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探偵-【君に届かない】#青ブラ文学部

I cannot reach you.I cannot reach you.I cannot reach you.I cannot reach you…

A4用紙に何度も何度も繰り返す「I cannot reach you.」
「なんだこれは?」
探偵は思わず口にした。
「これが毎日届くんです」依頼人は言う。
郵便ではない。
住所の書かれていない封筒が毎日ボックスに入っているのだという。
その依頼人は蒾花町の探偵に紹介を受けたと言ってここへきた。
蒾花町の探偵。あれはちょっと特殊な探偵だ。探偵小説に出てきそうな探偵。人が死なないと動かない。いや、死んでも動かない。事件の概要を聞いて、犯人を当てる。警察は、探偵の話の裏付けをとっては事件解決を装う。他力本願いいところだ。せめてもの救いは、探偵を頼りにしなくてはならない事件はこの町の外で起きているということだ。
この町で起きる、警察も動かないような、だけど、ちょっと厄介な案件は「街の探偵」を名乗る自分の仕事だと、探偵は思っている。
蒾花町の探偵の友人というが、いつもかの探偵と共にいる精神科医から連絡が入っていた。探偵は密かにこの精神科医も只者ではないと思っている。
「キミに頼んだ方が良さそうな案件でね」精神科医は言う。
「もしも、相手を捕まえられそうだったら、いや、その相手に行き着いたら、探偵ではなく私に連絡をくれないか?おそらく、相手は病んでいる」
精神科医はそう言った。
正直、何のことかピンと来なかった。
だが、依頼人の持参した数十枚に及ぶ「I cannot reach you.」は確かに病んでいるという印象を受けた。
2ヶ月以上前から毎日届くという手紙には「I cannot reach you.」しか書かれていない。
「これはタイプライターですね」
パソコンならコピーペーストで繰り返しも楽だろう。
しかし、タイプとなると、全てを打たなくてはならない。
同じ言葉とはいえ、A41枚を埋め尽くすにはどれほどの時間がいるだろう?
そんなことを考えては、ゾッとした。
「I cannot reach you…君に届かない?君に辿り着けない?」
毎日、手紙を届けているのに矛盾している。
警察にも一応届出を出しているというが、実質的な被害がない状態なので、あまり期待はできないだろう。
「自分が誰か?あなたにわからないだろう…なら、You cannot reach me. これならまだわかるけれど、これは何を言いたいのだろう?」
依頼人は28歳の市役所勤務の女性。出身は隣市で、現在はマンションに一人暮らし。交際している相手はいない。管理人もいるタイプのマンションで、マンションのエントランス部分から中には簡単に侵入できない。
「だからといってI cannot reach youじゃないだろう?」
マンション入口の宅配ボックスに毎日これを届けているのは防犯カメラの映像から、小柄な男性もしくは女性だという。
「写真ですが」
防犯カメラのある場所を把握しているのか、全く顔が見えない。
「思い当たる相手は?」
依頼人は首を振る。
「他には何か?」
銀行の窓口の方が依頼人と接触できる可能性はある。
「番号非通知の電話がたまに掛かってきているようなんですが、番号非通知は着信拒否をしているので」
探偵は椅子の背にもたれた。
実質被害はない。
しかし、この状況では依頼人も落ち着かないのは確かだ。
「わかりました。この依頼お受けいたします」

三日後。探偵の元に依頼人から連絡があった。
「昨日から手紙が届かなくなりました。ありがとうございます」
「え?」
探偵は何もしていない。
今週一週間は様子を見ることと、探偵は依頼人に告げた。
探偵は事務所に向かった。
事務所のあるビルの一階の郵便受けで新聞を取る。
が、見慣れない封筒が入っていた。
光熱費の案内以外の手紙が事務所に来ることは滅多にない。
白い封筒には宛名が書かれていなかった。長3と呼ばれるサイズの封筒だった。
探偵は一瞬嫌な予感がした。
封筒を取るとそのまま事務所に向かう。
事務所は3階建の小さな雑居ビルの2階にある。
探偵は机に新聞と封筒を置き、コーヒーサーバーをセットした。
そして慎重に封筒を開ける。
三つ折りになった紙が一枚。
それを広げ、探偵は息を呑む。

I cannot reach you.I cannot reach you.I cannot reach you.I cannot reach you…