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【花吹雪】#シロクマ文芸部

花吹雪の中に立つ彼を私は眺めていた。
映画の撮影を見学していた。
そこにいるのは私の小説に主人公だった。
僕が書いていた時に頭の中にいた彼がそのまま、そこにいた。
明るい空色の中舞う花びらは白く光って見えた。
その中で黒いスーツに身を包んだその人がとても異質で、とても美しいと思った。
まさか彼と「運命共同体」みたいな関係になるとは思ってもいなかった。
私に仕事の相方は俳優である。
そこそこ人気のある今風に言うならイケメン俳優。僕はイケメンという言葉はあまり好きではない。
「イケてる、って響きが下品じゃない?」
「そうかな?」
「いつも言われていると鈍感になるのかな?」
「さぁ?」
ひとまわりほど歳下だが、フランクに付き合っている。
こちらもそこそこ人気のある作家だ。
「演じる役の気持ちというより、監督がどう演じてもらいたいか?がわかった方が仕事はスムーズに進むんです。もちろん、監督からの評価も高いし」
「評価とか気にするんだ?」
「気に入ってもらえると、また声をかけてもらえますから」
「なるほどね」
「できれば長くこの仕事したいので」
彼は言う。
彼とは映画の主演俳優と原作者として出会った。
次に会った時は、依頼人とその依頼を遂行した殺し屋という立場だった。
だけどお互い、そのことは知らない。
私は依頼人に直接会うことはない。
彼が主人公を演じた映画の続編の打ち合わせ合間に彼が言った。
「先生に僕の秘密を教えます」
先の映画の時も型通りの挨拶しかしていなかった彼が僕の隣で言う。
「僕は間接的に人を殺しているんです」
私はドキリとした。
「あるところで人を殺してほしいと頼んだんです」
「え?」
「死んだんです。1週間後に」
「それは偶然?」
「そうですね。新聞では事故になってました」
僕はゆっくりと唾を飲み込んだ。
「酔って橋から落ちた。とありました」
「橋から?」
「事故に見えるように殺してくれたんです」
彼の「殺した」ではなく「殺してくれた」という言葉に、依頼者としての責任を感じていると思った。
そう。それは自分の仕事だった。
「どうしてそれを私に?」
私が問うと、彼はパチパチと瞬きをして、首を傾げた。
「どうしてだろう?先生とだったら秘密の共有ができると思ったんです」
彼は言った。
しばらく僕らは何も会話のないまま、そのまま並んで座っていた。
その後打ち合わせが再開し、全てが終わって解散となった。
「ちょっとだけいいかな?」
私は帰ろうとしている彼に声をかけた。
「いいですよ」
彼は言い、マネージャーに帰るよう告げた。
そこからあまり離れていない、僕の仕事場に彼を招いた。
コーヒーを淹れ、応接セットのソファに座る彼の前に置く。
「君の秘密だけを聞いておしまいじゃなんだか気持ちが落ち着かなくってね」
私が言うと、彼は眉を下げ、「すみません」と言った。
大きめの自分のマグに注いだコーヒーを持ってきて彼の前に座った。
「私の秘密を聞いてくれるかい?」
「はい」
まるで教室で先生の話に返事をする生徒のように彼は言う。
「さっき君が言った橋から落ちた男の背中を押したのは、私だ」
一瞬、彼は驚いた顔をしたが、すぐにホッと安堵したように表情を変えた。
「よかったぁ」
「え?」
「先生がやってくれたんじゃないかと思ってたんです」
「え?」
ドキリとした。
見られてでもいただろうか?
「先生。僕にできることがあったらなんでも言ってください。先生は僕にとって大事な恩人です」
それからふたりで組むまで時間はかからなかった。
彼が人を殺すことは滅多にない。
人気俳優に人を殺すリスクを背負わせる度胸が僕にはない。
準備や僕のアリバイ工作。
アリバイも僕と被害者の間には関係がないからほぼ訪ねられることもない。
それでも、ひとりでやっていた頃よりだいぶ気持ちが楽になっていることに気付いた。

花吹雪の中、彼が立っている。
「終わりました?」
「うん」
彼は時折現場近くに現れる。
忙しいはずなのにと思うがそれに関して訊ねることはしない。
その代わり「今日は風があるねぇ」とどうでもいい話を彼にする。
「そうですね。折角の桜が散ってしまいます」
そう答えながら、彼は頭上の桜を見上げる。
「悔しいなぁ」
私は言う。
「え?」
「絵になりすぎ」
そう言うと彼はフフンと笑ってみせる。
私の手のひらに残っていた背中の感触が薄れていくのを感じる。
そして私と彼はゆっくりと花吹雪の中を歩き出した。