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【風車】#シロクマ文芸部

風車かざぐるまが回っていた。
小学校への通学路の近道。
そこを抜けるとすぐにお稲荷様の社の前に出ることができる。
軒下の路地。
隣の家との間に這わせた板塀との隙間を通る。
大人だと体を横にして通らなければならない狭さだった。
いつしかその板塀の終わりに風車がつけられていた。
板塀はそれなりの高さがあった。
家の一階の屋根と同じくらいの高さだった。
当時は駄菓子屋などでも売られていたが、見つけた時は驚いた。
誰がつけたのかわからない。
しばらくすると風車はカラカラと音を立てるようになった。
雨風で変形してきたのだった。
羽の色もだいぶ冷めた。
雨の日。
私たちはその道を通る時は傘をすぼめる。
通り抜けた瞬間に傘を広げ、学校に向かう。
雨上がりの帰り道。
「あれ?風車がない」
誰かが気づく。
みんな板塀の上を見る。
昨日の帰りはあっただろうか?確かにあった。
では今朝は?
雨で誰も見ていなかった。
友だちが転校して行ったような寂しさだと誰かが言った。
風車はその後何度か登場した。
中学になるともうその道は通らない。
高校を卒業して、町を出ることになった。
不意にあの近道を通りたくなった。
6年間通った道。
6年間通らなかった道。
自分はもうその路地を体を横にしなければ通れなかった。
体を横にする際、板塀側を向いた。
そして、板塀の終わり、路地を抜ける際に顔を上げて見ると、そこには風車あった。
カタカタとつっかえながら回っていた。
それから2年後に家に帰って驚いた。
付近の様子がまるで変わっていた。
区画整理があったという。
「今に始まったことではない。あんたたちが子どもの頃からずーっと続いていたんだよ」
あの狭い路地に向かうための道も、幅が広くなっていた。
そればかりではない。
家々に隠れていた、向こう側のお稲荷様の社が見える。
あの路地はなくなっていた。
広くなった道を行く。
もう近道ではない。
誰もが通る当たり前の道。
お稲荷様の社は以前と変わらずあった。
だけど、そこに風車が刺してあった。
阿吽の狐の足元に風車が回っていた。
それを見て、やはりなんだか悲しくなった。
近道のそれとは全く違う気がして泣きたくなった。
それが何故だかわからないけれど。
泣くのを堪えて神様に手を合わせ、くるりと踵を返して家に帰った。