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【64 三階建て】#100のシリーズ

「そうそう。そこを真っ直ぐ来ると三叉路がある。君が間違っていなければ正面に三階建ての建物が見える」
住宅地というものは、道路を整備してから建物を建てていくものだと思っていたが、どうやらここはそうではないらしい。
「碁盤の目のように整備された道路というのも、あれはあれで厄介だよ」
道案内の地図を書きながら先輩は言う。
「何本目の角を右に。とか、左に。って感じでさ。地図を書く時目印みたいなものがなくて」
「でも、先輩の書く地図はとてもわかりやすいです。下手なナビシステムよりか全然いい」
先輩は少しだけこちらを見て、ニヤリと笑った。
「でも、まぁ、今度越した家は、その家自体が目印って感じなんだよね」
ニュータウンとは呼ばれているが、開発されたのはもう半世紀近く前だという住宅街。それまで仮住まいだった先輩がようやく家を買った。
築15年のその家は三階建てで、少しだけアントニオ・ガウディっぽい外観なのだと言う。
「カサ・ミラって知ってる?」
「はい」
「あんな感じ」
目の前の建物は確かにガウディっぽい三階建てだった。
三階建てだが集合住宅にしては小さいかもしれない。だけど一戸建てにしたら十分すぎる。
「先輩の言う通り」
確かにこの住宅地の中で、その建物は異彩を放っていた。
この三叉路までは道は入り組んでいるしえ、似た建物しかないし、辿り着くのが困難だ。
加えて、ナビシステムは受け取った地図とは全く違う遠回りを支持していた。
「先輩の地図さま様」
そこで一度先輩に連絡を入れた。
「あ、ついた?そのまま建物の向かって右側の通路に入って、すぐに左に曲がる。制限速度40キロの標識の手前。建物の裏側に入れる。駐車スペース。俺の車が停まってるから隣に停めて」
地図にも『裏側駐車場』とあった。
ハザードランプを消して、車を出す。
左折すると通路が向こう側に繋がっているのがわかる。
わざわざこちらからを指定したのはなぜだろう?
先輩の車の隣に停める。
先輩の車はコンパクトなオープン2シーターだ。
「悪いね。わざわざ」
先輩が出迎えてくれた。
「目立ちますね。この建物」
「だろう?」
先輩はニヤリと笑う。
「中はもっとすごいよ」
と言って中に入るよう先輩は促した。
確かに変わった建物だった。
外見は三階建てだが、中は何と呼べばいいのかわからない。
一、二階が吹き抜けになっている部分もあれば、二階、三階の間、階段の踊り場脇に小部屋があったり、地下室があったりと、家の見取り図を見たくなるような建物だった。
床や壁も場所によって全く違ったテイストで、もちろん、先輩が手を加えたわけではない。元からの作りだった。
「建っている場所以外は最高なんだけどね」
先輩が肩を竦める。
三階の窓から外を見る。
辺りの家々の屋根やら庭やらを見下ろすことができるが、頭ひとつの高さではそれほど遠くは望めない。
古い住宅地で空き家も増えてきているという。
先輩の野望は近所の土地を買い取って、更地に戻して、この三階建てをポツンと一軒家にすることらしい。
冗談半分で口にしている風だが、先輩のことだ。やりかねないな…と思っているのは、この最内緒にしておくことにする。