見出しシナリオ

表現の壁をこわす

シナリオを書いていて最近思うこと。

シナリオやストーリーなど、表現することはある種、自分の持っているものが再構成された結果だと考えています。
それゆえ、自分が知らないことは書けないのではないか、ということです。

特に思うのは、「知らない感情は書けないのかもしれない」ということ。
大失恋をしたこともないような人が、胸の張り裂けそうな主人公の傷心を描写することってできるのでしょうか。
想像力を働かせて書いたとして、それは説得力のあるリアルなものになり得るのでしょうか。


今取り組んでいるシナリオ課題が、「ケンカ」または「ラブシーン」でした。
基本的に平穏に生きたいと思っているので、常日頃、嫉妬とか、ドロドロしたものは避けて通ってきているつもりでした。
そうしてきた結果、「ケンカ」または「ラブシーン」のアイディアが全く浮かんでこなくて。
何日か考え抜いて、アイディアを掴むことはできました。
やっぱり、そのアイディアは私の経験から出てきたものです。

考えていくうちで、「知らないこと」を書くための解決策もわかりました。
それはリサーチをすること。
そういえば、ドラマやドキュメンタリーを作る際にリサーチは必須だと、学校で習ったんだったなとも思い出したり。
「知らない」を「知る」に変えるための大事な道具です。

考えれば考えるほど、知らないことは書けない、という結論しか出てきません。
そう思うと、知らない感情が山ほどある気がするので、平穏な毎日から飛び出す勇気も、私には必要なのかもしれません。


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