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春の嵐

窓にくっついて外を見ていた青藍が言った。
「何?」
「紙吹雪だ」
「下で結婚式してたからな」
「結婚式?」
ホテルの敷地内にチャペルがあり、このあたりでは人気の結婚式場でもある。
「だから下が賑やかだったんだね」
そう言って青藍は窓から離れた。
代わりにというように窓の外を見る。
数枚だけど白い小さな紙が漂っている。
こんなところまで紙吹雪が舞い上がるものなのだと妙に感心する。
17階建のホテルの15階はかなり遠くまで見える。この辺りだと一番高い建物だ。
風が強くなってきたのだろう。
雲の流れも早い。
海上の水力発電用に風車も白い点となって見ることができた。
青藍はその風車を眺めながらここまで来たのだと言った。
「お祖父様の直下の人って、会社の人?」
青藍の迎えを頼んだふたりは祖父の配下の人たちで、その道のプロ。何者からも青藍を守ってくれるからと祖父が言っていた。
「そうなんじゃないかな?」
「ふうん」
部屋に着いた時、自分の姿を見るとすぐさま抱きついた。
「無事でよかったぁ」
「俺はなんともないよ。地下駐車場で火事があって車が出せなくなったんだ」
駐車中の車からの出火だった。
事故なのか事件なのかはこれからわかることだ。
「自分の車で来ていなくてよかったよ」
タイトなスケジュールだったので、空路で移動してレンタカーでホテルに入った。
「兄さんの乗ってきた車も焼けちゃったの?」
「わからない」
詳しい状況が知らされる前に、さっさとふたりに連れ出された。
昨日、祖父より自分と青藍の警護のためにふたりを寄越す話があったばかりだったので、ふたりが来た時は驚いた。
祖父に確認を取ると間違いなくこのふたりだった。
今いるホテルもふたりが手配していた。
すぐさま青藍に連絡を入れたが、繋がらない。
まだ発表会とやらが続いているのだろうか?
移動したホテルは先ほどのホテルからそう離れていないが、去年建ったばかりのホテルだった。
自分はふたりに青藍の迎えを頼んだ。
ちっとも連絡がつかないのが気になった。
単にスマホの電源を切ったままにしているだけならいい。
青藍にはそういうところがある。
しかし、今年になって、青藍の誘拐未遂事件があり、その実行犯たちが先週事故に遭った。
実行犯と呼ぶのは、彼らには営利目的でもなければ青藍を誘拐する理由がないからだった。青藍が三日月の人間だということは知られていない。じゃあ、彼らは誰に身代金を請求するつもりだったのだろう。
営利目的だとしても、三日月と青藍の関係を知っている第三者が、彼らを使って誘拐させた。もしくは営利目的以外の理由があるはずだ。
そちらに関しては警察も調べているはずだ。
何せ、その誘拐未遂の一連の中に、警察官も関わっていたのだから。
「迎えに行くのが自分だと思っているから油断してホテルの外にいるかもしれない」
そう言うとふたりは自分を部屋に送り届けるとすぐに青藍を迎えに行った。
メッセージも既読にならず、電話も繋がらない。
「まったく…」
部屋の中を意味なく彷徨いていた自分に、彼らから、「無事接触しました」と連絡があり、その後すぐに複数送ったメッセージが既読になった。
「兄さん?」
電話がかかってきた。
ふたりが信用できる人物であること。自分は無事でいること。それらを告げると青藍はホッとしたようだった。
窓から離れた青藍はそのままベッドに腰を下ろす。
「眠るといいよ」
「うん。そうする」
青藍は靴を脱ぎ、上着を脱ぐとベッドの中に潜り込んだ。
外でどれだけ待っていたのか。疲れたのだろう。
ベッドルームから出ると、部屋のドアがノックされた。
3回。2回。3回。
「はい。どうぞ」
「失礼します」
男がふたり入ってきた。
青藍を連れてきたふたりだった。改めて礼を言うと「会長からの命です。いつでもご連絡いただければ参ります」と年上の男が頭を下げ、若い男もそれに倣って頭を下げる。
「ありがとう。助かるよ。自分の周りにもいろいろいるけど、プロはいないから」
祖父を通さなくても直接やりとりできるホットラインを受け取った。
「警備会社等には依頼していないのですか?」
藤と名乗っていた年上の男が言う。
「地元の分はね。頼んでいる」
ビルも祖父の別宅であった「森の家」も最新の警備システムを導入している。
「人材はね。あなた方ほどの人はこの国の民間機関にはそういないんですよ」
そう言うとふたりは苦笑した。
「警察でもいないんじゃないかなぁ」
と言うと、「まぁ、警察はいろいろですからね」と藤が頷く。
隠していたと思っていたが、先日の誘拐未遂事件が祖父の耳に入っていたようだ。
青藍が地元を離れる時の警護についてくれるという。
「九郎さんでしたよね?」
若い男に声をかける。
モデルにでもなれそうな整った顔立ちの背の高い男だ。一見目立ちそうだが、気配を消すのかそこにいることが気にならない。それが少しだけ不気味にすら思える。
「よかったら、青藍の話し相手にでもなってください」
年齢も近そうだ。
「スケジュールの確認後、また連絡します」
そう言うと藤がポケットから車の鍵を取り出した。
「近くを移動する時は使ってくれて構わないです」
鍵には車のナンバーがついてあった。
先程の車とは違うナンバーだった。
「こちらで用意させていただきました。国産車です」
と車種を告げた。
自分の車と同じ車種だった。
「さっきの車は?」
「私物と言いたいところですが、違います。しばらく左ハンドルだったもので用意してもらいました」
と藤が苦笑した。
それだけではないのだろう。そう思った。
「では、私たちは部屋で待機しています」
そう言ってふたりは出て行った。
静かにベッドルールどドアを開ける。青藍は丸くなってすっかり眠っている。
ポケットのスマホが着信を告げる。
ドアを閉めて、電話に出る。
「火事のあったホテル。与党の国会議員が勉強会と称して地元の議員を集めていたらしいです」
「へぇ。気付かなかった」
「火が出た車は集まった地元議員の車の隣の車だそうです」
集まっていた議員たちの一覧を送るように言って電話を切る。
「一番安全だと思ってたんだけどなぁ」
そろそろ次を考えなくてはならないかもしれない。
ソファに座りると窓の外を見た。
風はまた少し強くなったようだった。


無事に送ってもらえました。