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野菜の黙示録

「最近空耳が多くって」

「おや?」ラジオの彼が珍しく食べ物の話をしていない。
昨夜煮込んだ根菜と焼き豆腐の煮しめを温め直しながら、ラジオを聴いていた。

「甥っ子がなんか一生懸命ゲームの話をしてるわけ。僕といえば甥っ子の話を聞きながら今度楽曲を提供することになりそうなドラマの台本を読んでいたわけで…って、ドラマには出ないですよ。楽曲だけ」

「おや?」久しぶりのタイアップ曲ですか。というか新曲も久しぶりじゃないですか?

「適当に相槌打っているのバレるのも嫌だな。なんていやらしい気持ちが働いて、甥っ子に『それなんていうゲーム?』って訊いたら『野菜の黙示録』って」

「野菜の黙示録ぅ?」
ラジオの声とハモってしまった。

「『厄災の黙示録だよ』って甥っ子に睨まれた」

でしょうね。それなら聞いたことがある。

「でもさ。考えたわけよ。『野菜の黙示録』」

煮込み過ぎたのか、じゃがいもが崩れてしまった煮物を器に盛って、最近ハマっているブレンド茶と、小ぶりの塩握りが今日の昼食。最近、ちょっと胃の調子が悪くて油物を摂るのをやめている。

「野菜にとっての厄難なのか?野菜による厄難なのか?ここで大きく分岐するわけですよ。でもそれじゃあつまらない。野菜にとっての厄難でもあり、野菜による役なんでもある。これはどうだ!思いつかないだろう。と自分に対してマウント取ったつもりがあっさりと答えが出た」
デスクをバンッと叩く音がした。
「野菜を買っておきながら、しばらく忙しくて料理をしていなかった時の野菜室」
そう言って「はぁ〜」と大きく溜息をついた。
「ツアー前は買い物控えて冷蔵庫の掃除をするんだけど、案外とレコーディング、アルバムのレコーディングの、編集に入ると遭遇するんですよ。壊滅的な野菜室」
再び大きな溜息をついた。
「野菜たちだってそんなふうに萎れたりカビたり溶けたりするために登場したつもりはないじゃない?食べ物として彼らはどんな思いで朽ちていったのか」
やや芝居めいた口調で語る。
「そしてその惨憺たる野菜室を見た僕の気持ちを、皆さんはわかっていただけるだろうか?」

うん、うんと頷きながら、味のしみた野菜の煮込みを口に運んだ。
確かに黙示録的光景である。しかも、こちらのダメージも大きい。
「曲いこうか?黙示録といえばやっぱり思い出すこの曲。ワーグナー作曲の『ワルキューレの騎行』」

一瞬、ん?と思った。
曲がかかって、あぁ…と声が出た。
「地獄の黙示録か…」
その曲には似合わない、優しい味の煮込みをひとつ、また口に運んだ。