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飲み屋-【やせたガールの日常】#青ブラ文学部

店を閉めた後、精算やら何やらその日の帳簿付けをしながらテレビを見る。
深夜2時。月曜日から金曜日までの30分番組。
地元局制作の奇妙な番組「やせたガールの日常」。
それが終わると一度その日の放送は終わる。
「やせたガール」は何人かいる。
中にはスレンダーな子もいるが平均して痩せてはいないし決して痩せたがっているわけでもない。
「やせたガール」は地元・八瀬田市のアイドルユニット。
彼女らの日常というドキュメンタリーっぽい台本ありきのバラエティだ。
こんなことが日常的に起きていたらたまらないな、と思うことが起きる。
例えば宇宙人が家に来たり、幽霊屋敷で迷子になったり。ひどい時など、朝目覚めたら自分が猫になってました。なんて回もあった。
その番組を作っているスタッフに自分の弟がいる。
そして店には元やせたガールがふたりいる。
私は「元やせたガールの日常」も毎日見ているのだ。
こちらは月曜日から土曜日。日曜日は定休日だ。
20時開店だがその1時間前には店に来て開店の準備をする。
25時閉店だから6時間拘束で内30分休み。週33時間労働で、基本給は1時間1000円22時を過ぎると深夜手当もつく。勿論、売上によっても手当がつく。
ドレス代は店が持つがそれ以外は自分たちが負担をする。
負担するといっても化粧代とアクセサリー。
髪のセットは店に専属の美容師がいる。弟の嫁だ。
彼女が自分の店を閉めた後、店に来てキャストの髪をセットしてくれる。
大抵の女の子は昼間や休みに彼女の店に行って髪を染めたりしているようだった。
「ふん」
今夜のやせたガールの日常は野生のハクビシンを探すというものだ。
最近市内で目撃され、SNSにも上がっている。
こういう動物は一体どこから来るのか謎だ。
店の常連も会社の駐車場で見たと言っていた。
一時落ち込んだ売り上げも回復してきている。
そろそろ元やせたガールのふたりを独立させるべきだろうか?と考えている。
ふたりとも「やせたガールの日常」の中で、うちの店でアルバイトをするという「日常」を経験した後、あっさりと「お店の仕事が性に合っている」とやせたガールを卒業してしまったのだ。
やせたガールのメンバーは時々卒業という形で脱退し、新しいメンバーが加入する。
店のふたりがやせたガールに所属していた頃のメンバーは今はひとりもいない。そしてその頃のメンバーは誰ひとり芸能活動をしていなかった。
あずさたまき
梓は占いが得意で、それを目当てに来る客もいるほどだ。
環は俯瞰して見ることができる。店の状況を把握して女の子たちをうまく扱うこともできる。
「このままじゃダメですか?」
「ダメってことはないが」
そんなやり取りを去年あたりから幾度か繰り返す。
テレビの中のやせたガールはタイムスリップで縄文時代の料理作りに挑戦している。
博物館の学芸員が胡桃や団栗の潰し方を聞いて、やせたガールは作業に没頭している。
何も言葉を発しない。
学芸員の解説ナレーションがなければ放送事故ものである。
地元アイドルといっても、素人と大して変わらない彼女らだ。
仕方がないことかもしれない。
梓や環も同じようにテレビに出ていたのを思い出そうとしても、ちっとも浮かばない。
彼女らは本当にやせたガールだったろうか?そんなふうに思ってしまうほどだった。
番組のエンディングでアイドル衣装を着たやせたガールが持ち歌を振り付け付きで歌う。その歌はずーっと変わらず、ただメンバーが入れ替わった時に新しく撮り直される。
いつかふたりに訊ねたら振り付きで歌ってくれた。「一度覚えると忘れないものなんだねぇ」と言うと、ふたりともどこか感心したように頷いていた。
「よし」
集計も終わった。
元々カード払いは多かった。
最近はそれに電子マネーやら何やらが加わって、大量の現金を持って家に帰ることがなくなった。現金のほとんどは同伴料やら何やらで手元にはほとんど残らない。
店奥の事務室を出る。
一度暗くした店内に灯りをつける。
営業終了後、簡単に片付けた店はまだどこかしら雑然とした空気が漂っている。
明日、開店前の掃除と準備とで、前の日の顔は綺麗に拭い、そして、前の日と変わらぬいつもの顔を貼り付ける。
それでもやせたガールの日常なんかより充実した日常だと思っている。
再び灯りを落として店を出る。
裏口もあるが、帰る時はいつも店側から帰る。
ほとんど人気のない街をただ白い月が照らしている。
私は少しだけ足早に家路についた。