんらえんら)
 立ち上る煙が人の顔に見えたことはないだろうか。それが煙羅煙羅だ。別に変身能力はない。地域によっては煙々羅とも呼ばれるぞ。
・首無し
 首のない武者の妖怪だ。武蔵坊弁慶もかくやの隆々とした肉体が特徴。死んで動かぬはずの武者が動く。これほど怖いものはなかったのだ。
・鎌鼬
 読んで字のごとく、両手が鎌なイタチの妖怪。真空の刃によってモノを切り刻む。ただこいつ、見えないから怖いのであって見えちゃうとね……。

◆おしらせ◆
 本作は関西コミティア59にて頒布されたヘッズ一次創作SFアンソロジーの参加作です。冊子の方では縦書きでがっつり組版も施してありますので是非チェック&ゲットしてください!

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