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没後50年 ミースを読む夏

8月17日。ミース・ファン・デル・ローエの年譜を眺めていると、今日が彼の命日だと気づいた。しかも、2019年はちょうど没後50年にあたる。

ある時、いつものように一服してから、ミースは話し始めた。

「私はベルリンに蔵書を3000冊残してきた。後でそのうちの300冊を送ってもらったのだが、整理してみると、私がとっておきたいと思った本は30冊しかなかった」

(高山正實『ミース・ファン・デル・ローエ:真理を求めて』)

ミースは正規の教育を受けていないがかなりの読書家だった。そして、彼にとっての読書は単に「Less is More」というわけではなかったようだ。

なにか運命的なものを感じながら、この夏のあいだに、ミースについての本を5冊読んだ。せっかくなのでオススメ順に簡単に紹介していく。


ミース本のすすめ

八束はじめ『ミースという神話』★★★★★

ミースには様々な神話がまとわりついている。その神話を解体する本。どういった資料が残されているかを調べ上げ、その資料をとにかく見るという、王道のアプローチでそれが成し遂げられているのに感動する。

なかでも印象的だったのは、「煉瓦造田園住宅」(1924年)の透視図と平面図が一致しないという分析。コルビュジエと比較して見逃されてきたミースのセルフ・プロモーションが窺える。この計画の平面図が同時代のアートに類似しているというのが定番の分析だが、こうした指摘をはじめて目にしたので驚いた。今までそれが指摘されてこなかったことにこそ、驚くべきかもしれない。

神話解体の爽快感を味わうには、神話を一通り押さえておいたほうがいい。著者は、フランツ・シュルツ『評伝 ミース・ファン・デル・ローエ』を基礎文献として推しているので、まずはこちらを読むのがおすすめ(この本は、以前に読んだので、おまけとして最後に紹介する)。


高山正實『ミース・ファン・デル・ローエ:真理を求めて』★★★★☆

著者は、イリノイ工科大学でミースに師事したのち、SOMに勤めた建築家。自身の経験に即した、ミースが追求してきたものに対する分析がさやわかな一冊。大版なので図版も見やすく、コンパクトにまとめられている。

建築家らしい具体的なアプローチが小気味よい。イリノイ工科大学の「鉱物金属研究棟」(1943年)では、ミースによってキャンパス計画で定められた24フィートのグリッドに違反して、1/4インチ小さいグリッドが使用されている。これはレンガの寸法に合わせたもので、彼のヨーロッパ時代の方法の名残だという。


山本学治+稲葉武司『巨匠ミースの遺産』★★★☆☆

執筆当時、著者らはミースの作品を実際に見ていなかったそうだが、図面と写真だけでも執拗に分析すればこれだけの発見ができるというところに感動する。図版の説明が丁寧で真摯なのがいい。

自らの時代に照らし合わせてmミースの限界を探る本でもある。批判とリスペクトとは共存できるということがよく示されていて啓蒙される。


ケネス・フランプトンほか『ミース再考』★★★☆☆

ケネス・フランプトン、ピーター・アイゼンマンらによるミースの解釈が読める本。解釈は自由だということを実感する。建築家に対する分析の様々なアプローチに触れることができる点でもおすすめ。

わりに読みにくい部分もあるが、次に紹介するミースの評伝のコンパクト版も含まれているし、つまみ食いに向いている。


デイヴィッド・スペース『ミース・ファン・デル・ローエ』★★☆☆☆

子どもの頃に見たレイクショア・ドライブ・アパートメントの施工風景に心を打たれたという著者が書いたミースの評伝。ひたすら続く賛辞がやや胃にもたれる。

しかし、他の本と比較することで、ミースを信奉する人たちがどういった点を見逃しているかが分かる。基準点として読むと面白い。


エピローグ

最後に、冒頭で紹介したエピソードの続きを引用しておく。

聞くやいなや、私たちは一斉にノートを開いた。今日はその30冊の話が聞けるのだ。宝物の在り処を教えてもらう前の期待と興奮で目を輝かせて、私たちはミースの次の言葉を待った。するとミースは、してやったりと、いたずらそうに私たちを見回していった。

「それを君たちに教えるわけにはいかない。君たちは自分で自分の30冊を探さなければいけない。そうしなければ勉強する意味がない」

(高山正實『ミース・ファン・デル・ローエ:真理を求めて』)

普段は、飽きがこないように同じジャンルの本を続けて読まないようにしている。だから、一人の建築家について延々と読むというのは新鮮だった。頭のなかに本のネットワークができる感覚が、いつにも増してある。

新しい建築家や作品を知る喜びとは違って、こういう読書は、自分にとって本当に重要な建築家を探す行為だったような気がしている。


おまけ:
アルフレッド・シュルツ『評伝ミース・ファン・デル・ローエ』★★★★☆

ミースについて基礎トレーニングをしたいならこの本。読み終われば達成感とともに見晴らしがよくなる。ぼくの場合は、コールハースがミースに注目する理由がわかった気がした本で印象に残っている。

内容的は満点なのだが、誤植があまりに多いのがマイナス。検索してみると、図版が上下逆さまに返っている箇所もあるらしい。だんだんとそういうところも愛らしくなっているところはないでもない。





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