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メッセンジャー

久しぶりに筆が全く進まない状態だった。
とはいえ、連載が終了すると、必ずこの状態に陥る。
ほおっておいてもそのうち書けるようになるから、別に気にしてはいない。
それに、今、ちょうど、副業殺し屋の依頼を受けたばかりで、いろいろ調べなくてはならないこともあって、書けないでいることが具合がいい塩梅でもある。
殺しの依頼の流れはまずはメッセンジャーから打診を受ける。
「期限は3週間後。誰某という三十代の男性ですが、受けていただけますか?」
最初の打診はこんな感じである。
写真がある時とない時、年齢も具体的なときもある。
現時点において、私はメッセンジャーに「NO」と言ったことがない。
メッセンジャーから打診を受けて仕事の依頼を受けた後、改めて、メッセンジャーを通して依頼の具体的内容を聞く。ここでは必ずターゲットの写真、住所、勤務先等のターゲットの具体的なパーソナルデータを入手する。
その後請負人がターゲットについて裏付け調査をする。
裏付けというのは、メッセンジャーが持ってきた情報に齟齬がないか?である。
写真とは別人だった、ということも過去にはある。
依頼人の思い過ごし、勘違いで人を殺してはたまったものではない。
それらの調査結果を報告する相手もメッセンジャーである。
情報に齟齬があった場合、基本その依頼は白紙となる。
情報に間違いがなかった場合、決行日などもメッセンジャーに逐一報告を入れる。
そして、ターゲットがこちらの報告通りに死んだことを確認するのもメッセンジャーの役割である。
私と統括者の関係は少し特殊で、最初の打診と死亡確認以外メッセンジャーは挟まない。細かいやりとりは統括者と直接行う。これは本当に稀なケースらしい。
依頼人は統括者に依頼はしても、統括者自身が殺しを行っていないことは察しているようだ。だけど、誰が殺したのかは依頼人はもちろん、統括者ですら、はっきりとはわからない。メッセンジャーに請負人に繋ぐようお願い・・・するだけなのだと以前統括者が話していた。
だから、自分が詳細を聞きに行くと「おや?今回はあなたなのですね?」と少しだけ驚きながらも、最初からわかっていたような顔をする。
しかし、20年ほど前までは、統括者から直接請負人に連絡をして、仕事を依頼していたらしい。
ある事件を機にメッセンジャーを置くようになったのだと、同じ請負人から以前聞いたことがあった。
「私の前の統括者の時代のことなので、私も詳細は知りません」
統括者はそう言うが真実はわからない。
神職者と政治家はとてもよく似ている。と私は思っている。嘘が上手い。
PCを前にしても何も打てないのに、仕事場に来ていたのは忘れ物を取りに来たからだ。それなのに、タイミングよくメッセンジャーは現れ、依頼を告げた。
執筆用の仕事部屋としてマンションに部屋を借りているが、メッセンジャーはその仕事部屋にしか訪ねてこない。
「これから伺います」と電話が入る。
断る理由のないタイミングでかかってくる。
その後10分程度で現れれる。
完全防音とはいえ、一応、居間に通す。
「今回は、塾の講師をしている椚原くぬぎはらという男がターゲットです」
そう言ってターゲットの写真を差し出す。
ひと月以内という条件を告げ「受けていただけますか?」と訊ねる。
「今夜、連絡すると伝えてください」
それが私の受諾の言葉だ。
メッセンジャーは「わかりました」とだけ言って帰っていく。
殺しの依頼は年に一、二度程度。それが多いのか少ないのかわからない。それでも、この町(近隣地区にも及ぶが)で、毎年誰かが殺されているのだと思うと、自分で殺しておきながらだがゾッとする。もちろん、自分以外の請負人にも殺しの依頼が入っているのだ。
メッセンジャーに会うのも年に一、二度。
彼の印象は変わらない。
ラフなスタイル。
デニムパンツに、ジャケットを羽織り、斜めがけにしたメッセンジャーバッグは少し重そうだ。
メッセンジャーの様子は夏も冬もたいして変わらない。
大学生のような雰囲気だが、私はこの仕事を始めて10年近く経っている。その間、彼がずっと大学生というのもおかしな話だ。
メッセンジャーは伝言以外は語らない。
「統括者に今度訊いてみようか?」
訊いたところで答えてくれるかわからない。
それでも今夜、メッセンジャーのことを少し訊いてみようと思う。