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「自然環境リテラシー学」について

発端

 私が十年前(2012年10月)にとある大学に採用された時、「イノベーション枠」という特別枠での採用でした。専門分野・職位を問わず「グリーンイノベーション・ライフイノベーション」を教育研究社会貢献として行う、ということを主なタスクとした公募で採用されました。従来、地球科学分野が専門であったわけですが、この新しいタスクに対し、「地域に貢献する大学」という大学の大目標も鑑みて、今後の地域社会にとってどのようなイノベーションが必要なのか、を真正面から考えました。現実の地域社会をほとんど把握していなかった私は、三重県の各市町、特に三重県の中部〜南部を回り、様々な方と会い、話をし、現在の、今後の課題などを聞いて約4年とにかく回りました。その結果、三重県中部〜南部は、非常に豊かな自然環境に恵まれており、その自然の中において、農業林業漁業水産業などの第一次産業を中心としてきたのだけれど、昨今、人口減少・少子高齢化に喘いでおり、今後の担い手不足が深刻な問題であることをまざまざと見せつけられました。
 ある時、日本にシーカヤックという文化を普及した第一人者である内田正洋さんがふらりと私のところに立ち寄ってくれて、シーカヤックを使った海洋リテラシー教育の実践的な授業をやってみないか、とお話をくれたとき、地域で学んだ課題とがピッタリと結びつき、今後の持続可能な地域社会を構築していくために、考案したのが「自然環境リテラシー学」という教育・研究・社会貢献を三位一体として取り組む分野です。

 「自然環境リテラシー学」は、豊かな自然を生かし、生まれ育った地域の自然を守り育て、ここに訪れる人々にこれを伝えていく人材を育成すること。その中で、未来の地域を担う人材を地域に生み出していくこと、を主な目的とします。大学に通う大学生が自然を知り、その自然の中で、安全に怪我や事故のない活動を展開する知恵と経験を持ち、大学生が地域に入って、地元のこどもたちや地域の方々と共に、地元の自然を知り、知らせることで、子どもたちに地元を大切にし、地元を愛する気持ちを育成し、その地域に住み続ける、外に出て行っても戻ってくる、外の世界にいても都会と地域を結びつけていく、そのような未来の人材を育成することを目指した教育研究社会貢献分野です。その性格上、教育と研究と社会貢献はそれぞれに切っても切り離すことはできず、教育+研究+社会貢献を一体のものとして進めるように設計しました。

自然環境リテラシー学」という分野を地域展開していくアイデアを、当時の三重県庁職員に話したところ、今後の農山漁村づくり、三重県南部の課題を解決していくために非常に重要だと理解していただき、三重県で活躍する自然環境ガイドの皆さんに繋いでいただいたところ、皆さんもぜひ連携していきたいというところから、2017年に三重県の委託事業として「モデル実習」を行い、その成果を持って、2018年度より、とある大学の学部の正規カリキュラムとして開講し、現在に至ります。この実施にあたって、三重県、尾鷲市、紀北町、南伊勢町、大台町など、地方自治体からの「自然環境活用人材育成」という委託事業・共同研究、須賀利渚泊推進協議会(農水省予算)、明和観光商社(環境省予算)などからの委託事業、地域の個人事業主・中小企業などからの寄付など、様々な形での連携・協力を受けて実施をしてきました。
 実施経費について、大学からは、地域貢献活動としての経費、学部や学科の共通経費から支援などはありましたが、金額的には全然足りないのが実情でした。実習実施にあたって、専門的知識や技能を持つプロの自然環境ガイドの協力、地域での実施にあたっての諸経費、カヤックやその他の装備のレンタルや購入費など、多額の予算を必要とし、また、安全確保のため、経験のある上級生学生の参加協力に伴う、人件費や交通費・安全講習に係る費用(インストラクター資格の取得、会費など)などの負担なども必要となり、このため、実習実施にあたって、外部資金による経費の支出を行ってきました。実は、大学における通常のアウトドアでの野外実習などの安全管理・リスク管理・危機管理は大変不十分な状況にある現状があります。このため、経験のある上級生学生が教員と共に指導に加わる仕組みを作りました。残念ながら経験も十分にある学部生がティーチングアシスタントとして活躍できる仕組みがないため、外部資金を投入して賃金を支払うという仕組みで運用してきました。

 アウトドアで育つ「生きる力・感じる力・考える力・コミュニケーション力」


 アウトドアという非日常を多くの人と共にすることで、学生たちのコミュニケーション能力や主体性・協調性、行動力の面での成長や、様々な価値観・考え方を知ることで豊かな感性を養うことができています。地域のさまざまな人々に出会うことで、受講生の将来の選択肢の幅を広げること(企業に就職する以外の選択肢)、大学生のうちから責任をもって活動し、自主性・主体性を育成することができています (特にリーダー・インストラクター)。とある大学が教育方針とする「4つの力(生きる・感じる・考える・コミュニケーション)」を育成することをまさしく具現化したものが自然環境リテラシー学であり、4つの力が具体的に身につく実習となっています。これまでにのべ約300名の大学生が受講し、そのうち約40名の学生がカヤックインストラクターの指導者資格(日本セイフティパドリング協会)を取得してきました。

 自然環境リテラシー学を学び、地域の中で活動することによって、はじめて誰かの役に立てる喜び、何のために仕事をするのかとか、目指したい世界をもてるようになった


 学生は、以下のように言います。
「自然環境リテラシー学を学び、地域の中で活動することによって、はじめて誰かの役に立てる喜び、何のために仕事をするのかとか、目指したい世界をもてるようになった」
「実際に現場をみなければ、この感覚は絶対に得られなかった。教科書で習ったり、社会課題について知る機会はあってもそれに対して当事者意識をもてるようになる場所ってほんとに大学の講義ではなかなかない。でもそれをできるのが自然環境リテラシー学です。」
「もともとセンターに失敗して入学を突如決めた大学で、研究とか授業とか色々不満というか、入ってからも思うことはあったけど、この大学に行ってよかったと思えるのは自然環境リテラシー学があったから」
「地域の方々と繋がり、お話を聞かせていただいたり、自分自身にもできることを考え、尾鷲の方々と一緒に悩んだり、地域のこどもたちと触れ合う中で、地域の実情を知るとともに世界が広がった。」
「就職を考えるタイミングで、他の地方も見に行った。でも、私は地方創生がしたいんじゃなくて『三重』だから活動したい。それは自然環境リテラシー学を通して三重の人たちの温かさに触れたり、地域を大切に愛している方々の思いを聞いてきたから。ここまで三重出身でもない私の気持ちを変えられる授業ってすごいです。」

地域でのアウトドア活動のリーダーとなっていく


 こうしてカリキュラムとしての「自然環境リテラシー学」を学んだ学生が、アウトドア活動のリーダーとなり、地域に入って、子どもたちや地域の方々に、地元の自然を知り、その中での体験活動などを展開してきました。これまで、尾鷲では、「山育・木育・おわせいく」「川育・雨育・おわせいく」「海育・とと育・おわせいく」などのプログラムを市内の小学校と共に、紀北では、「まるごと銚子川〜ちょうしいい川」や「ヤドリギプロジェクト」、南伊勢では「ふるさと教育との連携」「小学校のサマーキャンプでの自然体験プログラム」、鳥羽では、「菅島小学校でのカヤック体験」「海のレッドデータブック」作成事業、大台での森林環境教育プログラム、明和観光商社さんとの「修正小学校・自然体験プログラム」「満月屋台」「観光コンテンツ開発」、マリーナ河芸(津)さんとの「アクティブキッズクラブ」との連携プログラム、名鉄観光サービスさんとの「はじめてキャンプ」「サバイバルキャンプ」「大学生と研究しよう」プログラムなど、地域との連携や活動の中で、自然体験プログラムの開発・運営を行ってきました。三重県のアウトドア活動を通じて農山漁村地域を盛り上げることを目的とした「みえアウトドア・ヤングサポーター育成事業」と連携し、自然環境リーダーの育成事業を展開してきました。こうした中で、「自然環境リテラシー学」の実習と自然環境人材育成事業などの委託事業・共同事業を連携させ、「大学の実習で学んだ学生が地域で活躍する」人材育成と共に地域貢献する仕組みを作り、相乗効果を狙いました。

 地域の方々からは、学生が地域に来ることだけでも嬉しいという声があり、また、地域の子どもたちが大学生と共に地元の自然の中で思いっきり遊ぶことができることを心から喜んでいただいています。三重県南部には大学などの高等教育機関がないため、地域の子どもたちは大学生の年代の若者に触れる機会がなく、子供たちが将来を思い描くために非常に貴重な機会を提供できています。小学生と大学生の組み合わせは非常にうまく機能し、身近な大学生と地元の自然を知り、再発見し、地元の素晴らしさを実感できる場を生み出すことができています。
 「自然環境リテラシー学」を学んだ学生の中には、在学中から紀北町に住むことを決めた学生が誕生したり、熊野の製材所に就職する学生が生まれたりする変化が生まれています。また、尾鷲市の高校生が「自然環境リテラシー学」を学びたいと大学に進学したり、「地域に住み続けたい」と考える子供が増えたという声も地域からは聞いており、このような変化を生み出していることは、「自然環境リテラシー学」の成果が5年間の取り組みの中で生まれてきたことと言えます。

自然環境リテラシー学の意義・国内や世界での展開

「自然環境リテラシー学」を核とした自然環境体験プログラムの開発や実施は「体験学習」「探究学習」などを重視する文科省の義務教育指導方針の変更とも合致し、小学校との連携における自然環境体験プログラムの開発や実施につながっています。また、高等学校における「探究学習」としても、地域の未来のための観光コンテンツの開発や展開という点でも求められています
 
 世界的には、持続可能な社会を目指し、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が、Ocean Literacy(海洋リテラシー)を世界の教育の中で展開していこうと活動しています。この流れは、日本国内においても、海洋基本法の制定を土台にして、国内に海洋リテラシーを学び広めていこうという流れがあり、国内では「日本海洋教育学会」を設立する流れになっており、「自然環境リテラシー学」は、その一つとして位置付けられます。自然と共生し、自然環境を保全しながら人類が生き、人類社会を継続していくためにも海洋リテラシーを含む「自然環境リテラシー」は今後の社会にとっても重要な分野です。「自然環境リテラシー学」と似た分野・実習は、他の大学などでも展開されています。「自然環境リテラシー学」は単なるシーカヤックの実習・アウトドアの実習ではなく、自然と共生する人類のあり方や生き方を模索する学問分野であり、体験や実感を重視した教育を展開し、学び・成長した学生たちが地域に入って社会貢献活動を展開する実践的な分野です。「自然環境リテラシー学」は、地学、気象学、海洋学、地理学、環境学、野外教育学などの分野の専門知識も必要となる複合的な異分野統合の新しい学問分野なのです。
 これからもこの分野の確立に向けて、前にすすんで行きたいと考えています。

一般社団法人NELCrewの船出

 自然環境リテラシー学という実習を受け、自然環境リテラシーを学んだ大学生たちが、自然環境リテラシーを世に広め、自然と共に生きる持続可能な地域社会を目指し自然環境教育やアウトドアでの体験プログラムを展開していこうと、2022年6月、一般社団法人NELCrewを発足させました。三重県の豊かな自然の素晴らしさやアウトドアで安全に活動する知識や知恵を、地元や三重県を訪れる子どもたちや大人たちに伝え、広めることを目的とした大学生ベンチャーです。
 三重県は、海・山・川と、とても豊かな自然に溢れており、県内外、海外からの観光客・訪問者を多数受け入れられる可能性があリます。しかしながら、多くの訪問者を受け入れるためには、自然の中で安全に遊ぶための知識や技術を伝えることができる人材が少ないのが現状です。自然の中で怪我・事故なくアウトドア活動を行うため、しっかりとした安全管理・リスク管理・危機管理を行う知識と経験を持った自然環境リーダー・インストラクターが不可欠です。NELCrew は、まず、こうした自然環境リーダー・インストラクターの育成に努め、今後の自然環境体験や訪問者受け入れ、観光プログ
ラムなどの展開を生み出していく一助となればと考えています。
 一方で、自然豊かで一次産業も盛んな地域は、人口減少や少子高齢化、地域の担い手不足が課題となっています。こうした背景に、生まれ育った場所に、豊かな自然があるにもかかわらず、子どもたちがその自然の中で遊ぶ機会が激減している実態があります。そのような中、幼い頃から地域の自然に触れる機会を提供するため、NELCrew は自然を学び,自然に関する正しい知識を社会に広めることを目指しています。
 また、地球規模の環境問題の解決、地球温暖化対策のためには、「自分の中での自然」「自然の中での自分」という感覚をしっかりと持つ必要があります。UNESCO-IOC(ユネスコ・政府間海洋学委員会)は2017 年から「海洋リテラシー」の概念をまとめ、「海が人類に与える影響と人類が海に与える影響を理解し、 責任ある決定を行うことができる人材」の育成を世界的に展開しています。NELCrew はこれを含め「自然環境リテラシー」として、豊かな自然に恵まれた三重県の魅力を活かし、地域の方々、三重県を訪問される方々と一緒に協力しながら、地域の未来をつくっていく諸活動を展開し
ていくでしょう。
 NELCrew は今後、地域の企業の方々と連携し、三重県内の小中学生、高等教育機関を対象とした自然体験プログラムの展開を通じ、三重県の豊かな自然の素晴らしさやアウトドアで安全に活動する知識や知恵を、地元や三重県を訪れる子どもたちや大人たちに伝えていきます。
これにより、以下の効果が期待できます。
・三重県の自然の素晴らしさを知らせ、安全なアウトドア活動を展開する、自然環境リーダーを育成することで、受け入れられる訪問者・観光客の絶対数を増やすことができます。
・地元の子どもたちと大学生が活動することで、生まれ育った場所の自然の素晴らしさ・貴重さを実感することで、地元愛が育まれ、地元に残る、地元に戻る、地元の担い手となる子どもたちが生まれることにつながります。
・深みのある自然体験プログラムを展開することで、より深く三重県の自然の素晴らしさや豊かさを知ることで、何度も三重県を訪れる「関係人口」創出にもつながります。

活動は始まったばかりですが、以下で様子を知ることができます。

https://instagram.com/nel_crew?igshid=YmMyMTA2M2Y=



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