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タトエバ12 起きて、寝て -ALSだった母と暮らして-




起きて、寝て  24年1月17日


ハイバック式のベッド、上半分を45度くらいまで上げる。寝ている母の右側から、左手を首の後ろを通すようにして抱え、腕に頭を乗せて包むように支える。右腕は奥側から膝の下を抱えるように、膝を曲げさせてこちらも抱え込むようにしたら、腰の横の辺りを視点にして、頭と上半身を抱え上げながら、膝と下半身を手前の方に引き寄せながら、大きく回転するようにして体を起こし、ベッドの縁に腰掛ける。車椅子はブレーキを外して、ベッドの足元の方から寄せる。ベッド側になる肘掛けを跳ね上げておく。フローリングの床には滑らないようにタイルカーペットを敷き並べてある。次に車椅子へ移乗する。腰掛ける母の体を片手で支えながら、車椅子を近付け、位置が定まったらブレーキをかける。母に向き合い、母の足が床に垂直に付くように位置を定める。母の踏ん張る力を引き出しながら立つのに、この足の置き方がもっとも肝心なところ。母の足、膝より少し太もも側のところで、こちらの両足を軽く挟むように立つ。膝を半固定にして、膝から足先までを一体に、回転させるように持ち上げ、立ち上がる最初の力にする。手は母の脇下で体をしっかり挟んで持ち上げる。脇下だけに全体重が掛かってしまうことがないように持ち方をイメージする。そうやってはじめに、母の前側に回転するようにある程度の高さまでぐっと持ち上げる。体の重心が上がり真っ直ぐ立つように少し近づくと、母が足を踏ん張る方向へ力を発揮できるようになる。そこからは母の足の力が加わって、2人合わせの力で立ち上がれる。この方法だと、介助する側の力だけで持ち上げるのではなく、母は無理やり抱えられて全体重が掛かるように吊られずに済み、お互いが無理なく立つことができる。出来るだけ上にまっすぐ立ち上がったら、こちらの足で母の足の移動を少し促しながら、体の向きを90度回転させて、そのまま車椅子にゆっくりと腰を下ろしていく。ぶらさがってしまう手を足の上に乗せ、少し交差した足をまっすぐに、自然な位置に直す。車椅子に移乗することができた。着替えたり、上着を着たりして、リビングのソファに向かう。


寝るときは反対。車椅子から、ベッドの端に腰掛ける。頭が後ろへ折れないように左腕で頭を囲むようにして、反対の肩まで手を回す。膝を奥から裏側に掛けるように右腕を通して、体全体を腰の辺りを支点に回転させるように母の右側に倒していき、仰向けになりながら、足をベッドの上に跳ね上げ乗せる。体の位置をベッドの真ん中に大まかに動かしたら、まずはくしゃくしゃに背中の下になったパジャマと下着を直す。膝を曲げて立ててもらい、膝と肩を持って、こちら側に横倒しして横寝になる。背中の服をしっかりと引き伸ばしてしわをなくしたら、膝と肩を持って回転させ仰向けに戻ってもらう。膝を伸ばす。位置を整える。体をまっすぐにしてから、足がベッドボードで寸詰まりにならないように、なるべくベッドの頭の側へスライドさせる。フォークリフトのように両腕を体の下に通して、足腰の力を使って、少し持ち上げ浮かしながら、上側にエイッとスライドする。位置が定まったら最後に頭と首の置き方を整える。顎が下向きにさがっているように、首のところで45度くらいの角度ができるように、枕を2段重ねて、そこに頭を乗せ掛ける。傍から見ると、無理やり顎を引いているような姿なので不安になるけれど、だ液の飲み込みや息苦しさに対して母にとっては少しでも楽になって、苦しさや不安を小さくすることができる。恐らく、自然にだ液が喉に落ちていくことを弱めながら、喉の構造からして息する通り道を広げることにつながっているのだと受け取っていた。下の段の枕は三日月形のクッションで、首と肩を包むように覆う。首の裏側に空間が空いてしまわないように、首を頭がしっかりと包まれホールドされるように母の様子を伺いながら枕の位置と形と頭の置き方を直す。母が良いと合図を出してくれるまで続く。ここが母が少しでも楽にして眠るのに肝心なところだからだ。


よく眠れるように。母はいつもそれを求めて、どうすれば良いかを考え、改善点を示し、対応を求め続けた。夜はとても長い。だ液を飲み込むことは難しい。体を動かすことはできない。父か僕かが起きて気づいてくれなければ、どんなことが起きても自分では解決できない。だからこそ、気持ちよく、長い時間眠れるのが喜びだった。きちんとした眠りを体に与えれば、次の1日を暮らすことだって少し楽にしてくれる。長い夜を、眠れなく、苦しいままにたくさん過ごすことになれば、次の日は最悪な1日になってしまう。


夜が長すぎないように、それでも、1日を疲れ果てて、22時頃を目安にベッドに入った。横たわると最後に、全身のストレッチ、運動を欠かさず行った。上下肢の関節を動かし、使える筋力を発揮する動きを繰り返した。長時間同じ形になることが避けられない部位や関節周りには、皮膚を保護するプロペト(ワセリン)を塗る。運動が終わると、最小限に服を開き、上半身の正面側、脇の下、側面を清拭した。背中側はソファに座っているときに服を捲し上げて清拭し、リンデロン、レスタミン(どちらもかゆみや腫れ対策)、プロペトを塗っておいた。ムレで皮膚トラブルが起きやすい乳房の下や脇の下は念入りにケアし、テルビナフィン(抗真菌)を塗った。皮膚トラブルや褥瘡を避けるための配慮は大切なことだった。どの対応も、まずは異変が生じ、母からアラームが出て、先生や看護士さんと共に一つ一つ対処し続けた結果として、出来上がったいった形だ。最後に、負担がかからない、楽な姿勢になるように体の置き方、形を整えていく。頭と首のポジションは先述の通り。膝から下に、長座布団を三つ折りにしたクッションを敷いて少し上げる。足先の下にも同様に四角いクッションを入れ、更に尖足を招かないように足先を上に向けておくために小さな筒形クッションを足裏に添える。左右の足が程よく離れておくために、足先で、間にタオルを筒状に丸めたものを挟む。膝のところで其々が接触しないようにできる。腕はそのまま横たえると体の厚みの中心線よりも下に下がるようで、腕を支える力がないために、下方向の力で支点となる肩周りに負担が生じる。腕を少し高くするために、二の腕から肘の下にタオルを折り畳んだクッションを入れる。肘は軽く曲げて、お腹の辺りに手のひらが来るように乗せる。終いには、小さなクッションを両腕で抱きかかえるようになった。背中の皮膚ケアにおいて、常に赤みが生じリスクが高まる部位が、肩甲骨まわり、背骨まわり、そして、仙骨部まわりだった。特に仙骨部まわりは、頻繁にトラブルが生じて母を苦しませる箇所だった。外見には変わらないようでも内部からの痛みが常にあり、酷いときには皮膚の剥がれが生じて、座る、寝る、その他の基本的な生活姿勢を取ることさえ難しくするような状態を引き起こした。問題の部位をハイドロサイトというウレタンフォームの被覆材を貼り付けて保護するようにした。仙骨部の痛みが酷いときには、寝るときに部位を浮かす(除圧する)ようにネックピローを下に敷いたりもした。体を動かし、体を綺麗にし、体を保護し、体を適切に置いて、ようやく眠りに入っていく準備が整った。






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