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葬儀屋 - 【祈りの雨】#青ブラ文芸部

この町の名士である辰野の家の人間は雨男・雨女ばかりだ。と、親戚一同誰もが言う。いや、辰野の親戚だけではない。葬儀屋たちも密かにそう思っている。
亡くなった日も、火葬・通夜・葬式も皆雨が降る。
それが冬場だったら、滅多に降らない雪までも派手に降らせる。

「本家の千介せんすけくんが亡くなったって?」
「だからこの雨か」
「ということは千介くんも紛れもなく辰野の人間だったということだ」と誰かが言った。
「で?急な病気か何かかい?」
「テレビでもやってるよ。事件に巻き込まれたらしい」
「立てこもりの?」
問われた若い葬儀屋がうなずいた。
「東京に迎えに行かなくてはならないが、まだ日程が立たないと聞いた」
「そりゃまたなんで?」
「検死?まだ千介くんは警察にいるらしい」
「千介くんがいないのにこの雨かい?」
「東京は大雨らしいぞ」
「こりゃあ、葬儀日程の間はずっと雨が確定だな」
「辰野の御親戚衆はどの面下げて葬式に参列するやら」
「不謹慎だが…楽しみだな」
葬儀屋たちは準備をしながらボソボソと話を続けた。

辰野千介は辰野家本家の三男。分家となる身である25歳。竈門分け云々の前に千介は町を出て東京で銀行に勤めていた。勤めていた銀行で立てこもり事件が起き、警察突入の際、立てこもり犯のひとりが暴れた際、持っていたナイフで千介の喉を裂いた。
辰野家はそのほとんどがこの町に住んでいる。が、千介は高校を卒業と同時に町を出た。県外の大学に進み、そのまま銀行に就職。一見すると勝組人生のようにも見えるが、辰野家的には難しい立場だった。
千介は妾の子である。
というか「この子は辰野家当主の子です」と書かれた手紙と共に門の前に捨てられていた。
その頃は先代も存命で一体誰の子だと大騒ぎになった。
だがすでにふたりの男児を設けていた現当主の妻の岸子が「私が育てます」と、千介と名付け育てることになった。
岸子は自分の子らと分け隔てなく育てたが、親戚たちからはいつも冷ややかな目で見られていた。
ふたりの兄は早々と家を出て行こうとする千介を止めた。
「辰野の家の者はこの町から出ると不幸になる」
千介はすでに自分は幸せではないと言いたかった。だけどそれは口にせず「僕は辰野の家の人間じゃないから大丈夫」そう言って家を出た。
どうせ辰野の家の者ではない。さっさと出て行って清々する。
辰野の親戚の老人たちは皆口を揃えて言った。
千介のふたりの兄が葬儀屋に同行して、町に千介を連れ帰ってきたのは事件のちょうど1週間後だった。
東京は1週間雨が続いていたようだ。
そして、千介の亡骸を連れて街に戻る間、雨雲が先導しているかのように、ずっと雨が降っていた。
そして今町は土砂降りの雨の中だった。
「これはすごい雨だ」
絶え間なく降る雨に、分家の年寄り達は、「あの拾われっ子は先代の落とし胤に違いない」と言い出した。
当代の本家当主は気が小さく浮気なんぞできるわけがない。
「それもあってだ。儂はあれが辰野の家の者じゃないと言ってたんだ」
「まさか一千かずゆきの子どもだったとはな」
また勝手なことを言っている。一千は先代の名だ。岸子も千介のふたりの兄も老人達を尻目に見ていた。

葬儀屋はそんな彼らを眺めていた。
「そういえば先代の葬儀も酷い雨でしたね」
「おまえいたか?」
「雨がひどくて学校が早く終わったんです。家に帰ったらばあちゃんが『辰野の本家の葬式は雨も桁違いだ』って言ってたの覚えてるんです」
「あぁ…」
「じいちゃんもびしょ濡れになって葬式から帰ってきました」
「それは災難だったな」
「まぁ、今回は御当主が身罷りました、じゃないから参列客はそうでもないと思うが、マスコミかなぁ」
「初めてですね。そんなお葬式」
「そうだなぁ…まぁ、俺たちの前に龍神様が厄介払いしてくれるんじゃないか?この雨で」
「そうですねぇ」
葬儀屋たちは窓越しに空を見上げる。
「祈りの雨にしちゃ、ちょっと派手ですけどねぇ」