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ノイズ、もしくは任務遂行中

その街にはもうほとんど人がいなかった。
とある組織の抗争で、無関係な多くの人々は街を出て避難をしている。
時々起きる抗争に、街の人はすっかり慣れてはいるが、いつどこで流れ弾に当たるか?爆発に巻き込まれるか?そんなことを気にして過ごすより、さっさと避難した方がいい。そう思っていた。
政府も街の人のために避難地域を用意している。
仮住まいの場所でも、人々は日常生活を送るには十分だった。
しかし、僕らは、政府から、その組織を排除してほしいと依頼されていた。
僕らは「清掃人」と呼ばれる国連の組織だ。
もちろん表立って名乗ることはできない。
戦争にならないようにするために、国家元首を排除することもある。
僕らに排除できないものはない。そう自負している。

それは場所によって聞こえる。
この街に来てからは特にそうだ。
「耳鳴りとは違うのかい?」という先輩の問い。
「耳鳴りがわからないです」
そう答えると「そっか」と言って先輩は苦笑した。
「ラジオの周波数がキチンと合ってない感じ?」
先輩の問いに少し考える。
「あー、今はラジオもネットだからピンとこないか?」
先輩とは12歳違う。見た目はそこまで差がないように見えるが、やはり時々年齢差を痛感する…と先輩は言う。
「いえ。そうかもしれません。車のラジオの…」
そう言いかそう言いかけて思い出す。
祖父の家にあった小さなラジオ。
母方の祖父は随分と歳をとっているような記憶がある。
実際、僕の母は、祖父にとって遅くに持った子だったらしい。
祖父のラジオからは野球の中継か、相撲の中継しか聞こえてこなかった。
小学校に入る前の僕には音だけでスポーツを楽しめることなどできなかったけど、どちらも絶え間なく実況が続くのを長い呪文のようだと思って聞いていた。
「ずっと同じ部屋で聴いていたのに時々音が弱くなったり、ザザッとノイズ音がするのはどうしてなんでしょうねぇ」
その時、僕らは気配を感じ物陰に隠れた。
組織の巡回ロボットだった。
赤外線探知が搭載されていないタイプ。ならばあれは人を探しているわけではない。
「そのノイズが聞こえる条件とかあるのかい?」
もともと言葉遣いが丁寧な先輩だが、10歳以上も年下の自分を子どものように思っているかもしれない。
「条件ですか?」
地下道に向かう。
しっかりと頭の中に記憶した地図にそって、僕らは、組織の倉庫の真下に向かう。
「先輩と一緒の時はノイズはないですね」
「へぇ」
それは本当だ。
どんな場所でも、先輩と一緒ならノイズはない。
先輩と一緒、ということは仕事中は大丈夫ということなのだろうか?と思ったことがあったが、仕事中でも、ひとりでいたり、他のメンバーと組んでいる時に、ノイズが気になることがある。
地下道は音が響く。
この国のインフラは全て地下に埋められている。
「うん。ここだ」
先輩はそう言って、今度は地上に出るための狭い縦穴に入る。
狭い縦穴は人ひとり分の直径で細い梯子がかかっている。それを地上まで10m近く登るのだ。
僕らは、まずは倉庫を破壊する。
倉庫には武器がある。
「これが終わって帰ったら、ご飯奢るよ」
地上への扉が見えてきたところで、先輩が言う。真上での声は本来は聞き取りにくいはずだが、先輩の声質のせいか、小さな声でもよく聞こえる。
「ホントっすか?」
任務遂行中の食事は携行食だけだ。
「美味しい魚料理の店、見つけたんだ」
それは自分たちが住む街でのことだろう。ここで営業している店など今はない。
「楽しみです」
「うん。楽しみにしてて」
先輩の涼やかな声が少し笑った。
そして、地上への扉が開いた。