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なぜ人口1,000万人の小国のクラブが欧州サッカー最前線にいられるのか。SLベンフィカの選手育成・販売戦略に迫る【アカデミー】

※この記事は2020年1月2日執筆記事を再掲したものとなります

国内の総人口は約1,000万人。東京都と同程度の限られた人口を主要マーケットにしながら、過去6年間で国内リーグを5度制し、ヨーロッパチャンピオンズリーグでも常連を演じているサッカークラブが存在する。

ヨーロッパの最西端の国、ポルトガル。世界最高のフットボーラー、クリスティアーノ・ロナウドを擁する小国で、このスーパースターとともにサッカーメディアの話題を集めるのがSLベンフィカである。首都リスボンに本拠地を置く名門クラブは、国内リーグを制覇すると同時に、数億ドルもの利益を計上するなど、事業と強化/育成の両輪をバランス良く回すことに成功している。

このヨーロッパ小国の王者は、いかに持続的に利益を出し続け、欧州のトップシーンに留まっているのか。その秘密にビジネスメディア『Forbes』が迫った。

同メディアのインタビューに応じたのは、クラブCEOドミンゴス・ソアレス・デ・オリベイラ氏。同氏によると、SLベンフィカの主要事業エリアは、他のサッカークラブと同様に以下3領域である。

1. チケッティング
2. スポンサーシップ
3. メディアライツ・放映権

しかし前述の通り、SLベンフィカが拠点を置くポルトガルは人口約1,000万人の極小マーケット。上記の事業利益だけでは、世界最高峰のリーグ、すなわち、イングランド、スペイン、イタリア、ドイツ、フランスなどいわゆる5大リーグの強豪クラブには追いつけない。オリベイラ氏は語る。

「したがって、たしか10年ほど前から、我々はクラブの成長のため、さらなる事業領域に手を伸ばすことを決めた。選手のトレーディング(売買)だ。ユースの育成と選手のトレーディングは我々のビジネスの根幹。我々がポルトガルで大きな認知を得られている領域は、ユース選手の育成であると判断した」

2019年9月、SLベンフィカは全事業領域を積み上げ、クラブ史上初めて3億ユーロ(約374億円)の収入に達したことを発表した。そのうち、利益は2,940万ユーロ(約37億円)で、これは前年比40%増であった。

増収増益のドライバーとなっているのが、ヨーロッパ屈指の強豪クラブへの選手売却益。そして、その莫大な利益を生み出す選手を輩出し続ける基盤こそが同クラブの育成組織である。SLベンフィカは、数千万・数億ユーロの売却益から、毎年約1,000万ユーロ(約12億円)をユースアカデミーに投資している。若手育成への投資→選手売却益の計上→若手育成への再投資という、選手の育成・販売および利益創出の循環を生み出しているのである。

サッカーメディア『TransferMarkt』によると、SLベンフィカは2019-20シーズン、選手の売買だけで1億7,000万ドル(約1億5,200万ユーロ、約189億円)もの収入を計上した。クラブ史上最高額の移籍金収入を記録した育成組織出身のポルトガル人ジョアン・フェリックス。この生え抜き選手の売却で得た1億2,600万ユーロは、クラブの取り組みのまさに賜物である。オリベイラ氏によると、SLベンフィカ全体の人件費総額は、昨シーズンで約9,000万ユーロ(約110億円)であり、移籍金収入のみでクラブの全人件費を賄ってなお余りある数字であることが分かる。

「明確にいえることは、アカデミーはクラブにとって戦略の軸のひとつであること」。アカデミーのテクニカルディレクター、ペドロ・マルケス氏は語る。アカデミーに関わる社員は約200人。そのうち、約半数をコーチ、スポーツサイエンティスト、心理士、栄養士、メディカルスタッフらが構成し、マルケス氏が彼らを監督する。「アカデミーはトップレベルにあると考えている。アカデミーに投資された資金と工数によって、優秀な人材を育成し続け、日々改善するために必要な経営資源・条件を整えられている」

アカデミーでプレーする選手は約400人。彼らはSLベンフィカの優れたスカウト網が見出したポルトガル国内のトップタレントである。彼らを育成する上でSLベンフィカが重視しているのが「外の世界」。海外のフィールドで、海外のチームと競わせることで、資金力豊富な5大リーグの強豪クラブに引けを取らない優秀な人材を育成している。

例えば、米国フロリダ州で開催されたインターナショナル・チャンピオンズカップ・フューチャーズ・トーナメントに14歳以下チームを派遣し、メジャー・リーグ・サッカー(MLS)のアカデミーチームや、レアル・マドリード、バルセロナ、ユベントス、ローマ、アーセナル、トッテナム、パリ・サンジェルマンなどの育成チームと凌ぎを削る機会を提供している。「ポルトガルのトップタレントを採用しているため、国内では彼らが最適な競争ができない場合がある。そのため、彼らを異なる文化、異なる種類のサッカー、多種多様なチーム、最高峰のクラブに触れる絶好のチャンス」とマルケス氏。

世界のサッカーシーンの中心地であるヨーロッパで、タレントの輩出力と競技の成績でともに優れるSLベンフィカ。その成功裏には、チケットや放映権などを柱にサッカークラブとして平常の事業収益を上げつつ、同時に、育成システムへの投資とその成果としての選手売却によるトレーディング事業収益をもう一本の柱に据えたビジネス戦略があった。


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