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ラジカセ

ラジオが壊れた。
うんともすんとも音がしない。
仕方がないのでPCでいつものラジオを聞いていた。
周波数を合わせる必要もなく、音もクリア。
これはこれでいいかもしれないけれど、なんだか味気ない。
リクエストや質問を相変わらず葉書で募っている相手の声は時折少し雑音の入るラジオで聞く方が似合っているような気がした。
防災用のラジオはある。
懐中電灯と一緒になっているシロモノだ。
それを机の上に置くのもどうかと思って、日曜日に家電量販店にラジオを買いに行った。
思ったよりも様々なラジオが売っていた。
防災グッズとしてのラジオも種類があるし、風呂場でも聞ける耐水(防水)ラジオもある。
AM・FMのみならず、短波放送やテレビまで受信できるというものもあった。
その中で、おや?と思ったのがラジカセだった。
カセットテープを再生するだけでなく、録音のボタンもあった。
昔ながらの「ガチャ」という音と手応え(指応え?)のある感触。
売り場を見るとカセットテープも売っていた。昔ほど種類はなかった。60分と120分のテープが数本ずつ棚の上に並んでいた。
「あのう。すみません」
通りがかりの店員に声をかけた。
「これって、ラジオをカセットに録音できますか?」
小柄な、どこかテレビで見かける俳優に似た店員は一瞬キョトンとしたが、2台のうちの少し小さめの方を指差して「こっちは静かにしていないと、声も入っちゃいます」と言った。
「は?」となったが、すぐに納得した。
その小さめのものはコンセントに繋いでもよし、電池でもよしというものだった。
「まぁ、でもカセットは使わないし」
「そうなんですか?」
と店員が言った。
カセットテープを使うことないと思っていたのに、結局ラジカセを買って帰った。
しかもラジオを録音するのに静かにしていなくてもいいラジカセを買った。
机の上だと少し邪魔なので、机脇に置いているキャスター付きの小物入れに置いてみると測ったかのようにぴったりだった。
一番上の段には置くものは決まっていない。机から溢れそうになった紙資料を寄せていたぐらいだから、ラジカセがそこにいてもあまり問題はない…はずだ。
気をよくして、コンセントに繋ぐ。
FMのいつも聞く局に合わせると、急に、毎日お昼に聞いているラジオの彼の声が聞こえてきた。
「新しくしたんです」
「え?」
新しくしたのはこっちだ。と、思った。
「新しいと言っても、案外と昔からのと変わってないくて、つい、買っちゃいました」
ゲスト出演のようで、いつも聞くお昼のラジオより、話し方が少しよそ行きっぽいと思った。
そのあとも話を聞いていたが、結局新しく買ったのが何かはわからなかった。
モノが収まり、壊れたラジオを手にした。
片手に収まるそれが、随分と大きくなってしまったものだ、と思った。
そもそも、これは自分が買ったものだったろうか?
どうして家にあるのか覚えていない。
そんなことを思っていたら、なんだか急に捨てる気持ちにブレーキがかかった。
電池タイプのラジオ。
電池を入れ替えても音が出なかった。
「あ、電池…」
新しい電池を入れたままだった。
蓋を外し、電池を取ろうとした。
電池を取ろうとしたが、逆に電池を押してしまったようで、カチリと音を立てて、奥に入った。
「え?」
ガガガ…と音がした。
慌ててダイヤルを回す。
ラジカセから聞こえている声と同じ声が手の中のラジオから聞こえてきた。
「ウソ…」
ラジオの復活に呆然とするしかなかった。
結局、いつものラジオは机の上に戻った。
新しいラジカセはリビングに移動になり、ラジオが聞ける場所と時間が増えることになった。
「ま、いっか」
ソファから届く場所のラジカセを見てつぶやいた。